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核心へと迫る?

 

「なあ、あとどれくらいで着きそうなんだ」


「三、四時間ってとこだろ」


「チッ、胸くそわりぃぜ」


「リタちゃんの店に行ってさっさと忘れてぇよ」


 幌馬車の中には四十代くらいの壮年の男が三人、御者台近くであぐらをかいていて、真ん中あたりには二十代後半くらいの青年がふたり、片ひざを立てて足を投げ出している。幌に背中を預けているからか体調はあまりよくなさそうに見える。

 あとひとりは私の向かい側にいる一番若い小柄な青年だが、ずっとうつむいているし顔色がよくないな。


 さっき話していたのは四十代の三人で、それぞれ右側に剣を置いている。見た感じ人族が多いけど、近くにいる小柄な青年の頭には、ふさふさした毛が生えた耳が見える。そしていまは怯えるように伏せられていた。


 馬車にはそれぞれ八人ずつ、御者台にふたり中に六人が乗っていた。御者台はまだしも幌の中には熱気がこもるのか、チュニックを掴んでパタパタと風を送りながら、グダグダと文句を言い薄茶色い瓶をあおっている。

 中身がなにかはわからないが、酔っぱらってはいないからアルコールではなさそうだ。この中の臭いを嗅ぎたくはないから、特に確認はしていないし興味もない。

 なんだか全体的にくたびれた格好で装備なんてものはなく、ただの村人よりも小汚ない髭モジャたちだ。


 あと三、四時間で着くとは思ったよりも早いね。このペースで夕方にはコンバに着くのか。行きはレアンドラさんたちを見られないように早朝や夕方に移動していたし、村や町に近づくたびに仲間うちで揉めていたとレアンドラさんは言っていた。

 十六人のうちふたりが指示を出していたけれど、もうふたりは探るような目つきをしていて、従わないものをどやしつけていたという。それに残りの十二人が従っていたらしい。


 さすが元騎士なだけはあってよく見ていたと思う。五日かかった行程を約半分で帰ることができるのだから、見られたくなくて遠回りをしたのだろう。この季節に顔を覆うのは、いま悪いことしてますってくらい目立つ行為だからね。

 街の近くでは街道を逸れていたというから、時間が倍もかかったのだろう。

 たぶんコンバの街に住んでいて、山賊のような拠点をそとに持っていないから、街に入れなくなるのは困るんだろうな。犯罪を知られたら街には住めなくなるからね。


 路銀稼ぎなのか襲ってくる動物を倒しては、数人で村に持ち込んでお金に変えていたらしい。充分な費用を準備しないくらい雇い主はケチなのか? 馬車に残る人と町に入る人は交代で宿に泊まっていたらしいから、宿代はかなり浮いたはずだけど。


「本当にあと百オーロ、もらえるのかな」


 膝を抱えた獣族の青年がポツリとこぼすと、ほかの五人の視線が集まる。御者台のふたりはこの六人の話には参加していないようだ。

 青年の左腕には布切れが巻いてあり生の葉が貼りつけられている。あれはたぶんチドメグサだから切ったか刺したかしたんだろう。

 チドメグサはわりとどこにでも生えている草だから、血止めに使うけど製薬して携帯するほどではないのだ。

 よく洗った傷口に揉み込んだチドメグサを塗布するだけだから、そのへんから引っこ抜いてきて処置したんだろう。


 タイムリーにお金の話が出たのにそれ以降は口をつぐんでしまった。

 決定的な発言がなくてやきもきするけれど、やっぱりレアンドラさん誘拐事件の実行犯だよね。

 どうやらお金で雇われたっぽいけど、子爵邸を見張ってた男たちはリーダーに従ってたよね。見張り組は実行組を羨ましく思ってたみたいだけど、こっちはお酒飲んで遊んでるって雰囲気じゃないんだよなぁ。


「ほんとにあの人、貴族を脅してたのかな」


 んん? ちょっとその話詳しく説明して!


「いくら懲らしめるためでも子どもに罪はないよ」


「あ゛あ゛~! だからそれは話し合ったろ! いまさらどうしろっていうんだよ!」


 いや、邪魔すんなよ。独白のなかに犯行を確定することばが出るかもしれないだろうが!


