初めてのお買い物。そしてふたたびハンターギルドにて
アリがちょっと下品です。
この通りは買い物かごを提げた奥様たちが多いな。時間的には少し早いけれど、晩ごはんの買い物にでも行くんだろうか。
しばらく歩くとウィル様は一軒のお店を指差した。
「ここで歯ブラシとかを探したらいいよ」
その店の木製の重そうな両開きのドアは、開きっぱなしで固定されている。店内にいる数人の先客たちは、商品を手に取ったり目あてのものを探したりしていた。
薄いテラコッタ色の壁には、通りに面したほうに大きめの窓が取りつけられていて、店内のようすが外からでもよく見えるようになっている。
見上げてみると二階と三階の窓は整列したように並び、ウィンドウボックスの花が、ペンタスのピンクと白、鮮やかな紫に白のストライプが入ったペチュニアで統一されていた。
「わかりました」
初めてのお買い物だからちょっと緊張するけど、ウィル様もついているんだし。
アリは明るい店内に足を踏み入れた。なかは日用雑貨であふれかえっていて、目あてのものが置いてある場所を探すことは早々に諦めた。
入って左側から時計回りに見て歩けば、いつかは歯ブラシにたどり着くだろう。
アリは棚に並んだカップに目を止めると、テイクアウト用のカップを選ぶことにした。
木製のカップは種類もサイズも豊富だ。シンプルな作りの小さいもので三オーロ、でもこれには持ち手がついていない。
この店で一番値段が高い木製のものは、持ち手や側面にちょっとした彫り物がしてあって、七オーロだった。
このククサみたいな持ち手のカップは六オーロか。木目の出方がそれぞれ違うから迷うなぁ。
しばらく悩んでアリが選んだのは、自分の髪色と同じ焦げ茶で木目が美しいカップだ。
素材はウォールナットで五オーロだった。
陶製のものは八オーロからで、客層が違うからなのかあんまり種類がなかった。たぶんこの店では高価なほうなんだろうな。置いてある場所も支払いをするカウンターの近くだし。
家にあるのは木製の食器が多いから、お手入れ用のオイルが欲しいな。
キョロキョロと店内を見渡しウィル様を探すと、お掃除コーナーっぽいところにいた。
「ウィル様、食器の手入れをするときのオイルが見つけられなくて」
困ったときは先輩に聞くのが早いだろう。
「木の器のだよね? このあたりの人はクルミを使うから、わざわざ買ったりしないんだよ」
リネンの実も使えるが青の森には生えていない。クルミは森でも拾えるけれど今日は食品も見に行くから、そのときに買ったらいいと教えてくれた。
ウィル様が見ていたのは靴磨きの道具だった。
そういえば物置小屋には道具が置いていなかったな。ブーツの汚れは魔術でキレイになるけれど、この一年は手入れをしたことがなかった。
アリは革製品のお手入れに使うブラシとクリームをかごに入れた。布は家にあるし防水スプレーは存在しなかった。
家具の手入れはネルガの皮と蜜蝋を使えばいいか。家にある蜜蝋は調薬用だから、自分用を買わないといけないな。
この機会に家具や食器などの手入れを、まとめてしてしまおう。
店内を縫うように歩いては、気にいったものをかごに入れていく。
どうやらこの店はキッチン用品、お風呂と洗面用品というように、部門ごとにわけられているみたいだ。
ブラシはさすが獣族がいる世界って感じで、サイズや種類が豊富だ。
コームの大きさや目の細かさ、使われている木の種類によって値段はまちまちだし、手作りなのか同じものがなかった。
ガウターには獣毛のブラシと目の粗いコームを、シダで作られているデッキブラシは、チコさんの鱗みがき用だ。
プリ先生には、ポーランドの陶器みたいな花柄の小鉢を選んだ。これを水浴び用に使ってもらうのだ。
歯ブラシも見つけることができた。サイズが小さいのは子ども用で、ほとんどが柔らかかった。なので大人用の一番小さいサイズから、ふつうの固さのものを選んだ。
これは予備と合わせて二本かごに入れた。
歯みがき粉は残念ながら、いま使っているものとパッケージが同じだった。
この店にあるもので必要なのはこれでおしまいだな。樽はこの店にはないし、軍手のようなものも売っていなかった。
