アルトさんが受けた依頼とは
「ここは義姉が出てくるとこだろ!」
ギルドの魔道具で調べてもらったところ、アルトさんが受けた指名依頼の依頼主は領主だった。レアンドラさんが住んでいる街があって、コンバダンジョンを有するアルベルダ領。そこのご領主様であるレオナルド・アルベルダと、しっかり記載してあるそうだ。
さすがに領主の名を騙るものはいないだろうし、依頼料さえ納めていたら本人の確認はしないらしい。
領主本人が直接ギルドで依頼するとは思えないから、使用人のふりをして手続きすることは可能だろう。
ハンターギルドの依頼を受けるには、ギルドへの登録と個人カードの提示が欠かせないが、依頼人にはその義務が発生しない。だから誰がどんな依頼を出そうが詮索されることはないし、依頼内容と報酬が適正であればなおのことだ。
今回の依頼内容は、ラリアダンジョンの地下五階以降の階層に出現する魔生物から出る、コラールひとつとペルラを五つ採取することだった。
コラールは珊瑚、ペルラは真珠に似ているが、どちらも魔生物の体内から取れる半魔石化した宝石だ。その中でもコラールは血のような赤黒いもの、ペルラはピンクがかったものを指定されていた。
ただ魔生物からなに色の宝石が出るかはほとんど運頼みで、一発で出るときもあれば数日かけても駄目なときもあるらしい。
この依頼は難易度としては中級だから、ランクが特級のアルトさんを指名すること自体は問題がない。
「中級の依頼に特級のハンターを指名するっておかしくないですか?」
「んん? これは急ぎだからだろうな」
指名依頼を出した日が四の月の三十日で、依頼品の納品期限は五の月十日だ。今日は六日だからあと四日しかないね。
緊急の依頼だから高ランクのハンターに頼んだっていうのは不自然ではないのか……。
依頼の難易度が上がると報酬も上がる。そうなると依頼料もおのずと高くなるから、一般庶民が領主を騙って依頼したとは思えない。
実際に今回の成功報酬は千オーロだし、依頼料は報酬の十パーセントの百オーロになる。
さらに特級ランクへの指名料が二十パーセントだから、二百オーロが加算される。
この合計を依頼時に支払わなければいけないのだ。
さらにこういった依頼品は大きさやキズの有り無しで価値が大きく変わる。アルトさんが納めた品が千オーロよりも価値があると、ギルドによって査定された場合は、依頼主は差額を支払わなければならない。このときは依頼料も指名料も追加料金は発生しない。価値が低いと査定された場合も同じだ。
査定が不服な場合は依頼の取り消しとなり、成功報酬である千オーロは依頼主に返金される。これはハンターが依頼を失敗した場合も同様だ。
追加料金を支払ってまでアルトさんを指名したのだから、金銭に余裕がある人物なのは間違いない。そうなると、やはり領主が依頼したんだろうか。
アルベルダ領の領主は公爵様だから、男爵であるアルトさんがお断りなんてできるわけがない。それによほど無理な依頼でない限り、ギルドが依頼を退けることはできないし、一介のハンターが貴族の指名を拒否できる立場にはないのだ。
義姉の実家が伯爵家ってだけでも厄介だったのに、さらに上の公爵ってなんなんだよ。どうやらアッサリ解決とはいかないみたいだ。
頭を抱えたアリとゆったりとソファに座っているギルド長に、それぞれお茶のカップを置くと、イメルダさんは静かに退室した。きっと窓口業務に戻ったのだろう。
アルベルダはダンジョンを有する領地なのに、他所のダンジョンに行かせたことは疑問が残る。それにダンジョンを専門に攻略しているハンターも多いと聞いたから、ラリアのギルドに依頼を出せばいいと思う。わざわざアルベルダからハンターを派遣する理由はなんなんだろうね。
