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スローライフ 押しつけられました  作者: 夜昊
本編

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リスト作成と恐るべき教本の中巻

虫注意です。

 

 調薬の教本は中巻になると、調合やその前の下準備の段階から魔術を使うものが多くなっていた。

 その上、一種類だけではなく複数の薬草を、細かな配合で混ぜ合わせなければいけないものもある。よりいっそう神経を使う調合をしなくてはならないようだ。


 薬草の乾燥を魔術で行えるのは、スケジュール的にもすごく助かる。この森には季節がないけれど、雨は森の外と同じように降るのだ。そして五の月の半ばから終わり頃までは特に雨の日が多い。

 晴れ間をみて薬草を干すのは意外と重労働なのだ。


 ウィル様に教えてもらって採取した薬草は、単独で調合可能なものもあったけれど、ほとんどが数種類を配合しなければいけないものだった。だからすべての薬草が揃うまでは貯蔵庫にしまっておくか、下処理をしてから取っておくしかないようだ。


 アリは教本を見ながら足りない薬草をリストアップし、図鑑で調べた特徴を書き加えた。



 ウィル様はいまどこにいるんだろうねぇ。

 鞄に入ったままだった薬草について調べ終えたアリは、チコさんと共に旅立った先輩管理者がどうしているのかと、作業の手を休めて考え込んだ。


 赤の森はとっくに過ぎたよね。アルメンドラはウィル様の話を素直に聞いてくれただろうか。

 白猫の守護者さんはどんな性格なのかなぁ。アルメンドラからはライバル視されてたって聞いたけど、白猫さんとはどんな関係なんだろう。


 いつか私も赤の森に行ってマルマレートを採取したい。アルメンドラが持ってきたマルメンは貯蔵庫に入れっぱなしだ。私は海綿の柔らかさよりもヘチマタワシの固さの方が好きだし、かかともスベスベになるんだよね。フライパンの焦げつきだってピカピカに…………また脱線したよ。


 アリは手元のメモにマルマレートの採取、できればマルップもと記入した。


 家の手入れも中途半端だ。この森に蜂がいたとしても巣を採取できるかわからないし、蜜蝋は多目に欲しいな。


 それにアリリオのブーツとかも早めに届けないといけないな。青の森が巨大な危険生物の宝庫だなんていまいち現実味がないんだけど、そうと知ったからには、チコさんにお願いできる私の方から出向かなければいけないね。


 そんな森をよく生きてこの庭まで来れたものだよ。川の増水がアリリオの命を救ったのかもしれないな。


 アリはつらつらと思ったことを書き連ねては、どんどん長くなっていくやることリストに、アリリオの衣服を返却と追加した。

 このリストは魔石の探索から始まり服の返却で終わった。

 次は在庫の整理と買い物リストかな。



 アリの鞄には屋台で購入したちまきなどが手つかずで入っている。ドーナツは六個入りを三つ買ったから、まだ十六個残っている。しかし二十個買った丸パンはすでに半分になってしまった。

 残っているのはモツ煮込みがひと皿分と甘芋がひとカップ、焼きとうもろこしが一本だ。

 プリ先生の前で鳥モツを出すのは気が引けるので、どこかに出掛けた際にでも食べようと思う。


 貯蔵庫にあるのは昨年拾ったマルマの実の残りと、キャベツにレタスがひと玉ずつに玉ねぎがふた玉。にんにくはひと皿に五玉ずつ乗っていたから、まだ十九もある。

 これはしばらくは買わなくても大丈夫そうだけれど、年中栽培しているのか確認できるまでは多目に購入しておいて、鞄に備蓄していても構わないだろう。


 昨日のマルマの実は以前のものと混ざらないように、鞄に入れたままにしている。ハンターギルドで売り払うか、どこかの料理長へ好感度アップのためにプレゼントするかはまだ未定だ。


 ルッコラと残っていたトマトときゅうりは、今朝サラダにして食べた。エンドウ豆は半分使ったので、あと十本くらい残っている。


 ベーコンとソーセージも冷蔵庫ではなく貯蔵庫にしまってある。冷蔵庫はハバリーの肉でいっぱいなのだ。


 戸棚にはパスタとオリーブ油、粒コショウをしまった。オリーブ油は買ったばかりの大瓶に詰めてもらい、十オーロを支払った。粒コショウはお玉ひとつ分を革の小袋に入れて五オーロで、こぶしふたつ分のハードチーズは五オーロだった。


 いまいち高いのか安いのかがわからないけれど、粉屋さんでは合計三十オーロ使ったので、心持ち盛りがよかったと思う。


 在庫チェックをしたけど、なんだか心もとないね。毎日街に行けるわけじゃないんだから、もっと買っておけばよかったよ。


「乳製品が足りないのかなぁ」


 牛乳はどこかにあるのだろうか? 冷蔵庫に保管することを考えれば、テントのお店じゃなくて店舗を探すしかないだろうなぁ。ケーキが作られているんだからクリームやヨーグルトだってあるに違いない。

