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管理者の鞄って最高だな

 

「お腹いっぱいですね」


 もう動かないでじっとしていたいけれど、食材と調味料は絶対に欲しい。そうでなければハバリーのお肉の出番が遅れてしまうではないか。


「このまま買い物をしたら南門から出た方が早いね」


 ウィル様が懐中時計を確認すると、時刻は十七時近くだった。

 外はまだ明るいから気づかなかったけれど、思ったよりも長く広場にいたらしい。十九時には王都を出ないと家に着く頃には暗くなってしまうだろう。

 ごめんなさいチコさん。もう少しだけ待っていてね。



 お肉屋さんがあるという場所につくと、そこは向かい側と少しだけ距離がある通りだった。

 そしてその通りの真ん中にはイベントテントが縦に並んでいて、野菜や加工した食べ物などを売っていた。


「これはフリーマーケットみたいだね。広場の露店と何が違うんですか?」


「広場は一日単位で場所を借りて開いているんだよ」


 屋台の柱などの目立つ場所に、許可証である黄色い木札が下がっていたらしいんだけど、お祭り気分だったから気がつかなかったよ。


「ここは違うってことですよね」


「ここはひとつひとつがその人の店だから、一日だけとか場所が変わったりしないんだよ」


「さっき広場でまたねって言ったけど、明日はいない可能性もあるんですか?」


「そうだね。特に外からの行商人は一日だけとか一週間とか、決まった期間で売り歩くからね」


 欲しいものがあっても、次にいつ買えるのかわからないんだよね


「この通りの住民から苦情はでないんでしょうか?」


 思ったよりも活気があって、人も大勢いる気がするんだけど。


「ここは職人街だよ。外よりも中の工房の方がうるさいんじゃないかな」


 急がないとそろそろ閉店の時間だよ。そう言って急かされたので、慌てて小さな金物屋さんのドアを開けた。

 ちょうど店じまいをするところだったらしく、慌てて店主に肉切り包丁が欲しいことを伝えた。


 解体ではなく、ブロック肉をスライスするための包丁が欲しいのだと、重ねて主張しておいた。


 店の主人はアリの手のひらを見ると、筋引き包丁に似た細長い刃の包丁を二本出してきた。


「あんたに合う大きさは、この店にはこれだけだ」


 話し方はぶっきらぼうだが、それは肉屋の奥さんから聞いているので問題はない。

 アリは二本を握ったり持ち上げたりして、握りが少しだけ太く軽い方を選んだ。


「砥石も小さいものが欲しいです」


「これを持っていきな」


 店主は砥石をおまけしたうえに、包丁は刃の部分を薄い板で挟んで固定して、危なくないようにアリへと手渡した。


「ありがとうございます」


 ちょっとした心遣いに嬉しくなって、ほっこりした気分で支払いをすませた。



「あとは食材を買うんだよね?」


 金物屋を出ると、中央では店のものを片づけたり、木箱やかごに売れ残ったものをしまい始めていた。


「そうでした! 急がないと何も買えなくなっちゃいますね」


 外に出ると先ほどの人たちはまだ買い物中だった。きっと店じまい前の投売りを狙ってるんだね。これはライバルが結構いるね。



「あら? あの人、青の森のウィルフレド様じゃないかしら」


「似てるわね」


「白銅貨の姿よりも本物の方が素敵ね」


 アリが手強いライバルたちに恐れをなしていると、奥様方は予期せぬ有名人の登場で色めき立っている。

 ナイスアシスト! さすが管理者歴三百年越えは知名度が違うね。先輩はそのまま、後輩のための撒き餌になっていてください。


 アリはウィル様に気をとられている奥様方のあいだをぬって、欲しいものを手当たり次第に購入していった。


「おじさん、これはいくらですか?」


「それはひと山、三オーロだよ」


「こっちのきゅうりは?」


「それは三本で一オーロだよ」


「これとこっちのトマトも買うから三オーロにオマケしてくれませんか?」


 アリは少し考えてから、値段交渉をしてみた。


「しょーがねぇなぁ。もう店じまいだし持って帰るのもなんだからな」


 特別におまけしてやるよ。そう言って渡されたものを、いそいそと麻袋に詰め込んだ。


「おじさん、ありがとう。また買いにくるよ」


 アリは麻袋を鞄に入れたのだが、重さはまったく変わらなかった。



 隣の店はほとんどが売り切れていて、残っているのはニンニクっぽい白いものだけだ。美味しいのに人気がないのだろうか?


