ガウターと一緒に
やれやれ、とんだお荷物を背負い込んだものだよ。
アリは朝から偉そうである。
アリは鏡の前で好き勝手に跳ねている髪を、無造作にとかした。ガウターにもブラシが必要だけど、目の粗いクシなんてあったかなぁ。
物置小屋もきちんとチェックしておかないといけないね。
家に入れるのをごねたわりには、世話好きが遺憾なく発揮されていた。
「プリ先生、畑に水やりをしてくるね」
サンダルからブーツに履き替えて、裏口のドアノブに手をかけたアリは、家の中を振り返ってそう言った。
「行ってらっしゃい」
プリ先生は一緒に行かないみたいだね。
「ガウッ、きゅん!」(ぼくもいく!)
「なんなの?」
アリにはガウターがいっていることがわからない。
「ガウターも外に行くんですって」
プリ先生はアリのためにガウターのことばを通訳した。
「へぇー。汚れたら家に入れないからね」
アリの口からは、さっそく意地の悪いことばが口からこぼれでた。
「ガウッ」(ぼく、そんなことしないもん)
「ガウター、庭から出ないでよ。藪に突っ込むなら毛を全部刈ってやるからね」
昨夜は巻き毛に絡まったゴミを取り除くのに一苦労させられたから、アリのことばには容赦がなかった。
「ガウゥー」(はばりーめ)
ガウターは小さな声で悪態をついたが、聞こえてもアリには意味がわからない。ちなみにハバリーとは地球で言うと猪が一番近い。もちろんこの森にも生息している。
小屋から道具を出すあいだ、ガウターは律儀に入り口で待っていた。
一緒に川に行くとガウターは大はしゃぎした。
川幅は二メートルほどだし、深いところはそんなにはないので、アリはガウターを自由にさせた。放っておいたとも言うが。
「くぅん! きゃん!」(わーい! おみずだ!)
ガウターは川岸からいっきに飛び込み、アリに水飛沫を浴びせかけた。
アリは黙って水を汲み畑に向かった。
「くぉん! きゅん! わぁう!」(あはは! つめたいぞ! わーい!)
バケツが空になり水を汲みに戻ると、ガウターは四本の脚で水を漕ぎ、蹴り飛ばして遊んでいる。
また水がかかったが、慌てることなくハンカチで拭いた。
「ガウゥ! わん!」(んん! なんだこれ!)
「くぉん!」(おさかなさんだ!)
「ガウゥ! きゅーん!」(つかまえちゃうぞ! まてー!)
ガウターが岸から離れていたので油断していたアリは、水を汲もうと屈んだ瞬間、勢い良く魚を追って走ってきたガウターに、またもや水を浴びせかけられた。
子どものすることだとアリは怒りをこらえ、水を汲んで畑に戻った。
「きゅん! くぅーん!」(えぃ! たべちゃうぞー!)
ガウターはその場で飛び上がり、前肢を揃えて魚を押さえようとした。その勢いで水飛沫があがり、やっぱりアリは水を被ったのだった。
アリが水を汲むために往復しているあいだ中、ガウターのフィーバータイムは続いた。
アリがこそこそとピョップンに近づき水やりしていると、ガウターがやって来た。
「きゅん? ガウゥ」(なにこれ? なんのにおい)
そしてその前肢で土を掘り返そうとした。
「待って!」
アリが慌てて止めるが、無情にも一株のピョップンの葉がモソモソと動きだした。
「ホゲ?」
アリはピョップンが叫ぶ前に歌いだした。
「&~?#%@♪!!~♪」
今日は八王子音頭を披露した。
アリはファンだったアーティストが、テレビ番組で歌ったことが切っかけで覚えたのだが、今日の出来は過去最高だと思った。気分がいいから手拍子までつけている。
ピョップンたちも歌っている最中、左右に揺れたり根を振ったりして、さながらコンサート会場のようであった。いや、寝ろよ!
その結果、すべてのピョップンが土から五センチほど顔を出して話し始めた。
「ホゲ」ピョップンAは葉を縦に揺らした。
「ホゲイ?」ピョップンBは根をかしげている。
「ホゲー」ピョップンCは震えている。
「ホゲホゲ」ピョップンDは横に葉を振った。
「ホゲー?」ピョップンEは片方の根を上に挙げた。
「ホゲイ」ピョップンFはピョップンEを気にしている。
「ホゲッ!!」ピョップンGは二本の腕のような根を土に叩きつけた。
批評か? 採点中か? アリとしては百点満点なのだが。
アリはピョップンたちがホゲホゲ言っているあいだ、真ん中の株が少し小さいからジャ○コだろうかなどと、至極どうでもいいことを考えていた。
なかなか眠らないピョップンたちに、もう一曲追加するかと炭坑節を歌いかけたとき、ようやく話がまとまったのか、ピョップンたちが動き出した。
「ホゲーイ! ク~」
ピョップンたちは声を揃えて土に潜ると、眠ってしまったのか動かなくなった。
アリはやり遂げた達成感に極上の笑顔を浮かべた。黙っていれば美少女である。
なおガウターはアリが歌いだした瞬間に、家まで全力疾走して前肢でドアレバーを下げ、逃げ込んでいる。ピョップンを恐れたのか、それともアリの歌声に恐れをなしたのだろうか。
アリは道具を物置小屋に戻すと、庭の外周を走り出した。今日から日課にするつもりなのだ。
初めてだからとゆっくりめのペースで走り、所々で休んでしまったが、なんとかニ周走り終えることができた。
昨日の森からの疾走は火事場のバカ力だったのだろう。少なくともいまの三倍の距離を走っている。
気分良く家に帰ったアリはプリ先生の側でお座りして、ばつの悪そうな顔をしたガウターを視界に入れると、怒ったような表情をつくって宣言した。
「ガウターは畑に立ち入り禁止だから」
それを聞いたガウターは、床に伏せて前肢のあいだに顔を突っ込み隠してしまっている。
「くぅ~ん」(ごめんなさい)
すっかり悄気返っているガウターに、あっさりとほだされたアリはこう言ってしまった。
「東側のタクシー乗り場なら好きにしていいよ」
アリはガウターの濡れた身体を乾いた布で拭き、そのあと濡らした布で自分の汗を拭いた。
そして地下の貯蔵庫から昨日採取したばかりのマルマッシュをふたつと、マルマゴをひとつ取り出すとキッチンへ向かった。
マルマッシュを半分に割って、中身のマッシュポテトを取り出すと団子状に丸めた。プリ先生用に小さい団子もふたつ作った。
フライパンを熱し団子の表面を焼き固めると、セットされているスープに放り込み具を増やした。そしてフライパンの上でマルマゴを割ると目玉焼きを作り、横に切った丸パンに乗せた。
いつものようにお茶をいれると、三人で朝食を分け合って食べ始めた。
食休みをしながら、アリはこれから昨日の戦利品を洗ったり干したりと作業することを伝えた。プリ先生はやることがあるので、昼までは鳥かごの中にいるそうだ。
ガウターはどうするのかと顔を向ける。
「くぅ、わっふ、あぉん」(ぼく、ありのしごとをみてたいな)
ガウターはしっぽを振りながらそう答えた。
アリにことばが通じていたのなら、初めて名前を呼んでくれた嬉しさと可愛らしさに、メロメロになっていたことだろう。
「まぁいいや。庭で遊んでもいいし、部屋の隅っこで寝ててもいいんじゃないの」
しかし残念ながらガウターのことばは理解されなかったようだ。