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スローライフ 押しつけられました  作者: 夜昊
本編

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68/113

彼らにいったい何が起こったのか

お食事中の方はご注意下さい。

 

「せんせー。この蛇、デカ過ぎやしませんかね?」


 回収した身体は太いところが私の胸の下まであった。ということは直径一メートルぐらいか?

 絶対におかしいよ。ニシキヘビって書いてたのに。これもあれか? カモメ事件と同様なのか? たまたま名前が被っちゃったとでも言うのだろうか。


「話していたよりもちょっと大きかったわね」


「ちょっと~?」


《すごくおおきかったよ! どらごんみたいだよ》


「ほら~。ガウターもこう言ってるじゃん」


 十メートルって言っても細い蛇の身体だから、実際は大したことないんだろうと思っていたよ。でもさっきの蛇はとぐろを巻いたら、チコさんとそんなに変わらないんじゃないかな。


「魔生物じゃない生き物は大きさを図りにくいのよ!」


 プリ先生はちょっとキレ気味にそう言って、プイッと横を向いてしまった。


 あ~。そういえば三メートルから十メートルって最初は言ってたもんなぁ。つまりプリ先生は魔素の大きさや質を感知して、森の中を探ってるんだな。

 そうだとしても誤差が酷すぎるんだけど、この森の広さからしてみたら、わかる方が凄いんだろうね。


「ゴメン、ゴメン。先生のおかげで助けることができたよ」


 それにしてもこんな状態の親子をここに置いていくなんて、絶対にろくな理由じゃないだろうな。休憩中には獣避けを焚いていたんだろうけど、いまではすっかり薄れてしまっている。

 母親と娘は寝巻きのような薄いワンピース一枚に、スリッポンのような革靴で、森の中を歩くような装備ではない。赤ん坊は言わずもがなだ。

 これは寝起きで拐われてきたといっても過言ではないね。


 それに母親と子どもは痩せこけていて顔色も悪い。まぁ、蛇も原因のひとつなんだろうけど……。赤ん坊はちゃんと母乳が貰えているとは思うけど、見ただけでは生後どれくらいなのか、私にはわからなかった。


 ただ確実に言えるのは三人とも獣族だということだ。頭頂部近くのパサつく髪のあいだから、赤茶色の毛に覆われた丸い耳が見えているし、女の子のワンピースの裾からはしっぽが出ている。これは先っぽに毛の房が付いているから、たぶんライオンだね。


 アリは三人を見下ろしてため息をついた。このまま地面に寝せておくと身体が冷えるだろう。

 三人を囲んでいた結界をテントのように広げると、それを深い緑と薄い枯れ葉色、焦げ茶色のまだら模様になるようにイメージした。

 すると目の前には一辺が二メートル弱の、ピラミッド型のテントが立っていた。


 外側は迷彩柄にしてカモフラージュしようと思ったのだが、どんな生き物の目を誤魔化すことができるのかは、まったくもってわからない。つまり気分的な理由でやってみただけである。


「空調は~」


 ブーツを脱いで結界内に入り、女性の首筋に手を突っ込んで肩のあたりに触れると、だいぶ冷たくなっていた。触ってみると骨太な感じだが、ついている肉が薄いためゴツゴツしている。しばらくご飯を食べていないんだろうか。


「温度は二十五度、湿度は六十パーセントくらいかな? 結界内を循環して換気っと」


 たぶん成功すると思うんだけど……。


「敷物は……エアベッド。温度は三十五度で色は焦げ茶色」


 床がモコモコと盛りあがり十センチくらい高くなった。触れてみるとほんのり温かいし、魔素で作ったから冷めることはない。


 しばらくすると暖まって身体の強ばりがほどけたのか、母親の腕から力が抜けた。

 アリは子どもを仰向けに寝せると、ふたりの靴を脱がせて着ている服を緩めてやり、魔素で作ったタオルケットをかけた。ふたりの足には切り傷がたくさんあり、子どものかかとや足の裏には靴擦れができていたので、浄化してから傷薬の軟膏を塗っておいた。


