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スローライフ 押しつけられました  作者: 夜昊
本編

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79/113

管理者は暗躍する

食事中の方はご注意下さい。

 

「この街は周りの土地よりも低いところにあるんだな」


 視界に入る建物はすべて土台が高めにできていて、このあたりが昔から浸水しやすい場所であることがよくわかった。きっと街の南側にある大河が、雨の多いときに氾濫することがあるのだろう。

 日は傾いたがまだまだ明るい午後六時、私はレアンドラさんの家があるブレソの街に来ていた。


 ここはアセデラの街とそう変わらない広さだが、人口は四分の一もいないんじゃないだろうか。街を囲う石壁も三、四メートルくらいなので、獣族や翼族なら越えられるんじゃないかと不安になる高さだった。

 門は東と西に一カ所ずつあり、木製の櫓がその側に建てられていた。櫓の高さは石壁の倍はあるから、こっそり越えることは難しいのかもしれない。


「レアンドラさんの家はここだね」


 教えてもらったとおり、その家は街の中心よりやや離れた閑静な住宅街にあった。この街では子爵家次男の肩書きもかなり立派な方なのかもしれない。隣家とのあいだに庭があるから誘拐時も気づかれなかったのだろう。

 家の周りをグルグルまわって異常がないか確認してから、そっと窓に近づき中を覗くと、誘拐犯たちが押し入ったにもかかわらず整然としていた。これは夫の家に行ったという話の信憑性をあげるために、拐った後で家の中を片づけた人がいるんだな。そしてその人が近所に嘘の情報をばらまいたんだろうね。


 家の中を確認するのをやめてこんどはあたりを見回し、怪しい人物がこの家を見張っていないかと目を凝らした。小さめだがキレイな庭付きの家から、領都に近いわりにのんびりとした街並みを眺める。ここに住む住民ものんびりした気質になるのか、善良そうな親子連れが手を繋ぎ、夕飯の買い物帰りといった雰囲気で目の前を歩いて行った。

 普通なら私の方が不審者として怪しまれそうだけど、通りを歩く人はチラリともこちらを見ない。なぜならいまの私は誰からも認識されていないからだ。


 青の森の管理者がブレソの街を訪れたら、さすがに噂になるだろうと思い、結界の外側にステルス機能を持たせてみた。光学迷彩なら格好よかったのだが、仕組みがさっぱりわからなかったので、イメージはにゃんこロボの道端の石っぽくなれる帽子だった。

 つまり管理者だから可能な魔素による力業だ。


 結界の外からは私の姿はおろか音や気配、匂いすらも遮断されている。その状態でしれっと門をくぐりブレソの街に不法侵入しちゃったのだ。

 この魔術はオルランド様もファムさんもぜんぜんわからないと太鼓判を押してくれたので、自信をもって使っている。

 しかしそれでいいのか王弟殿下よ。管理者だからと許されていることが大きすぎて、小市民としてはガクブル状態なんだが。


 街に入るための税金はパパガヨ国内では徴収していないから、こっそり入っても犯罪ではないらしい。徴収しないのは商人たちの出入りを活発にするためだ。どの町や村でも行商人が立ち寄ってくれるのはありがたいらしく、入町税なんて取ったら次から来てもらえなくなってしまう。この国はまだまだ売り手市場なのだ。


 だけど他国から入国する際には一人十オーロ支払わなければいけないらしい。これは国ごとに金額が設定されているのだが、どの国でも管理者は出入り自由なのだそうだ。

 たしかにドラゴンで移動する管理者がわざわざ関所を通るとは思えないし、ドラゴンと一緒に出入国審査待ちの列に並ばれたら周りの人たちが嫌だろう。

 特にメリットがないけど、チコさんがいれば密入国し放題だな。


 それはともかく、ブレソの街では新しい情報はなに一つ得られず、門が閉まる時間までは余裕があるためコンバの街に移動することにした。

 いまの季節、このあたりの街では午後八時には閉門してしまう。だがコンバは領主直轄の街であるし、ダンジョンにもっとも近いので門が閉まるのは午後九時と聞いた。

 私はまたしてもこっそりとブレソの東門をくぐると、街道を避けてコンバを目指して北東に向かって走り出した。


 百メートル近く離れた街道を荷馬車や馬、そして徒歩の旅人が行くのを警戒しながら進むと、二十分もかからずにコンバの街が見えてきた。

 喉が乾けばビワの実にかじりつき、種は庭のどこかに蒔いてもいいかと鞄にしまった。そんな行儀の悪さも見えない結界の中にいるので、誰からも注意されることはない。

 だがコンバの街には一個中隊の騎士が派遣されているし、その中には魔術師も含まれているのだから、ブレソの街に侵入したよりは注意が必要だ。


 騎士団にいる魔術師は王宮にいる魔術師よりも使える魔素料は少ないかもしれないが、騎士たちと行動しているから勘が鋭いかもしれない。管理者が不法侵入をしようとして捕まるとか、プリ先生には絶対に知られたくない事案だね。