自分用に軟膏などを作っておきたいから、容器もいくつか見ておきたい。
さすがに薬師棟から預かっている容器や蜜蝋を、自分用にすることはできないからね。
買わなければいけないものはそんなに多くない。魔術のおかげで掃除用品がほとんど必要ないのが大きいな。一家にひとり魔術師がいれば家計は大助かりだよね。
だけど普通は火をつけたり水を出したりといった、ほんの少し暮らしを助ける程度の魔術が使えればいい方らしい。
そういえば解けてしまった魔術をかけ直さないと。家に帰ったら浄化と結界の魔術をかけるのを忘れないでやらないとね。
アリはカウンターにかごを置いて、その横にデッキブラシを並べた。
「あらあら、たくさん買ってくれるのね。お使いかしら?」
眼鏡をかけた老齢の女性が、かごの中身とアリを見てそう言った。
「家で使います」
嘘はついてないよ。やっぱり見た目が子どもだと、大金を使うのは目立つよね。
女性は中身をカウンターに並べると、かごを自分の後ろに置いた。
売上げ帳に品物と金額を書き付けて、あとはそろばんらしきもので計算していった。
アリは計算しながらかごに入れたから、合計額はわかっていたのだが、パチリパチリと玉をはじくのをついつい見守ってしまった。
「あらあら、けっこうかかったわよ? お金は大丈夫?」
眼鏡の奥から心配そうな目をこちらに向けている。
ステンレスっぽい洗濯バサミがちょっと高めだったからね。でも木製と比べたら長持ちしそうだし。あとはプリ先生の小鉢がいい値段なのかな。
「大丈夫です。持ってます」
アリはカウンターに七十三オーロ分の硬貨を並べた。
「あら~、えらいわね。小さいのに計算ができるのね」
どうやら自分の計算と一致したらしく、驚いたようにアリが並べた硬貨とそろばんを見比べている。
ゴメンね、おばあさん。中身はあなたの孫よりもずっと年上なんですよ。
あまりにも感心されるので、アリは心のなかで詫びておいた。
買い物袋は持参するのが常識らしく、アリは買ったものを採取用の麻袋に入れて、デッキブラシは手に持った。
ウィル様はすでに会計をすませて店の入口に立っていた。それにしても通りを歩く娘さんの視線を集めすぎなんじゃないの?
声をかけにくいけど仕方がないな。
「お待たせしました」
「ちゃんと買えたね」
アリが持っている麻袋とデッキブラシを見てふんわりと微笑むと、わき道に誘導して人目がつかないところで鞄にしまえるようにしてくれた。
「やっぱり拡張された鞄を子どもが持っていたら不自然ですか?」
「大きさにもよるね」
この麻袋が二、三個入るくらいの鞄なら、大きな店の下働きの子どもがお使いで持つこともあるけど、身長と同じ長さのデッキブラシが入るとなると、やはり目立ってしまうらしい。
「樽を入れたらビックリされちゃいますね」
困ったな、子どもの姿による弊害がこんなところで起きるとは思わなかったよ。
「大丈夫、ハンターギルドでも買い物ができるからね」
ウィル様はそろそろ二時間経ちそうだから、ギルドに戻ろうかと言って歩きだした。
確かにギルドなら大丈夫か。管理者って知ってるしハバリーを出して見せたからね。
わき道からどう進んだかわからないまま、数分後にはハンターギルドの前にたどり着いた。
「アリちゃん、準備はできているよ」
ハンターギルドに戻ってくると、ボニートさんが受付の向こうから声をかけてきた。
名前を覚えてくれたらしい。
今は午後三時頃だからまだハンターは多くないんだけど、さっきよりガヤガヤしているね。
左側のテーブルでは数組のハンターたちが、打ち合わせをしたり、一服しながら分け前を分配したりしている。ひとつのテーブルを五、六人で囲んでいるから、パーティーメンバーは平均それくらいってことなんだろう。
ずいぶんと機嫌が良さそうだから、予定よりもたくさん稼げたのかもしれないな。
ここが混むのは朝五時から八時頃までと、朝の一仕事を終えたハンターが報告に来る十一時から十二時まで。そして一日が終わる五時から七時の間だ。冬になれば朝は一時間遅く、夕方は逆に一時間早く混み始めるという。
