また会おうね、アリリオ! ダイラさんとお幸せに!
オババに、持ってきた薬を吟味してもらう。
ユコラ丸薬は五百粒入りの一瓶を渡したけれど、追加は一瓶だけでいいという。
大人が朝夕三粒ずつで五日分処方したとして、三十人で九百粒は必要なのだが。
「ラウル坊のとこにょ、若いにょが薬を買ってくるからにゃあ」
村長をラウル坊って……。ダンディ狼さんも形なしだなぁ。
田舎ではよくあることだ。どこに行っても知り合いに遭遇してしまう。
『大きくなったわねぇ、いまはなんのお仕事をしてるの? それで、結婚はまだなの?』
などと返事を必要とせずに質問を浴びせかけてくるのだ。
アリは村長に同情した。
「これが胃薬のセンプリチ茶、ユコラ丸薬は薬効が強いからね、食後に服用するんだけど食欲がない人もいるだろうし」
アリは持ってきた理由を説明しながら、ノギル茶やネルガの実のシロップ漬けなどの咳止めを、オババに見せた。
「にゃんとまぁ、たくさん持ってきたにゃあ」
センプリチ茶はとても助かるといい、二束だけ受け取ってくれたが、ノギル茶はここでも不評であった。
「スーっとするメントールがダメなのかなぁ」
改良……は無理だなぁ。獣族以外に勧めるかぁ。
「そうにゃね、獣族には好まれにゃいにゃ」
オババは顔をしかめながらそう言った。
「じゃあ、これは?」
アリはネルガの実をシロップ漬けにしてある大瓶を取り出した。
「あっ!」
アリリオがピョンと跳ねるように反応した。
「どうしたの?」
こんなリアクションは初めてだね。
思いがけず、みんなの視線を集めることになったアリリオは、恥ずかしそうにネルガの実が好物なのだと告白した。
「あぁ、薬としてシロップを使うけど、実も食べられるもんね」
私は甘くないそのままのネルガが好きだな。
梨って喉が乾いたときとか、特においしいと思う。
これは大瓶が五本ある。
すべて出してみせるとアリリオのヒゲはそよそよと動きだし、目と口は弓のように弧を描いた。
そして喉からはゴロゴロと嬉しげな音色が奏でられた。
へぇ~虎の喉もゴロゴロいうんだね。初めて知ったよ。でも動物園の虎がゴロゴロいっているのは聞いたことがないなぁ。
お父さんが猫人だからかな?
「プリ先生、五本全部渡してもいいかな?」
私のことばにアリリオがぐりんとこちらを向くと、先生を期待に満ちた眼差しで見ている。
「ここでダメだと言えると思うの?」
プリ先生はやれやれという風に翼を広げて首を横に振った。
「やったぁー、これはソフィアも好物なんだ」
アリリオは踊りだしてもおかしくないくらいにご機嫌だ。
へーぇ、意外と妹思いなんだな。アリはちょっとだけ羨ましく思った。
「あとね、オババ」
アリはないしょ話をするためにオババの耳に手を当てて、こそこそと話しだした。
それはクプの実を干して作った、簡易のど飴のことだった。
「そうかい。子どものオヤツが無くなったら可哀想だから、あんまり広めたくにゃいんだにぇ」
フムフムと小さなマズルを動かして、オババはちょっと考えこんでいる。
「そうなの。富裕層向けに商品にされちゃったら、平民の子どもたちの口には入らなくなっちゃうでしょう?」
でも自分で試してみたら、この干しクプの実はじつに都合がよかった。
生だと痛みやすいクプの実が、乾燥させることによって普通より長持ちするうえに、舐めていた方が喉の痛みを抑える効果が高いと感じた。
たくさんの人が試さないと、効果が高いとは一概には言えないのかもしれないけれど。
「王都の薬師に相談したら、各地のクプの実が干した状態でかき集められちゃうと思って」
薬代が払えないような人がいたなら、クプの実が採れなくなるのは困ると思うんだよね。
プリ先生は私が思うようにしたら良いと言ってくれたから、オババに効果を試してもらって、ついでに意見も聞かせてもらいたいんだけど。
『そうにゃね。街の薬師に教えたら、いくら秘密にしていてもすぐ広まってしまうにゃ』
オババは聞かにゃかったことにすると言った。
そうだよなぁ、いくら薬師が秘密にしても使った人はあちらこちらで話すだろうし、効果があればなおのことだよね。
これは私が軽率だった。オババが聞かにゃかったと言ってくれて良かったよ。異世界で大失敗するところだったな。
アリはクプのど飴を封印し自分専用にした。
「オババ~」
ん? あれはルフィノだよね?
荷車を持ってきてくれたのかな。
ガタゴトと音をたてて川原に到着すると、ルフィノは御者台から飛び降りた。
「フィーがロバとチキータを連れてきたのか?」
アリリオが荷車に近づくと、後ろの荷台からはガウターが顔をのぞかせた……ん?