 赤ん坊は丈の短い浴衣のような肌着一枚に、おむつをしているだけだったが、森の外は夏だからこれでいいんだろう。とりあえずおくるみを身体の下に敷いて、おむつの汚れを確認したが、おしっこで濡れてはいなかった。

 おむつの替えがあるようには見えないから、母親は浄化魔術が使えるのかもしれないね。


 ちなみに赤ん坊は男の子で、この子にも小さいしっぽが生えていた。けれどフサフサがないからライオンじゃないのかもしれない。

 おむつにはしっぽ用の穴がついていて、根元をクルリと包んで漏れないような作りだった。だがしっぽは尾てい骨から生えているから、尿や便で汚れるのはどうしようもないと思う。

 しっぽがある獣族は大変だな。


「うーんと……サバイバルシート」


 アリがイメージしたとおりに、丈夫なアルミホイルのようなものがフワリと現れる。それをタオルケットの上からかけると、エアベッドの温度を下げた。

 風邪を引いたら困るが、赤ん坊の体温調節なんて私にはわからないから、なるべく汗をかかないようにしたかったのだ。

 これで目を覚ますまでは寝かせておいて大丈夫だろう。



 あまり考えたくないんだけれど、この子たちの父親はどうしたんだろう。ここまで連れてきた団体に殺されたりはしていないよね。


「先生、その団体はまだ森にいるの?」


「いいえ、一時間以上前に出て行ったわ」


「位置は?」


「中央よりアセデラ側ね」


 子どもがいないだけでずいぶん早く移動できるんだな。荒事を生業にしているような人かハンター、それとも騎士崩れだろうか。殺すつもりなら無駄が多いし人手がありすぎるように思う。大所帯なのは森の奥まで来るつもりだったからなのかな。


「プリ先生、ここは森の入り口からどれくらいなの?」


 ここまで来るのに半日かかったのに、帰りはやけに早いんだね。


「そうね、二十キロないくらいね。夜明け頃は入り口あたりを行ったり来たりしていたわ」


 この泉は森の入り口から近いので、ハンターが拠点にしたり水を補給をしやすいのだそうだ。つまり一日以上森に入るときの初日の目的地になりやすい。

 ハンターに保護させたかったんだろうか?


 それに人目を避けたかったのか、まだ暗いうちに森に入ったせいで、いきなりなにかの群れとかち合ったらしい。たぶん狼だろう。


 一団はノロノロと蛇行しながら泉までたどり着いた。そのときには、森に入ってからすでに六時間以上は経っていたというのだ。子どもにはさぞツラい道のりだったろうね。


 そして一団は一時間くらい休憩を取ったようで、その後やや西寄りに北上して行ったらしい。そして彼らは三時間後にこの森を去っていった。



「ガウター、もう平気?」


 さすがにあれほど走り続けたことがなかったから、ガウターは伏せて休んでいた。白プレールのお茶を飲ませたから、少しずつ魔素が回復しているようだ。


《なんかたべたい》


 揃えた前肢にアゴを乗せたままグッタリしている。


「そのままで食べられるのは屋台メニューか」


 鞄の中から水筒を出してお茶のおかわりを注ぐと、前肢の間に葉っぱのお皿を置いて甘芋とドーナツを乗せた。プリ先生には甘芋を割って四分の一くらいの欠片をあげて、残りは自分の口に放り込んだ。