不審に思って聞いてみると、コラールとペルラを体内に持つ魔生物は、海の近くであるラリアダンジョンにしか生息していないらしい。
それならアルトさんを指名する理由はなんなのだろう。その質問にはさすがのギルド長も口を濁していたけれど、要するに秘密のプレゼントを手に入れるためだ。つまり愛人への贈り物である。
今回の依頼がそうだとは言えないが、このように依頼をしてくる貴族は少なくないのだという。だから迂闊に領主へ問い合わせることもできないのだ。
そんな貴族の恋愛事情などはどうでもいいが、犯人を突き止める手がかりがなくなったことには参ってしまう。
「どうかしたのか、管理者殿?」
「あ~、私のことはマヌケでいいですよ」
ちょっと睨んで言ってやった。普段はここまで根に持ったりはしないんだけど、ムシャクシャしたから八つ当たりをしたのだ。
「笑ったのは悪かった。謝るからそんなに膨れんなよ」
「失礼ですね、ここのギルド長は」
ギルド長は困ったように眉尻を下げている。表情は情けないけどやっぱりカッコいいね。ギャップ萌えスキーなお姉さんたちからモテそうなイケオジだ。
「俺のことはファムでいいぞ」
「ファムさん、私のことはアリで」
「おう。で、アリはなにを悩んでんだ」
「どこでアルトさんを捕まえるかですかね」
領主が黒幕なのか、ただ名前を使われただけのか、それとも本当に偶然だったのかがわからなくなってしまった。でもタイミング的に怪しいことこの上ないんだよね。義姉と領主に繋がりはないんだろうか。
あとはアルトさんがエクトルさんを半殺しにする前に、うまく捕獲できたらいいんだけど。
「アイツはなにをやらかしたんだよ」
「これからする可能性があるんですよ」
「アルトは仕事が終わったら妹のとこに行くだろ。住んでんのはブレソだ。子供が生まれたからな」
「そんな個人的なことまで知ってるんですか」
「もともとアルトはこの街を拠点にしてるからな」
ファムさんとアルトさんは同い年で友人だった。
アルトさんがこの街から離れて三カ月以上経ち、青の森の奥に入れるハンターがあまりいないこともあって、森に関する依頼が消化できずに困っているのだと、なぜか愚痴を聞かされてしまった。
「アルトさんはソロで活動してるんですか?」
パーティーを組んでるなら、その人たちは依頼を受けないんだろうか。
「ドーラちゃんの出産に合わせてパーティーで移動したんだ。あそこはダンジョンが近いからな。アルトがいないときはダンジョンに潜ってんだろうよ」
「ドーラちゃんって、もしかしなくてもレアンドラさんのことですよね」
「なんだ、知り合いなのか? ご両親が亡くなるまではこの街に屋敷があったんだ。それにドーラちゃんが騎士になってからこの街に配属されたことがあってな」
レアンドラさんたちはこの街出身だったんだね。しかもファムさんとは顔見知り以上の間柄なのか。
「今回の指名依頼はパーティーで受けてるんですか」
「そうだ。依頼は『疾風迅雷』のメンバーで受けてるな」
……いま疾風迅雷って言ったよね。私の言語魔術がまたもや暴走しているんだろうか。四字熟語だなんてちっともカッコよくないパーティー名だよ。
雷ならもっとこうゲームっぽく暗黒の雷とか、天帝の金剛杵とか雷鳴の剣って感じで翻訳されたらよかったのにな。
アリのネーミングセンスは、生まれてこのかた一度も仕事をしていない。前世を含めると恐るべきニートっぷりである。
「いまはまだダンジョンから出てないんですよね」
「特級が移動するときはギルドに報告すんのが義務づけられてっからな」
「依頼の期限はだいたい二週間でしたね」
