ガウターと一緒に 3
プリ先生とガウターは、魔素の補給はまだいらないと間食仲間にはならなかった。
マッシュポテトと卵はあるけれど、パンは残っていないし自分の分だけ作るのも面倒だ。
先ほど剥いたネルガの実をみっつほど口にしたアリは、ひとりで食べてもつまらないなと思った。
さて、午後はどうしようかな。
昨日採取したのはセンプリチだ。これはセンブリみたいな苦い薬草で、名前もちょっと似ている。もうひとつはジュルム。こちらは熊笹っぽいけれど葉っぱは黄色だ。どちらも群生地を見つけたからたくさん採取できた。
もちろん根こそぎ採ったりはしていないよ。
ペムの実は残念だけど見つからなかった。というか予想外の出来事があったから、採取できなかったんだよね。
ジュルムは茎の長さが結構あるから、キッチンで作業するよりも川でざっと洗ってから干したい。
センプリチは川で洗ったら、下流の魚が痺れて浮かぶらしい。
「プリ先生は午後も忙しいの?」
窓辺で翼を広げていたプリ先生にきいてみた。
「朝ほどではないわね」
アリは何がそんなに忙しいのか気にはなったが、詮索するのも悪いかと思い口を閉ざした。
「じゃあガウターのお守りをよろしくね」
アリはさらっとお願いしてみた。
「くぅん?」(あり、みてちゃだめなの?)
ガウターはアリに訴えるかけるように見上げている。
「ガウターは作業を見たいんですって」
「くぅ~」(ぼく、いいこだよ)
ふたりを見つめてからアリは口を開く。
「川でジュルムを洗いたいんだよね。それにガウターは朝に思いっきり遊んだから、川はもういいんじゃないの?」
アリはプリ先生にガウターを押しつけようとしているのだ。
「それに干すところが見当たらないんだよね。だから庭を見て良い場所を探したいんだ」
「ちょうどいいじゃない、ガウターの散歩に」
プリ先生もガウターのお守りは嫌なのだろうか。
「いや、ガウターはひとりでも外に行けるよね」
「きゅ~ん」(ぼくとおさんぽたのしいよ)
ガウターは目をうるうるさせてアリを見つめたが、やはり気づかれることはなかった。
しかし雰囲気を察したアリは了承してしまった。
「わかったよ」
アリは敗北した。
庭をブラブラ歩く後ろをガウターがてくてくついてくる。
たまに土の匂いを嗅いだりちょっと穴を掘ったりして引き離されるけど、いつの間にか追いついているんだよね。
「あんまり家から離れても不便だよね」
アリが小声で呟いた。
「くぅ」(ぼくもそうおもう)
「川から離れても面倒だし」
完全にアリの独り言である。
「くぅ」(ぼくもそうおもう)
「そっかぁ、ガウターもそう思うかぁ」
ガウターが相づちを打っていることに気がついたようだ。
「がうぅ!!」(えぇっ!!)
ガウターは驚き、そして嬉しくなって駆け出した。
「ガウターは自由だね~」
アリはのんびりした声をだした。テキトーに言ってみただけで、残念なことに話が通じたわけではなかった。
裏口から出て物置小屋の右側の畑とは反対側に、ちょうどいい間隔で生えている木があった。その木のあいだにロープを張って干すところを作ろうかな。
あちこち見て回ったけれど、そこが一番使い勝手がいいようだ。
ウィルフレド様は魔術で何でもできたし、掃除は浄化ですませていたから、洗濯なんてしなかった。干すところなんてもちろん作っていない。
採ってきた薬草は魔術で乾燥して、砕いて粉にする。なんて簡単だったらしい。
いたれりつくせりで準備してくれたウィルフレド様だけど、さすがに干すところまでは作っていなかった。自分に必要がないとなかなか思いつかないもんね。
庭を駆け回るガウターを放置して、アリは物置小屋を漁ってロープと丸イス、そして大きな盥を発掘した。
「がぁぅ、きゅう」(あり、かくれんぼならそういってよ)
小屋の中にいたアリに気がついたガウターが、入り口で吠えている。
「んー? お腹が減ったのかな」
アリはまたしてもテキトーに言ってみた。
「くわぁ~ん!」(ちがーう!)
ガウターは姿が見えないアリを必死に探し回ったので、テキトーに扱われて悲しくなってきた。
「やれやれ、子どものお守りは大変だよ」
アリは前世の子ども時代に比べるとやや大きめではあるが、九歳児が言うセリフではない。
アリは丸イスとロープを持って木の下に行き、高さはどれくらいにしようかと考えた。
ロープを張る高さは二本を合わせないといけないしなぁ。アリはプリ先生に助けを求めた。
「プーリせんせー!!」
裏口から叫ぶとプリ先生が飛んできた。急いできたという意味ではなく、普通に羽ばたいてきたよ。
丸イスを踏み台にして、プリ先生の指示のもと無事にロープを張ることができた。
力が弱くて結び目が緩んできそうだから、細い枝をかませておいた。効果があるかはわからないけど。
「さて、準備ができたから今度は洗うぞ」
プリ先生にお礼をしたら盥を持って川に行かないと。丸イスは干す時にも使うからそのまま木の側へ置いておく。
家から鞄をとってくると肩から下げて、アリは盥を持って歩きだした。
その後ろをガウターが心配そうに追従している。
アリはまず盥に水を半分ほど汲んで、その中に麻袋からだしたセンプリチを沈めた。そして優しく振って土や枯れ葉などを丁寧に落とすと、いくつかに分けて束ね、ぶら下げるように干した。
洗い終わった水は、ヨロヨロと運んで何も植えていないところに撒いた。
後にこの干し方では風でくるくる回って、束同士が絡まってしまい、回収するのにひどく苦心することがわかった。
次にジュルムは乾きやすい太さの束にして茎を結び、束のまま川に沈めて汚れを落とした。
量があるので洗っては干し、洗っては干しを繰り返した。
こちらは長さがあったので束を半分に割って、張ったロープを挟みこむように掛けてみた。
すべてが終わる頃には薄暗くなってしまった。
張ってしまった腕をゴシゴシと擦ってから、盥を持ち上げようとすると、ガウターが噛んで運んでいった。
アリはちょっと感動した。
「先生、ガウターが初めて手伝ってくれたよ。手伝おうとするなんて偉いねぇ」
アリはプリ先生に報告し、珍しくガウターを誉めた。
「きゅん、きゃん」(ぼく、こんどおさかなとってあげるね)
ガウターは誉められたことが嬉しくて、しっぽを振りまくって、さらなるお手伝いの提案をしてみた。
「なにかな?」
アリはガウターのテンションが急に上がったことを不思議がっている。
「魚を捕るっていってるわね」
プリ先生がすかさず通訳する。
「えっ! 魚かぁ、それは食べたいね」
捕れるかどうかは甚だ疑問ではあるが、ちょっと楽しみなアリであった。