大暴落からのうなぎのぼり(後)
「うわ~! スゴいなぁ。これはランブータンですね! コンガスの実にシンガスの実なんて乾燥地帯にしか生えていないのに。あぁメロコトンまである! 素晴らしいです。おや? こちらはクプの実にしては大きいような……」
などなど、テーブルの上の果実の山を前にして興奮気味に語りだしたおじさんは、毛髪が白いだけで見た目よりもずっと若いのかもしれないな。
「落ち着いてくれエメリコよ。これではいつまで経っても紹介ができないぞ」
「申し訳ありませんオルランド様。ですがギルド長とは面識がありますが?」
あれっ? 私って視界に入らないくらい存在感がない感じですかね。まさかファムさんによる筋肉の壁で私が見えていないんだろうか。
よいせとソファから立ち上がると、ようやく料理長であるエメリコさんが私に気がついたようで、オレンジ色の目を丸くして驚いていた。
「おや? ギルド長に娘さんがいたとは知りませんでしたね」
「いや違うぞ。管理者殿、彼はうちの料理長であるエメリコだ。エメリコ、彼女は青の森の管理者だからファムとは親子ではないぞ」
「ほう! そうでしたか。管理者様初めまして」
「アリです、よろしくお願いします。あとランブータンとかコンガスの実ってどの実のことですか?」
「エメリコ、管理者殿に教えてくれるか? これでうまい飲み物を作ってくれるのだ」
「それは素晴らしいですね! おや? これはマルマの実ではないですか! 『疾風迅雷』が帰ってきたんですか?」
「まだだ。これはアリが納めたものだ」
「そうでしたか。マルマトウがみっつ……今日のデザートはカラメルプリンにしましょうか」
「えっ! プリン!」
この国にもプリンがあるんだね! フルーツタルトがあったから、デザートのレベルも日本とそんなに変わらないんだろうか。でもお手軽感はないから高級なお貴族様のオヤツなんだろうね。いいなぁ、王弟殿下の料理長だもんなぁ。きっとおいしいものをいろいろ作れるんだろうね。
「管理者殿もプリンを知っているのかな」
「前世でも食べてましたよ。オルランド様も甘いものが大丈夫なんですね」
「ああ、好きだな」
「ファムさんはそうでもない感じでしたね」
「そうだな。オレはどちらかと言えば辛いものの方が好きだ」
「辛いものもおいしいですよね。麻婆豆腐とかカレーとか!」
「管理者様! それはどんな料理ですか!」
エメリコさんが食いついたけどオルランド様もファムさんも頭上にハテナが浮かんでいるような表情だ。つまりこの国にはカレーも麻婆豆腐もないんだな。少しでも似ている料理があればいいんだけど。
「エメリコさん、豆腐は聞いたことありますか?」
「トォーフゥ?」
「ノオ~~~ウ!!」
豆腐は無いのかぁ。エメリコさんの発音はどう考えても既知のものではなかったな。明らかに語尾が上がっていて疑問系なことは間違いない。
豆腐が無いなんて絶望でしかないよ。豆乳までは作れるけどにがりって何からできてるんだっけ? スーパーでは液状で売ってたし、海水から塩を作るときにできるっている知識はあっても、それがどんなものかは知らないんだよ。つまり豆腐は自力で作れない。塩を作っている作業場でにがりを探すのか? 匂いも味も知らないのにムリでしょ。
「大豆は?」
「大豆はありますよ。馬が食べます」
まさかの飼料ですかぁ~!
「…………人は食べないんですか?」
「どうでしょう?」
マジで~!! 食べようよ! 枝豆とか超うまいじゃん。夏はビールに枝豆がジャスティスでしょうが! エンドウ豆を食べるのに大豆は食べないとかどういう理屈なの? 納豆の作り方もわからないし、これじゃあせっかくトンブリがあるって喜んだのが無駄になっちゃうよ。トンブリは納豆に入れてこそ、その真価を発揮するのに。
ちょっと待って! 食べないってことは食材じゃないってことだよね。と言うことは……。
「エメリコさん……味噌または醤油という大豆や麦から作られている調味料はご存じでしょうか……」
エメリコさんの頭は四十五度くらい横に傾いた。わからないんだね。あぁ、私は深い悲しみに包まれたよ。米があるのに醤油も味噌もないなんて。作り方なんて知らないから自分で開発もできないし……。
「管理者様はどこの生まれなんですか? ボクの知らない料理を教えて欲しいです」
「異世界です! そしてこちらこそ教えてもらいたいですよ。食材や調味料とかも! エメリコさん、是非とも私の料理友だちになってください! お願いします!」
アリは頭を下げて右手を差し出すと、エメリコさんはその手をガシリと両手で握った。やった! 私たちって両思いなんだね! 王都のレストランじゃないけど料理長と仲良くなることはできたぞ。
そこからは怒濤の情報交換である。
