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スローライフ 押しつけられました  作者: 夜昊
本編

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あと数百回迎えるであろう日の一回目

 

「はぁ~」


 テーブルの上にならんだ料理にアリの目は釘づけだ。


 中央にはバターの薫りがする焼きたての丸パンが、藤かごに山のように積みあげられているし、木のサラダポウルには瑞々しいレタスの上に、ベビーリーフやスライスしたきゅうり、トマトなどが彩りよく盛りつけられている。


 上には豆らしきものがのっているが、色がピンクと水色なので味がまったく予測できない。


 ウィルフレドとアリの前に置かれた白い皿には、グリルしたカリフラワーに人参といんげんが添えられた、手のひらよりも大きなハンバーグが鎮座している。

 たっぷりとかけられたソースがまたいい薫りである。


 ガウターもテーブルの上に鼻をあげて、ヒクヒクと匂いを嗅いでいる。


 サラダを見たのは久しぶりだ。生まれて初めてといっても嘘にはならない。それになんといってもハンバーグ! 今朝までのスープにも鶏肉っぽいものが入っていたけど、メインがお肉様には敵わないよ。


「ウィル様、いつのまに作ったんですか?」


 魔術なのか? お料理スキルがある世界なのか? そうじゃなければこんな短時間にこの品数は無理でしょ。


「嫌いじゃなければいいんだけど」


 ウィル様は湯気のあがった小鍋を片手で持ちながら、照れたようにはにかんでいる。

 あなたは新妻ですか!


「食べて嫌だったものはないです。嫌いな味は歯みがき粉とセンプリチ茶です。クプの実も私には甘すぎでした」


 アリは料理から視線をそらすことなく、思いつくままに答えた。


 ここはドン引きするような謎料理が存在しない世界なのか、記憶が邪魔をして口にいれることをためらうようなものには、いまだ出会っていない。

 スープに入っていたものが人参なのか、それともピョップンなのかと疑っただけだ。だから嫌いなものはないといえる。


「さあ、どうぞ座って」


 ウィル様に促され、アリはいつもの席にストンと座った。

 プリ先生とガウターの前には白プレールのお茶が準備されている。


 ただの紅茶と思っていたら、プレールのお茶は魔素の含有量が多いんだとか。たしかにプリ先生がいつも飲んでいたね。


 四色の山脈から集められてできた川の水にも、魔素が多く含まれている。この庭をとおる川は百キロ以上という距離を、魔素が調整された森の中を流れてきているから、白プレール並の魔素量なのだと教えてもらった。