「お姉さん、このザルに入っているのはニンニクですか?」


 おいくらですか? 値段もすかさず確認する。


「そうだよ、ザルにある分は三オーロだよ。残りはあと四枚分だね。いまなら二枚で五オーロにオマケするよ」


「三枚分買うので一枚オマケしてもらえませんか?」


「三オーロオマケしろってこと?」


「ダメですか」


 思いきって値切りすぎたのかな。値段交渉ってあんまり経験がないからなぁ。


「う~ん」


 悩んでるなぁ。一日で悪くなる訳じゃないからここまで値下げしてまで、売りたいわけじゃないのかも知れないね。


「いまからこのかごのものは、ひとつ一オーロだよ!!」


 男の人が大きな声で注目を集めているのは葉野菜のお店だ。

 明日まで取っておけないから、お隣のお店は値下げをしたみたいで、少しずつお客さんが集まり始めている。


「ごめんなさい、やっぱりいいです」


 私も隣が気になるから、ここは無理しなくていいや。


「ちょっと待って。わかったよ、九オーロにオマケするよ」


 アリの購買意欲が消えると、慌てて店主が引き留めた。


「ありがとうございます!」


 どうやら売れ残るよりはマシだと判断したみたいだ。支払いをすませて鞄に入れると、急いで隣に行く。


 あまり残っていない商品からキャベツ、レタス、ルッコラらしきものをひと山ずつ買うことができた。

 いろいろ混ざったベビーリーフのひと山は、タッチの差でほかのお客さんにさらわれていったので、ここでの支払いは三オーロだ。



 ウィル様を探してみると、人に囲まれたらしく見えなくなっていた。たぶん団子状になっている場所の中心にでもいるんだろうな。


 思ったよりもウィル様効果が高いようだ。アリは安く買えた野菜を鞄に入れた。なんて素晴らしい鞄なんだろうね。消費期限が切れることもないし。



「えっ、カニ?」


 また歩きだしたところで、桶に入ったカニを見つけた。

 これはガザミっぽいね。ここは海産物のお店かな。でも海まではかなりあると思うんだけど。


「おう! 茹でても焼いてもうまいぞ」


「このカニは東の河で獲れたんですか?」


 もしやこの世界では海と河の違いがないとか。


「これはなぁ、海っていう河よりもでっかいところで獲れたんだぞ」


 河にいるカニはカングレホだな。

 小さいからまだわからないだろうけど、見つけても近寄ったらダメだぞ。あいつのハサミはなんでも切っちゃうからな。捕まえようと手をのばせばチョキンとやられちゃうぞ。


「えっ!」


 そんな恐ろしい生き物が王都の近くにいるのか。


「驚いたろう、ずぅ~っと北の方にある、アマポラっていう港街から来たんだぞ」


 店主はアリが驚いた理由を誤解して、海について話しを続けている。


「そんなに遠くからじゃ、このカニはもう死んでるんじゃないの?」


 アリは桶をのぞき込んだが、生きているかはよくわからなかったのだ。


「まさか! そんな古いものを売ったりしないよ」


 これは朝に獲れたものを船で運んできたんだよ。


「それじゃあ、船賃もかかってるしお高いんでしょうね」


 テレビショッピングのネタだが、相手に通じるわけがなかった。


「お嬢ちゃんは小さいのに船賃なんてわかるのか」


「だって海まで百キロはあるでしょう? いまの季節だと馬で運んだら腐っちゃいますよね」


 馬だと何日かかるんだろう、三十キロくらいで次の馬に交代するんだろうか。

 それはそれで費用がかかりそうだね。


「あぁ、これは昼過ぎに王都に着いたんだ」


 朝一で仕入れをしてそのまま河を遡って来たらしい。何時間かかるんだろう、到着が昼過ぎってことは五、六時間くらいかな。


「海のものは珍しいから売れるんじゃないの?」


 昼から店に出ているのに、まだ売れてないのか。


「まぁ、川魚の方が新鮮だからなぁ」


 この店では河の魚をメインに海産物も取り扱っているらしい。そちらはすでに売り切れていて、残ったのがこのカニだ。

 海から生きた魚を運ぶのは、この店では無理だったらしく、加工品や干物を売っているのだと言った。


 王都の人たちには、海のものより河の魚の方が馴染みがあるらしい。

 それになんと言っても値段が安い。家計を預かる者にとっては珍しく高い食べ物よりも、お手軽で安く買えるものの方が人気があるのは当然だね。


 あんなにデカい河の魚って、いったいどんなのがいるんだろう。二メートルのナマズとか、エイやワニなんかもいるのかな。


「晩ごはんのお使いかい? オマケしてあげるから買わないか?」


 このカニは一匹、四オーロの値札がついている。


「カニはこのままでもしばらくは生きてますよね?」


 その値段は思ったよりも高価ではないと思うんだけど。今日無理に売らなくてもいいのでは?