「オレはもうスラムには戻りたくねぇんだよ!」


 スラム? まだ見たことがないけれど、この国にも貧困層がいるのか。

 獣族の青年が身じろぎすると背中から大きなしっぽがあらわれた。なるほど、この人は栗鼠人なのか。赤茶の毛だからキタリスみたいな種族なのかな。


「左からヤブイヌだ。数は……十二!」


 前を行く馬車からあがった大声に男たちは武器を取り、速度を落とした馬車から飛び降りていった。私はぶつかってバレるのを避けるために、いちばん先に馬車を降りて邪魔にならない位置に移動した。


「毛皮は売れねぇし、肉くらいか?」


「いや、追い払うだけでいいだろ」


「なんでヤブイヌが出てくんだ?」


 前方の馬車に繋がれた馬は驚いたのか、興奮したように脚を踏み鳴らしそれを御者がなだめている。数匹は左右に逃れたけれど正面にいるのはあきらかに怯んでるから、こちらを襲うために出てきたようには見えないんだけど……。


「バイソンが来るぞ! 数は二だ!」


 ヤブイヌと呼ばれた赤茶色の動物は犬の仲間にしては耳が小さく、頭部は明るい毛で胴体や四肢は黒っぽい毛に覆われている。脚が短いから太ったイタチも見えるな。キュンキュン鳴いていて大きさもガウターよりずっと小さいから、人を襲う動物とは思えないんだけどね。

 遅れてきた数匹のヤブイヌはすぐに左右に別れて逃げると、そのあとからバイソンが二頭こちらに向かってくるようだ。どうやらヤブイヌたちはバイソンに追われて、この馬車の前に飛び出してきたらしい。


 しかし困った、十二頭が逃げるくらいだから追ってくる二頭は相当強いんだろう。ここにいる男たちは剣を持つものが数人いるが、あとは長めの棒が武器らしく見た目からして頼りない。まぁ、私の支える君二号よりは立派だがね。

 バイソンは前世で聞いたことがある名前だ。ヤブイヌは知らないけれど地球にいた生き物なら大したことないのかな…………って思ったりしてすみませんでした! これはヤバイよ。みんな殺されるんじゃないか。ヤバいヤバい、どうしたらいいんだ。だけど結界に入れたらバレちゃうじゃん。


 バイソンは三メートル以上はある牛のお化けで、厳ついし肩パッド入れ過ぎかってくらいのいかり肩だし、頭よりも背中の方が高くなっている。

 それに気が立っているから土を蹴りあげていて鼻息が荒い。メチャクチャ怖いんだよ。


「お前ラ、一頭は必ず仕留めろヨ。こいつは高く売れるゼ」


 語尾に微妙な特徴がある男は御者台の上から偉そうに指図している。こんなのと戦わせるなんて頭がおかしいんじゃないのか? それならそこから降りてきて自分が倒せばいいじゃないか。


「これはムリだ! 逃げた方がいいぞ」


「うるさい、黙れ! さっさと剣を抜け」


 偉そうな奴その二も残念な思考回路を持っているらしい。


「ギャァー!」


 端にいた男が馬車の陰に隠れようとした瞬間、体当たりされて吹き飛んでいった。

 人とバイソンに挟まれていたヤブイヌは、その叫び声を聞いて動き出す。もちろん馬車を避けるとそれを壁にして逃げ出したのだ。野生の生き物は賢いな。敵わないとわかったら速攻で逃げるのは、生き残るための常套手段だからね。間違っても群れのボスは戦えなんてバカなことは言わないんだよ。

 バイソンは男を弾き飛ばしたあと、勢いあまって幌馬車の横に固定してあった水樽に激突した。水樽は木っ端みじんに砕け水しぶきがあたりに撒き散らされた。しかも左の後輪が衝撃で外れている。


「怖えぇぇ~。チコさんのコップより小さいけど、何百オーロするんだろう。吹き飛ばされた人はもしかして即死したのか?」


 真横にいる巨大なバイソンにチビりそう。結界さんは本日も大活躍だ。私は魔素なしでは生き残れなかったね。


「誰か手を貸して! 緑さんの腕が!」


 赤毛のリス君が弾き飛ばされた男の側にしゃがんでいて、もうひとりがバイソンを警戒している。もう一頭は前の馬車に乗っていたと思われる十代後半の少年に頭突きをくらわせた。