《ふぁ~。ちょっとだけ~、おやすみぃ》


 食べ終えて満足したガウターは、口の周りをペロリと舐めて大あくびをすると、そのまま頭を伏せて眠ってしまった。



「さっきのはどういうことなの? 先生が何かしたんだよね?」


 全力以上で走っているのに足も心臓も痛くはなかったし、いまも全然疲れていないのは異常だよね。


「あれは身体強化の魔術みたいなものよ」


「ガウターは風をまとって走れるんじゃなかったっけ?」


「それの強化版ね。身体にポンプがあるのはわかる?」


「うん、ここだね」


 アリは胸に手のひらを当てた。鼓動はゆっくりとしたリズムを刻んでいる。


「本来そこがする仕事を、代わりに魔素にやらせたのよ」


 ガウターの背中に止まった小鳥が、胸を張ってふんぞり返っている。さすが魔素の塊でできている生き物らしく、感覚で使っているから説明ベタなのか。

 遠話魔術の残念説明が再びって感じだな。これは考えるな感じろってヤツだね。


 つまり電動アシスト自転車ってことじゃないかな。ペダルを踏むのは自分の足だが、アシストされているから力が要らないってことだ…………たぶん。

 そして私は管理者だからバッテリーの容量が大きい。これが走り続けても疲れることがなく、ガウターとの差が出た理由だろうね。

 残念なことに私は頭が良くないから、理解できたのはこれくらいだった。



「んー、んぁー。あ~」


 そうこうしているうちに赤ん坊が目を覚ましたようで、小さいが高い声を出している。アリはコソコソとテントの入り口に忍び寄り、おむつに向かって浄化魔術をかけた。


「むぅー、うー」


 赤ん坊は自分のしっぽを握って手足を動かしているが、泣くような気配はなかった。おしっこじゃなかったのかな?


「先生、赤ん坊の世話のやり方はわかりますか?」


「アタシにわかるわけないでしょ。見たのも千年ぶりくらいよ」


 だよねぇ。このくらいって他人の判別ができるんだろうか。獣族は鼻が利きそうだから、うかつに近寄ってギャン泣きされたくはない。


「ちょっとこのあたりを採取してくるよ」


 アリはわざとらしくあたりを見回して、薬草がありそうだなぁなどと呟いた。しかしすぐさまその行動は遮られてしまった。


「図鑑はどこまで読んだの」


「…………まだ半分ですけど?」


「それならアンタが留守番ね」


「なんで? 私の方が荷物を持てるよ?」


 寝ているならいいけど、相手は目覚めし恐竜の子だぞ。何がきっかけで泣くかもわからないのに、母親は起きる気配がない。


「アタシの方が森に詳しいし、ガウターは鼻が利くけど?」


「ガウターは疲れてるからね。お供にするのはかわいそうだよ」


《う~ん、ぼくだいじょうぶだよ》


 伏せの状態からおしりを高く上げて肩を伸ばすと、立って後ろ脚を交互に上げて伸ばしている。


 そんなことを言われてしまったら、勝てる部分がないではないか。仕方がないから諦めて赤ん坊を見てるしかないな。


「拠点を守りつつ、三人をみてるよ」


「じゃあ、かごを貸して」


「えーっと、かごバッグは~」


 アリはかごバッグを取り出すとガウターに渡そうとした。しかしプリ先生がフワリと浮かせて運んでいく。


「あ~。行ってらっしゃい、気をつけてね」


《いっぱいあつめてくるね》


 ふたりは北の方にゆっくりと歩いていった。あの様子だと帰りは遅いかもしれないな。



「あー、まー、う~」


 それにしてもめっちゃ喋ってるな。この子は生まれてからどれくらい経ったんだろう。アリはまたコソコソとテントの入り口に近寄ると、片目だけ出して中を覗いた。

 傍から見れば完全に変質者だが、本人はまったく気がついていない。


「う~、あ~」


 ここはどこだ。


「あー、あ~」


 なんだこれは! オレ、赤ちゃんじゃねぇか。


「うー、あー」


 しかもしっぽが生えてるだと!


