大暴落からのうなぎのぼり(前)
「大変失礼をいたしました」
プルプルと震えながら平身低頭で謝罪し焼き栗を差し出すアリを見下ろして、王弟殿下はニヤリと笑っている。それをギルド長が呆れたように眺めているのだが、もっか反省中のアリはまったく気づいていなかった。
「なんということだ。俺がコンバの情報を集めているあいだ、管理者殿はのんきに食事中とはな」
「申し訳ありません」
身を縮めているアリは大人ふたりがどんな表情をしているのかも知らずに、顔を上げることなく心の中で自問自答を繰り返していた。
大人になってからもいくつか失敗はしてきたけど、こんなマナー違反をしたことはなかったはずだ。たった一年ほどの自由気ままな森暮らしで、基本的なマナーまで抜け落ちてしまったのだろうか。これはダメージが大きすぎるよ。
自己嫌悪でさらに小さくなり、とうとう土下座になりかけたところでオルランド様から待ったがかかった。
「よせ! それ以上の謝罪はこちらが困る。管理者殿の頭を地に触れさせたなんて知られたら、俺が陛下に叱責されることになるのだぞ」
なぜに陛下に叱られるんだろう。私の見た目が子どもだから大人げないぞってことなのか。
「あ~、オルランド殿。まだ言っていなかったのですが……」
ファムさんはしまったという表情で私が転入者だと説明した。
「そうなのか、ではなにも知らないのだな」
「なにをでしょうか?」
「基本的に管理者には不干渉なのだ。この国では国王陛下よりも地位は高いとみなされている」
「オレたちの国の地位や権力は通用しないというのが常識だな」
オルランド様の説明にファムさんが補足する。
「なんと!」
そんなの誰も教えてくれなかったよ。知ったからといって偉ぶるつもりはさらさらないんだけど。
この大陸に四人しか存在しない、魔素を正常化することができる生き物だから大事にしようぜ! って感じなんだろうか。
「でも、私の行動はマナーがなっていませんでした。申し訳ありません」
「ここでも王宮でも管理者殿に指図するような輩はいないはずだが、どこにでもおかしなヤツがいるからな」
「そういったヤツらにつけこむ口実を与えないようにするこった」
「わかりました。ご指導ありがとうございました」
ふたりに対して頭を下げると、オルランド様がやれやれと呆れたような視線を向けてきた。
ファムさんの口調に対してではないみたいだな。無礼者って怒るタイプではないということか、それともいつものことだからだろうか。
「お前なぁ。見た目が子どもなんだから、もう少し話し方を変えたらどうなんだ」
どういうことかとファムさんを見つめ返すと、言動が貴族っぽいから下手をすると拐われる可能性があるという。
「あ、それは大丈夫です」
「なんでだよ」
「私、魔術を使えるようになってからは、結界を張りっぱなしにしているんです」
「はぁ? ウィルも魔術バカなところがあったけどお前もなのかよ」
「そうしないと弱っちいんですよ」
虫が飛んできただけでパニックを起こすこと間違いなしだ。それにトリャフェンからは幸石を投げつけられるからね。
「いや、『大蛇殺し』が弱いとかなんの冗談だよ」
「大蛇殺しだと」
焼き栗を食べていたオルランド様が大蛇殺しに食いついてきた。そういえばレアンドラさんが森にいたときの話はまだしていなかったんだっけ。アルトさんとその妹のレアンドラさんの話をさらに詳しく説明して、現在疑わしく思っている人物の名も挙げておいた。
「それで? 管理者殿はどうして欲しいのかな。その貴族や領主を処刑したいのか?」
しばらく考え込んでいたオルランド様が、いきなり恐ろしいことを聞いてきた。ただの臆測で裁判もなしに即処刑はありえないよ。
「まさか! なんの証拠もないのにそんなことは望まないですよ」
「ではなぜ俺のところに来たのだ」
「えっ? ファムさんが挨拶しとけって、ついでに言いつけちゃえとは思いましたけど」
ブレソの街の情報がわかったら嬉しいけれど、それは三時間も走れば自分で確認できるのだ。オルランド様の手助けがないと絶対に困るというわけではないな。
「もともとアリはオルランド殿とアルベルダ公との関係が悪くなるのを心配してたんだよ」
「それなのだが、さきほど確認したところ公爵夫人は三の月生まれだった」
んん? 誕生日がどうしたんだ?