依頼を受けたらアルトさんはレアンドラさんの元からいなくなる、最長で二週間は確実に戻ってこないのだ。行き先が北東の半島にあるラリアダンジョンってところも、誘拐に関係がありそうで疑わしい。だってその半島はこの国の最北端だぞ。
「正直この日数なら失敗する可能性のが高いんだ。だがギルドで却下するほど条件が悪いわけでもねぇ」
ピンクのペルラはまだしも赤黒いコラールは希少らしい。出てくる確率が極端に低いから市場に出回りにくいのだ。それでも受けたのは依頼主が領主だからなのか。
ブレソとラリアの往復の移動で五、六日は消費するから、ダンジョンに入っていられるのは一週間くらいかな。
「アルトさんのパーティーが五階まで降りるのにどれくらいかかりますかね」
「階層自体はそんなに広くねぇ。深さは四十階以上あるのが確認されてるが、五階ごとに休憩所があるんだ」
普通は休憩所まで一日かけて探索するが、依頼品は五階まで出ない。だから初日は十階まで移動して休憩所で休み、探索しながら五階まで戻る。出なかったらまた一日かけて十階まで進む。
それを期限まで繰り返すというのがファムさんの考えだ。
アルトさんが依頼を受けたのが四の月の三十二日で、同じ日の午前にブレソの街を出発している。これは期限が短いから準備を整えたあと、すぐに街を出たんだろう。
そしてレアンドラさんが拐われたのが三十四日の夜だ。この日にアルトさんたちはラリアのハンターギルドで、移動完了とダンジョンに潜る手続きを終えている。
それからレアンドラさんたちは三十五日にブレソの街を出て、五の月の五日に青の森に放置された。今日は五の月六日だから依頼を受けてから十日経ったんだね。
依頼主から犯人に繋がる証拠は見つけることができなかった。あとは誘拐の事実を伝えるかどうかだね。これは当事者であるレアンドラさんと相談した方がいいかな。
「プリ先生…………あれっ? せんせ~……」
おかしいな遠話魔術が通じないね。アセデラからは遠すぎるんだろうか。
「どうした?」
「いや、守護者と連絡がつかなくて」
「おいおい、なんて距離を繋げようとしてんだよ」
ファムさんは驚きというよりは呆れたような顔をして、グッタリとソファにもたれかかった。
「とりあえず窓でも開けてみたらどうだ」
そういえば私のイメージは糸電話だったな。部屋の中からだと外の魔素に伝わらないのか。
アリは窓開けるともう一度プリ先生に呼びかけた。
「プリ先生~」
『なによ』
はやっ! なんだよすぐに通じたじゃん。
「いまアセデラのハンターギルドで相談中なんだけど、そっちは問題ない?」
『もう街に着いたの? 思ったよりも早かったわね。こっちもそろそろ湖に着く頃よ』
「それはよかった。ちょっとレアンドラさんに聞いて欲しいんだけど、ハンターギルド長のファラムンドさんってわかるかな。状況を話してもいい人なのかが知りたいんだけど」
『わかったわ』
知り合いっぽいんだけど、どのていど信頼できるかわからないんだよね。
『アリ、子どもの頃からの知り合いで、兄の友人だから信用できるそうよ。彼女はギルド長になったことを知らなかったみたいだけど、全部話してもいいって言ってるわ。ただこの件に巻き込むことを心配してるわね』
「ありがとう、了解したよ。じゃあそっちも気をつけてね」
アリは話し終えると窓を閉めてソファに座った。私にはほかにツテがないんだから、ファムさんには悪いんだけど巻き込まれてもらうよ。
「ファムさん、もしかしてギルド長になったのは最近のことですか?」
「うん? ああ、俺がギルド長になったのは今年の三の月だな」
ファムさんは突然話が変わったことに戸惑いつつも答えてくれた。
ギルド長就任はめっちゃ最近の話だったよ。つまりアルトさんがブレソに移動したあとだから、ふたりとも知らなかったのは当然かな。
