管理者は転生者に会いに行く
四肢欠損の描写があります。流血はありませんがご注意下さい
修行ごっこは早々に飽きてしまった。スッポン入りのバケツは重すぎたので、身体強化を使わないと片腕では持ち上がらなかったからだ。
街の中心に向かってフラフラと小路を進むと、人通りが一気に増えて、いっそう賑やかになっていく。そういえば、夕方のハンターギルドは、報告のために訪れるハンターでいっぱいなはずだ。
視線を下げてバケツを覗くが、蓋があるためにスッポンの様子はわからなかった。
鮮度が命のスッポンを初心者であるアリが解体できるはずもなく、生体は鞄に入らないためバケツをぶら下げて歩くほかはない。
「詰んだ……」
もういいや、ギルドで絡まれたとしても結界があるんだ! 私には魔素さんがついている。
アリは入り込んだ裏路地から隠蔽魔術を解いて出てくると、口をへの字に歪ませてハンターギルドの前までたどり着いた。
ドアが開けられない。両手がふさがっているのだからバケツを置けばいいのだが、出入りが多くて蹴り飛ばされそうだ。
入るタイミングをはかるだなんて、小学生のときに体育でやった長縄跳びのようだ。
高速道路の合流地点の方が、まだスムーズに入れたよ。
次にギルドに入っていく人の背中に張りつくようにして、気配を消して一緒にドアを潜るぞ。
そう決めてドア付近に立っていると、南門からまっすぐの通りからやってくる、三人のハンターが見えた。しんがりがデカい男性だから後ろに続いてもわからないだろう。
近づいてくるのを待ちわびていると、真横に立った女性から声をかけられた。
「ギルドに用事? どうぞ入って」
まったく気配がしなかったけれど、小柄だからというわけではない。開けてもらったドアからギルド内に進むと、私のあとをスルリと滑るように女性が入ってきた。
パタリとドアを閉めたのは、身長が百七十センチはありそうな人族の女性だった。たぶん歳は二十代後半から三十代前半だろう。
パーマがかったショートボブはオレンジというよりは熟れた柿の色で、口元までの長さで無造作に切り揃えられていた。サイドから見れば、チラリとのぞく鼻の高さと首の華奢さが強調されていて、肌の色がよく映えていた。
同性からみても文句なしに格好よく美しい大人の女性だ。
「ありがとうございます!」
この人はなんだか豹っぽいね。すらりと伸びた手足に、キュッと引き締まったお尻は高い位置にある。筋肉がついているけれど、固さは全然感じない。
私の薄っぺらい身体とは比べ物にならないくらい、鍛えて引き締まっているミラクルボディだよ。
「いいのよ。あなたは採取の報告かしら」
「スッポンを捕まえたから、売れるかと思って」
そう言ってから窓口に目を向けると、コンバの街の受付は、王都の西ともアセデラとも違っていた。
窓口の係りがキレイなお姉さんじゃないよ!
左から、おじさん、おじさん、お兄さん、おばさん、おじさんだ。
ハンターたちはそれぞれの受付に五、六人ずつ並んでいて、左側のテーブル席がある休憩スペースには、残りのメンバーたちが座って談笑していた。
「メスがとれたの?」
そう聞かれたので、女性に視線を戻して首をかしげた。スッポンの見分け方がわからないな。
「わかりません」
「あら! 教えてくれる人がいなかったのね」
驚いて見開いた目は金色に近い山吹色だった。瞳よりも髪の毛の方が赤みが強い黄色なんだね。うっすらとやけた肌に、ふっくらとした赤い唇だけがやけに目立っている。
「なんだぁ、グロリア。母性に目覚めたのか? 子どもが欲しいなら協力するぞ」
左側に目を向けると、一番近いテーブルにいた四人のうちの一人がこちらを見てニヤニヤしていた。
酔っているのか、それともふざけているのかは、ちょっと判断しかねるね。
「煩いわね。そうだとしてもギジェには頼まないわよ」
フフフと微笑をたたえてはいるが、気温が若干下がったように感じる。おかしいな、私には無敵の結界がついているはずなのにな。
「ねえ、あなた」
「アリです!」
「アリちゃん、私はグロリアよ。いまの時期のスッポンの捕獲依頼は、あったとしてもメスぐらいなの」
「メスだけ? どうしてですか?」
「産卵期だからよ。お腹のなかに卵があるメスなら売れると思うけど、依頼する人はいないと思うわ」
それに乱獲を防ぐため、メスの買い取り価格は低めに設定されているらしい。つまりわざわざ引き受けるハンターはいないのだ。
「売れませんか」
「商業ギルドなら食材として買い取りしてくれるわよ。甲羅は薬師ギルドに売れるわ」
「スッポンって人気がないんでしょうか」
「まさか! ただこのあたりだと、どこにでもいるし、おいしいのは寒くなってからよ」
つまりいまは旬じゃないんだね。ハンターギルドを誤解していたなぁ。獲物はなんでも買い取ったり解体してくれるんだと思っていたよ。
依頼がなくて売れる予定もないものは買取りしないのかぁ。
話しているあいだにもハンターたちが列に並んでいく。