「すでにふた月前には終わっている。つまり極秘に装飾品の素材を集める意味がないな」
え~、じゃあやっぱり愛人かぁ。妻や子がいるのになんだかなぁ。
「彼は奥方にぞっこんだぞ」
「はあ」
私って思っていることが顔に出やすいのかな。さっきから声に出していないのに適切な返事が返ってくるんですけど。
「それに領主にしては依頼品が粗末だな」
「赤のコラールは希少らしいですよ?」
「だかペルラと合わせて千オーロだ。ペルラ五粒の贈り物などブローチか耳飾りにしかならないだろうな」
「生まれた日の贈り物じゃないとか?」
「管理者殿の国では違うのだろうが、この国では生まれた日の贈り物以外に装飾品を贈りあう習慣はないんだ」
それに贈りあう対象も恋人同士や婚約者、夫婦間だけらしい。
「ええ? 貴族って屋敷に商人を呼んで買い物しまくるイメージだったんですけど」
それで奥さんや娘のおねだりにあれやこれやと買い与えちゃうんだよ。
「それは別に贈り物とは言わないだろう。必要なものを買っただけだ」
「つまり既製品は普通に買うけど、材料から揃えてしつらえるのは誕生日の贈り物だけということでしょうか」
「そういうことだな」
「ということは誰かが名前を騙ったんですね」
「だろうな。アルトを逆らえなくするためだとしたら、犯人は軽率なマネをしたな」
「それにしても妻子の生まれた日なんてよくわかりましたね」
「アルベルダ卿は俺の叔父上だからな」
「ほ~……ん? 叔父?」
「父上の弟だ」
へぇ~、そうなんだ。前王の弟が子爵家の次男の妻をどうこうすることは無さそうだね。小細工なしで命令すればいいんだから。
ファムさんが静かだと思ったら焼き栗を食べてるじゃん……ってオルランド様もか! 止められないうまさなのかよ。
「ブレソの街でレアンドラさんの誘拐がどう扱われているんだろう」
「それに関しては確認中だ。コンバからカヴァリオに乗って行ったとしても一時間はかかるだろう」
いつの間にそんな指示を出していたんだろうね。席をはずしていたのは二十分くらいだと思うけど。とにかくこれから三時間のジョギングに出る必要はなくなったね。
「ありがとうございます。助かります」
なんとなく手をつけ辛かったカップに残ったスムージーを飲みながら、ちまちまと鬼皮を剥く筋肉ふたりを見て、ちょっと可愛いと思ってしまった。
「それにしてもファムが襟元を緩めずにいるとは珍しいな」
「……アリ、オルランド殿も入れてもらえるか」
「わかりました」
向かい側に座ってるから応接セットを丸ごと包む感じでいいかな。
「じゃあ魔素さんヨロです」
大きさが変わっても温度が上がるわけでもなく、こちらの変化はまったく無かった。しかし急に周りが涼しくなったオルランド様は目を丸くしている。やはり部屋の中は結界の中よりも暑かったようだ。
「はあ~、なんだこれは。王宮だってこれほど涼しくはなかったぞ」
「暑いの嫌いなんですよ」
「これを張りっぱなしにしてるのか?」
オルランド様は管理者の扱える魔素の量に感心しているようだ。ウィル様はもっと上手く使ったと思うけれど、私みたいにひけらかさなかったんだろうな。これって私の器の小ささが浮き彫りになったんじゃないの?
「青の森では防御だけですね。雨が降れば防水も足しますが、森の中は気温が年中変わらないので」
「ああ、なるほどな。騎士たちも五と六の月は青の森に籠りたがるからな。普段は演習なんて面倒くさがるのに、困った奴らだ」
騎士は異動があるって言ってたもんね。北国生まれの人には夏のアセデラはキツいんだろうな。ウィル様よりは南生まれだとは思うけど、獣頭の人はさらに辛いんじゃないだろうか。
「それで?」
「はい」
「俺にはその飲み物はないのか?」
アルトさんの事件やエアコン魔術のことかと思ったら、ファムさんとキャッキャしながら飲んでいたスムージーが気になっていたんですね。
「えーっと、毒味は?」
「必要ないな」
「いまあるのはこれくらいですね~」
午前中に採取したばかりの果物もたくさんあるし、名前を調べていないのもいくつかある。何か知ってるのがあったら教えてほしいな。
鞄からメロコトン、ラズベリー、ブルーベリー、ブラックベリー、リンゴ、オレンジ、グレープフルーツ、レモン、イチジク、ビワ、ザクロを出す。これらは名前がわかっているがあとは名前がわからないのだ。
ラグビーボールみたいな白い実と黄色い実、ピンポン玉くらいで赤くて毛がたくさん生えている実を数個ずつ取り出して、この中から好きな果実を選んでもらうことにした。
キウイはもぎたてだと熟していないから、鞄から出してリンゴと一緒にテーブルにでも置いて数日は追熟させないと。