「ギルド長としての見解と、おふたりの友人として助言をいただきたいのですが」
「なんだよ改まって。アルトの所在を確認したこととどんな関係があんだよ」
「レアンドラさんとお子さんふたりが拐われました」
「んだと!」
話の内容が衝撃的過ぎて冷静に対処できなかったのか、ファムさんは勢いよくソファから立ち上がった。
くちびるをギリリと噛みしめると、怒りを制御したのかドサリと腰を下ろした。
「ご心配なく。すでに保護しています」
「なんだよ、誘拐現場にかち合ったのか?」
「落ち着いて聞いてくださいね」
「ああ」
「レアンドラさんたちを保護したのは青の森です」
「グッ!!」
こんどはなんとか堪えたみたいだね。皿が粉砕されるんじゃないかってくらいに、力を込めて膝を握りしめてるけど平気かな。それに血圧は大丈夫なのか? こめかみと頬がピクピクしていてマジで怖いわ。
「いまは守護者がガッチリ守ってますよ」
「ふぅ……そうか。アルトに代わって礼を言う。ドーラちゃんたちを保護してくれて助かった。アルトの家族はもうほかにはいねぇんだ」
「腹が立つから言いたくなかったんですけどね、私のカードの情報って伝わってますよね」
「ああ、転入者だろ?」
「そこはわりとどうでもいいんですよ、ファムさん」
「んん?」
「大蛇殺しって見ました?」
「あ~、なかなかインパクトがあるよな。それで?」
「私たちが保護しようと駆けつけたとき、そいつにレアンドラさんたちが丸飲みにされかけてました」
「なんだと!」
ファムさんはテーブルを蹴飛ばす勢いで立ち上がると、掴みかからんとばかりに詰め寄ってきた。ファムさんも怒り心頭だね。わかってもらえて嬉しい。なぜなら私もぶちギレ必至だからだ。
仲間ができたからレアンドラさんがされたことを、時間経過順にこと細かく説明した。獣避けも武器もなく置き去りにされたことすべてをだ。つまり私は告げ口をしている。
ファムさんの目の色は薄い水色だったけれど、いまは煮えたぎるマグマみたいに真っ赤に見える。これは攻撃色だね。怒りに我を忘れているんだよ。
「つまりアルトの指名依頼は、ドーラちゃんからアイツを遠ざけることが目的か?」
「そう思ってここに来たんですよ。あとアルトさんがレアンドラさんの誘拐を知ったら、エクトルさんが半殺しの目に遭うんじゃないかって心配してたので」
「だが領主がそんなことをする理由がわからん…………さっき義姉がどうとか言ったな」
「容疑者ですね。依頼主だったらよかったんですけど」
「動機はあるのか?」
アリはエクトルさんの兄が亡くなったところから話して聞かせた。もちろんディオ君の性別も含めてだ。
「相手は貴族か」
「可能性はかなり高いです。なので領主に問い合わせて、本当に依頼したのか確認したかったんですが……」
依頼が偽物で取り下げることができれば、アルトさんたちはブレソのギルドに報告せずに、まっすぐこちらに来てもらえるんじゃないだろうか。そう思っていたのに、まさかの愛人へのプレゼント疑惑があるから問い合わせができないだなんて。
締め切りである今月の十日に依頼品の引き取りが行われるらしく、こちらからの連絡は不可なのだ。だれが引き取りに現れるのか興味があるね。
「ラリアのハンターギルドに連絡して、アルトさんたちをこちらに呼び寄せることはできないでしょうか」
「ああ、街を離れるときは必ずギルドに寄るからそれは可能だろうよ」
そこでノックの音が四回響きファムさんの許可を得てから、若干緊張した面持ちのイメルダさんが入ってきた。
「所長、『疾風迅雷』がラリアを出ました」
彼女からもたらされた報告によって、私たちふたりはソファに撃沈してしまった。
私は慎重になりすぎて、アルトさんを引き留める計画を台無しにしてしまったのだ。




