ハンター (前)
おでこの痛みはわりとすぐに引いた。昼寝をしたらすごくスッキリしたから、気づかなかったけど疲れが溜まっていたみたいだ。
たぶん赤の管理者の魔術を見てしまったから、自分でも気がつかないうちに焦りがでていたのかもしれない。
彼女は歳もそう変わらないようだったのに、ひとりでドラゴンに乗って青の森までやってきた。自分のお姉様のためだけに。
見た感じからいって管理者になって四、五年くらいかな。それなのにあんな風に魔術が使えるのか。ライバル視されてたウィルフレド様はもっと凄かったんだよね。
私が魔術を使えたらあのときの行動を止められたのかといえば、そうとは言いきれないんだけど。
私は押しに弱いからなぁ。幼い頃兄から物々交換を要求されて、飴玉一個と大好きなパ○の実一箱を交換してしまったこともあるし。だからどうしても気が強いタイプを避けてしまうんだよね。横暴な兄を持ったことの弊害だよ。
どんなに焦って教本を読み進んだとしても、中巻と下巻を覚えるのは十歳からって決まってるんだから、と思い直して少しペースを落としてみたら案外うまくいった。
朝の日課を終えたらみんなで朝食をとって、午前中に採取をする。間食をとったら調合もしくは採取したものの処理をしている。
調合もたくさんの種類を一度に作ろうとしないで、最初の頃のようにひとつをじっくり作り上げることにしたら、品質が上がった。出来あがった薬からにごりや、くすみが無くなったんだよね。失敗も少なくなってきたし。
夕方になったら早めに食事をして、あとはのんびり本をを読んだり、プリ先生からわからないことを教えてもらったりして過ごしている。夜更かしをしないから毎日快眠だ。
睡眠時間が充分とれているから体力も完全回復しているのか、いまでは休まずに庭を三周走れるようになった。
うん、いい生活リズムができてるな。
「プリ先生、ガウター。今日は西の海まで行くけどふたりはどうする?」
「アタシもいくわ」
プリ先生は最近つき合いがいいな。忙しさが落ち着いてきたんだろうか。
「がうっ」(ぼくも)
プリ先生を見ると頷いている。ガウターから断られることはほとんどないね。ヒマとは言わないけど。
「そっか、じぁあ今日はみんなで行こうか」
「くぅー」(わーい)
ぴょんぴょん跳ねて喜ぶとめっちゃ怖いんだけど。ガウターの腰も心配だし。私の肩に前脚をのせて立ったらガウターの方が大きいんじゃないかな。
「間食にマルマッシュコロッケを持っていこう」
これは多量にあるマルマッシュを消費するために作ったメニューだ。マルマッシュ三個分にマルマラシを小さじひとつ入れてよく混ぜる。
それを俵型に整えたら割りほぐしたマルマゴを絡める。乾燥させたパンを細かく砕いて周りにまぶし、少量の油で揚げ焼きにする。
異世界風揚げないコロッケピリ辛味。限られた材料をもとに苦肉の策で完成したおかずだ。
アイデアは逆境から生まれるんだね。
「今日は川に沿って海まで行こう」
「わっふ、がうっ」(きょうはおさかな、つかまえるぞ)
「ガウター、アンタはもう諦めなさいよ」
また魚かな。ガウターは魚を捕まえたいみたいだけど、一度も成功してないんだよね。
「ユコラ苔があればいいなぁ」
「くぅん、きゃん」(においおぼえてるから、おしえてあげるね)
「探すの手伝うって」
「おぉ! ガウにいさん、よろしくお願いします」
ユコラ苔は見分けるのがちょっと難しいんだよね。
「きゅ~」(わかった~)
ガウターは先頭にたち、ご機嫌なあしどりで進んでいく。
散歩と体力づくりを兼ねているから、寄り道しながら歩くと川縁で手頃な枯れ枝を見つけた。ウォーキングポールにちょうどいいから、もう一本ないかな。ときどきガウターが川に入ってザバザバさせてるけど、魚を捕るのは難しそうだ。
「ガウター、もう海の香りはするの?」
「きゅん、わん」(においはおみずといっしょにいってて、わかんないよ)
「こっちが風上だからわからないって」
そっかぁ、まだ海までは距離があるのか。
見つけた薬草や木の実を採取しつつ海を目指す。きのこは怖いからまだ手つかずだ。
「わん、うぉん」(あり~、あったよ~)
十メートルほど先の川原でこちらを振り返って吠えている。
「見つかったわよ」
「ありがとうございます! ガウにいさん」
けっこう多いな。似てる苔があるから見つけにくいんだよね。川原の岩にはユコラ苔がいっぱいついてるけど、採りすぎないように気をつけないと。
アリはナイフを横にして岩と苔の間に差し込むと、エッジで切らないようにしながら、ブレードでそっと持ち上げ、開いた隙間に指をいれた。
虫が出てこないように念じながら、ゆっくりめくるように苔を岩から剥いでいく。
同じ場所からは半分以上剥がさないようにした。
「調合には手間がかかるから、これ以上はいらないな」
キレイに掃除して乾燥させ、粉にしたあとが大変なんだよね。丸薬を調合するのが一番しんどいんだよ。
「ちょうど川があるし、土と枯れ葉だけ落とさせてね」
プリ先生とガウターには少し待ってもらって、手早く苔をすすいで絡んだごみを流し落とした。
ユコラ苔の処理が終わってまた歩きだす。今日はあんまり生き物の気配がないな。いつもなら鳥やイタチみたいなのと遭遇するんだけど。
「もうすぐ海――」
「ぐるっ、ガウッ」(あり、だれかいるよ)
あっ、ガウターと被っちゃったよ。
「アリ、ちょっ――」
「ガウターどうしたの」
今度はプリ先生と被ってしまったな。
静止させようとしたふたりに気がつかず、数歩進んで海に出た。
「あっ!」
目にはいった光景に驚いて声がでた。
森を抜けたところには剣や矢をこちらに向けた男女が五名、アリたちを待ちかまえていたのだ。