「グロリアさんは並ばなくていいんですか?」
「リーダーが並んでるわ。わたしのパーティーメンバーはさっきの大男がいるテーブルよ」
「そうでしたか」
「アリちゃん、オスかメスか見てあげましょうか?」
「いいんですか! 助かります」
ドア付近からは離れているけれど、ここでしゃがむのはジャマになるからテーブルの近くに移動した。
「なんだ? そいつを気に入ったのか」
ギジェさんが話しかけてくるが、グロリアさんはつれない態度だ。ギジェさんは座っていても私よりずっと大きい。立ったら二メートル近いんだろうか。
「こんばんは、アリといいます。いまはグロリアさんからスッポンの見分け方を教えてもらうところです」
「ふぅん? オレは『一騎当千』のギジェルモだ」
ギジェというのは名前じゃなくて愛称か。そしてパーティー名はやっぱり四字熟語なんだな。
「そして手前の列の二番目に並んでいる青いのがうちのリーダーよ」
そこにいた男性は、明るめの紺色をしたベリーショートのツンツンヘアで、キリッとした眉は少しだけ濃い色をしていた。青いのはひとりしかいないから間違いようがないな。
髪の色はともかく、眉やまつ毛、髭をカラーリングしたような姿に慣れてきた私も、青い腕毛や赤いすね毛には、いまだにビビる。
黒や茶色が多いとはいえ、派手な色の体毛を持つ人が少ないわけではないのだ。
「よろしくお願いします」
「じゃあ見せてもらえる?」
バケツの蓋を切り離すようにして取ると、それを床に置く。魔素だから消せるんだけど、普通のバケツだと思ってくれた方が都合がいい。
「まあ!」
「すげぇな」
「思っていたより大きいわね」
「大きいのはダメでしたか」
スッポンも育ちすぎると大味になるんだろうか。せっかくここまで運んできたのに、なんだかガッカリだよ。
「私たちが食べたのはこれの半分くらいだから、味はわからないわ」
「とりあえず性別だろ」
ギジェルモさんは手を突っ込むとスッポンのおしりのあたりをつかんで持ち上げた。そして裏返すとバケツに戻した。
「これはオスだな」
もう一方のスッポンも同じように裏返して、私に見せてくれたのだが、メチャクチャ暴れている。手足をバタつかせて必死そうだ。
「しっぽを見てみろ。長いのがオス、それにこのあたりの甲羅が平らになってるんだ」
「つまりこっちはメスですか?」
こちらはちょっとだけお尻の甲羅が丸くなっているし、チラッと見えるしっぽは短いようだ。
「正解よ」
グロリアさんが笑うと、キレイな三日月がふたつ浮かんだ。
「でもこの大きさのスッポンは売れますかねぇ」
パーティーメンバーの若い男性が話しに加わった。どうやら人懐っこい性格のようだ。あとのふたりは話しに夢中で、こちらのことは眼中にないみたいだ。
「どうかしらね。でも甲羅は売れるでしょ」
「自分で食えばいいじゃねぇか」
「そうですよ。肉が固いとしても、きっといいスープがとれますよ」
にっこりと微笑まれてなんだか居ごこちが悪くなる。それができたらいま困ってはいないのだから。
「私、まだ解体をしたことがないんです」
「えぇっ? スッポンを見たことがなかったからか?」
「いえ、スッポンに限らずです」
「ハンター登録してるから、十歳は超えてるんだろう」
「僕の村の子どもたちは五歳くらいから手伝ってましたね」
「お嬢様なのか?」
マジかー。だから前世の記憶なしを希望したのになぁ。でも私はまだ一歳と言ってもいいはずだ。あと五年たてば解体もできるようになっていると思いたい。
「魚はできます!」
「鳥は?」
「…………できません」
「おまえ、なにを食って生きてきたんだよ」
「ですよね~」
一年間なにもしなくても朝と晩に食事が準備されている、甘やかされたお貴族様生活でしたよ。
スーパーに切り身が売っている世界じゃないからなぁ。徐々に慣れていくしかないんだろうな。だとしてもいまこのスッポンをどうするかだよ。
「大きいとおいしくないのかな。雑炊を楽しみにしていたんだけど」
「ゾースィ?」
「えぇっと、具だくさんのスープにごはんを入れて煮込んで、味を染み込ませた料理? お粥はありますよね」
「粥はガキとかジジイが食うもんだろ。歯がねぇヤツの食いもんだな」
なんたる暴言だよ。病気をしたことがないのか。
「うちでは体調を崩したときはお粥でしたよ」
「私のところはパン粥――」
「待たせたな。あのアベッハの巣は三百五十オーロになったぞ。アマティスタもいい値がついた」
「やった。かなり大きかったもんね」
グロリアさんのかげで見えなかったのか、戻ってきたリーダーが普通に話し始めちゃって、私はどうしたらいいんだろう。話の腰を折ってまで、別れのあいさつをするほどでもないけれど、親切に教えてくれたお礼も言わずにフェードアウトするのも、なんだか失礼な気がするし。
「宿に移動するぞ――――掃除か?」
「いえ、みなさんとお話ししていました」
「真面目に働かないと評価が下がるぞ」
えー、もしかしてギルドの掃除を受けた子どもだと思われているのか?
