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スローライフ 押しつけられました  作者: 夜昊
本編

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88/113

嵐の前の穏やかな時間(前)

狩りの描写があります

 

 案内された祈祷所は、夜明け前のような静謐(せいひつ)さと、泉に沈んだまま姿を変えない立ち枯れた木々のような、神秘的な雰囲気をまとっていた。

 黄金色に輝く立像も、色とりどりのガラスで作られた窓もないけれど、ここはまさしく神に祈りを捧げるための場所だった。

 それなのになぜ私の耳には、穏やかで慈愛溢れる神の声が届かないのだろうか。


『おい、ふざけんなよ』


 はい、スミマセン。呼びかけに応じていただき感謝いたします。


『で?』


 あの、盗まれた魔石についてなんですけど、回収期限はいつまでなんですかね?


『さっき話しただろ』


 さっき? 話したのは一週間は前のことだよ。何日経ったか知らないのかな。

 余裕はないんですよね?


『まぁ、あと一年はもたないだろうな』


 一年かぁ。


『めんどくせぇから、つまんねぇことで呼ぶんじゃねぇよ』


 ですが魔石探しは協力者がいないと時間がかかり過ぎるんですけど。陛下に御触れを出してもらったらダメですかね?


『お前、どう言って探す気だよ』


 えっ? 昨年の五の月一日に、魔石を持って産まれた女児は名乗り出てください。ですかね?


『赤ん坊は名乗りでねぇだろ』


 いや、そこは家族が代理ですると思いますけど。


『その家族が襲われないといいな。それに褒美が出ると考えた偽者がどれくらい湧くのか楽しみだぜ』


 鼻で笑ったあとで嘲るようにそう言われて、急激に血の気が引く。

 これは私だけの問題ですまなくなっちゃうね。巻き込まれる人の数がどれくらい増えるのか、見当もつかないよ。


『この国の王が探すくらいの魔石だぜ? よくないヤツらに目をつけられなきゃいいけどな』


 あ~。それはマズイですよね。


『勘違いした住民が、その一家を吊し上げる姿が目に浮かぶぜ』


 あり得ますね。魔石のせいで、なにか悪影響が出たりしないんでしょうか?


『あ゛ぁ? だから母親の命がもって一年だって言っただろうが!』


 えぇぇ~! 命の話は聞いてないですよ!


『そうだったか?』


 赤ちゃんはどうなんですか?


『あれは、転生局から持ち逃げしたくらいだからな。たいした影響はねぇだろ。母親は一年近く腹の中に高純度の魔石があったせいで、身体を壊してる可能性があるんだ』


 母親がもともと使える魔素が少なかったなら、許容量を超えた魔素に身体がついていけず、最悪の場合亡くなってしまうらしい。

 あの魔石が原因で人が亡くなることは、転生局にしても看過できないことらしく、神様は協力を求められたようだ。まあ、ふたを開けてみれば、実際に協力するのは私なんだけど。

 高純度の魔石か……。魔素の濃さを探知できれば見つけやすくなるのかな。


 だから早めに魔石を回収するんですね。


『もういいだろ。オレは忙しいんだ』


 あとひとつ! 森に長居をすると罪の証が刻まれるのは、最低何日からですか?


『お前、そんなくだらねぇことを、わざわざ俺がするとでも?』


 絶対やらないと思ってます!


『額に『怠け者』って印をつけたのは三代前の管理者だぞ。泉を占領して、やってくるハンターたちに高額な水を売っていたから、罰を与えたんだろうな』


 なんだよ、『怠け者』より『肉』の方が絶対に恥ずかしいじゃないか。

 じゃあ、四色の森に人が住んでもお咎めなしですか?


『んなこと言ってんのは青の森だけじゃねぇか? 白の森の管理者はガキを集めて使用人にしてるぞ』


 まさかの孤児院経営? じゃあ私が子どもを引き取って一緒に暮らしてもいいのでしょうか?


