ここはどこですか?
「次にお待ちの方、こちらへどうぞ」
女性の声に有は、はっと我に返って呼ばれた窓口に向かって足を進めた。
「あれっ? 何でこんなところにいるんだっけ?」
列に並んでいた理由も思い出せないままに、ふらふらと窓口に近づいて正面の椅子に腰かけた。
すると白いブラウスに紺色のベスト姿の女性が、A四サイズの用紙を渡してきた。
「津川有様ですね。あちらのテーブルにて、この用紙にある質問事項すべてにお答え下さい。ご記入がすみましたら五番の窓口に提出して下さい」
そう言われた有は腑に落ちないまま用紙を受け取ってしまい、きびすを返したその時に、女性の右側にあるビー玉のようなものが視界に入った。
この場に不釣り合いだったので不思議に感じたけれど、職場でも机に写真やらキャラクターの小物など、お気に入りの私物を置く人もいたなと思い直し、指示されたテーブルに向かって歩き出した。
テーブルは壁に接して置かれていて、等間隔にパーティションで区切られていた。そしてそこにはすでに数人の老若男女がいて、ペンを動かしていた。
有も空いている場所に用紙を置き、じっくりと内容を確認して途方にくれてしまう。
・あなたは、今世の記憶を来世に引き継ぎたいですか
・あなたは、今世の種族を来世に引き継ぎたいですか
・あなたは……
「えっ! なにこれ?」
急に心細くなった有があたりを見回してみると、記入を終えた人たちが次の窓口に向かっているのが見えた。
「とりあえず書いちゃって、それから窓口で詳しく聞こう」
そう決めてペンを持つと、二十代半ばくらいの女性がすぐ隣に来て、テーブルに肘をつき顔にかかった明るい茶髪をかきあげている。
「もう、なにこれぇ。面倒だわぁ。口で言ってくれればいいのに」
女性は記入しているあいだ中ひとりで話し続けていた。
その女性は『これはチートね。やっぱり逆ハーが……』などと呟いていたが、なんだか関わり合いたくないと思った有は、せっせと記入して逃げるように五番の窓口に進んだ。
五番の窓口は紺色のスーツ姿の若い男性が担当していて、有から用紙を受け取るとパパッと記入漏れを確認した。
そしてあっさりと有に用紙を返却すると、隣のドアを指差しそこから先に進むよう言った。彼はすぐにモニター画面へ視線を戻してしまい、彼女に質問する隙を与えなかった。
質問もできず話しかけられる雰囲気でもなかったので、用紙を片手に仕方なくそのドアを開け、隣の部屋へと移動した。
その部屋は正面に隣と仕切られたカウンターがあり、空いている席に進むよう窓口から声をかけられた。
有は、失業手当の手続きに行ったときのハローワークみたいだなと思いつつ、優しそうに微笑んでいる女性が担当している窓口に進もうとした。しかし足を踏み出したその瞬間に、いきなり後ろから突き飛ばされて転倒してしまった。
「ぼさっと突っ立ってないで、さっさと進みなさいよ!」
そう叫ばれ驚きすぎて声も出せない有の横を、先ほど関わりたくないと思った女性が通りすぎて行った。
そして二枚が重なるように床に落ちていた用紙の、上にあったほうを拾うと、有が狙っていた女性の前に座ってしまった。
いや、たしかにエスカレーターとか出入り口で立ち止まる人は迷惑だと思うよ。だけど私は横にずれてたよね。なんで突き飛ばすんだよ。
ノロノロと用紙を拾って立ち上がると、目の前の窓口にいる強面の男性と目が合ってしまった。
有はほかに空いている窓口を探すために、そこから目をそらすこともできずに、しかたなくその男性の前にうなだれて座った。
男性は受け取った用紙をよく分からない機械にセットすると、モニターを見ながら眉をひそめた。未だに状況がよく分かっていない有は、何を言われるのかとビクビクしながら待っていた。
「ずいぶん要望が多いですね」
男性は険のある声で不機嫌さを隠すことなく口を開いた。
そして返事は必要ないとばかりに『望みは今世の善行によって叶えられる』だの、『多く望んでもその通りに来世が迎えられるとは限らない』だの、『欲張った人は結局たいした望みが叶えられず、来世では苦労する』というようなことを言い方を変えて繰り返した。
男性は言い終えて満足したのか、五百円硬貨くらいの石を有に手渡すと、左のドアから先に進むように言い、さっさと行けとばかりに手を振った。
しっしって私は犬じゃないんですけど。
ムッとしながら椅子から離れ、チラリとあの嫌な女性の方をうかがうと、すでに先に行ったのか姿は見えなかった。
ほっとしながら左に進みドアを開いた有は、真っ暗な空間に放り出され一瞬のうちに意識を失った。
有が閉めたドアのむこうでは、窓口にいた優しそうな女性が慌てた様子で、魔力の水晶が見当たらないことを上司に報告していた。