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閑話~雨の日~

シリアスはいります。苦手な方は読み飛ばしても次話に影響はありません。

 

 今日は朝から雨が降っている。


 いつもの時間に目は覚めたが、畑に水をやる必要がなくなった。だからといってこんな天気では、調合部屋にこもる気にもならないので、退屈をもてあましていた。


「先生」


 窓辺で頬杖をつきながら外を眺めていたアリは、隣で窓ガラスについた水滴が流れるのを目で追っている小鳥に話しかけた。


「なによ」


 相変わらず無愛想(ぶあいそう)なものいいだ。


「先生って、よく私のことを見てますよね」


 アリは指の包帯に触れながら、視線を合わさず問いかけた。


「……自意識過剰ね」


「いや、冗談ではなくて」


 今度は視線を合わせて言った。


「そうね」


 先生も素直に認めた。


「どうしてですか?」


 さらに問う。


「……」


 先生が視線を反らせた先にはガウターが床に寝そべり寝息をたてている。


「ダメ出しならはっきり、いえオブラートに包んでお願いします」


 アリはちょっとふざけてそう言うと、苦笑してみせた。


「アンタが」


 先生は迷ったように一瞬口ごもった。


「はい」


 アリは目でも続きをうながした。


「アンタがいつ泣くのかと思って」


 先生は絞り出すかのように言った。


「……」


 アリは、真面目に返されたことを意外に思った。


「アタシは今まで何人もの管理者を迎えて、そして見送ってきたの」


 先生は窓の外に視線を向けながら言った。


「はい」


 アリは静かにあいづちを打つ。


「管理者はいつも同じ行動をとるの」


「…………どんなことですか?」


 知りたいような知りたくないような、そんな気持ちにさせられた。


「アタシに隠れて泣くのよ」


 先生はアリをじっと見ている。


「っ!!」


 先生の真剣な目に、アリは息を詰めた。


「アンタはまだ泣かないわね」


 アリの耳には先生の声が優しく響いた。


「私は……」


「えぇ」


 先生はうながすように優しくあいづちを打った。


「私はまだ悲しいことなんて」


 アリは思っていたことを誤魔化そうとした。


「違うわ、いまが悲しくて泣くんじゃないの。管理者は必ず前世の記憶を持つって教えたわね」


「はい」


「この青の森の管理者には、代々愛情に餓えている魂が選ばれているわ」


「愛情?」


「そうよ」


「そして餓えているのは失ったからよ」


「先生」


 なにか思い当たることがあるのか、アリは居住まいを正した。


「なぁに」


「ガウターはいつも一緒に庭にいくでしょう?」


 頷いて答える先生にアリは、思っていたことを訥々(とつとつ)と話し出した。


 ガウターは庭にいるとき、いつもアリの姿が見えるところにいる。アリが物置小屋に入れば、入口に座ってこちらを見ているし、穴堀りに夢中になったあと、慌てて追いかけてくる時もある。


「ガウターは群れを追い出されたの?」


 思いきってたずねた。


「そうよ」


 先生のことばは否定も誤魔化しもなく簡潔だった。


「そっか」


 ガウターの行動に納得がいった。



 自分で決めて家を出たのだと、そう思いたかったのだと。ガウターの姿に自分の境遇を思い起こされ、動揺して過剰に冷たくした自覚はあった。

 私は家族(いえ)から追い出されたのに、この子は自分から群れ(いえ)を出てきたのだと。


 (けん)くんとのことはまだ、過去の事だからと割りきることができない。

 それは(ゆう)の心に深く根を下ろしていた。だが、いつか話せるかもしれないと、そう思うことがいまはできた。


 けれど今日は少しだけ泣いてもいいような気がした。

 (アリ)ではなくて(ゆう)として。

 プリ先生の声がいつもよりずっと優しかったから。


 頬杖をついていた腕は窓台の上で組まれ、アリは顔を伏せた。

 その袖が濡れていくのを小鳥が静かに見守っていた。



 雨はまだ降り続いている。


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