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夕食はもちろん父は寝室から出てこなかった。母も来なかったので、アリスは心配になり客間へ行くと、困り顔の執事と侍女達がいた。
何度呼び掛けても返事が無いらしい。使用人ではさすがに許可無くドアを開けることが出来ず、それでも中で何かあったのではと心配になり、勝手に開けようかと相談していたのだとか。
娘のアリスなら大丈夫だろうと、声をかけてドアを開けた。ベッドには、顔色を無くしたアリスの母が横たわっていた。
いつも淡い色を好んで着ていた母の胸には短剣が突き刺さり、ドレスが真っ赤に染まっていた。
その瞬間、アリスは叫び声を上げ、意識を失った……
目覚めたのは2日後、アリスの母の葬儀の日だった。夫である侯爵は、寝室に籠ったっきりドア越しにめんどくさげに指示をするだけで、葬儀に出てくる気配も無いらしい。
アリスは、2日ぶりの目覚めと一気に思い出された前世の記憶に混乱してふらついたが、急いで準備をして母の葬儀へ向かった。
葬儀場では、祖父である子爵に何があったのかと怒鳴り付けられたので
「お父様に片翼が見つかって……お母様が邪魔になったそうです」
と告げると
「片翼に殺されたのか?」
と大きな声で聞かれてしまい、注目を集めてしまったので
「違います!寝室から出て来ないので片翼の方はまだお会いしたことがありません」
とアリスも大きな声で否定した。参列者に注目されていることに気付いたので、まだ会ったこともない侯爵の片翼に濡れ衣を着せてしまってはいけないと思ったのだ。
だが、どうやら参列者は、片翼に狂った侯爵が邪魔になった妊娠中の妻を殺したのだと勘違いしてしまったようで、妻の葬儀にも出ずに1ヶ月以上寝室に籠っている間に、侯爵の評判は地に落ちてしまった。
まぁ、まだ社交界に出る事もないアリスが、その事を知ったのはずいぶん後になってからだったのだが……。
その後、アリスはここにいては何があるか分からないと執事が動いてくれて、侯爵にうまいこと言って侯爵達が寝室にこもっている1ヶ月の間に学園へと入学することになった。
一応片翼探しや将来の就職のために10~18歳の男女が入学することが出来る学園だ。入学時期は選べて、入学するかどうかも家庭によって様々だった。
大体の貴族令嬢達は14歳頃から入学して、片翼を探したり友人を作ったりするらしい。
10歳から入学するような高位貴族はアリスくらいのものだった。
下位貴族であれば、城で働くための勉強などで10歳から入学する女子もいたが、噂のせいか爵位の違いか15歳になる今日まで、アリスは友人と呼べる者は1人もいない……所詮ボッチだ。
まぁ、中身がアラサーのアリスに、10代の若者と仲良くするのはキツい様で、ボッチでも特に気にならない。
ちなみに侯爵の片翼は、当時15歳の娼婦だった。妻が妊娠中で性欲をもて余した侯爵が、たまたま行った娼館で出会い、そのまま連れて帰ってきたらしい。
片翼同士だとすぐに子供が出来るらしいのだが、5年経った今でも侯爵の子供はアリスだけだった。
今でも毎晩狂ったようにやりまくっているらしいので、何故子供が出来ないのかと色々噂になっている。
一番有力視されているのは、片翼が魅了魔法使いで侯爵に運命の片翼だと勘違いさせていると言うものだとか。
だが実際は、娼館では妊娠しないように魔法をかけるそうで、普通なら出る時に解除されるらしいのだが、どうやら娼館が雇っていた魔法使いがあまり優秀では無かったらしい。
失敗して解除出来なくなってしまったと言う事だった。
高い金額で侯爵に片翼を売り付けたため、娼館のオーナーは中々口を割らなかったらしいが、どうやったのか執事が調べ上げてきた。
執事はアリスの成長を待って、最近になってやっと侯爵に報告した。
侯爵は慌ててこの国で1番の魔法使いにも見せたそうだが、どうやら避妊魔法の上に複雑な魔法のような呪いのようなものがあって、結局解除出来なかったそうだ。
それを聞いて侯爵は慌てて5年経った今頃、初めて妻と生まれるはずだった子供の墓参りをした。
長いことぶつぶつ参っていたらしいが、正直そんな事をしても全く意味が無いんじゃないかとその場の誰もが思った……
さすがに成仏しているだろうし、魔法があまり得意じゃなかった侯爵夫人に呪いがかけられたとも思えない。
何よりあの優しい侯爵夫人が呪いをかけたとも思えなかった。
それでも、とりあえず呪いと執事の機転のおかげでアリスは今日まで生きてこれた。
侯爵と片翼の間に子供が生まれていたら、アリスは侯爵家から追い出され、母親の実家にも頼れず、それこそ娼婦にでもならないと生きていけなかったかもしれない。
この5年で、追い出されても1人で生きていけるように日々勉強に明け暮れていた。
おかげで城の侍女にだってなれるし、家庭教師の資格も取った。政務官にだってなれる実力がある。
でもやっぱり1番なりたいのは、魔法騎士だ!
アリスは、最初は状況が状況なだけにヒャッホーとはならなかったが、落ち着くにつれて魔法だヒャッホーとなってしまった。
まぁ、前世ファンタジー好きのアラサーだったので、それは仕方の無い事だったのだろう。