赤の森の管理者 (前)
「ほんっとに振り回されたよねー」
アリはやれやれといった様にため息をつくと、緑茶が入ったカップに口をつけた。
「あの子はいつもあんな感じね。ウィルフレドは適当にあしらってたけど」
「それにウィルフレドは魔術の扱いが上手かったから、異常にライバル視してたわね」
プリ先生も紅茶にくちばしをつける。
「あのお嬢様をあしらうなんて、ウィルフレド様は凄いね!」
ウィルフレド様最強か! ふんわり乙女系男子のイメージだったよ。
「くぅん、ガウッ」(ぼく、あのかんりしゃさまは、にがてだな)
テーブルに頭を乗せてガウターも続く。
「どうしたの?」
アリとガウターは、日々を一緒に過ごすうちにいくらか良好な関係になってきた。
「あれが嫌いだって」
ガウターは、そこまでは言っていない。
「いや、ガウターはほとんど家から出なかったじゃん」
アリはあの時のガウターの姿を思いだしてクスクス笑っている。
「きゅう、きゅん」(だって、おそとになんかでられないよ)
アリに笑われ、ガウターは半べそをかいた。
事の起こりは五日前、庭のタクシー乗り場が使われるのを、初めて見たことから始まった。
《青森の主殿、息災であろうか》
突然響き渡った重厚な声に、お茶の準備をしていたアリは飛び上がった。家の窓がガタガタと震えている。
慌てて外に出ると、プリ先生とガウターも後に続いた。
見ると東側の庭にこのログハウス程もある、大きくて真っ赤なドラゴンが降り立っていた。
アリは初めてみるドラゴンに唖然とし、タクシーなどと気安いものではないことを知った。
すると真っ白な長袖ミニ丈のワンピースに、足に程よくフィットした、これまた真っ白のハーフパンツを履いた、十二、三歳くらいの女の子がドラゴンの頭の後ろから飛び降りた。ふわりと桃色の髪が舞うと落下の速度がゆるりと落ちて、最後はふんわりと焦茶のブーツがこの地に着いた。
近づいてきたのは背中まである桃色の髪を下ろしたままの、藍色の瞳をもつ可憐な少女であった。
「ご無沙汰しておりましたわ。青の守護者様」
その少女はプリ先生にそう呼び掛けた。
『めちゃくちゃ可愛いこだな! 髪がピンクだよ』
アリはピンク色のウィッグや染めた髪は見たことがあったが、天然物はスゴいなと心の中で感嘆した。それに守護者ってなんだろうか?
「初めまして、ですわね。青の管理者見習いさん」
そしてこちらに視線を合わせるとそう言って名乗った。
「わたくしは赤の森の管理者、アルメンドラですわ」
アリは初めて他の管理者と対面した。
「何故いまこの時、この家に来たの。赤は知ってるんでしょうね?」
プリ先生は何故だかわからないが怒っているようだ。
「出かけるとは伝えましたわ。どこにとは言いませんでしたけれど」
赤の管理者はちょっと驚いた顔をした後に口角を上げ、悪びれずにそう答えた。
「わたくし、赤のマルマの実をいただきに参りましたの」
「家にはひと壺分の中身しかないけど」
アリは突然話が変わったことに驚いて、反射で答えてしまった。
「貴方、マルマの木まで案内してくださらない?」
赤の管理者はアリを見ながらそう言った。
「えぇ?」
お願いしているように聞こえるが、当然叶えられると思っている態度にアリは驚いた。
「お姉様が待っているんですの、早く案内してくださいませ」
「えーっと、これから間食タイムなんだけど」
「まぁ! このような時間にお食事でしたの?」
「このぐらいに休憩するのが習慣なんだよね」
「そうなんですの? でも暗くなる前に帰りたいのですわ」
アリは、こちらは嫌がってますよという雰囲気を出しているのだが赤の管理者には通用しなかった。
「そうでしたわ、わたくし、手伝っていただく報酬を持って参りましたの」
勿体振ってカバンからだしたマルマの実を、ひとつずつ両手に持つと肘を曲げて両頬の下に持っていき、ふわりと微笑んだ。
なにこれ? 私可愛いでしょアピールなの? いや可愛いけど!
それ以上にダメージを受けたわ、視覚の暴力でね。
赤の管理者が持ってきたのはマルメンだった。白い服に隠された豊かな胸の上に、白いマルマの実が乗っかっていて、こちらから見ると雪だるまが二つあるように見えるよ。
それによりにもよって何でマルメン(海綿)なの? 持ってくるならマルマレート(ビターチョコレート)でしょ! マルップ(ケチャップ)でもいいし。
プリ先生は睨むように赤の管理者を見ている。
「わたくし、余計なことは話さなくてよ」
そう言うとプリ先生をじっと見返した。
『なんだこれ、女の戦いか? あいだで火花が散ってんじゃん』
アリは予想外の展開にわくわくした。
「アリ、諦めて案内してあげなさい」
先に目をそらすと、プリ先生は面倒臭くなったのかアリに丸投げした。
《じゃあ俺はそのあいだ休ませてもらうとするか》
それを聞いたドラゴンは川に顔を突っ込んで水を飲み、満足するとタクシー乗り場に臥せて目を閉じた。
「自由か!!」
アリは思わず突っ込んだ。
「ガウター、赤の森の管理者と来たんだって」
「グルゥ、きゅ~ん」(どらごん、こわいんだよ)
ガウターは縮こまって震えている。
「これからマルマの木のとこまで行くんだけど、ガウターは一緒に行く?」
アリは道連れを求めてガウターに話しかけた。
「ぐぅ……きゅ~ん」(ぼく……いいこでおるすばんしてる)
ガウターは、ドラゴンは怖いが赤の管理者様も何だか嫌な感じだと思い、そそくさと家の中に入って行った。
どうやらガウターには逃げられてしまったらしい。仕方がないからひとりで案内するか。アリはいつもの鞄を肩から下げた。