私はその時間を避けてここに来れば、余計なトラブルに巻き込まれずにすむというわけだ。
ハンター登録は個人カードがもらえる十歳からできるけど、たいていは数人のグループだったり兄弟と一緒だったりする。だから女の子がひとりでうろちょろしていると、無駄に目をひいてしまうらしい。
私たちはまたボニートさんの窓口に進み、精算の手続きをしてもらう。
「はい、お願いします」
アリはハバリーを渡したときに受け取った、名刺サイズの預り証をボニートさんに返した。
「お肉はさっきのところで渡すから、まずは買い取り額の精算をするよ」
あのハバリーから取れたお肉は全部で約九十キログラムあった。
そのうちのバラ肉とモモ肉を半分ずつだから、バラ肉十二キロとモモ肉九キロの合わせて二十一キログラムが私のものだ。
その他の部位はすべて売ることにしている。ロース肉やヒレ肉が高いと思って売ったのだが、意外にもモツやタンが高額だった。
「このハバリーはオスだったよ。メスだとちょっと値段が上がるんだよね」
内臓系が高いことに驚いているとボニートさんはメスの内臓の方が高いという。
この世界でもホルモンを食べるんだな。獣族がいるもんね、肉食獣の獣族はお肉ばっかり食べるんだろうか……。いや、アリリオはネルガの実が好物だったな。
「へぇー。オスには金額アップするものはないんですか?」
メスを見たことないから、どれくらい違うのかよくわからないな。
「あれっ? アリちゃん知らないの? オスは睾丸が良い値で取引されるんだよ」
ボニートさんは悪い人みたいな顔つきでニヤニヤしているが、はっきり言ってセクハラだと騒ぐ気にもならないな。
「へぇー。玉なんてなんに使うんですか?」
「アリちゃん、女の子なら『きゃ~』っていわないと」
唇を尖らせてつまらなそうにしているけれど、いい大人がしていい顔じゃないぞ。
すなまいが私は中身がオバさんなんだ。いまさらキンタマくらいで羞じらったりはできないんだよね。ウィル様も笑ってないで悪い大人を叱ってね。
わざとらしく作った悪い顔をあっさりと引っ込めて、やっぱり管理者なんだねって言われたけど、どういう反応が欲しかったんだろうな。
ちなみにこのモツは私が報酬の受取書にサインした瞬間に、肉の一部とともに王宮へ届けられるのだという。そして睾丸は精力増強のために使われる。もうひとり王女様が欲しいのかもね。
王都では新鮮な四色の森産の肉が手に入ることは、ほとんどないのだという。確かに片道三百キロもかけて売りに来るのは大変だし、肉が傷んでしまったら割りに合わないだろう。
私の分以外のお肉は枝肉のまま冷蔵室に保管されている。そうして熟成させた方が美味しいらしい。
「すでに噂を聞きつけた肉屋なんかから、買い取り予約が殺到してるんだよ」
ボニートさんの給料に上乗せされるわけじゃないだろうけど、ずいぶん嬉しそうだね。
「お陰さまでギルドはウハウハだよ」
「買い取り額をその分勉強してくれませんか」
正直すぎるよボニートさん。私もストレートに返すけどね。
「もちろん適正価格で買い取ってるさ」
ハバリーは頸骨が折れて頭部に内出血があったけど、血抜きの処理がされていなかったので、魔術を使用した分の手数料が増えてしまった。血抜きがうまくいかないと肉は全滅したらしい。
肉食獣のエサにまわされた可能性を思うと悲しいけれど、内臓を抜いて冷やすまでなんてできそうもないな。
この鞄がほぼ時間停止と同じ性能を持っていて良かったよ。
ただ、余計な傷がついていないために毛皮の値段が上がっている。浄化の魔術を使ったことも解体前のひと手間が省けたとして、プラス評価してもらった。
そして二本ある牙なんだけど、若い個体のわりに大きいからちょっとプラスされて二十オーロだった。
初めて見るから触らせてもらったんだけど、思ったよりも軽いから根元を見てみたら、中は空洞なんだよ! くるんと半円を描いた牙がだいたい直径十五センチくらいで、先は鋭く尖っている。ツルツルかと思ったら意外とデコボコしてるんだな。
骨なんかもスープ用に使ったり、犬のオヤツに買ったりと需要があるし、食用にならない内臓は肥料などに変わる。脂は保湿クリームや石鹸などの加工品になるため捨てるところがない。
