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四色の森にはそれがないのだと先生は言った

 

 おかしい、あれから随分経つ。まさか忘れているわけじゃないだろうし。

 アリはとても気になったのでプリ先生に尋ねた。


「プリ先生、私がここに来てから五カ月目なんですけど」


「そうだったかしら?」


 プリ先生は斜め上方に視線をやって考え込む。

 もう、プリ先生ったら私に関心が無さすぎるよ。


「そうなんだよ。もう九の月だよ。来月で今年が終わるんだよ」


 まぁそれでも七十日弱あるんだけどね。


「早いわねぇ」


 先生は片方の羽をスサーッっと伸ばしながら適当に返す。


「そうそう、年々早く感じるんだよね――じゃないよ!」


 大丈夫、いまは九歳だ。自分でも子どもっぽいなと思う時もあるけど、記憶に引きずられてアラサーの登場が頻繁過ぎだよ。


「年末なのにどうして寒くならないの? 紅葉は忘れちゃったの? この世界は四季が無いとか?」


 日は短くなったと感じるのに寒くなる気配がまったくない。地球で四季が無かったのはどんな国だったっけ……。


「がうっ、うわぅ」(あり、こうようってなぁに)


 テーブルの上に頭を乗せて上目遣いでこちらを見ている……たぶん。なかなかあざといよね。


「ガウターがこ――」


「ごめんねガウター。あとで遊んであげるからね」


 通訳してくれるプリ先生をさえぎって、ガウターにいい聞かせる。いまはちょっと立て込んでいるのだ。プリ先生が通訳のために気を取られるのもいただけない。

 ガウターよ、ナデナデしてあげるから良い子で遊んでいておくれ。


「で、先生どうなの?」


 ごめんね先生、そして教えて下さい。


「もちろん四季はあるわよ」


「なんだ、日本とは四季と月がずれてるのか。いまは秋か――」


「森の外にはね」


 すかさずプリ先生が続けた。


「えっ」


 被せ返しとはなかなかやりおるな。


「森から出れば木々も色づくし葉も落ちるわよ」


 羽繕いしながらだけど先生は説明してくれた。


「この森は?」


 また気まぐれ発動なのかな。


「一年中こんなもんよ」


 左の羽が終わって右に移ったね。

 この森だけ季節が変わらないってどんな不思議空間なんだろう。


「四色の森だけがこうなの?」


 雨は降るけど気温が下がらないから、雪にはならないのかな。森には雨が必要だもんなぁ……この森って雨は必要なのか?

 これは神さまが打った『くい』の効果なのかな。


「そうよ。不思議ね」


 先生は背中の羽毛に(くちばし)を突き入れている。


「不思議ねって……」


 絶対その不思議なことに関わってるくせに。

 言いたくないのかな。うーん、誰にだって言えないことのひとつやふたつあるものだし、私だって言ってないことくらいあるからなぁ。


「じゃあプリ先生、外には四季があるんだよね?」


「ええ、いまは秋かしらね」


 私がここに来た五の月から六の月が夏。七の月から九の月までが秋。十の月から翌年一の月までが冬。そして二の月から四の月までが春って感じ。

 これがパパガヨ国の王都基準の季節なんだとか。まぁ日本も北と南では気候がだいぶ違ったし、こんなものかも。


「この森で暮らしていると、時間経過がさっぱりわからなくなるよね」


 カレンダーも、油断すると今日がいつだかわからなくなる。なにか見るコツでもあるんだろうか。


「アタシはもう気にしないことにしてるわ」


 先生は羽繕いを終えて、身体をぶるぶる振るわせている。


「ソーデスヨネー」


 アリは話す相手を完全に間違えた。


「ついでに聞いちゃうけど、この世界って一日何時間なの」


 この空気をどうにかしようと、質問をつけ加えてみた。


「知らなかったの? アンタいままでなんで聞かなかったのよ」


 プリ先生はひゅっと身体を伸ばして冠羽を立てた。驚いているらしい。


「いや、特に理由はないけど」


 そのリアクションにこっちが驚いちゃうよ。


「転入者が何を知らないかなんて、アタシにはわからないんだから、ちゃんと聞きなさいよ」


「ごもっともです」


 でも私も何を聞いたらいいか、いまだによくわからないんだよね。適応力が落ちてるのかなぁ。


「一日は二十四時間、一時間は六十分、一分は六十秒よ」


 そっちはどうなのよ? と言うように、プリ先生はくいっとくちばしを上に向けた。


「日本と同じだねぇ。翻訳のせいで同じに聞こえるんじゃなければ、変わらないみたい」


「別に不便じゃないからいいんだけど、この家には時計がないね」


 再度見回してみたけれど、やっぱり部屋の中には置いていなかった。


「アンタの家には時計があったの?」


 プリ先生が首を傾げる。首だけじゃなくて上体も傾いていて、この仕草は可愛いな。


「家族がそれぞれに持つ程度にはあったね」


 ひとつどころか複数持ってたよね。スマホで確認もできたし。


「そう、ここでは時計は貴重品で高価だわ。ウィルフレドは納めた薬の代金で買った懐中時計を、とても大事にしてたもの」


 アンサルの魔道具だったから、きっとすごく高かったと思うわ。そうプリ先生はつけ加えた。


「時計を持っていない人ってどうしてるの」


 お金ということばが気になったけど、まずは時計の問題だ。


「小さな村には無いでしょうけど、街では一時間ごとに鐘を鳴らすわね」


 その街によって鳴らす時間帯が異なるが、朝六時から夕方七時までが基本で、日の短い季節は朝七時から夕方五時まで。という風に変化するらしい。


 授業のチャイムみたいなものかな。慣れたら気にならないだろうし。


 さて話はこの辺にしておかないと、お金の話は使う前に確認出来れば良いか。いまは一文無しだからね。

 それよりガウターがしょんぼりし始めちゃうから、ナデナデタイムを開始しようか。



「そっかぁ~、この森にいるとあんまり変化が無いんだね」


 作業中だとついひとりごとが口から漏れる。

 ガウターを満足させたあと、アリは調合部屋に戻って調薬を始めたから、いまはひとりだ。


 汗だくで森を散策するのも、雪を掻き分けて進むのも、広い庭を除雪するのも嫌だけど、制限がかけられているいまは少しだけ退屈だ。

 ハンターにはあれから一度も遭遇していないし。


 なにかおもしろいことが起きないかな。この森は日本に比べて娯楽が無い。探索する森の範囲が拡がるのが待ち遠しいよ。

 アリは薬を煎じながら物思いに耽った。


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