 やっぱり棒じゃ歯が立たないよ。


「仕方なイ、逃げるゾ」


 リーダーっぽく命令していた男がそう言うと、前の幌馬車が動き出した。動き始めのうちに何人かは後ろへ飛び乗ったが、怪我人や後ろの馬車の近くにいた人は取り残されている。

 呆然と立ちすくむにはこの場所は危険すぎだ。去っていく馬車を見つめる無防備な横っぱら目がけて、頭を下げたバイソンにその人は気がついていない。叫び声で注意を促すよりも速く、私はカーテンを引くように防御の結界をバイソンと男たちのあいだに展開した。


「危ない! 逃げろ! …………あれっ?」


 波線のような形状をした結界を真っ直ぐに伸ばすようにして、人の輪の中に入りすぎたバイソンをそとに押してやる。イライラしたように結界に体当たりしているが、私の結界はびくともしないのだ。

 逃げた幌馬車はどんどん小さくなっていき、こちらの様子に気づいた気配はない。戻ってきたら面倒なので後ろは見ずにとっとと逃げたらいいよ。

 こちらの馬車は一カ所車輪が外れただけで馬は二頭とも元気だった。しかし御者台にいたふたりは前の馬車に乗り込んで逃げたらしく、この場所にはいなかった。


 倒れているのはふたりだ。最初のひとりにはリス君と二十代後半と思った男が、少年のところには一緒の馬車だったのか、五十代くらいの年配の男が側にいた。裂けて血が出ている箇所を圧迫しているようだ。

 横から襲われそうになっていた人は腰を抜かしたのか、這いつくばっているが問題はなさそうだね。

 そのほかの人はうまく避けたのか、それとも襲いかかるようなまねをしなかったからか無事であった。


「なんだ? どうしてこっちにこないんだ?」


「見えない壁ができたみたいだな」


「おい、チビは大丈夫なのか?」


「ああ、ツノが掠めただけだ。骨は折れてねぇな」


「こっちは右肩をやられてる。医師に見せないと……」


 置いていかれたのは七人か。前の馬車の四人と後ろの馬車の三人、あとの九人は馬車に乗って逃げたと。後ろの馬車の御者台にいたふたりの動きが素早すぎだね。緊急時は片方を捨てる算段でもしていたんだろうか。

 こちらの馬車から逃げたのは、御者台近くに座っていた四十代くらいの男三人だ。長く生きている分判断力に()けていたのか、それとも袖の下を渡して有益な情報を得ていたからなのか。どちらにせよ半分以上の人が怪我人を放置して去っていった。

 あの様子では助けを呼びに行ったとは考えられないから、この人たちは死んだものとされるのかもしれないな。


「そっちの人は意識はあるんですかね?」


「誰だ!」


「どこにいる?」


「子どもか?」


 キョロキョロしていて質問に答えてくれる人はいないみたいだ。姿を消したままなのをすっかり忘れていたよ。

 認識阻害の魔術を解いて結界の側に姿を現す。すぐ後ろにはバイソンがうろつき、私の背中めがけて体当たりをかましている。

 ヤブイヌはなにをしてバイソンをこんなに怒らせたんだ。後ろに引き連れて逃げているならトレイン宣言してくれないと。まったくマナー知らずなヤツらだよ!