 魔生物であるチコさんは川の水を飲むと、頭を地面につけて伏せの状態で寝てしまった。

 あれはゴメン寝というスタイルだな。


 ドラゴンが眠ってばかりいるのは、食事をしないから魔素の消費を抑えているんだろうか。

 ここの川の水はおいしいといっていたし、今日は王都まで飛んでもらったから、川の水でよければ好きなだけ飲んで欲しい。



 それにしても食欲をそそる薫りだ。


「ウィル様は料理上手ですね。彩りも豊かで目にも嬉しい逸品です!」


 アリは料理番組を意識して誉めてみた。そうしないとアリの口からでるのは『おいしそう』と『すごい』だけになってしまうのだ。


「それにこのサラダ、葉っぱがツヤツヤです!」


 買ったばかりの食材も使わせてしまったのかとすまなそうにしていると、なんでもないというようにウィル様は微笑んだ。


「いいんだよ。これはリュックに入れたまま忘れていたものだからね」


 それはおかしい。だってツヤツヤでしおれたようすがない。時間を止めることなんてできないと聞いたのに。

 貯蔵庫だって劣化を遅らせると聞いたから、必死にマルマの実を消費してるんだけど。


「ウィル、アンタまだ片づけてないのね」


「拡張されているからついね」


 プリ先生がやれやれといった風に首を振ると、ウィル様はそう言い訳しながら、きまりの悪い顔をして目をそらしている。


 熟年夫婦の雰囲気だよ。嫉妬しちゃうね。

 でもこれだけは確認しておきたい。


「あの、ウィル様のリュックは特別仕様なんですか」


「特別? どうして?」


 不思議そうにこちらを見ているが、その下でプリ先生も同じように首をかしげている。


 そのシンクロした動きに、アリは吹き出したいのを我慢して質問を重ねた。


「リュックの中のものって普通は鮮度が落ちるんじゃないんですか」


「うん、そうだね」


 ウィルフレドは普通ということばを、魔術がかけられていないリュックと解釈して答えた。


「このサラダの野菜は新鮮そのものだけど」


 アリはパリッとしたレタスを指さして、これはなぜなのかと問いかけた。


「あら、そんなにすぐには悪くならないわよ」


「魔道具の鞄はどれくらい劣化を遅らせられるの?」


 ここの常識がわからないから聞くんだけども。


「そうね、五十年くらいは変わらなかったけど」


「僕が持ってる干し肉はもっと前から入っているよ」


 でも一般的にはここまでの性能はないと思う。この一年で聞いたハンターの話では、入る量も保存できる日数も大したものではなかった。

 そうウィル様は言った。


「保存食はさらに期限が延びるのか」


 梅干しは百年単位で保存ができそうだね。そしてこれは普通ではないのか。


 そういえば朝夕の食事は一年間準備されてたんだから、保存がそのくらいはできるってなぜ気がつかなかったんだろう。


 私が保存期間について首を捻っていると、良いことを思いついたというように、ウィル様が手を打った。


「そうだ、食事が終わったら見せたいものがあるんだ」


「とりあえず冷めちゃうから食べようよ」


 オニオンスープをよそい、スープ皿をアリに渡すとようやくウィル様も椅子に座った。



 アリはフォークでサラダを突き刺して口に入れると、久しぶりの味わいに頬を緩めた。


「ウィル様はスゴいですね」


 アリがその他の料理を前にして、ウィルフレドを尊敬のまなざしで見つめると、対してウィルフレドはばつが悪そうな顔をしている。


「じつはこれ、気に入った店で買ったんだよ。僕が作ったのはスープとサラダだけなんだ。ガッカリした?」


 僕がいまやったのは温めることと、野菜をちぎったりスライスしたりしただけなんだ。


 ウィルフレドは正面のポカンとした顔の少女に、丁寧に詫びた。ちょっと見栄を張りすぎたせいで、疑いなく信じこむこの少女のまなざしに、良心が耐えきれなくなったのである。


 料理はまだ勉強中なのだと、重大な罪を告白したかようにうなだれてしまったが、そんなことを気にする必要はないと思う。

 腹ペコなのに何時間も待たされる方が嫌だろう。それにいままでのスープだっておいしかった。


「いえ、前世の食べ物とあまり変わりがないようだし、この世界の人たちと味覚が同じで安心しましたよ」


 お鍋を持っていくと料理を売ってくれるお店があるんだね。私もお金を稼いだら美味しい料理を探したいな。


「そういえば今日、チコさんと一緒に水田を見ました」


 そのうちお米も食べたいな。

 炊きたて白米もいいけど、オムライスにチャーハン、牛丼にドリアもある。問題は調味料か。


「君はお米を食べていたの?」


「主食でしたね」


「じゃあ毎日パンで飽きちゃったかな」


「カイザー・ゼンメルみたいな丸パンは好きですよ」


 チーズかハムがあればなおよかったと思う。パリパリでカリカリに焼いて、横に切れ目をいれて挟みこむの……。

 ヤバッ。想像してたらヨダレがでそうだよ。


「僕がアンサルの北部出身だからか、ライ麦のパンを選んでしまうんだよね」


 ウィル様の生まれた場所は北にあるアルサル王国のさらに北部かぁ。


「食事の用意だけでなく何から何までお世話になりっぱなしで、ウィル様には感謝してますよ」


 この際一年間の感謝を伝えておこうと、アリはいままでのことを話して聞かせた。


「だからチュニックとかサンダルはアリリオっていう虎人の男の子に渡したままなんです」


 せっかく準備してもらったのに、うっかり人に貸したままなのを申しわけなく思う。


 けれど、あれは男の子用だからそのままアリリオにあげたらいいとウィル様は言った。


「僕も次の管理者が男の子か女の子なのかがわからないから、準備が手探り状態になっちゃたよ」


「男の子用ですか?」


 クローゼットの中身にそんな違いってあったかな?