『好きにしたらいいじゃねぇか』


 そうなんですか。森の外の者がずっと滞在することは、禁忌なんだと思ってました。


『はぁ? 外から入ってきて定着した生物なんて、半分以上はそうだろ。森の浅いとこの動植物なんかは、ほとんどがまぎれこんで増えたヤツとか、ハンターが食ったあとの種が発芽して育ったんだぞ』


 あー、神様にとっては、人も動物も植物さえも同列なんですね。

 でも外の植物を森に植えることができるって、知ることができたのは嬉しいね。庭に果樹園を作ろうかな。


 あっ、大事なことがあとひとつありました。個人カードの犯罪の記載なんですけど……。


『あれは犯罪を記載してんじゃねぇよ。事実を表示するだけだ』


 でも、殺人を犯せば『人殺し』ですよね?


『過失でも間接的にでも表示されるんだがな』


 例えば狩りの最中に間違って矢を射てしまったとか、処方した薬の誤用も該当するということですか。


『誤射は当てはまるが誤用は違うな。使い方を間違えたのが本人なら、処方したヤツに責任はねえよ。故意であるなしにかかわらず、死に至る薬を処方すれば人殺しだがな』


 それは一生消えないんですか?


『んなもん神官に聞けよ。もういいだろ、くだらねぇことで呼ぶなよ』


 はいはい、ありがとうございました~。


『チッ』


 また舌打ちされたよ。

 指を組んで祈っているように見せかけた質問タイムを終えると、膝をついていた体勢から立ち上がる。少し膝が痛くなっているから、時間は思ったよりも経過していたらしい。

 神様と話しているあいだは時間が止まっているか、時間の進みかたが遅いのがセオリーだと思っていたのに、この世界では通用しないらしい。

 そばで見守っていたマノリト様は、慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。


「アルカイックスマイルじゃないね」


 ずいぶん昔に習ったけど、アルカイックスマイルって口角だけ上がっていて目は笑っていなかった。そして有名な仏像がアルカイックスマイルだったから、十代後半まで菩薩のような笑顔の意味は、心から笑っていない作り笑顔のことだと思っていたんだよね。

 マノリト様の笑顔が、菩薩のような心が洗われる笑顔って言うんだろうな。見ているだけでありがたい感じがするからね。


「ずいぶん熱心に祈っていたのですね」


「はい、子どものことを祈っていました。お待たせして申し訳ありません」


「いいのですよ。それでは孤児院に戻りましょうか」


 時刻は鐘の音が聞こえたから、夜の八時を過ぎた頃だ。あと一時間もしないうちに門扉は閉じてしまうだろう。

 屋台で買い食いしたかったのに、きょうも食べ損ねてしまった。

 孤児院にはぼんやりとした明かりが灯っていて、私たちの帰りをやさしく出迎えてくれた。

 子どもたちの就寝時間は過ぎているため、神官二人もすでに部屋で休んでいるようだ。


「長居をしてしまい申し訳ありませんでした。そろそろおいとまさせていただきます」


「それは構いませんが、これから森に帰るのですか? 夜は危険ですよ」


「初めてではないので大丈夫です」


 スッポンをバケツふたつに分けて渡し、これとシャッドブッシュのバケツは魔素でできているため、明日の昼頃には消えてなくなることを伝えると、神殿の敷地から立ち去ることにした。