 この街の門は東西南北の四方にあるが、南門の出入りが一番多いらしい。それは街の南側にコンバダンジョンがあるからだ。私はその人混みに紛れることにした。


 いまもダンジョン帰りのハンターたちや、荷馬車の列が三十メートルは続いている。これはチャンスだとなるべく列には近づかないように、移動する人の波に合わせて門をとおり抜けた。

 誰にも気づかれていないか横道にそれると、そっと振り返って門番の騎士たちの様子をうかがい、こちらを見ている者がいないか見回してみる。

 胸壁に立つ見張りの騎士も門の向こう側に注視していて、街に入った者には気にも留めていないようだ。


 街に入ったハンターたちは皆同じ方向に進んでいるから、そちらにギルドがあるのだろう。

 その人通りの多い中心街を避けて街壁沿いの道を行くと、しばらく歩いた北側に貴族街が広がっていた。

 コンバの街に問題の子爵家と義姉の実家である伯爵家の屋敷があるのだ。

 一番大きくて敷地が広いのが領主であるアルベルダ公爵の屋敷で、そこから扇状に貴族の邸宅が並んでいる。


 アセデラの街には二個大隊、つまり二千人の騎士たちが配置されているから、街中を巡回している騎士たちがものすごく多かった。あの街で悪いことをしようとする人は、よほどずる賢いかとんでもなく頭が悪いかのどちらかだろう。

 騎士が立っていない通りはないというくらい厳重だったのは、パト国から入国してすぐに訪れる街だからだろう。


 対してコンバの街は騎士の配置が十分の一だ。ハンターも多いからか夜のお店も少なくないようで、南側は治安はいまいちだが賑やかではあった。

 それでも北側に来るとそんな派手さは鳴りを潜め、落ち着いた佇まいの屋敷が続いている。

 門番の装備をこっそり観察したり、門扉のデザインに見いったりしながら、ようやく目的地である子爵家にたどり着いた。

 門番はさることながら、敷地内を監視しているかのような男たちの姿が目につく。


「ふぅん、これは怪しいね」


 敷地を囲む高さ三メートルほどの塀をクルリと一周して、なにもない場所を見つけると魔素を使って飛び越える。音をたてずに着地すると庭の片隅で立ち上がった。

 木が生えていたり塀に段差があったりというようなところには、厳つい男たちが特に注意していたから、あえてなにもないところからの侵入である。魔素様々だな。


「番犬はいないみたいだ」


 仕事をしてるだけのワンコを痛めつけるのはムリだから助かったよ。

 二階建てのテューダー様式っぽい屋敷は大き過ぎず、よく手入れされた庭には色鮮やかな花が溢れている。しかし跡取りを失ったことと胡散臭い男どもがうろついているせいか、どんよりとした空気に包まれている気がした。


「どっか窓でも開いてないかなぁ~。暑いんだったら我慢しないで窓を開けたらいいのにね」


 防犯のために開けないんだとしても、すでに子どもがひとり侵入中なんだよね。

 目立つ庭にはいないが、裏にある使用人用の通用口にも男が目を光らせている。やけに物々しいけどこれは何に備えてるんだろうね。怪盗からの予告状でも届いたのか?


 どこか開いている場所はないかと見上げていたら、屋敷の裏側にいた男二人が見張りもせずに雑談をしていた。しかも行儀悪く立ちション中だ。男性はなぜ排泄しながら会話ができるんだろうな。女子トイレでそんなことしてる人を見たことがないんだが。

 もちろん立ちション姿は見ていたくないから、陰からこっそり立ち聞きするに決まっている。


「なぁ、いつまでこの家を見張ってなきゃいけねぇんだろうなぁ」


「んあぁ? そりゃあ指示があるまでだろうよ」


「オレも森に行きたかったぜ」


「まあな、こっちには『疾風迅雷』が来るかもしれねぇんだろ」


「それな! たかが元騎士の女とガキ相手にぞろぞろと引き連れてくことねぇだろ」


「だよな、こっちは交代もままならねぇってのによ」


「予定では明日戻ってくんだろ」


「なにか理由でもつけてノロノロしてんじゃねぇの? 帰りは酒も女も買い放題だろ」


「クッソ! アイツら上手いことやったよな」


「おい! お前らくっちゃべってないでちゃんと見張ってろ。飽きたんなら塀沿いを一周してこい」


「チッ、行こうぜ」


「おう」


 う~ん、もう少し重要な話でもして欲しかったのに邪魔が入ったよ。ただ見張っているのはこの家って言ってたね。ってことはやっぱり義姉の実家が黒幕なのか?