アリがもいできたラグビーボール大の黄色い実はコンガスといい、中身は炭酸水が詰まっていた。これは無糖で強炭酸だけど軟水寄りなのか飲みやすかった。そして白い方はシンガスの実で真水が採れる。こちらも軟水で、乾燥地帯に生える旅人の命とも言える貴重な木の実だった。
このふたつの実がなる木の形状は剪定されたわけでもないのに開心形に枝が広がり、実が二メートルくらいの高さに鈴なりだった。つまりものすごく採りやすい。
どうやらこの世界の人々は神様に愛されているらしい。
毛がたくさん生えている赤い実はランブータンといい、中身は半透明な白い果肉でこれもライチに似ていた。私はこちらの方がサバラよりも瑞々しくておいしいと思う。
熟すまで放置しようと思っていたキウイは、中身がピンク色で種が黄色かった。これはウィル様が買ってきたフルーツタルトに入っていた謎果物のひとつで、名前はパッホと言うらしい。色以外はキウイと同じに見えるが酸味よりも甘味が強く、運んでいる間にゆっくりと熟していくのでハンターにも人気があるらしい。
こんど森で見かけてもあまり採らないようにしようと思う。管理者は森の奥にあるものを採取した方が喜ばれるもんね。
そしてエメリコさんもサバラの実は食べたことがないらしく、アリが差し出した実をゆっくりと味わってはどんな料理法があるかと考え込んでいるようだった。試しに皮を口に含んだら、顔をしかめてペッペしていたから、皮は食べられないんだろうね。ジュースやジャムとかスムージーにするときは皮をちゃんと剥くことにしよう。
オルランド様が甘党と知ったので、彼のスムージーはメインにメロコトンを使う。あと何種類か混ぜようと思うけどバナナや牛乳はないんだよなぁ……と考えていたら、エメリコさんが厨房から持ってきてくれた。
バターやチーズは普通に売っているが、これからの季節は店頭にはあまり並ばないらしい。冷蔵庫はお高い魔道具でまだ普及率が低いから、大きな商店が近隣の農場から買いつけてきて、領主館に届けられている。牛乳となるとさらに貴重品になるようだ。
バナナはパトの南側の地域の特産品でパパガヨ国には生えていないらしい。これは交易品だからちょっと高いのだとか。バナナもフルーツタルトには入っていたから、あのケーキの値段がいくらなのかあまり知りたくない。絶対にお貴族様御用達のお店だ。でもいつか行ってみたいな。
とりあえず材料が手に入ったから、メロコトンとバナナと牛乳を凍らせてスムージーにすると、そっとグラスをオルランド様の前に置いた。
あとはコンガスの実をキンキンに冷やしたものと、凍らせた果物を一センチ角に刻んだものを、透明なガラスのピッチャーに合わせて入れるとテーブルに置いた。色とりどりの宝石のような果実と、小さな気泡がシュワシュワと弾ける様子がなんとも涼しげである。セルフサービスで飲んでくれたまえ。
「好きに注いで飲んでください」
「ふむ、これはうまいな。牛乳は苦手だがこのようにすると飲みやすいのだな」
感心したようにオルランド様が感想を述べているが、上唇に白いお髭ができている。指摘していいのか迷うね。こんなときは気づかないふりだ。
エメリコさんはピッチャーに入ったサイダーを、いろんな角度から眺めている。料理人視点でなにか思うことでもあるんだろうか。
ファムさんは気にせずゴクゴクと飲み干している。
コンバからの返事が来るまではすることがないしオルランド様もここで待っていていいと言ってくれたので、エメリコさんと食べ物について意見交換をすることになった。
オルランド様は返事が来るまでと、執務に戻っていったからちょっと気持ちが緩くなる。私というエアコンから離れがたいのか執務室に誘われたけど、それはていねいにお断りしておいた。だってエメリコさんと食べ物の話をしている方が楽しいし。
ファムさんは今日は最後まで私に付き合ってくれるらしく、申し訳なく感じたのでマルマラシを二個手のひらの上に乗せておいた。
「アリさん! それはマルマラシですね」
ぜひ名前で呼んでくださいと再度お願いすると、オルランド様はアリと呼んでくれたのだが、エメリコさんはアリさん呼びだった。蟻はまだ見たことがないんだけどこの国にはいないんだろうか。ごっつんこはしたくないね。
アリっちの次に複雑な気持ちになる呼び方だが、そもそも私が名前をアリにしたんだから仕方がない。
「そうです。普通の唐辛子はありますか?」
「細くて赤い実ですね」
唐辛子は料理以外にも米びつの防虫や寒い地方ではカイロのように使うらしい。
ここは暖かい地方だからか、辛いスープなどの料理が豊富らしいから、時間があったら街のレストランか屋台に行ってみたい。
「豆腐がないなら麻婆茄子でもいいよね」
そうだ、代わりになるおいしい食べ物はたくさんあるじゃないか。魚醤があれば似たような料理は作れるはずだ。
「マァボーナスゥ?」
「茄子はありますか?」
茄子があるならいまが旬なはずだ。
「それは紫色の皮を持つクリーム色の野菜ですね。油との相性がいいです」