 このまま東に行けば東門から出られるが、門番が素直に出してくれるとは思えなかったので、姿を消してからそそくさと街を出た。

 時間が遅いのもあるけれど、南門と比べてまったくと言っていいほど人がいなかった。

 三時間ほどのナイトサファリを満喫したあとは、昨夜と同様に服を脱ぐのもテキトーにして、先生に連絡もせずに寝落ちてしまった。




「――――寝てるんじゃない?」


「いくら――――遅くないか?」


「管理者――――だよね?」


 結界のそとがざわつくので、ショボショボした目を気力で開けて、結界内に明かりをつける。

 ブーツは片足だけ脱いだらしいが、もう片方は履いたままだ。ズボンは脱ごうとしたのか、膝のあたりでグシャグシャにまとまっているし、チュニックは左腕に絡まっている。

 髪は革ひもで縛ったままだったせいで、後頭部の毛がもつれて毛玉ができていた。


「これは酷いね」


 よく結界の内側を不可視にできたね。防音にできなかったのは仕方がないとして、この姿を誰にも見られなかったのは奇跡に近いよ。

 一度髪をほどいてから、スチームドライヤーを当てながら毛玉をほぐした。魔術を使えば両手が使えるのでイラつかずにすんだ。

 昨日の子どもたちらしき声が聞こえてくるけれど、身支度を整えるのが先だよ。ブーツを履いたら浄化をかけて、やっと結界を解いた。


「あー! やっぱり管理者様だ~」


「はいはい。みんな、おはよう」


 きょうは小さい子は一緒じゃないのか、結界の周りにいたのは七人だけだった。


「もう九時過ぎたよ。おはようって時間じゃないよ」


「九時かぁ~。思ったよりも寝坊しちゃったなぁ」


「管理者さんは朝ごはん食べてないの?」


「えーっと……」


「僕たち、きょうは肉を狩りに来たんだよ」


「シエルボ一頭か、キジを三羽くらい捕れたらいいんだけどね」


「いっぱい捕れたらご馳走してあげるね」


 なんかいたたまれなくなってきたな。狩りができないから、ご飯を食べられていないと思われてるんじゃないのか?


「魚ならたくさん持ってるんだよ、鯉とか」


「このあたりにはいないわね」


 そうなんだ、知らなかったよ。鯉は川の上流にはいないのかな。


「狩りを見学させてくれるなら、報酬に魚を渡すけど」


 きょうの夕方から明日の昼までは、コンバの街で張り込みしないといけないから、森を出るのは午後二時過ぎくらいがちょうどいいだろう。

 それまではこの子たちの狩りに同行させてもらって、四色の森になにがないのかを調べておこう。そしてないものを移植してみたい。


「お魚はなん匹? 大きさは?」


「おい、失礼だぞ!」


 翼族の男の子が、ひょろりとした体型の男の子を叱っているけれど、これくらいしっかりしていないと悪い人に騙されそうだ。


「契約内容を確認するのは大事だよね。私が支払うのはこの魚をひとり二匹ずつ、大きさもこれと同じくらいだから、四、五十センチってところかな」


「この魚、エラがないわ」


「うん、エラとか内臓は処理してあるよ。そのままだと傷みやすいからね」


「どうする? オレは一緒でもいいと思うけど」


「そうね。あたしも賛成よ」


「じゃあ、管理者さんは昼までオレたちの仲間ってことだね」


「よかった。それじゃあ、よろしくね」


 子どもたちの後ろ、と言っても後ろから三番目だから、ほぼ真ん中に配置されて、足音に注意しながらついていく。

 キジは草むらに潜んでいたり、突然目の前を走り抜けたりするので、今回はシエルボを狙うことになった。

 いま向かっているのは森の湿地帯だ。そこには水を飲みにきた動物や水鳥が集まっているらしい。

 たしかに鴨肉は食べたことがあったけれど、あれは合鴨だった気がする。鶏肉よりも赤くて弾力がある肉質だった。


「鴨がいるところまでは距離があるね」


 う~ん、沼地までは五十メートルくらいはあるかな。でもそこまで行くには、ぬかるみを避けることはできないね。


「あれは狩れないよ。矢が当たっても取りに行けないからね」


 ぬかるみに足をとられて動けなくなったら怖いもんね。


「当たったときは、私が風の魔術で引き寄せるよ」


「魔術で狩れるの?」


「たぶんできるけど、必要以上は狩りたくないんだよ。あんな風にかたまられると、一羽だけ狩るのが難しいんだ」


「いっぱい取ったら、いなくなっちゃうもんね」


 できるなら魔術を使って狩って欲しいとは言わないんだね。私は頼まれるとイヤとは言えなかったけれど、頼りにされてるって思うよりも、いいように使われてるって感じる方だったから、この距離感は居心地がいいかな。