「おい、お前、これの価値がわかっていてゴロゴロと転がしてんのか」
「オレンジはともかくベリー類やメロコトンは優しく置きましたよ。ああ、これも食べられるそうです」
鞄から出したのは巨峰のような赤黒い実だ。
「げっ! お前それサバラじゃねぇか」
サバラ? アリはなんとなく中指と薬指を折り曲げてみたが、理解してくれる人はいなかった。
「よく採取しようと思ったな。あんなに気持ち悪い木はそうそうないぞ」
たしかにこの木を見つけたときは背中を電流が駆け上って、一気に両腕の毛穴が開いた。なぜなら高さが十メートルはある幹に、びっしりと白カビが覆っていたからだ。
慌ててプリ先生に相談すると、それは病気や害虫に侵されていたわけではなく、四色の森では珍しくもない果樹であると言われてしまった。
近づいて確認するとそれは間違いなく白い花で、幹に直接咲いていた。異世界の樹木は変わっているなと感心したのだったが、それはすぐに撤回することとなる。
たった十メートル進んだ場所で、こんどは緑や赤の実と白い花が咲いている樹木を見つけ、その数メートル隣には、幹をびっしりと覆う三、四センチほどの赤黒い実がなった木とご対面してしまったのだ。
集合体恐怖症ではなかったはずだが、これは変わっているというレベルを超えて、さすがに気持ちが悪さを感じた。
こんな木が存在するなんて恐ろしいところだと思ったが、先生がおいしいはずだと言ったので熟れているものは根こそぎ採ってきたのだ。
この木はなぜかたくさん生えていたから、採った実も大量だ。だかまだ若い実や花の状態だった木も多いので、数日後にはまた同じ姿になるのだろう。
「守護者がおいしいって言ってましたよ」
「だがいままでこの実を採取するものはいなかったが」
オルランド様の表情も曇っているから、ハンターだけでなく騎士たちのあいだでも、これを食べた人はいないんだろうな。
とりあえずみっつ浄化してひとつずつ試食してみる。まずかったら森にリリースするだけだ。
筋肉ふたりが私の出方を見ているから先陣を切ることにするか。ナイフを出して半分に切ってみたけど、ド派手なピンクとか青い汁が出たとかもなく普通だった。クプの実も巨峰に似ているがこれもよく似ている。だがこちらの方が少し大きいし皮も固めだ。
ちょっとだけ口にしてみたけど、味はブドウよりはあっさりした甘さで瑞々しく、ライチのようだと感じた。私が頷くのを見てようやくふたりも口にした。
「思ったよりもうまいな」
「そうですね」
「これは採取依頼を出してもいいんじゃないか?」
「守護者が言うには、採取後三時間くらいしかもたないそうです」
「それじゃあ探索時の補給用だな」
「それか保存の魔術がかけられた袋に入れるかですね。たくさんありますし、よろしかったらほかの方にも食べさせてみては?」
「料理長を呼んでくれ」
そのことばで動いたのはセバスチャンさんだったが、執事ではなく家令で名前もフィデルさんだった。いつか本物のセバスチャンに会えるのだろうか。
私がそんなことを考えていると、ファムさんがなにかを思い出したように、持ってきた荷物を取り出した。
「ああ、そういえば料理長からの依頼が納品されたので持ってきたんだ」
ファムさんが取り出したのはギルドから出る前に持たされていた荷物だ。中からはマルマトウと受取書が出てきて、それをオルランド様の前に並べている。
「ああ、ようやく手に入ったのか。アルトたちがいないからなかなか手に入らなくてな」
マルマの実には短い爪楊枝のようなものが刺さっていて、どうやら開けた穴をそれで塞いでいるようだ。セロテープがあれば便利なのにまだ見たことがなかったな。
「三個か。まあ無いよりはマシだな」
「もっと欲しかったんですか?」
「あるに越したことはないが青のマルマは判別できないからな。依頼を受諾するハンターは少数だ」
「それもそうですね。でも五個出して三個は私にしてはいい方なんですよ」
私が望まない方を狙っているかのように、かなりの確率で妨害されるんだよね。
「なんだ、やっぱりアリが受けたのか」
「そーです。ただ私も中身までは開けてみないとわからないので」
「まだ持っているなら依頼を出すが」
オルランド様が追加で依頼を出すと言ったところでノックが響く。ノックなしで突然開けるのがこの屋敷のルールかと思ったが、そんなはずはなかったね。どうやら料理長が来たようだ。
「入れ」
入室を許可され家令とともに登場したのは、某アニメの主人公の顔を焼くパン工場のおじさんのような、白いお髭で恰幅のよい男性だった。
アリは気がついていませんが、サバラは日本でも栽培されている、ジャボチカバという果樹です。集合体恐怖症の方は検索注意です。