それは間違いなく茄子だね。煮浸しとか焼き茄子もおいしいんだけど、鰹節はあるんだろうか。あとは生姜も欠かせないな。でも肝心の醤油がないんだった。味○んもないなんて和食を諦めろとでも言うんだろうか。
「じゃあ生姜とニンニク、それにひき肉があれば私のマルマラシで麻婆茄子が作れますね~」
ニンジンとピーマンもあるといいのかな。ピーマンは苦手だけど彩りは大事だ。
「なんだかうまそうだな。肉はなにを使うんだ?」
「私は豚肉ばっかりでしたね~」
「豚肉ですか。なるほど!」
豚がいることは確認ずみだ。買ったソーセージとベーコンは豚肉だったからね。牛も鶏もいるのだが、農場が地球の規模とは比べ物にならないくらい小さいようで、街に入ってくる量が多くないみたいなのだ。
豆板醤はないんだろうな。あれは大豆が原料だったはず。どこかの地域で大豆を食べている人はいないんだろうか。隠れ里で醤油を作ってますとかありがちな話だよね。
「アリさん、ボクと一緒にマァボー茄子を作りませんか?」
「いいんですか!」
厨房は暑いという理由でファムさんを応接室において、エメリコさんとふたりで厨房に向かう。火を使う場所でも私には関係ないのだが、ファムさんが一緒だと彼だけ結界内に入れるのは難しい。厨房全体を冷やしてしまったら料理人も迷惑だろう。
領主館の敷地はそんなに広いわけではないらしく、厨房にはすぐに到着した。ほかの料理人は昼休みなのか厨房にはいなかった。たぶん晩ごはんの仕込みにもまだ早いのだろう。
「材料はそちらに頼りきりなので私からは調味料を出しますね」
鞄の中からマルマの実を五個ずつ出して作業台に置いた。青の実は十個だが砂糖か塩かはわからないので、あとで割って確認して欲しい。
「マルマッシュは久しぶりに見ました。これはグラタンにしましょうか」
グラタンも大好きだ! 夏野菜たっぷりのグラタンもいいよね。それにしても青の森に近いのにマルマッシュは久しぶりなのかぁ。森の奥まで行けるハンターってそんなに少ないのかなぁ。
「マルマの実って高いからハンターに人気なんだと思ってました」
「そうですねぇ。このあたりではマルマトウが一番高くて、あとはあまりいい値がつくとは言えませんね」
「甘味は少ないんでしたよね」
「サトウは南部ではサトウキビから、北部ではテンサイから作られますが、数は多くないですね」
サトウの原料は地球産のものと変わらないみたいだね。ただ量が少ないからかお値段は高めだ。マルマトウが五百グラムくらいで五十オーロだったが、サトウは同じ量で五オーロくらいだ。マルマトウの値段は異常だし、サトウにしても一回の食事代より高い。
私が十代だったら庶民にも甘味を! とか言って食の革命を起こそうとしたかもしれないけど、三十を越えたからかそんな気は起こらないな。欲しい、足りないと思えば頑張って増やすだろうし。たまにハンターギルドに卸して、おこづかい稼ぎをするくらいの気力しか沸かないな。
「これはおいしいですね。調理に時間もかからず大量に作りやすいです。アリさん、もっといろいろ教えてください!」
「もちろんです!」
食材の流通事情や調味料の味見をしながら手際よく調理を進め、麻婆茄子と野菜たっぷりのグラタン、カラメルプリンが完成した頃には二時間近く経っていた。
そしてできた料理を並べていざ試食をというときに、家令のフィデルさんが迎えに来たのである。
泣く泣くエメリコさんと別れてさきほどの応接室に戻ると、オルランド様とファムさんがゆったりと座りながらも険しい顔をしていた。
嫌な予感がしてオルランド様を見つめると、開口一番こう言ったのだ。
「アリ、早く結界に入れてくれ」
つまずきそうになるのを堪えてファムさんの隣に座ると、結界を広げてふたりを入れる。
アルトさんかレアンドラさんのよくない話かと思って緊張したのに、まさかエアコンつけてっていうお願いだとは思わなかった。
「それで、なにかわかりましたか?」
「ブレソの街で彼女の近隣に住む者たちに聞いたところ、しばらく夫の家で暮らすことになったらしいと言っているそうだ」
「つまり事件にはなっていないと?」
「ああ、夫の家の使いが挨拶をしていったらしい」
完全にソイツは犯人の仲間だね。騒がれたくないし森まで運ぶための時間稼ぎのつもりだったのだろうか。
どちらにせよ事件になっていないのなら元の生活には戻りやすいね。それに自警団が動いていないなら犯人は油断しているかもしれないし。
まずはレアンドラさんの夫であるエクトルさんの家と、義姉であるドロレスさんの実家のことを知っておかないといけないね。
「オルランド様、トーレス子爵とロルダン伯爵について教えてください」
領主やギルドに任せてアルトさんにレアンドラさんを保護させる、ですませるわけがないよね。犯人には相応の報いを受けてもらわないと。
私たち三人は今後どう動くか入念に打ち合わせを始めた。