「街の女性たちはスカートだよ」


 チュニックも女性用は丈が短めなのだという。

 王宮ではみんなドレスだったし、神殿にいた父兄の皆さんもそういわれていればドレスやワンピースだったね。


「女性でズボンをはくのはハンターや騎士くらいかな」


 チコに乗せてもらうときはズボンのほうがいいのかもね。慰めるようにウィル様はひと言つけ足した。


 そう言われて、アリはピッタリめのハーフパンツを見下ろした。赤の管理者(アルメンドラ)もたしかこんな格好だったと思ったけど……。

 とにかく謁見中にバレなくてよかった。


 ウィル様がいるあいだに常識と魔術の使い方を教えてもらわないと!



 料理は見た目どおりの味だった。予想をくつがえすようなドッキリがなくて良かった。

 横にいるガウターが興味をもった料理は、ウィル様にひと言ことわりをいれてから味見させた。


《おいしいね~》


 鼻の先をペロリと舐めながら、ガウターも満足のお味だったようで軽くしっぽを振っている。


 ハンバーグはナイフをいれると肉汁があふれてきて、断面には玉ねぎや人参のみじん切りがぎっしりと詰まっていた。

 レストランのお肉百パーセントのハンバーグもいいけれど、こういう野菜たっぷりの家庭的なハンバーグが、アリは大好きだ。


 オニオンスープも透きとおるような金色に、パセリを品よく散らしていて文句なしのおいしさだった。

 明日はオニオングラタンスープにして食べたいくらいだ。


 よくわからなかったサラダの水色はチーズ、ピンクはコーンの味がした。魔生物が絡むと色が変化するらしい。

 魔牛と魔とうもろこしなんだろうか。あとで図鑑を見て調べておこう。


 アリは幸せが詰めこまれた自分のお腹をゆるゆるとなでると、満足のため息をついた。


「お腹いっぱいになっちゃったの?」


 ウィル様は身体に見合わず大食いだった。カトラリーが動くスピードもアリの倍以上の速さだ。

 それなのに上品に見えるのはどういう魔術なんだろうか。


「はい。満腹で満足です」


 アリの語尾にはハートマークと音符マークが小躍りしていた。

 しかし音符のほうは若干リズム感がなかった。


「女の子ってあんまり食べないんだね」


 手に取った丸パンをふたつにちぎると、あっという間に咀嚼している。

 ウィル様に比べたら、よく食べる人なんて存在するのか怪しいところだな。

 ウィル様は太ったらどうしようとか考えないんだろうか。


 テーブルの上にならんだ料理をお腹に収めたウィル様は、次なるメニューをアリに勧めた。


「デザートがあるんだけど」


「大丈夫です! 別腹です!」


 アリは先ほどの感想を秒でくつがえした。明日は庭を六周走ろう。



 ウィル様がリュックから取り出したのは、輝くようなジャムでコーティングされたフルーツタルトだった。しかもワンホール。


「これは王都の店から買ったんだけど、季節によってメニューが半分以上変わるんだよ」


 売り切れちゃうから早めに並んで手に入れた。これは夏の新メニューなのだと楽しそうにカットしている。


 嬉しい、ここでもケーキが食べられるんだぁ。

 乗ってるフルーツも見た目はほとんど一緒だ。わからないのが三つほどあるけど…………。

 アリはそわそわしながらウィル様が取り分けるのを見まもった。


 しかしながらウィル様よ、別腹とは言いましたが二分の一は無理ですよ。直径二十センチくらいを半分こなんて、おいしさと嬉しさが半減してしまいます。

 本来なら十人くらいで食べるサイズだよね?