本来ならば冬場にしか取れない脂が、四色の森産だからかたっぷりと取れたそうだ。
バラ肉のかたまりを手にいれたから、私も保湿クリームを作ってみようかな。やけどや切り傷に効くのなら、作り方が教本の中巻か下巻に載っているかもしれない。
「アリ、お肉は鞄に入れっぱなしにしないで、家に帰ったら冷蔵庫にいれるんだよ」
今日解体されたお肉はまだ熟成されていないから、鞄に入れているといつまでたってもおいしいお肉にならないらしい。確かにスーパーで買うお肉はすでに熟成されていたはずだ。
数日冷蔵庫に入れておき、そのあとで鞄もしくは貯蔵庫にしまっておけばいいと教えてもらった。
ハバリーの買い取り額は合計で千九百五十八オーロになった。これは税金分として百五オーロが引かれている金額だった。
内訳をみると、肉が千三百八十オーロ。牙が二本で二十オーロ。毛皮が三十オーロ。骨が六オーロ。脂が十五オーロ。睾丸がふたつで百オーロ。内臓ほか合わせて五百四十オーロ。
合計で二千九十一オーロだ。
ここから引かれるのが、解体代(大型、標準)十八オーロ。血抜き魔術使用代が十五オーロ。税金が百五オーロ。
浄化魔術使用でプラスされたのが五オーロだったので、締めて千九百五十八オーロの収入になった。
アリは受取書にサインをすると、報酬の半分はカードに預け入れて、残りを硬貨で受け取った。そしてそれをもらった財布に入れると、大事そうに鞄へとしまった。
「命の値段か。ありがたく使わせてもらうよ」
ここでは日本にいた頃よりもずっと生きること、死ぬことが身近に感じられる。
昔の私のように何も知らずに生き物を食べる人は、この世界にもいるんだろうけれど、私はもうそれを見ないようにして生きていくことはできないな。
アリはこの世界で生きていくためには、動物に限らず生き物の命を奪うことも必要なことだと納得し、それを受け入れた。
「手続きは終わったね。それじゃあお肉を受け取ってからギルドの直営店に行くよ」
ハンターギルドの建物は一階に受付カウンターと、その奥には職員のためのスペースがある。
ほかには依頼の掲示板と休憩や相談ができるスペースがあった。階段下からは解体のための部屋に行くことができ、ここは外から直接入ることもできる。隣接しているのはギルドの倉庫だ。
二階には会議室やギルド長の部屋があり、それより上は宿泊ができるようになっている。
ギルド直轄の店は倉庫の隣にあり、三十メートル四方の空き地を囲むように建っている。
ふたりは解体所のカウンターからハバリーの肉を受けとると、鞄に収めて直接外に出られるドアからハンターギルドをあとにした。
「二十キロを超えるお肉はさすがに大きいですね。これは専用の包丁が必要かもしれないです」
「そうだね。この店になかったら鍛冶屋をのぞいてみたらいいかもね」
「それにハバリーの値段が思ったよりも高くて驚きました」
「青の森のハバリーをハンターが新鮮なまま運ぶのは、ほとんど不可能だからね」
「ハンターはいつもこのくらい稼いでいるのかと思いました」
「ハバリーをひとりで狩るのは難しいと思うよ」
四、五人で数日狩りに出かけて、運良くハバリーを一頭捕まえたとしても、人数と日数で割ったら、それほど大金というわけでもないようだ。
近くの森で狩ったとして、解体してから王都へ運ぶにも費用がかかる。日数を考えるとそこまで良い値はつかないだろうね。
だからハンターは森から一番近い街に、狩ったものを売りに行く。つまり王都に四色の森の肉は入ってこないのだ。
ハンターが売りに行くのは赤の森に近いアステルとか、赤と青の森に挟まれたアセデラとか赤の山脈の東にあるリリオスなのだそうだ。
私だって今回は、ウィル様から狩ることを学ばされただけだ。自分で見つけて倒すことはできそうもない。また運良く結界にぶつかってくれるのを待つだけだ。
ウィル様はなにか欲しいものはないんだろうか。みんなにはお土産が買えたけど、ウィル様へのお礼になるようなものがまったく思い浮かばないよ。
アリは次の店に着くまでのあいだ、なにか良いものがないかと頭を悩ませた。