 私の姿に驚くのはわかるが、いまは怪我人の処置が優先されるだろう。


「で? 緑さんは意識ないの?」


「あ、あります!」


 リス君は飛び上がるように驚いたがちゃんと答えてくれた。

 様子を見るために近づこうとすると、後退りしつつも武器を下げてくれない。そういえばまだ名乗ってなかったな。


「私の名はアリ。青の森の管理者で、いまは悪者を断罪するために出張中なんだよね」


 それを聞いて私を囲む男たちは顔色をなくし立ちすくんでいる。意外なことに言い訳する人がいない。もしかしていま頭の中で考えている最中なのかもしれないけれどね。


「あの!」


「なにかな?」


「罪を償うのは緑さんの肩を治してからではいけませんか。どうかお願いします。ケガをしたまま鉱山に連れていかれたら、腕を動かすこともできなくなってしまいます」


 子ども相手にていねいなことだね。この国の人たちは管理者という生き物が、どんな立場にあるのかをよく知っているらしい。

 恐ろしいドラゴンを従えている、見た目は子どもで知能は数百歳だもんな。私はまだぺーぺーだけどウィル様効果も後押ししてるのかもね。

 それにしても犯罪者は鉱山送りになるのか。

 誰が刑罰を決めるのか知らないけれど、この国には罪を犯せば罰せられる制度はあるんだな。


「そのつもりでバイソンを遠ざけたんだよ」


 とりあえずいまは馬車を中心にしてドーム型に結界を張っている。この人たちを信用していないので、自身の結界はそのままだから涼しいのは私だけだ。ドーム型の結界はバイソンを近づけることはないが、逃げられないように外へ出ることもできない仕様にしてある。

 いますぐ処罰されないと知って安堵のため息を吐いているが、君たちが無罪になることはないぞ。

 緑さんに近づくと、側にいたふたりは場所をあけて私を通してくれた。歯を食いしばり痛みに耐えているようだが、顔から脂汗が滴り落ちてとても辛そうだ。


「なんだかなぁ~初使用がこんなこととはね」


 私は鞄から乾燥させたあるものを取り出した。ケガの具合からひとかけらで充分だろう。

 四本に分かれた根の一部を折り取ると残りは鞄にしまい、かけらは薄い桃色の粉になるまで風で切り刻んだ。

 それを緑色の髪の緑さんの口に咳き込まないよう水で流し入れてやった。緑さんは目を白黒させていたが、誤嚥(ごえん)することなく飲み下した。


「い、いまのは、もしやピョップンでは?」


 震える声で確認してきたのは三十代後半の、髪も髭も黄色いモジャモジャの男だった。その目はミルクチョコレートのような色で驚愕に震えていた。

 まあね、私も内心ブルブルしてるよ。超貴重な麻酔薬であるピョップンの粉薬を、よりにもよってレアンドラさん殺害未遂犯に使うとはね。正直、痛みにのたうちまわればいいじゃんとか思ったけど、なんだか思っていた犯罪者とは違うんだよね。


「えぇ? 痛くねぇ! 治ってる」


 薬が効いたのか、さっそく立ち上がって腕を回そうとする緑さんを止める。そしてもちもちしたクッションを魔素で作ると、三角巾で腕を吊るすようにして固定した。


「たった数分で治るわけないよね? バカなの? 痛みを感じなくなっただけでケガの治療はしてないんだから動かないでよ!」


「お、おう。すまない」


「リス君、緑さんを馬車に乗せてくれる?」


「えっ、ボクのことですか?」


「あれ? 栗鼠人じゃないの?」


「いえ栗鼠人です」


「じゃあリス君でいいじゃん」


 おばさんらしい強引さで偉そうに指図すると、こんどは少年の腕の具合を確認した。

 圧迫している上から浄化魔術をかけて傷の深さを確認すると、長さは十五センチくらい深さは数ミリの切り傷だった。あとは打撲で骨には異常がないらしく、そのうち紫色に変色するくらいだろうとのことだった。

 五十代のおじさんがチドメグサを集めてきたので、それにも浄化をかけてキレイな水を加えてもったりとした塗布剤にした。腕に塗って布を巻つけるのはおじさんに任せた。

 私は医師じゃないから包帯の巻き方なんて知らないんだよ。


 外れた車輪はスポークも無事だし車軸が歪んでもいなかった。スペア車輪が水樽の反対側に積んであったが、そちらを使わずにすみそうだ。これは私が判断したのではない。馬車の構造なんて知らないし修理なんてできないから人任せだ。

 粉砕された樽はどうしようもないから、馬には水桶を作って常温の水を出す。嬉しそうに嘶くとゴクゴク飲み干したので、満足するまで飲ませてやった。

 脱水で倒れられても面倒なので、もちろん人にも飲ませたよ。


「さてと、それじゃあ聞かせてもらおうかな」


 私は七人の男たちをゆっくりと見回すと、よくないことを企んでいるかのようにニヤリと口角を上げてみせた。


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