 アリはそれをさらに五分の一にカットしてもらった。


 一年目のお祝いだよ。そういわれてタルトが乗った真っ白なお皿を手渡されたアリは、キョトンとしつつ受け取った。


「見習いの一年間、お疲れさまだったね」


「アタシのところにきてくれてありがと」


《よかったね~?》


 ウィル様は優しげに微笑んでいるし、プリ先生は照れ臭そうだ。ガウターはよくわからないけど周りに合わせたって感じだな。


「みんな! ありがとう」


 今日は二回目の五の月一日か。この世界での誕生日だったね。

 一年だけど十歳とか、変な感じがするな。

 アリは見えないしっぽをブンブンと振りまわしながら、ほぼ一年ぶりのスイーツをゆっくりと味わった。




「これなんだけどね」


 食事を終えてテーブルの上を素早く魔術で片づけると、ウィル様が嬉々としてリュックから取り出したのは、黄色い花がくたりと頭を下げたよく見る草だった。


「オトギリソウですか」


 手渡されたアリは、そっと摘まんでしげしげと見回した。ちょっと乾燥してるかな?


「僕が管理者になって初めて採った薬草だよ」


 これが初めて作った薬。これが初めて見つけたポポル草で、こっちは初めて狩ったハバリーの牙……。

 川で拾った光る石や海で拾った貝殻などが、手に入れたいきさつとともに次々とでてくる。

 そんなにだされても、もうテーブルには置く場所がない。


《すごいねぇ》


 ガウターはテーブルの周りをクルクルして、出されたものを興味深げに見つめている。鼻を押しつけて匂いもチェックしているな。


 私、こういうメモリアル的なものに関心がないから、全部干して薬にしちゃったよ。初めて作った薬は王都の薬師棟の棚の中だ。


「こういう風にとっておくから、プリティにはよく怒られたよ」


 肩をすくめるウィル様は、母親にしかられたヤンチャな男の子に見える。

 貯蔵庫には貯めすぎないように、こまめに王都へ届けていたのだと話した後に、思い出したようにつけ加えた。


「そういえば貯蔵庫の薬箱は、僕が管理者になったときにはすでにあったけれど」


 なるほど、あの薬箱の中身は三百年越えか。湿布は問題なく使えたぞ。


「貯蔵庫は三百年以上品質が保証された、安心設計ですね」


 これはいいことを聞いた。どれくらいもつのか見当がついたから玉子料理は少し休めるね。

 なんて便利な魔術なんだろうか。


「これは管理者をやめたとき、そのまま貰えるんだよ」


 リュックをさしてウィル様が言うと、プリ先生も横で頷いている。


「ウィル様はリュックで私はこれなんですけど」


 帆布のショルダーバッグを見せた。同じ管理者用なのに形が違うね。そういえばアルメンドラはマルマの実をポーチに入れていたね。


「なぜ違うのかアタシにはわからないわ」


 いままでも役目を終えた管理者が亡くなると、その人がもつ鞄は自然にこの家に帰ってきたという。そしてなぜだか中身は空なのだそうだ。

 たぶんその人の子どもとか孫に渡されるんじゃないかな。四色の森まで取り返しにこられても困るだろうし。


《くぁ~》


 話に飽きたのか単にもう眠たいのか、ガウターがアクビをするとウィル様は時計を確認した。すでに九時を過ぎていて外は真っ暗だ。


 続きはまた明日にすることにして、眠る支度をする。

 アリはお風呂を勧めたが、ウィル様は浄化魔術ですませてしまった。

 やっぱり詠唱はなかったし、全身が光に包まれたり、魔方陣が身体の周りをクルクル回ったりもしなかった。


 ウィル様は家をでて左に進む。テントを張るのを手伝おうと申し出たが、張りっぱなしでしまっているため、出すだけなのだと断られた。


 就寝のあいさつをしてドアを閉めると、ガウターもコテンと寝転がった。一緒に寝なくても大丈夫らしい。

 赤ちゃん返りは一時間程度で終了したようだ。


「おやすみ」


 ふたりに声をかけてからベッドに入ると、今日起こったことについてつらつらと考えた。ふと見るとヘッドボードには愛用の鞄がかけられている。


 これは神様仕様の不思議バッグなのかな?

 私にしてみれば時間停止と考えても遜色ない性能だ。一年分の薬も木箱ごと入ったし、管理者を卒業しても使えるなんて素晴らしいプレゼントだよね。


 この世界に生まれた日、私はたくさんのものを贈られていたみたいだね。


 明日はいよいよ魔術が使える。

 やりたいことがたくさんあるけれど、ちゃんとできるのかなぁ。

 アリは期待と不安に胸を膨らませ目を閉じると、いつしか心地よい眠りに身をゆだねていた。


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