side レイカ
「レ、レイカ様っ!?」
”や、ヤバい!怒られる……!どどどどどうしよう……”
思わずその場を走り去ってしまった。走るなんてはしたないと分かっているが、とにかく急いでその場を離れたかった。
皆が驚いてこちらを見ているが、そんな事を気にしている余裕は無かった。
レイカは王弟の娘で、カイルの従妹にあたる。王も王弟も息子ばかりだったので、最後に生まれたレイカはそれはそれは可愛がられて育った。
もちろんカイルも、14歳年下の従妹をとても可愛がっていたのは有名な話だった。
王族の姫としての教育も受け、我儘にも育たず、美しい容姿も相まって使用人や国民にも人気の姫だった。
レイカは幼い頃からカイルの事が好きだった。幼い頃は自分がカイルの片翼ではないかと淡い期待を抱いていたが、違うと知って何日も寝込んだほどだった。
そうとは知らないカイルが、何度目かの国外での片翼探しの旅を終えた後のことだった。
今回も見つからなかったよと落ち込むカイルを9歳になったレイカが一生懸命励ましたのだ。
その時、レイカが片翼だったらよかったのにな……と弱ったカイルがポロっとこぼしたのだった。
レイカの中でドロッとした何かが生まれた瞬間だった。片翼さえ見つからなければ、いつまでも自分がカイルの隣にいられるのではないかと……
それから何年経ってもカイルの片翼は現れなかった。その度に口では残念でしたね、次がありますわと言いながらも、心の中では歓喜していた。
あと数年しても片翼が現れなければ、片翼にこだわる必要は無いのではないかと上層部が話しているのを知り、その時は必ず自分が選ばれると信じていたのだった。
それが一昨日、ついにカイルの片翼が見つかったと知り、卒倒してしまった。
目が覚めてから一晩中泣いて、翌朝お祝いを言いに行こうと思ったが、泣きすぎて顔中腫れていたので断念して今日お祝いを言いに来たのだ。
悔しいし悲しいけど、カイルが幸せになるのならきっぱり諦めて自分もそろそろ片翼探しの旅に出ようかなと考えながらも、仲睦まじい2人の姿を見るのが怖くて城の庭園の隅のベンチでぼーっとしていると、メイド達の噂話が聞こえてきた。
「カイル殿下もお可哀想よね……せっかく出会えた片翼様に拒まれるなんて……」
「先程も悲鳴を上げられてしまったそうよ……朝食も食欲が無いと断られてしまったわ……」
“な、何ですって!?片翼がお兄様を拒んでいるっ!?”
それはレイカにとって衝撃の事実だった。片翼とは、出会った瞬間から引かれ合い求め合うものだと思っていた。
いや、それがこの世界の常識だから、何も間違っていない。
そのはずなのに、カイルの片翼はカイルを拒否しているのだ。片翼だから仕方が無いと、運命の相手だから仕方が無いと諦めなければいけなかった自分は何なのだ!
レイカがどれほど望んでもカイルの隣に立つことは出来ないというのに、それを拒否するなんてっ……
レイカの目の前が真っ赤に染まった!勢いのままに駆け出した庭園で、桃色の髪の華奢で幼い少女を見つけた。
この国に桃色の髪の人間はいない。一目見て、この少女がカイルの片翼だと分かった。
その瞬間、ずっと心の中に溜まっていたものを吐き出してしまったのだった。
“どうしよう……あんなことを言ってしまったわ……きっと怒っているわよね……”
言ってすぐにぐるぐると後悔の念が渦巻いていた。とにかく1人になりたくて、皆から隠れたくて見知った城の中を人目を避けるように進んでいく。
誰も見ていないことを確認して、柱の影の壁の隠し通路に入った。昔から城で遊んでいたので、隠し通路もいくつか把握している。
とりあえず入口から離れて中へ進んでいくと、壁の外から声が聞こえてきた。
ここは謁見の間の壁の中だった。王のもとに誰か来ているようだ。
『この度は遠いホシノ王国よりよく参られた。ゆっくりしていくといい。して、そなた等とアリス殿とはどういった関係なのですかな?』
よく知る国王の声が聞こえてきた。どうやらカイルの片翼の関係者が来ているようだ。
『お初にお目にかかります、マット=スタンと申します。アリスが通っている学校の教師をしていました。
この2人はセバスチャンとテレサです。アリスの実家である侯爵家の使用人です。
いきなりで申し訳ありませんが、アリスの様子はどうですか?あの子は少々家庭が複雑でして……』
『やはり複雑な環境でお育ちでしたか……とても弱っておいででしたので驚きましたぞ……差し支えがなければお聞かせ願えますかな?』
大先生の声もする。
『はい、もちろんです……どこから話せばいいのか……アリスは侯爵家の娘です。
アリスが10歳の頃までは仲のいい理想の家族でした。しかし、アリスの母親が妊娠中に悲劇は起こりました……
アリスの父親の片翼が見つかったのです。使用人の話では、アリスの父親は母親に今すぐ子供を下ろしてアリスは置いて出ていくように言い、片翼と共にさっさと寝室に籠ったのだとか……
話し合いも何もせず、すぐに激しく求め合う声が部屋の外まで聞こえ、母親はアリスを連れてすぐに離れた部屋へ逃げたそうです。
母親は客間へ籠り、父親は片翼と寝室へ籠り……アリスは1人自分の部屋にいたそうです。その後……そ、その後……っく……』
見知らぬ男性の声は震え、これ以上言葉が続かないようでレイカまで胸が苦しくなった。