王都へ
若干アリが下品です。お食事中の方はお気をつけください。
あとふた月で十歳になる。
いまは二の月も終わりだから世間は春だね。年越しのそばもおせち料理も無いままに、新年を迎えてしまった。
森の外は冬を越して春の芽吹きにざわめいているのだろうが、ここではさっぱりわからない。
十の月に南の崖に行ってみたけど、海が荒れているわけでも水平線が吹雪で見えないわけでもなかった。
地球の常識にあてはめてしまうからか、モヤモヤがおさまらない。スッキリしない。便秘ではない。
筋肉はうっすらとついたのに髪はあんまり伸びていないし、爪は四回ほどヤスリをかけただけだ。
鏡の中から相変わらず癖のある焦げ茶の髪に、明るい灰色の目をした女の子がこちらを見ている。
管理者という生き物は成長が極端に遅いんだろうか。
そう思ってからのふた月はあっという間だった。今日は四の月の三十五日。
明日私は王都に行く。
「プリ先生、貯蔵庫の薬は全部鞄に入れたよ」
そう全部入ったのだ。乾燥させた薬草などは木箱ごとだ。もちろん作ったものから自家消費分は抜いた。クプのど飴もだ。
「一年は意外と早かったわね」
プリ先生が私の姿を見て感慨深げに言う。
「そうだね。いろいろあったよね」
なんだかしんみりしちゃうよ。明日出ていくわけでもないのに。
「プリ先生、王都にチコさんと行ってからは、どうしたらいいんだろう?」
プリ先生が言うには行き先はチコさんにおまかせでいいし、着いたら王城から迎えが来る。私は言葉がわかるようになったから特に問題ないだろうって。
「その人が薬を受け取って、私を神殿に連れていってくれるのかな?」
「たぶんね」
あまりにもざっくり過ぎるのでさらに聞いてみたが、これである。
「私、この国のマナーを知らないんだった」
王都の貴族から、無礼者って拘束されるんじゃないの? 小説では、異世界で一度は牢獄に入れられてたよなぁ。
「大丈夫でしょ」
プリ先生は羽を広げて頭をグリグリ擦りつけていて、こちらを見もしない。
え~なんだか信用できないな。適当に言ったんじゃないよね?
《あり、いっしょにいこうか?》
ガウターが私の不安を感じ取ったのか、ついてきてくれると言う。
「ありがと、でも初めて行くところだからガウターはお留守番しててね」
ガウターが狩られでもしたら大変だ。ただのワンコだと思ってくれたらいいけど、パララッカの幼体だって気がつく人がいるかもしれないし。
「とりあえず明日着る服を見繕うことにするよ」
《おはようございます。みなさま》
ちょうど朝食を終えた頃にチコさんがやって来た。
「おはようございます、チコさん」
今日はよろしくお願いします。
アリの服装はミモレ丈の紺色のワンピースに、こっそり膝までのハーフパンツをはいている。レギンスみたいだから黙っていれば下がズボンとは気づかれまい。女性は腰を冷やしてはいけないのだ。
その上に着たウールのローブは寒さ対策だが、王都は初夏だからついたら鞄にしまうことにする。
《昨夜は緊張せずに眠れましたか?》
チコさんは私の顔をじっとみている。
「じつは早めにベッドに入ったせいか、いつもより早く起きてしまいました」
なんだか遠足前の子どもみたいだよね。
《それはいけませんね》
睡眠不足を解消するために道中眠っていても大丈夫だと、私を気遣ってくれた。
もうチコさんたら、紳士なんだから!
