5 幕間ー荒れるグランドル家ー
グランドルの屋敷ではリミトの父トマロフ・グランドルがリミトを閉じ込めていたはずの部屋にできている大きな穴を見て考え込んでいた。
これほどの穴が空いたにも関わらず揺れも音も感じなかった。
「リミトめ、低級魔法しか使えない分際でこんなことができるとはな……」
才能があると可愛がってきたリミトが無能と鑑定された途端、これまで注いでいた愛情が憎しみへ変化してしまった。
リミトのやる気のなさ、つれない態度も才能ゆえに許してきていた。
それがこんな形で裏切られたことにトマロフは我慢ならなかった。
いなくなったリミトがグランドルを名乗り、名を汚すようなことがあれば300年続いてきたと言われるグランドルの名が廃る。
そうなる前にリミトは排除しなければならない……
「父様、どうかされたのですか?」
秘めた憎悪が抑えきれず黙り込むトマロフを見つけたパゾが声をかける。
「あっ壁に穴が! まさかリミト兄様が!」
「そうだ、奴は逃げ出した……」
「逃げた!? この鉄でできた壁を開けたっていうんですか?」
「普通できることではない……」
「こ、この穴の周り、砂に変わってませんか?」
「砂に……? なんだこれは?」
リミトが壁に向け行った|アース(土属性魔法陣)は本来で壁に向けて放てば亀裂を一つ作る程度の効果であるが、威力を弱めたアースを連続して何発も放つことで壁の中が砂になるまで掻き混ぜた。
不壊の魔法陣を知らないトマロフ達はこのことを知る由もなく、首を傾げるばかりだった。
「不思議なことがあるものですね……誰かの助けでも得たのでしょうか?」
「わからん、この壁の位置は日当たりがいい。壁が老朽化していたらだけかもしれん」
「それで鉄の部分までこんな粉々に?」
「むぅ……」
どんどん不快さを増す父の顔を見てパゾは危険を感じた。
「父様! そんな事より自分は遂に魔法が使えるようになったんです! まだ低級のみですが、これからどんどん使いこなしてみせます!」
「そうか……」
喜んでもらえると思ったこの話題があっさり流されてしまった……
父様はとにかく面子を気にする人だ、グランドルの名が汚れることを何よりも気にしている。
「まだ近くにいるかもしれない! 探してきます!」
自分がいることで父様を喜ばせることは今はできないと悟ったパゾはすぐ様その場を離れることにした。
「クソ……リミトめ……」
部屋に閉じこもり塞ぎ込んでいるリミトを笑うつもりでここへ来たはずなのに……
ようやく自分に目を向けてもらえるようになったと思った途端こんなこととなった。
いなくなってまで、父の関心の矛先となるリミトのことがゆるせない……
「パゾ様、どうかしたんですか?」
「ルッカ……」
鑑定の日以来パゾの使用人となったルッカが立っていた。パゾは暗い気持ちを振り払うようにブンブンと頭を振る。
「なんでもない……ちょっとした事件があっただけだ」
冷静を取り繕い、パゾのできる最大限を振り絞り大人びた雰囲気でした返事だった。
ルッカは嫌な予感がしていた。
真っ先に発見していたリミトの部屋のことを言っているのではないだろうかと……
「一体何が……?」
恐る恐るパゾに尋ねる。
「フン、ネズミが一匹いなくなった程度のことだ」
『いなくなった』
おそらくそれはリミトのことを指しているのだろうとルッカは察し黙り込んだ。
「ところでルッカ」
パゾは唐突にルッカの腰に手を回した。
「きゃあ! どうしたんですか急に?」
思いもよらぬパゾの行動にルッカは手を振り払い身を引いた。
とっさの行動で振り払った手が強く当たってしまい、パゾの手はほのかに赤くなった。
「なんだよ、ルッカは俺の使用人なんだろ? 俺のやることに文句つけるなよ」
パゾはそう言うとルッカの胸にグッと顔を近づけた。
「嫌っ」
身の危険を感じたルッカが背を向ける。
才能がないと小さいうちから隔離されていたパゾは人との接し方を知らなかった。
「前から思ってたんだけど、ルッカってかわいいよな。あいつには不釣り合いだったんだ」
背を向けていたルッカの両肩を両手で強く引き寄せた。
「ちょっ、ちょっとパゾ様、やめてください……」
「いいだろ俺の使用人なんだから、あいつとも色々やってたんだろ?」
「やだ……本当にやめてください、トマロフ様に伝えますよ」
「いいよ言っても、父様は俺の味方なんだ」
無理やり頭を押さえ、自分の顔に寄せ付けようとする。
「ルッカ……お前は僕のものなんだ……」
強引にキスをしようとパゾが口を尖らせたときルッカは本気でパゾのことを押し離した。
さすがのパゾも拒絶されたことを理解する。
「こんなこと、リミト様はしてきませんでした……」
「そんな……」
パゾはどうしたらいいかわからずに、固まってしまう。
その隙にルッカはパゾの元から走っていなくなってしまった。
嫌われるつもりなんてなかった、ただルッカに興味があっただけだったのに……
「みんなリミト、リミトって……」
奴のことが許せない……
リミトさえいなければ……
鑑定を受け才能を認められたのにも関わらず思い通りにならない苛立ちはパゾの心を歪め出していた。
⭐︎
ルッカは勢いに任せ屋敷を飛び出していた。
心のどこかでずっとリミトのことを求めていた。
いつものんびりとして、使用人の自分がきついことを言ったとしても受け流してくれるあの人ともっと一緒にいたかった。
「なんでいなくなっちゃったんですか……」
グランドル家にはもういたくない。
こんな形で親元に戻るわけにもいかない……
「おやおやぁ、グランドル家では若い子が家を飛び出すのが流行ってるのかい?」
聞いたことのない男の声……
「誰?」
パゾとの一件があった直後のルッカは警戒して身をかがめてあたりを見渡す。
そこには半纏を羽織った男が立っていた。
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