「じゃあね、アリちゃん」
「はい、教えてもらえて助かりました」
「商業ギルドはとなりだぞ」
「はい、わかりました。ギジェルモさん」
『一騎当千』がギルドを出ていき、これからどうしようかと考えていると、剣呑な雰囲気の声で後ろから話しかけられた。
「おまえ、グロリアさんに馴れ馴れしくすんなよ」
「『一騎当千』に話しかけてもパーティーに入れるわけないだろ!」
マジか、絡まれた~。こちらをにらみつけているのはふたりの青年だった。でもまだ成人したてじゃないのかな。まったくもって迫力が足りないよ。
もっとチンピラ臭のする雑魚っぽい人だったらよかったのにな。神様の方がずっとガラが悪いぞ。
「そうだね。じゃあね」
馴れ馴れしいもなにも、また会う可能性すらないと思うよ。このふたりの話を聞くのも煩わしい。
スッポンが売れないならもう用はないや。さっさと出ていくに限るね――っと、またドアが開けられないじゃん。
もう面倒だからここで買い取ってくれるか聞いてみよう。このサイズは珍しいみたいだからね。
一番列の短いところを選んで最後尾につくと、私の目の前にはモッフリとしたクリーム色の短いしっぽがプルプルしていた。
なにこれ、超癒されるよ。ふわもこのしっぽはウサギさんかなパンダさんかな。でもこのサイズのしっぽがそとに出ているなんて、どんだけローライズなんだよ。
「おい、話は終わってないぞ」
しつこいヤツらだなぁ。ほかにお友だちがいないのか。いくらなんでもぼっちな私よりはいるだろうから、その人に遊んでもらいなよ。
わかった、こういう人がいるから『一騎当千』のリーダーが素っ気なかったんだよ。つきまといウザいとか誤解だからな!
「テメェら、静かにしやがれ」
窓口の向こうから重低音が響くと、目の前の青年ふたりはつまらなそうにギルドから出ていく。
「チッ、おぼえてろよ!」
うわぁ~、こんな捨て台詞を聞けるとは思わなかったよ。長生きはするもんだね。
待っているあいだハンター観察をしていると、この街ではソロで仕事をしている人がほとんどいないことがわかった。そして九割がダンジョンで採取したものを納めているようだ。
「次」
おっと、ようやく私の番だね。
「スッポンは買い取りしてくれますか?」
バケツをカウンターに乗せて、そのあいだから受付のおっさんに声をかけた。
おっさんの顔には、下唇から顎にかけてななめに傷あとがあり、左腕のひじから先がなかった。
「ずいぶんデカいのを捕ったな」
「オスとメスです」
「自分の家で食べないなら、商業ギルドに卸したらどうだ。ここでの買い取りは売れないものに値はつかないぞ」
「解体してもらえますか?」
「ハンターギルドは魚屋じゃねぇぞ」
スッポンは獲物として認められないってことなのかな。どうやらこの国では希少でも高価でもないみたいだし、秋が旬だって言ってたもんね。
「おいおい、お前のかぁちゃんはナイフを持ったことねぇのか」
右隣の受付から報酬の受け取りを終えた男が、突然こちらの話しに口を挟んできた。
「ナイフを持つことはできないですね」
母ちゃんではないけれど、保護者なら先生のことだな。プリ先生がナイフを持つのはムリだ。ナイフのようなことばに、心をえぐられることは多々あるけれどね。
「なんだ、病気なのか? 悪かったな」
男はチラリと受付のおじさんの左腕を見てから、痛ましそうな顔で謝ってきた。
「いえ、大丈夫です」
なにしろめっちゃ元気だからね。きょう森に帰ったら、どれくらい怒られるかが想像できなくて震えそうなくらいだよ。
転生者がまともだったらいいんだけど。いや、まともだったら私に頼んだりしないか。
暗い顔でため息をつくと、勘違いしたのかとなりの男は足早に去っていった。
「えーっと、じゃあバイソンを」
「ツノか?」
「いえ、解体と買い取りを」
「ギルドは出張はしねぇんだ。ここまで持ってこい」
