この世界の神さまのおしごととは
「このあいだ聞いた言語魔術の話なんだけど」
アリは一口お茶を飲み込んでから話を切り出した。
例えば普段は共通語で会話しているんだけど、他国から来た旅人とか田舎から遊びに来た祖父母とかと話してみたら、ちょっと訛っていて聞き取れないなって言語魔術を使って聞き取りやすくするケース。
それと、よその国に旅行に行ったら方言が顕著だったから、聞き取りはもちろんのこと、自分のことばに言語魔術を使って聞き取ってもらえるようにするケース。
魔術を使うのは伝えたい側か聞き取りたい側のほかに、どちらともっていうケースもありなの?
そのあたりは臨機応変に対応するのかな。
「そうねぇ、普通だとその土地を訪れた方が言語魔術を使うかしら」
身体を傾けて少し考えてからプリ先生は言った。
「旅人と祖父母側が魔術を使う側なんだね」
「旅人は馴れているから自分から使うでしょうけど、ご年配の方には周りが対応しそうね」
プリ先生は紅茶を飲みながら答えた。
本人が自分の訛りに気づいていない場合とか、周りの人が目上の方に敬意を払うこともあるのか。商売人なら自分の方から使いそうだしなぁ。
「わかった。その時になったらケースバイケースで対応してみるよ」
とりあえず私の場合は、共通語の言語魔術を普段はかけていて、対応できない人に会った時には一度リセット。その人のことばに合わせた言語魔術をかけるってことだね。
めんどくさいなぁ。でも古代語を覚えて共通語も勉強するのは、私には無理っぽいしなぁ。
相手が話すことばに合わせて、日本語で対応できる言語魔術がかけられればいいんだけど。
ていうか神様が言語チートをくれたら良かったのに。
いまは古代語を理解できる魔術がかかっているけど、古代語をちゃんと話せるのかな。文字だけなのは困るんだけど。
「いまって私のことばを知るために魔素を使ってるの?」
とりあえず分からないから聞いてみた。
「アンタが初めて口を開いたとき、訛りがひどすぎてまったくわからなかったわ」
翼を大きく広げてやれやれといった様子だけど、初めてプリ先生に会ったときはどんな会話をしただろうか。
『ちっちっちっ。なんとも めんこい とりっこだごど~。なっても ひとどご こわがらねぇども、だえが かってんなだべが?』
アリは出会ったときの会話を思い出して、方言に変換してみた。これはたしかに通じないかもね。
「そういえばプリ先生、あの時私に舌打ちしたよね」
余計なことも思い出されたので蒸し返してみる。
喧嘩するといま現在の原因だけじゃなく、過去を蒸し返すのが女性の特徴らしいよ。
『もう、こんなところに靴下脱ぎっぱなしにしないでよ』
『ごめん、ごめん』
『一昨日は鞄を放りっぱなしだったでしょう。同じこと言ったわよ』
てな感じで過去にさかのぼってエキサイトしていくんだよね。
プリ先生はアリが回想しているあいだ、羽の下に頭を突っ込み居眠りを始めた。
そんな眠りかたは病気の時だけかと思ってたよ。そしてつき合いが長くなると扱いもぞんざいになるんだね。
「プリ先生、回想終わったから起きて」
アリは人指し指でちょんちょんと突っついて先生を起こした。
「はぁ~、アンタはまったく」
首を左右に振って、かくんと頭を下げている。
どうやら寝ていたわけではなさそうだ。
「で、私ってこのままで古代語を話せるのかな」
「心配しなくてもそのうち馴染むでしょ」
「えっ、そんなお座なりな」
とりあえず言語魔術については大丈夫だと思うことにする。
ふぅー、緑茶をいれ直して喉を潤す。もちろんプリ先生の紅茶もだ。
たまには珈琲が飲みたいから、今度は是非とも黒のプレールを見つけたいね。
早く南側が解禁になればいいんだけど。それまでガウターよ、よろしく頼む。
「そういえば、さっき本棚でこんな絵本を見つけたんだけど」
アリは深緑色の古ぼけた本を取り出した。
『ある日神さまは、ちょっと座って休もうと、なんにもない水の玉の上に地面をつくりました。
ところが地面はちっともおとなしくしていません。
ふわふわ、ゆらゆら、好きなところに行こうとします。
困った神さまは、四つの色の『くい』を打ちこんで、地面を水の上から動かないようにしました。
『くい』を打ったところには、大きくてゆたかな森ができ、たくさんの生き物たちが生まれました。
座って休めなくなった神さまは、それぞれの『くい』を見守るものをつけました。『くい』が抜けたら地面が動きだして、生き物たちがこまってしまうからです。
安心した神さまは、ふんわりと空にうかびあがり、ようやくゆっくりと休むことができました』
「あぁ、ウィルフレドが持ってた絵本ね」
この世界では子どもの頃に一度は聞かせられるお話しらしい。
「私が生まれたところにも、国作りの神さまの話があったよ」
あれはどんな話だったっけ? 神さまの子どもがたくさん生まれた記憶しかないな。
それにしても、神さまは座って休むんじゃなかったのか。この神さまにあんまり会えないんだよね? そして『くい』を見守るものが守護者なのかな。
でもそれだと私はペーパーウェイトかテントのペグじゃんか!!
アリは自分の想像に憤った。
誰もペグだとは言っていないのに、迷惑なことこの上ない。
「四色の森の近くに必ず高い山脈があるのは――」
不思議なことに森の東側には必ず高い山脈があるんだよ。
「『くい』を打ったからじゃないの?」
投げやりに答えるプリ先生。
「マジか」
神さまは左利きだったのか。
それはわりとどうでもいいと思うが、アリは衝撃を受けた。
「えーっと、最後はふんわり? 休んでるよね」
この神さまはホントにいるんだよね?
「そうね。休んだままね――」
プリ先生が遥か遠くを見つめている。
あちらに神がおわすのだろうか。
神さま、お願いします。やることが溜まってるならお仕事してください。うちのプリ先生がかなり呆れているみたいです。
アリが女性に対して、決めつけたような発言をしましたが、作者の意向ではありませんのでお許し下さい。