 ふたりは嫌々指示に従ったようだが、つまりこれは上下関係がある集団ってことだよね。この偉そうな人のあとについていけばなにかわかるかな。


 結界魔術は自信作だがさすがにぶつかるとバレるので、少し距離をおいて尾行する。物陰に隠れながらジグザグに走ってついていくような、そんな刑事ごっこもしてみたかったけど、まったく見えていないんだから大人しく真後ろを歩いている。

 偉そうな男は裏口から子爵邸に入っていき、後ろ手に扉を閉められた私はあっさりと尾行に失敗した。


「いや、この場合、近すぎて扉に挟まってたらすぐにバレてたし」


 負け惜しみを言っても誰も聞いていないが、侵入に失敗したなら諦めも肝心だ。

 伯爵邸を捜査したら今日のところは森に帰ろう。お子さまが寝る時間には森に着かないだろうけど、夜更かしは身体によくないからね。

 見張りの男たちの人数を数えながら塀の角に向かうと、三角飛びの要領で蹴りあがって前宙を決めて着地する。うん、忍者っぽいね!

 鼻唄混じりでご機嫌に通りを進むと、一キロほど離れた場所にある伯爵邸の前で腕を組み、目の前の建物を見上げた。


「なんかショボくない?」


 領主の住まいが豪邸なのはわかる。あれを基準にして子爵邸がややこぢんまりしていたのは下級貴族だしなってことで納得した。けれどここは伯爵の住まいだぞ? 規模がさっきの子爵邸と同じくらいじゃないか。爵位の高さと保有している財産は比例しないとは知らなかった。

 門番は特にいないみたいだけど金属の柵みたいな門はしっかりと閉められている。もしかして魔道具かなんかで近づいたら自動で開くんだろうか?


「センサーがあるようには見えないけど、こっちの常識に疎いからな~」


 都合よく野良猫がとおりかかったりしないかなぁ。薄暗くなってはいるけどまだまだ活動できる明るさだから、このあたりの人通りのなさは、たんにお貴族様の邸宅ばかりで飲み屋とか宿屋がないからだろう。

 塀の上に対泥棒対策の魔道具がないことはオルランド様から聞いている。王都の城壁すら何人もの見張りをたてているのだ。それで発生する雇用もあるだろうから、安易に魔道具化は勧められないな。


「とりあえず跳び越えるか?」


 塀の向こう側がわからないから、塀のてっぺんを歩いてみるかな。跳び越えた先が池だったらさすがにごまかせないし。

 軽い助走で塀を蹴り三歩めで手をついて身体を引き上げた。アラサーだった頃にはやろうとも思わなかった動きだね。

 ブロック塀の二倍ほどの厚さがあるこの塀は、上を歩いても踏み外すことがないくらい平らで安定していた。右側にある伯爵邸を見ながら時計回りに歩いていると、二階の窓が開いている部屋があった。


「灯りがついてるし、確実に人がいるよね~」


 でもいたからなんだというんだ。見つからなければいいのだよ。

 塀を飛び降りて外壁の装飾である木の出っぱりに手や足をかけて、猿のようにスルスルと上ると開いている窓の枠につかまって部屋の中を覗き込んだ。

 そこにいたのは十代前半くらいの少年だった。

 机に向かって本を読んでいるから顔はさっぱりわからないけれど、たぶんこの子が義姉の弟で伯爵家の跡取りであるハイメ・ロルダン君だろう。


 この部屋に侵入しても廊下に出られなかったら意味がないんだよなぁ。私が見たいのは現当主の執務室なんだけど……。仕方ない、この部屋は諦めてほかに開いているところを探すかな。

 窓枠から手を離して衝撃を分散させるように風をおこす。


「べつに貧乏なわけじゃなかったのか」


 邸宅の規模が子爵と変わらないのはお金がないからではなさそうだ。着ているものも安っぽさは感じなかったし、調度品も立派で本棚には厚めの本がギッシリと詰まっていた。

 それにテーブルでは侍従らしき男性がお茶をいれていたからね。貧乏だったら人はそんなに雇えないでしょ。いや、知らないけどね。

 貴族のイメージが映画やマンガのフィクションでしか見たことないし、知り合いに富豪もいないし。


 とぼとぼと歩いていると家の西側に庭が造られていた。薄暗いなかでぼんやりと光っているのは白い石像だった。よく女神の像とか天使の像とか見たことがあったけど、これはこの国にいる生き物だと思う。シカみたいだけど、ツノがマーコールみたいにねじれている。悪役令嬢のドリルヘアみたいな感じだな。

 ドラゴンもいたけど、チコさんの口にはバビルサみたいな犬歯ははえていない。想像上の生き物なのか実際に存在するのかはしらないけれど、自分の牙が頭に刺さるのは明らかに設計ミスだと思う。


 謎生き物の石像はすべて見たし、開いている窓から家の中も確認した。義姉の両親らしき壮年の男女も見つけたし、しばらく会話も聞いたけど誘拐に関連する話は出なかった。

 得るものはほとんどないし、食事のタイミングも逃してしまい、今日はさんざんな一日だった。

 明日こそはしっぽを掴んでやるぞと捨てぜりふを吐いて、私は真っ暗闇の中を青の森へと急いで帰ったのだった。


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