「ああ、カードの確認をお願いします」
受付のおじさんに個人カードを手渡すと、確認してからしばらくのあいだ固まっていた。
ウィル様はコンバの街に来たりしなかったのかな。
「は~~」
ちょっと、そんなにはいたら肺が空っぽになっちゃうよ。
「トニア、解体所に案内してくれ」
「はい、こちらにどうぞ」
「お願いします」
ここのギルドも造りはだいたい同じだ。入り口から右奥に解体所が設置されている。いろんな街を移動するハンターが、施設を利用しやすいように揃えているんだろうな。
私がとおされたところは、王都の解体所よりも少し広めで作業台も大きかった。
案内してくれた女性は部屋の中へひと声かけてから、受付に戻って行った。
「ここに出してくれるかな」
そう言った解体を担当している男性は、左足が太ももの半ばから義足だった。膝とくるぶしの部分にエメラルドのような魔石がはめ込んであり、全体的に艶消しされた黒っぽいブーツのように見える。失礼なのかもしれないけれど、私にはそれがカッコよく思えた。
ケガをしている人は見たことがあったけど、手足を欠損している人には初めて会った。失ったものは魔術で治せないと知っていたけど、義手や義足の技術は遅れていると思い込んでいたよ。
この街のギルドは社会復帰に協力的なんだな。
ズルズルと鞄から出しながら、うまく台に乗るように身を乗りだす。ここに出すのは一頭だけだ。ハバリーもかなり大きいと思ったけれど、これに比べたら子どもみたいなものだったね。
「バイソンか――オスだな。血抜きをしたにしてはキレイすぎるな」
「浄化をしました。管理者の鞄なので狩りたてです。肉以外は買い取りでお願いします」
「大物だな。いまの時間だと引き渡しは明日になるが。それに新鮮だから内臓も必要か?」
「急がないので明日の夕方までで大丈夫です。内臓かぁ、どうしようかな」
「そのバケツはどうしたんだ?」
「スッポンは解体しないって言われたんです」
「家でしたらいいじゃないか」
「解体方法がわからないので」
「ふん、そいつも浄化をかけたのか?」
「ええ」
「じゃあ飯屋にでも持ち込んで、料理してもらえばいいんじゃないのか」
なるほどね。だいたい持ち歩かなきゃいけないわけじゃないんだよ。バケツを球体に変えると空気の出入りだけは許可をして、風で浮かせて認知不可をかけたら、私のあとをついてくるように指定する。
なぜこれを早く思いつかなかったんだろう。やっと両手が使えるな。
「管理者のすることはよくわからんが、あんまり目立つことはするなよ。特に街の南西には行かないことだ」
そこは歓楽街だな。明日か明後日には行くことになると思うけど、きょう行くつもりはないな。
「わかりました。それじゃあ売るのは可食部以外でお願いします」
「枝肉か、それとも部位ごとに分けるのか」
「分けてください」
「デカいから作業は五人だぞ」
「了解です」
話の内容を書き連ねた用紙にサインをすると、番号札を渡される。
「これで引き換えるからなくすなよ」
「ありがとうございます。ではよろしくお願いします」
扉を閉めるときに挟まないよう気をつければ、あとは問題なくスッポンがついてくる。
窓口にペコリと礼をしてギルドを出ると、いよいよスラムに行って頼まれごとを解決しないといけないな。薄暗いなかで見つけることができるだろうか。
「ちーしゃいこを、いじめるな!」
「えぇ~、キミが一番小さいと思うけど」
「おりぇは、ほこりたかき、ゆきひょーのいちじょくら! ちゅよいんらじょ!」
ぷるぷるしながら立ちはだかったのは、背丈が私の腹までの、薄紫色の髪に白いこうもり耳を持つ幼女だった。
雪豹? いや、キミはどう見てもロングコートのチワワだろうが!
アベッハは蜜蜂のような魔生物、アマティスタは紫水晶のような魔石です。
どちらもダンジョンから採れる資源です。