「それじゃあプリ先生、ガウター、行ってくるね」
私はチコさんの指に膝をついてふたりに手を振った。
「そろそろ青の森をでるね」
暖かな空気の層をポワンと突き抜けると、思ったよりも寒くはなかった。そして青の森が終わったところからは緑の草原が広がっていた。
北に進めばちらほらと村らしき集落があるのがわかる。左の方に見える山は赤の山脈だろうな。今日は魔術を使えないからゆっくりみていられる。
「あれ? これは稲を植えてるのかな」
しばらくすると川から水を引いて、四角くはないけれどいかにも水田といった景色に行きあたった。
《ええ、このあたりは小麦よりも米が多いですね》
チコさん、以前いってた東の地は把握してるって、この大陸の東じゃないよね? 青の森の東だと思ったんだけど、ものしりなだけなのかな。
村や街の周りは畑や水田が作られていたけど、草原では放牧もしているみたいだ。
見た感じ羊みたいな白い生き物が群れをなしていた。
チコさんは極力私に風があたらないようにしてくれて、休憩もこまめにとってくれた。
緊張からか途中で寝ちゃったんだけど、優しい声で起こされたら、すでに遠くに王都がみえるところまできていた。
チコさんは大回りで王都を迂回し北側から城壁を越えて、街から離れた純白に輝く建物の庭に降りたった。そこは王都を取り囲む城壁の内側にあってなお、さらに五角形のかたちに石壁で囲まれていた。
《お嬢様、お疲れではありませんか?》
何をおっしゃいますか。私はあなたが飛んでいるあいだに爆睡してましたよ。疲れるなんてとんでもないことです。
それにしても暑いな。チコさんと飛んでるあいだは感じなかったけど暑いよ。ウールのローブを脱いで鞄にしまう。ついでにワンピースのシワになっているところを、撫でてのばしておこう。
ここが王宮かぁ、ちょっと不安だな。行ってくるって言ったときのプリ先生も、普段の先生らしくないくらいにキョドってたし。
それから数分で近くに馬車が止まる。馬は二頭いるが、ちゃんと馬だ。角も翼もはえていない。
「当代の管理者様でしょうか」
馬車から降りてきた二十代後半くらいの男性が、こちらに声をかけてきた。
質問というより確認だろうな。
「はい、青の森の管理者アリと申します」
ルールがわからないから、とりあえずゆっくりと頭を下げた。
「あぁ、ではこちらにおいでください」
「チコさん、それでは行ってきます」
《えぇ、こちらでお待ちしていますね》
私は馬車に乗り十分ほど過ぎた頃に、王宮の入り口で降ろされた。どうやらこの城壁内は、壁にそって馬車道が通っているようだ。
私は案内されるままに歩きつつも、どこに連れていかれるのか不安だった。しばらく悩んだが王宮内を進み中央にある階段を登り始めた頃に、ようやく先導している侍従に質問した。
「いまはどちらに向かっているのでしょうか?」
こちらから声をかけていいんだっけ?
「失礼しました。いまは謁見の間にご案内しております」
謁見かぁ。いや大丈夫だ、想定内だ。異世界転生もので読んだことあるし。ただどんな挨拶をしていたかまでは覚えてないんだよね。
アリは不安そうに侍従のあとをついていった。
うん、ここが謁見の間だ。間違いない。
そんな雰囲気なのだ。三メートルもあるのではないかと思われる両開きの扉は白地に金で装飾がほどこされ、金色のドアノブは曇りひとつなくピカピカに磨きあげられている。
そしていかにも近衛騎士ですといった、体格だけではなく見目も素晴らしいふたりの男性が、ピカピカの扉の両脇で警備中だ。
寺院の入り口にいる阿吽の像みたいだな。仁王さまって言うんだっけ?
「青の管理者様がお見えになりました」
中からの返事によって両脇の騎士さんが扉を開く。
案内してくれた侍従さんは脇へどいて、中央までお進みくださいといった。
いや、中央ってどこまでなの?
線が引いてあるわけでもないだろうし。前方は三段くらい高くなっていて、椅子に腰かけた男女と両脇に子どもが三人いる。
玉座が置かれてる場所ってもっと高くなってると思ってたよ。
その後ろにいるのは警備担当だろうか? 扉のところにいた騎士さんと制服が一緒だな。
一段下がったところにひとり、段の下に三人。
部屋のすみに侍従と女官らしき人が数人並んで立っている。
貴族が左右を囲んでたりはしないみたいだけど、逃げ道はないな。
真ん中っぽいところで立ち止まると、一段下の男性がウムと頷いた。
絨毯がそこで擦りきれてるとか、摩擦で色が変わってるとか、目印になるものが全然ないな。
横目で左右を確認すると人が立ってた!
