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管理者の仕事

お食事中の方はご注意下さい。(細かい描写などはありません。)

 

 家に戻ったふたりは調合のための部屋に入り、三冊ある教本のなかから最初に覚えるべき上巻の、重たい革表紙を開いた。


「本当に読めるようになってるね」


 アリは厚めの紙でできたページをめくりながら、書いてある文字を指でなぞってみた。

 アルファベットに似たような文字の上に、日本語がうっすらと浮かんで見えるのだ。


 言葉が入れ替わったりしていないから語順の違いは無さそうだ。

 英語みたいに、私は、混ぜる、薬を。なんていう順番だったなら、この本はかなり読みにくかっただろう。


 ただし薬草の名称など、日本語に該当する言葉がないものは、こちらの読み方でカタカナ表記になっている。


「え~っと解毒薬は……ここだね!」


 解毒薬について書かれているページを開くと、ひとつの薬にたいして見開きで説明がされていた。


 ページの左側には病気やケガなどの症状、もしくは該当する毒物について記されている。

 そして右側にはその症状を中和する薬剤の生成方法と、処置の仕方が掲載されていた。

 解毒薬は症状ごとに数種類あって驚いた。


「えーっと……食中毒は……あった!」


 アリは数ページめくって手を止めた。



 ・毒物の中和(液剤)……ポポル薬


 ポポルの葉を細かく刻み、水からゆっくり煮詰めること。ポポルの葉は生のものを使うと薬効が高まる。


 乾燥したものを使用する場合はギムルの根(乾燥後、粉末にしたもの)を、ポポル十に対して一の割合で加えること。

 煮詰めると、とろみがつくのでそこで火を止め、そのまま冷めるのを待ちましょう。


 注意 とろみがつくまでは焦がさないよう、こまめにかき混ぜること。沸騰させないように火加減に気をつけること。煮詰めたあとは自然に冷めるのを待ち、魔術で冷やさないこと。(魔術を使用すると変質し、場合によっては下剤になります)



「先生、ポポルとギムルがわかりません」


 アリのことばにプリ先生が羽で指し示したのは、壁際の本棚に収まった赤茶色をした分厚い背表紙の本だった。


「あれが図鑑だから自分で調べなさいな」


 アリは背の高い木製の本棚から、ようやく抱えられるサイズの図鑑を取り出すと、ヨロヨロと運んでドサリと机の上に置いた。

 この図鑑はこのまま机の上に置いておこう。


 表紙を開くと索引があり、調べたいものが載っているページはすぐにわかった。

 中身は前世で見た図鑑とそう変わらない。ただ写真ではなく、色がついた精巧な手描きの絵ではあったが。


 ポポルはヨモギに似た草だった。だが翻訳でヨモギとは書いていないので、姿形が似ている別のものなのだろう。

 そしてギムルは長芋だった。蔦もハート型の葉の特徴も長芋にそっくりだ。長芋と翻訳されないのは何故だろうか。


 他にも地球と似たものが見つかるだろうかと考えていると、キュルリとアリのお腹が空腹を訴えた。


「けっこう時間が経ってるわね。いまみたいに教本の上巻を読んでから採取、調合を繰り返していけば、言葉や文字はすぐ覚えられるわよ」


 アリが解毒薬を調べているあいだ、机の上で見守っていたプリ先生がそうアドバイスしてくれた。

 いきなり解毒薬を調べ始めたのは意味がかわからないけど、最初のページから覚えていった方がいいわよとつけ足されてしまったけれど。


「ねぇ先生、薬の種類が結構あるんだけど、私は医師じゃないから症状をみて処方なんてできないと思う」


 アリはゲームみたいに、ポーションだけを作ればいいのだろうと考えていた。だから解毒薬に種類があるなんて思わなかったし、なんだか不安になってしまった。


「アリ、こんな場所まで患者は来ないわよ。街にはちゃんと医師も薬師もいるの。アンタの仕事はこの森の素材で作った薬を王都まで届けることよ」


 もしかすると、怪我をしたハンターに会うことはあるかもしれないけど、とプリ先生は言った。

 アリはそれを聞いてちょっとだけ安心した。どうやら私がするのは下請けのような仕事らしい。

 青の森の深部の素材は貴重だというから、ここに住んでいる管理者が薬を作るのは都合がよさそうだ。


「大変だ! これから一年は薬が手に入らないんじゃないの?」


「次代を喚ぶ準備をするって言ったでしょ。ウィルフレドは三年前から薬を作りためていたのよ。それに多くはないけれど、高レベルのハンターも採取はしてるのよ」


 アリが気づいてそう言うと、プリ先生はこう答えて勉強の時間を終えた。


 ちなみに調合のための教本は上巻、中巻、下巻があり、中巻と下巻は京極先生もびっくりな分厚さだった。

 紙自体が厚いし、文字も大きいから仕方がないのかもしれないが、この二冊はやたらと重かった。



 太陽が木々の後ろへ姿を隠してあたりが薄暗くなってきた頃、テーブルの上にはいつのまにか夕食がセットされていた。


 ランチョンマットに木製の深皿に入ったスープと、やはり木製の皿に置かれた丸パンが二個。

 そして木製のスプーンとフォークが添えられていた。


 きなり色のリネンでできたランチョンマットには、青い小花の刺繍がされていて、カトラリーは柄の部分に蔦の模様が彫られていた。

 そしてどちらもウィルフレド様が施したという。


「くっ! なんという女子力! 完敗だよ」


 アリは熱々のスープを吹き冷ましながら口に運び、うなるように言った。


 スープはじゃがいも、人参、玉ねぎ、ブロッコリー、鶏肉がゴロゴロ入ったシチューで、素朴な味付けだが旨味が凝縮されていて、絶品だった。

 まぁ、すべての具材には『もどき』が付くのだけれども。


 アリが食事をしているあいだ、プリ先生は何を食べるのか聞いたところ、自分は魔生物みたいなものだから食べ物はいらないと言う。


 食べられないことはないが、この身体に栄養として吸収されることはない。お茶や食事はその時の気分でとる嗜好品扱いだから、空気中の魔素を補給しているいまは、食事がいらないらしい。


「プリ先生、もしかしてフンしないの?」


 アリは思わず聞いてしまった。


「食事中に止めなさい! このおバカ!!」


 プリ先生には、しこたま怒られた。

 突っつかれた額は痛かったが、意思疏通ができる生き物のフンの始末は、正直微妙だったためほっとした。


『鳥って身体を軽くしておくためにフンを我慢しないって聞いたから、しつけはできないと思ってたんだよね』


 心の中ではだいぶ失礼なことを考えていたアリであった。


 スープは完食できたがパンは一個目の半分で充分だった。頑張って一個は食べきることができたが、残りは明日の朝に食べようと、布に包んで戸棚にしまった。


 食器を洗って片づけたあとに入浴をすませたアリは、洗面台にある鏡で初めて自分の顔を見た。


 髪の毛が濃い茶色だったから気がつかなかったが、鎖骨まである髪はふわふわしたくせ毛だった。

 そして瞳はグレイで大きくつり目がち、それを焦げ茶のまつ毛が縁取っている。


 鏡の向こうから色白なロシア系美少女が、目と口を大きく開いてこちらを見ていた。おまけに鼻の穴も開いている。


 プリ先生が間抜け面というのも頷ける残念さであった。


 色合いはなんだか地味だけど文句なく可愛い顔立ちだ。驚きはしたけれど中身は自分だ。

 それにこの顔を見るのはプリ先生しかいないと気がつくと、こんなことより少しでも言葉を覚えられるようにと、眠るまでの時間は簡単な絵本を読むことにした。


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