「海っていうのはな、塩が溶けてるからとても塩辛いんだよ」


 井戸の水が使えないからこの桶から出せないんだね。そして桶がすごく重いから持ち帰りたくないのか。

 でも鞄に生きたままは入らないんだよなぁ。

 カニを食べるのは久々だし、せっかくだから買おうかな。なにかいい方法はないかな。


 みんなが持っている、こだし編みのかごバッグはどこで買ったんだろう。麻袋に防水魔術をかけてからカニを入れて、それをかごバッグで運んだらいいかもね。


 店主に聞けば、向かい側に木工細工の店があり、そこで売っているとのことだった。

 そこで少し小さめのかごバッグを購入して、またこの店に戻ると、まだカニは売れ残っていた。


「おじさん、カニは何匹残っていますか?」


「いまは七匹だよ」


 店のおじさんは私が戻って来るとは思っていなかったようで、少し驚いたようだ。


「いくらで売ってくれますか」


「そうだねぇ、二匹で六オーロでどうかな」


 ええっと、一匹あたり一オーロオマケしてくれるのか。まぁ、子どもが大金を持ってるなんて思わないだろうからね。二匹売れたらいい方なのかな。


「全部買うので二十オーロになりませんか?」


 合計で八オーロの値引きになるけどダメかな。


「買ってくれるのは嬉しいけど、大丈夫なのか?」


 まとめ買いで値切られたことよりも、子どもが買い占めようとしていることに困惑しているみたいだな。


「ハンターなので、今日は大丈夫です」


 十オーロ銅貨をふたつ取り出して見せた。


「それじゃあ、七匹全部で二十オーロだ」


 アリは麻袋に水漏れしないよう防水の魔術をかけると、カニと一緒に海水もその中に入れた。そして口を革ひもでぎゅっと縛るとかごバッグに収めた。


「魔術師さんか、なら不思議じゃあないな」


 そう言うと店主のおじさんは、ようやく店じまいができると桶を片づけを始めた。



 アリは駆け足で売れ残っている野菜などを買い、金物屋を紹介してくれた肉屋からソーセージを一連とベーコンを購入した。


 粉屋さんにパスタが置いてあるのを見つけると、馴染みがあるスパゲッティとペンネを十オーロ分買った。ここでは瓶詰めの調味料も販売していたから、結局支払ったのは三十オーロだった。



「アリは何を買ったの?」


 店から出たら、ようやく解放されたウィル様に呼びかけられた。

 中央にあった店はほとんど片づけ終わっていて、道を行く人は十人前後といったところだろうか。


「海のカニを手に入れましたよ!」


 アリはかごバッグの取っ手を開いて、ウィル様に買い物の成果を見せた。


「高かったでしょう」


 あれ? やっぱり高いのかな。急に不安になってきた。樽で九百オーロを使ったから、金銭感覚が麻痺しちゃったのかな。


 ランチが三オーロだから、食材に四オーロは高価だったのか……。前世の記憶からすると安いと感じたし、おまけをしてもらえたから得した気分だったけど、ここでは高めだったんだね。


 でもいいんだ、これはお礼も兼ねているからね。


「ウィル様、帰ったら今日は私の手料理をご馳走しますよ」


 メニューは渡りガニのトマトスパゲッティです。

 だいぶ考えたけれど、ウィル様にお礼の品を選ぶのは難しすぎた。だってなんでも自分で買えちゃうからね。だから一番需要がある、食事でお礼することにしたのだ。


「わぁ! 楽しみだね」


 ご機嫌なウィル様とふたり、南門を目指して歩きだした。


 三十分ほど歩いて南門に到着すると、検問中の騎士さんたちに、この時間に外へ出るのは感心しないと止められた。


 当然だよね。ウィル様はギリギリ成人している年齢に見えるけど、私はまだ十歳だし。

 仕方がないので、王都を出るときは必要ない個人カードを提示して、管理者であることを魔道具で確認してもらった。


 ようやく外にでたときには十九時になるところだった。


「大変だ! チコさ~ん。南門から出たから迎えに来て下さ~い」


 遠話魔術でチコさんを呼ぶと、ほどなく西側から飛んでくる青いドラゴンの姿が見えた。

 城壁の方からざわめきが起こっているんだが、申し訳ないけれどここで騎乗させてもらうよ。


 ふたりは魔術を使いチコさんの背に乗ると、素早く上昇して王都から離れた。


「チコさん、お待たせしたうえに呼び立てたりしてごめんなさい」


《いいえ、構いませんよ。王都は楽しめましたか?》


 相変わらず優しいよね。もちろん思いっきり楽しんだよ!


「それじゃあ、帰りは僕が魔術をかけるよ」


 ウィル様は嬉しそうにそう言うと、チコさんはどんどんスピードをあげ、青の森を目指して飛び始めた。


 二日連続の王都か。時間に余裕ができたけど、気持ちに余裕がないせいか昨日よりも慌ただしいね。


 アリは次に王都に行くときには、神殿に立ち寄ると決めていたことも忘れ、心はすでに晩ごはんのことでいっぱいだった。


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