ルフィノはちみっこいガウターを抱っこすると、オババと私のあいだに立たせた。
緑色のサロペットスカートに薄い黄色のスモックを着ている。つまり女の子だ。
「ガウたんかな?」
いや違うのはわかってるけど、ついね、言っちゃうよね。
その子はあわててオババの後ろに隠れると、顔だけちょこんとのぞかせた。
私を見あげた子どもの顔は、ふっさりとした髪の毛におおわれていて目が見えない。
盲目じゃなくて、どこにあるのか髪の毛でみえない。つまりガウターだ。
「かんりちゃちゃま」
オババの横までででくると、可愛らしい子どもならではの高い声で、おちびちゃんは私にそう呼びかけた。
おっとこれはガウターよりも、もっとおちびちゃんだな。しゃがんで目線を合わせる。
「私はアリだよ。よろしくね」
おちびちゃんは驚いたのか照れたのか、またオババの後ろに隠れてしまった。
「ニャんでニャまってニャいニャ?」
なぜかルフィノも驚いた様子だが、ちょっと聞き取りにくいな。たぶん言語魔術はこういうときに使うんだろうな。
私の場合は強く願うのか…………よくわからないし、にゃんこがニャンニャン言わないのは勿体ないから、このままでいいな。
「この子はチキータニャ。とっても可愛いニャ?」
ルフィノはどうだと言わんばかりに胸を張り、小さな村人を紹介してくれた。
「チキータん家は母親が寝込んでるから、ルフィノん家で預かってるんだぜ」
さらにアリリオが胸を張る。
いや、すまないが自慢所がまったくわからないぞ。だけど可愛いという意見には激しく同意するね!
このこはコモンドール似だな。ガウターのモジャモジャカーリーヘアというよりは、ドレッドヘアだ。
コモンドールは、子犬のうちはここまでドレッドって感じじゃないはずだけど、まぁ、モップ系幼女だよね。
「チキータちゃん、仲良くしてね」
もう一度話しかけると、ちょこちょこ目の前まで歩いてきて、私の髪の毛をわしっと掴んだ。
「たいろらね。ママちょおんなじね」
チキータは感心したようにアリの髪の毛を見ているが、力加減ができていない。
プリ先生は、チキータと目が合った瞬間にオババの肩に移動した。
「といしゃんら!」
チキータはビックリしたような大きな声だったので、アリはチキータが泣いてしまうかと思った。
けれどなにが可笑しかったのか、チキータはケラケラと笑いだし、内心ビビっていたアリはほっとした。
子どもの恐竜みたいな泣き声は堪えるんだよね。自分に子どもがいないから、宥め方がよくわからないのだ。
プリ先生の危機管理能力は完璧だ。私はまだまだひよっこだったよ。先生の足元にも及ばないね。
満足したチキータがアリから離れたとき、彼女の小さな指には焦げ茶色のくせ毛が何本も絡まっていた。
「チキータ、すごいニャ。管理者様をやっつけたのニャ?」
ルフィノはニヤリとチェシャ猫のように笑うとチラリとアリに流し目を送ってきた。
「ルフィノ、とっておくといいよ。管理者ならではの何かとんでもないご利益があるかもしれないし」
その挑戦をアリは受けてたった。管理者さまをバカにすると怖いんだぞ。それにそんなことをしなくても、チキータを叱ったりはしないんだぞ。
「チキータ、危険ニャ。お手てを貸すニャ」
ルフィノはチキータの手をとると、サッと払ってアリの髪の毛を地面に落とした。
いろいろあったけれど、そろそろおいとましなくてはならないな。
プリ先生に視線を送ると、私の肩に戻ってきた。
「チコさん、ガウター起きてくださーい。そろそろ帰りますよ~」
アリの呼びかけで、ふたりは身体をぐ~んと伸ばし起きあがった。
「おっちいね~」
チキータは小さな手のひらを合わせると、チコさんに感嘆のため息を浴びせた。
「ガウターちょっときて」
アリが呼ぶとガウターは素直にやってきた。
《なあに?》
チキータを気にしつつも私のそばにきたガウターを、オババとチキータに紹介してお別れの挨拶も兼ねた。
「それではチコさん、帰りもお願いします」
紳士に向き合うとなぜか背筋が伸びるね。
《かしこまりました。お嬢様》
アリは二度目は耐えきった、
「十歳になったら森からちょっと出られるようになるから。その時遊びにくるよ!」
そう言ってアリたちはチコさんに乗りこんだ。
アリリオたちは手を振って見送ってくれている。
「アリリオはもう流されちゃダメだよ。彼女が心配するからね。早くシロップを持っていってあげなよ」
アリリオとルフィノは驚いた顔をしてこちらを見ている。
「また会おうね、アリリオ! ダイラさんとお幸せに!」
私がそう言ったあとに、チコさんはふわりと飛びたった。そして私は高度が上がる前に目をつむる。
プリ先生の魔術のおかげで私のまわりは暖かな空気に包まれている。
「チゲーよ! ダイラはロペの奥さんだぞ~!」
アリリオの必死な声が下の方から聞こえた。
アリリオの横恋慕か。人妻に恋だなんて切ないね。早くほかに好きな人ができるといいんだけど。
結局アリの勘違いが訂正されることはなく、守護者様御一行はドラゴンに乗って、小さな村からほど近い青の森より飛び立った。