 粉屋さんにあったのはハードチーズばかりだったけど、どこかにフレッシュチーズがあるはずだ。


 根菜類もじゃがいも以外は箱単位で買ってもいいくらいだな。アリは次々と買い物リストに品名を書き連ねていく。


 次に王都に行くときは、朝に南門から入って広場の露店を物色したあと、店で買い物をしてから薬を納めたほうが効率がよさそうだ。


 うむ、欲しい物はこれくらいかな。

 リストの最後にクルミと書き、下線を引いて強調しておいた。これで忘れることはないだろう。



 あとは家計簿をつけるとするか。

 ウィル様から貰った分も合わせると相当使ったと思うし、収支はきちんと確認しておかないとね。


 財布の中身を確認すると三百四十二オーロ入っている。最初に入っていたのが六百オーロだから、使ったのは二百五十八オーロと言いたいところだが、ギルドで九百七十九オーロの現金収入があったのだ。


 それはギルドの直売店で九百七十三オーロ使ったことでほぼプラマイゼロになっている。

 私は一日で千二百三十七オーロ使ったんだな。恐ろしいことに、一オーロか二オーロあればすむはずの屋台で二十九オーロ使っていた。


 三オーロ銅貨は極力使わないようにしていたからか、二十四枚残っている。

 忘れないうちに先生へ三オーロ銅貨を渡しておこう。アリは調合部屋から出るとキッチンに向かった。


「プリ先生、はいこれ!」


 残った硬貨で一番キレイなものに浄化をかけてから先生に渡す。


「アタシはお金なんか使わないわよ」


 上体ごと首をかしげて硬貨を見ているので、手のひらに乗せた硬貨をパタリと裏返してウィル様の肖像を見せた。


「使わないでとっといて。これウィル様硬貨だから」


 よく見えるようにクルリと回転させてウィル様が確認できるようにした。


「ありがと」


 じっと硬貨を見ているので、なにか問題でもあっただろうかと思い始めた頃に、ようやく先生は動きだして鳥かごへと運んでいった。もちろん魔術で浮かせてだ。


《ぼくも!》


 伏せていたガウターが起き上がって主張しているが、ウィル様との接点はあまりなかったと思うんだけど……。


「これはウィル様がついてるお金だよ? ホントに欲しいの?」


 ガウターはウィル様と仲良くしていた感じではなかったから、人見知りでもしているのかと思ってたけど、どうやら違ったようだね。


《ほしいの!》


 ウンウンと頷いているけど、なんでお金を欲しがってるのかわからないな。


《ぼくにもちょうだい》


 アリが硬貨をくれないので、焦れたガウターがもう一度繰り返した。


「あげるのはいいけど、お金を床に転がしておくのはよくないね」


 ガウターが寝床にしているマットの上には青のマルマの実の殻が常に転がっている。もう何代目のマルマボールなのかわからないくらい壊れたが、予備はまだまだあるのだ。


 これは宝物を入れる箱が必要だね。蓋はいらないから、浅めの木箱かバスケットでも探してみるか。なにかしら物置小屋にあるはずだ。


 アリが裏口から物置小屋に向かうと、後ろからガウターもついてきた。


「ガウターのお宝を入れるカッコいい箱があるといいね」


《いいね~》


 しっぽをフリフリ、ご機嫌なガウターは、あまり話を聞いていないように感じる。

 物置小屋は以前よりは片づいているが、細々した物が多いために田舎の商店のような雑多な印象を受ける。


 棚に置いてある木箱を下ろしては中を覗き、ガウターが使いやすい物を選んだ。

 きれいに浄化した薄い茶色の木箱は部屋の角に設置した。ガウターはアリのベッドの足元で寝ているから、近くて邪魔にならないのがそこだったのだ。


「じゃあ、ガウターにもウィル様のお金をあげるね」


 そう言ってマットの上でお座りしているガウターの前に、三オーロ銅貨を置いた。


《わ~、ありがと~》


 ガウターは硬貨が前肢のあいだにくるように伏せると、なにが楽しいのかしっぽを振りながら眺めている。


「ちゃんと箱の中にしまっておくんだよ」


 子どもってよくわからないな。とりあえず満足しているようなので、アリは調合部屋に戻り先ほどの続きをすることにした。


 いまのでマイナス六オーロか。個人カードに三万八千九百四十四オーロ、現金は三百三十六オーロ持っていることになったね。


 森の探索も全方角が解禁になったから、食べられる物を手に入れる機会が増えるだろう。お金を貯めたままにしておくのもよくないけれど、なるべくムダ遣いはしないように心がけよう。