「来たわよ」


 そっと繁みから水場を覗くと、奈良の鹿よりも体毛が黒っぽくて、身体も大きい鹿が一頭、ぬかるみに近づいていた。


「珍しいわね。あのシエルボは夜行性だったはずだけど」


「それにツノが落ちていないよ」


「この森に長く住み続けて、季節の感覚がくるったんだな」


 なるほど、あのシエルボには枝分かれした立派な角がはえている。昨日見たシエルボはもっと茶色だったし、あたらしい角が伸びている途中だった。

 植物も季節がバラバラだったけれど、動物にも影響が出ているんだね。つまりあのシエルボにとっては、いまはまだ秋か冬なんだろう。


「どうする? オレはあのツノは価値があると思う」


「そうね、泥浴びしたあとを狙いましょう」


「ふた手に分かれましょう。最初は弓で頭を狙うけど、反れたら止めをお願いね」


「わかった。管理者さんはここにいて」


「了解したよ」


 子どもたちはシエルボを挟み撃ちするように音をたてずに移動すると、シエルボが頭を上げるタイミングをはかりながら、少しずつ包囲網を狭めていった。

 私はシエルボが反撃したらすぐに結界を張れるように、目を凝らして動向を見守りまがら、ほかの動物が近づいていないか、あたりを警戒していた。


 シエルボは泥のなかに横たわると、身体を擦りつけるようにして、自らの毛皮を泥まみれにしていた。鹿が泥浴びをするのは初めて見たけど、日本の鹿と種類が違うからだろうか。奈良でも厳島神社がある宮島でも、日陰は鹿に占領されていたけれど、泥浴びしているところは見たことがなかったな。

 そんなことを考えていると、なにかの気配を察知したのか、シエルボが頭を上げて耳をピクピクと動かしている。それと同時にヒュンと風を切る音がして、剣を持った男の子が飛び出した。シエルボが気づいたときには矢が首に刺さっていて、逃げ出そうとしたところを、一息に頭を切り落とされていた。


 剣を持っていた男の子は獣族だったのか、あっという間に距離を詰めていたから、私がすることはなにもなかった。子どもたちが逞しすぎてビックリだよ。狩りがあまりにも生活に密着していて、私のサポートなんて必要がないみたいだ。


「スゴいね。大物だよ」


「嬉しいけど運ぶのが大変だわ。いつもなら子どもを狩れたらいい方なの」


「運ぶのは手伝えるよ。きょうの狩りはこれで終わり?」


「そうだな。水鳥は逃げてしまったから、森を出た帰り道の草原に、キジがいたならそれを狩ろう」


「じゃあ、とりあえずシエルボを浄化するね」


 風で浮かせてこちらまで運んできてから、浄化をかけて泥や虫を消した。男の子も踏み込んだときに泥を被ったようなので、まとめて浄化をかけた。


「血抜きをしないと、解体には時間がかかりそうね」


「このまま運んで村で解体したら?」


「どうする?」


「井戸のそばなら解体しやすいし、このままの姿を見せびらかしたいな」


「そうだよ! ボクもこのままがいいと思う」


「管理者さんは大丈夫なんですか?」


「私は大丈夫だよ。村も見てみたいし」


 私たちは狩りの成果を見上げながら、足どりも軽く森を出ることにした。

 その前にこっそり先生に連絡しておくかな。


「プリ先生、いまはどのあたりですか?」


『もう川を渡ったわよ』


「思ったよりも早いですね。みんな変わりなく元気ですか?」


『こっちの心配はいらないから、アンタは早く片づけて帰ってきなさいよ』


「畑の水やりは大丈夫だった?」


『アンタの頭にも降らせてあげるわよ』


「いえ、遠慮します! それじゃあ一度森を出るけど、あとで戻ってくるからね。明日は家に帰るから、ガウターにもよろしくね」


『わかったわ。気をつけて行きなさい』


「ありがとう」


 まったく、プリ先生は相変わらずツンツンだな。ガウターと話したいけれど、きょう我慢したら明日には会えるんだ。

 先生と話しているあいだにも足は休めなかったから、それから数十分で森を出ることができた。

 初めての村に訪問だから、ちょっと楽しみだな。朝ごはんを食べていないから、おいしい料理にもありつきたい。

 シエルボを浮かせて、その周りを八人の子どもが囲みながら、数キロ先にあるという村に向かって歩きだした。


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