この人が中央目印係りなのかな?
とりあえず頭は下げといた方がいいのだろうか?
「青の管理者殿?」
「はい、アリと申します」
「楽にしてくれたまえ」
頭をあげて前方をみるが、二段目あたりに視線を合わせてみた。
「わたしはレジェス・パパガヨ。この国の王だ。そして隣が妃のカミラ、王太子レイナルド、第二王子ルカス、第一王女のクララだ」
あっどうも。王様ってこんな感じなのか?
「青の森の管理者となりました。アリと申します」
名乗りつつ観察してみる。国王夫妻は三十代から四十代前半くらい、子どもたちは十代後半から下は三歳くらいかな?
全員人族で他の種族の特徴は見当たらない。
女性はドレス姿だけど、スカートがどーんと広がっているのではなくて、エンパイア・スタイルって感じだな。
男性はヒラヒラシャツにベスト、刺繍たっぷりの上着。そしてズボンにブーツだ。
なんで上着の前だけ短いんだろうな。
王様はそれプラスマントだ。刺繍もゴージャスだな。
「ふむ」
国王陛下が興味深そうに、あごに手をあててこちらを見下ろしていた。
観察していたのがバレちゃったのかも。こめかみの汗は拭ってもいいんだろうか。
「私はこの国の宰相をしております、セベリアノ・カデーナと申します」
下にいるのが騎士団長のウンベルト・エスピノ、魔術師長のセレーナ・アルメンダリス、薬師長のプラシド・アバロスです。
今後も会う機会があるでしょうから、どうぞお見知りおきください。そう宰相様が下にいる三名を紹介してくれた、
一段下の男性は宰相様か。
なになに卿とか呼ばなくていいんだろうか。自分の立ち位置がよくわからないや。
騎士団長は、近衛騎士たちの制服の色違いで装飾も多い騎士服を着ている。五十代くらいの厳つい男性だな。はっきり言って格好いいよ。
対して魔術師長の女性は暗い緋色のローブを着て、謁見中なのにフードを深くかぶっている。だから細身で背が高いことしかわからない。
薬師長もローブ姿だけど色は草色でフードはかぶっていない。ニコニコしながらこちらを見ているな。
下の三名の紹介をすませ、お互いに名乗りあった。もういいんじゃないかな。
「そなたはどちらの出身なのだ?」
管理者とは前世の記憶があると聞いたのだが。
突然、興味津々といったようすでルカス殿下が尋ねてきた。
「私は転入者ですので、この世界の記憶は持ちあわせてはいないのです。殿下」
無礼な! グサッてしないよね?
アリはすでに森に帰りたくなってきた。
「ほう、異世界の民であったか」
国王陛下も興味津々ですか。
「おとうさま、わたくしはじめてみましたわ」
お姫様がたどたどしく話す。可愛いなぁ~唯一の癒しだよ。
「クララ、ここでは陛下って呼ぶんだよ」
ルカス殿下がこそこそとたしなめているが丸聞こえだ。
「陛下」
宰相様が時間だと声をかけている。このあとも予定があるらしく謁見は終了のようだ。
王族たちとその他のみなさんは退出していった。
残るは宰相さんと薬師長のお爺さんだ。アバロス様だったかな。
「ここでは話しにくいでしょうから、薬師棟に行きましょう」
宰相さんは女官に合図を送ると謁見の間に残るようで、それではまたのちほどと私たちを見送った。
先頭に女官と近衛騎士、続いて薬師長と私、そしてまた近衛騎士。
薬師長様はお歳を召してそうだけど、背も高いしがっしりしてる。髪もおひげも真っ白でサンタクロースみたいだ。
私が一番戦闘力が低くそうなパーティーだな。
よし、このメンバーで薬師棟に乗りこむぞ。




