ガウターと一緒に 2
お食事中の方はご注意下さい。
食器を片づけたら地下に向かい、昨日使った肩かけ鞄から黒いマルマの実を取り出した。マルマゴは貯蔵庫の棚にある、蔦でできた籠の中に入れておいた。面倒だけど使うときに取りにくればいいのだ。
鞄を持ってキッチンに戻ると、テーブルの上に塩と砂糖の瓶、空の小さな壺のような入れ物を乗せた。
そしてまな板とペティナイフ、大と小のボウルをひとつずつ、大きめのスプーンをセットすると椅子に座った。
前世ならばキッチン用品は使う前に軽く濯いでいたが、ここでは毎日浄化魔術でキレイになっているから、問題はないだろう。
そのあいだガウターは、大きな体でちょこちょことアリの後ろをついて回り、アリからは可愛いけど大きいんだからじっとしてればいいのに、などと思われていた。
アリは足をブラブラさせながら、白と赤いマルマの実を鞄から取り出した。
「プリ先生の鳥かごって中はどうなってるんだろうね」
突然話しだしたアリに、ガウターはテーブルを挟んだ向かい側にお座りをして、頭をテーブルの上に乗せると、自分に言ったのだろうかと首をかしげた。
「くぉん、きゅん?」(しゅごしゃさまにきいたら?)
「えっ! 覗けって? それは犯罪だよ」
マルマッシュをみっつペティナイフで半分に割り、小さいボウルにスプーンを使って中身を移した。
「ガウッ」(ぼく、そんなこといってないよ)
ガウターが慌てるも、アリはキッチンで使ったスプーンを洗い流していたので見ていない。
「ガウターも男の子だもんね。あれっ? 雄だよね? ……魔生物だから性別はないのか。じゃあ雄ってことでいいか」
席に戻ると、先ほどと同じようにマルマラシを割って中身を出す。これは小さな壺に入れた。
「くぅん?」(おす?)
ガウターはまた首をかしげた。
「女子の部屋が気になるお年頃かぁ」
アリはスプーンに付いた唐辛子ペーストを、壺の口部分でこそげ取ってから蓋を乗せた。指に付いた唐辛子ペーストをなめて、結構辛いななどと言っている。
そしてじゃじゃーんと効果音をつけながら、鞄から空になった青い実四つと、まだ中身が判明していないひとつを取り出した。
「ガウゥ、わぉん」(ねぇ、ぼくのおはなしきいてよ)
ガウターは完全に蚊帳の外だ。
昨日開けた四つの中身はまとめて革の小袋に入れている。残るひとつはどちらだろうか。ペティナイフでグリグリしてふと思い立った。
「いまこそこのナイフの力が試されるとき!!」
アリはマルチツールナイフを勇者のように掲げた。
大げさである。
マルチツールナイフは大きい刃と小さい刃、ノコギリ、コルク抜き、缶切り、ハサミ、リーマーが付いていた。
アリはリーマーを使って穴を開け、ちょっと傾けて手のひらに中身を出して舐めてみた。
しょっぱかった……。
「でも覗きは許さないよ」
話を戻したアリはガウターを睨んだ。
ちなみにアリはガウターがいても気にせず着がえたし、入浴もするつもりなのだが。
「ぐるぅ、きゅん」(ぼく、わるいこじゃないのに)
ガウターはもぞとぞと体をを動かした。
「えっ便秘?」
小袋の塩と青の実から移した塩で瓶はいっぱいになった。しかし砂糖の瓶は変わらず半分以下だった。
「きゃん?」(べんぴってなあに?)
アリは調味料をいれた容器を戸棚にしまい、使った道具を洗った。
「あぁ、魔生物はフンしないもんね、じゃあ何に悩んでるのさ」
アリに話が通じないことに決まっている。
「くぅん? きゅん?」(えっ? なやみ?)
首をかしげるガウター。
「私はトイレに行くけどなぁ。正確には魔生物じゃないっていってたし」
アリは鞄から麻袋を取り出して、袋の中のネルガの実を洗い場に転がすと、皮に付いた汚れをざっと洗って大きなザルに積み上げた。
ネルガの実はピンポン球より少し大きく、見た目はオレンジで中身は梨に近かった。
「わん、きゅん?」(そうだよ、しらないの?)
健気に返事をするガウターが不憫である。
「管理者は管理者っていう生き物らしいよ」
アリはテーブルの上に布巾を敷くと、ネルガを入れたザルを乗せた。
「うぉん」(かんりしゃさまはえらいんだぞ)
何故かガウターが胸を張る。
「どうしたの? 分かった、自分を大きく見せたいんだね」
アリはナイフでネルガの実に切れ込みを入れていく。五十個以上あるから大変だ。
「うわっふ、うぉん」(ぼく、おおきくなったらかんりしゃさまのおてつだいをしてあげるんだ)
アリはせっせと作業を繰り返している。
「わかった! ガウターには好きな子がいるんでしょう?」
「……」(……)
ガウターは硬直した。
その姿を見ると両思いではなさそうだ。
「片想いなんだね」
アリは思ったことを口からだした。
「くぅん」(ちがうのに)
ガウターは自分の気持ちが伝わらず、ガックリとうなだれた。
「そっかぁ片想い歴が長いんだ?」
アリは切れ込みに爪をたてて皮を剥き始めた。
皮も使うので、剥いたものは麻袋にいれる。
「……」(……)
ガウターはまだ落ち込んでいる。
「告白は? モタモタしてると他の子に取られちゃうよ」
中身はボウルに皮は麻袋にを繰り返していると、たまに皮をボウルに入れてしまう。
「……」(……)
ガウターはアリの作業を見守ってはいるが、返事はしなくなった。
「まぁ私は三股されて振られたけどね」
アリは最後のネルガの実を握り潰した。
ガウターのしっぽは股に挟まりプルプルしている。
手を洗ったアリは、そろそろ間食の時間だろうかとテーブルの上を片づけた。
「ガウター、これで遊ぶならあげるけど」
他の実は割ってしまったが、五つある青の実は穴が開いているだけなので、ソフトボールの形状を保っている。
「くぅ」(ありがと)
ガウターは、ひとつずつ咥えては自分の寝床に運んでいった。
「言ってた作業は終わったの?」
プリ先生が鳥かごから出てきて、スサーっと羽を伸ばしている。
「いやー、ガウターの悩みを聞いてあげてたから、あんまり進んでないんだよね」
「ガウゥ」(いってないもん)
「でもガウターはマルマボールで遊べるくらい、元気になったから結果オーライだよ」
「……」(……)
ガウターはプリ先生に目で訴えた。しかしガウターの目は毛に隠れているため、外からは見えにくかった。
「そう、半日でそんなに仲良くなったのね」
「プリ先生、焼きもち妬かなくても大丈夫だよ! プリ先生が一番可愛いんだからね」
先生は子ども同士のケンカは面倒臭いと思って言ったのだが、アリにはまったく通じていなかった。
「そろそろ、間食でもしようか!」
そして空気も読まないのである。