 調合すべき薬草にやらなければいけないこと、購入したいものなどを書いたメモは十枚にも及んだ。

 優先順位を決めたなら、あとはひとつずつこなしていくだけだ。そうしているうちにウィル様たちが帰ってくるだろう。



 アリは納豆のようにネバつくネトゥヌトの実が入った麻袋を鞄から取り出すと、さっそく調合の下準備に取りかかった。


 これはいまの時期、森に出没する生き物から採れる物と混ぜ合わせることで、やけどや深い切り傷などに効く薬を作ることができるのだ。

 アリは憂うつそうにため息をつきつつも、着々と準備を始めた。



「いやぁ、薬師の仕事をナメてたね」


 植物以外の素材を使うことがあるとは、これっぽっちも考えていなかったよ。

 地球でも鹿の角とかヤモリとか果てはミイラも薬の材料だったからね。そんなに驚くものでもないのかなぁ。

 コスメにもあったよね。ナマコとか蛇毒、蜂毒とかの動物由来のものが。馬油は私も気に入って使ってたんだったなぁ。



 ネトゥヌトの塗り薬はカラコルの粘液を混ぜて作るのである。カラコルという日本語に変換されない文字を見て、図鑑を調べた私はあまりのことに絶句したね。


 そこにはかたつむりの絵が描かれていて、身体の色は金属のような質感の黄色で、体長二十センチ、殻の大きさは直径が十五センチと説明書きがしてあった。デカ過ぎだろ! 職場にあったテープカッターがたぶんそれくらいの大きさだぞ。


 そして悲しいことにこのカラコルは四色の森にしか生息していない。

 つまりハンターが捕まえるか、私が嫌々ネバネバを採取するしか製薬する方法がないんだよね。

 普段は木のウロや葉の影にいて、なかなか見つからないんだけど、雨が降ると活動が活発になるらしい。


 ウィル様がネトゥヌトの実を採取するようにと教えてくれたときは、カラコルのことなんかひと言も言わなかった。ただし雨の時期にしか採取できない貴重な物が必要だとは言っていた。

 だから私は真面目にネトゥヌトを採取したのだ。この時期にしか作れないならたくさん作ってストックしておこうと。


 採取したネトゥヌトの実は表面もネバネバだが、使うのは実を割った中身だ。それもやっぱりネバネバなので、とりあえず円柱型の瓶に詰めておいた。終わったあとは手だけでなく机周りすべてを浄化した。

 これはかたつむりとは関係ないんだけれど、気分的に浄化せずにはいられなかったのである。


 集まったのは大瓶にふたつだ。

 正直に言うと半分くらい捨てたい。できればすべてを無に還したい。

 だって調合割合が酷いのだよ。ネトゥヌトが一に対してカラコルの粘液は四倍必要なのだ。


 私に巨大かたつむりを二十匹以上追い回して、歩いたあとに残るネトネトをかき集めろということなのだ。

 なにこの罰ゲーム。じつは私ってウィル様からものすごく嫌われてたんでしょうかね?


 さんざん泣き言を言っているが、すでに準備は万端だ。出現しやすい場所の確認もすませ、あとは雨が降るのを待つばかりとなってしまった。



 調合部屋から出てダイニングテーブルにつくと、アリはストーカーの如くプリ先生にまとわりついた。


「せんせ~、雨っていつ降りますか」


 近々降りそうなのか? 明日か? 明後日か? としつこいくらいに質問を繰り返すアリに、プリ先生は面倒臭そうに目を閉じた。


「明後日は朝から雨よ」


 再び目を開いた先生は、難病を告知する医師のような沈痛な面持ちで、けれどキッパリと言い切った。


「あぁぁぁ~! 終わった! 楽しかった日々は明日で終わりだぁ~」


 アリは大げさにテーブルに倒れ込むと、苦悶の表情を浮かべて頭を抱え込んだ。


「カラコルのことはなんとなくわかったし、毒もないって確認したんですけど!」


 アリはいよいよ巨大かたつむりと対峙しなければならなくなって、不安でいっぱいだ。


 あんな見た目だが、もしかしたら超高速で移動するのかもしれないし、噛みついてくるかもしれないではないか。

 図鑑には凶暴だとは書かれていなかったが、生態を熟知しておくことは大事だと思う。


「それに粘液ってどうやって採取するんですかね? 雨に流されちゃったりして」


 アリはすべて流されてしまえという願いを込めて口にした。言霊よ! いまこそその力を発揮するときだ。


「採取は雨が止んでからよ。明後日の昼には止むから午後から採取ね」


 先生から呆れた口調で言い渡されたことばに、アリはしょんぼりとうなだれた。

 どうやってもネトネトの餌食になることを、避けることはできないようだ。


《かぜでね、ひゅ~んってしたらいいよ?》


 ふたりのやり取りを黙って聞いていたガウターは、お座りしながら小首をかしげてアリを不思議そうに見ている。


 アリがあれほど騒いでいたことは、ガウターのひと言によってアッサリと解決したのであった。

 魔術は便利だけど存在を忘れるときがある。アリはまたひとつ賢くなった。


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