「あ~」


 異世界転生しちまったぁ~。とか言ってたら面白いな。アリは喃語を話す赤ん坊に少しずつ近寄って、最終的には隣に座り込んでいた。

 赤ん坊は泣きもせず独り言を話しては、視界にアリが入るとニコニコと笑っている。


「なにこれ! スッゴく可愛いねぇ」


 人差し指で頬を突っつくと、スベスベでふにゃほにゃな肌に押し返される。

 ぽよぽよとほっぺたを撫で回した後に、アリは重要なことを赤ん坊に説明し出した。


「でね、ここはパパガヨ王国なの。君は日本のどこ出身なの?」


「うー」


「そうか、ちょっとわかんないね。そしていまいるのは、青の森っていう不思議空間なんだよ」


「あー」


「残念だけど地球じゃないね」


「アリ!」


「うわっ」


 突然プリ先生の声に割り込まれてアリは後ろに転がった。体育座りをしていたから反動をつけてもとに戻る。


「先生、脅かさないでよ」


「いいものを見つけたわよ」


 テントを出るとガウターが紐のようなものを咥えている。その先には薄茶色い毛のヤギのような生き物が二頭、そして子ヤギも二頭それぞれの親に寄り添っていた。


ブーツを履いて近寄ると、ベエベエ鳴くが逃げようとはしなかった。


「先生、これはヤギですか」


「メスのチボよ」


 肉が目的かと思ったら、乳の出がいい生き物なので赤ん坊にどうかと思い連れてきたらしい。このまま家で飼ってもいいしと言われて、アリは楽しくなった。

 子ヤギを飼う生活にちょっと憧れていたからだ。


 アリは泉の水を飲めるようにその近くを魔素で覆って柵を作ると、紐を解いてチボたちを放した。草はたくさん生えているから餌の心配はないだろう。そして雨に濡れないように屋根も作っておいた。


「スゴいね。どこにいたの?」


《ぼくがみつけたんだよ》


「ガウターのお鼻はいいお鼻だねぇ」


 顔中を撫で回して誉めちぎっておいた。ちぎっては誉め、誉めてはちぎる。大盤振る舞いだよ。


「こっちもいっぱいになったわ」


 フワリと胸元に飛んできたかごには栗がイガごと入っていた。近くの栗の木は周期が秋だったようだ。その下にはクルミが入っていた。これは実の部分を腐らせないといけないから、すぐには食べられないね。でも欲しかったから喜びも大きいね。


「先生もありがとう。あとで焼きぐりにでもしようかねぇ」


 アリはかごバッグを鞄に入れた。虫が入った実はなかったようですんなりと収まった。



 アリは赤ん坊に触れるまで接近できたことを報告すると、ふたりにある提案をしてみた。


「子どもたちが元気になるまでは保護した方がいいんじゃないかな」


「はぁ~」


 先生はいままでで一番深いため息をついた。


「いや、普通に考えてもダメでしょ」


 こんなところに放置とかあり得ないでしょ。


「管理者がしなくてもいいと思うけど」


「だよねぇ。でも赤ん坊まで殺そうとしたんだよ、いま森から出たら危険じゃん」


 まぁ、この森も安全じゃないけど。でもあの蛇が北に来たのは私が原因な気がするんだよね。チコさんたちとセマフォロの葉を採取したときの三番目に大きい湖は、ほぼここの南だ。

 チコさんに驚いた蛇が、北に向かって逃げたんじゃないかと思ってる。


《ぼくはいてもいいとおもうよ。ちきーたよりちいさいよ》


「とりあえず母親が目覚めて話を聞いてからね」


「たしかに! 頼るところがあるのかもしれないからね」



 そんな話をしていると、女性がうなされ眉をひそめて苦しみだした。


「ねぇ、もう大丈夫だよ」


 アリはテントに入ると女性の側に膝をつき、ゆっくりと話しかけて肩を優しく揺すった。すると震えていた女性のまつ毛が二枚貝のように開き、その中から透明な涙がこぼれ落ちた。

 その滴が頬を伝って落ちていくのに気をとられていたので、アリはその後の展開に対応できなかった。


「申し訳ありません! 寝過ごしたようであります」


 女性は腹筋だけで上体を起こすと、アリに向かって深々と頭を下げたのだ。


「えーっと、そんなに寝過ごしてはいないかな」


 あっけにとられたアリの返事もマヌケだが、女性の反応が予想外すぎたのだ。


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