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暗闇より来たりしもの

お食事中の方はご注意下さい。

嘔吐注意(細かい描写はありません)

 

 お茶で喉を潤しマルマの木からさらに南に進むと、木々がまばらになってきて森から抜け出た。


「海だぁー」


 久しぶりの海に気をとられて、アリの足は森から数歩進み出てしまった。


「ヤバッ。ちょっと森から出ちゃったよ」


 アリは慌てて木の下まで戻り、プリ先生を『今のはセーフだよね!』という期待を込めてじっと見つめた。


「心配しなくても、ここも青の森の領域よ」


 セーフの判定に、ほっと詰めていた息をはいてアリは歩き出した。


 森が途絶えて五メートルほどで断崖絶壁になっていた。

 ログハウスからは五キロくらいだろうか。そんなことを考えながら崖下を覗き込んだアリは、怖くなって素早く二メートルほど後退(あとずさ)った。その姿はさながら海老のようであった。



 この景色はあれだよ、船越さんが犯人を追い詰める場所だよ。前世で旅をしていたとき、たまたま絶壁めぐりになった東尋坊や三段壁、仏ケ浦よりも怖いな。なんだか背中がゾワゾワする。


 あのとき友人からは火サスファンが過ぎて、撮影現場を聖地巡回しているのかと勘違いされたし、職場の同僚からは仕事が忙しすぎて、悪い方に思いきったことをするんじゃないかと心配されたんだった。それで……。


  ポトッ


 ん? なにか頭に落ちてきたような。


「プリ先生、私の頭に何かついてない?」


 よく見えるように頭を倒すと、プリ先生は肩から飛び立ち近くの木の枝に止まった。


「アリ、言いにくいんだけど……」


 プリ先生は珍しく口ごもっている。

 躊躇(ちゅうちょ)されると怖いんだけど。


「頭についてるのは、そこにいるクエルボのフンよ」


「……」


 アリは一瞬硬直したが、すぐに鼻を摘まむと来たときよりもずっと速く、うしろからプリ先生が追いかけているのにも気がつかずに、なかば走るように嘔吐(えず)きながら家に戻った。

 

 そして着いたと同時に浴室に駆け込み水を被ると、自家製シャンプーで何度も髪を洗った。


「うぉぇっ……うぅっ……くっさぁーい!!」


 クエルボ(カラス似)のフンは、カメムシの分泌液の臭いに近いが、より悪臭であった。

 いったいなにを食べているのだろうか。


 アリが浴室に閉じこもってから数時間後、家の浄化魔術が作動したのか突然臭いが消え去った。

 頭についた泡を洗い流し、ヨロヨロと浴室から這い出してきたアリは疲れきっていた。


 いつもの間食の時間はとっくに過ぎていると思われるが、朝に残したパンを食べる気力が湧かない。

 アリはベッドに倒れ込むとすぐに寝息をたて始めた。




「カラーン コローン」


 初日に聞いて以来、まったく出番がなかったドアベルの音で目を覚ましたアリは、薄暗い室内を見回しプリ先生の姿を探した。


 いた! プリ先生は食事するスペースとベッドを隔てている、背の低いパーティションに止まってこちらを見ていた。鳥目(とりめ)じゃないのか。


「先生、なんで――」


「カラーン コローン」


 ……。プリ先生が鳴らしたのか問いかけようとしたら、またドアベルが鳴り始めた。

 窓の外はすでに暗くなっていて、初めてのお客様を迎えるには勇気がいる。


「プリ先生、つかぬことを伺いますがこの世界に幽霊はいるんでしょうか?」


「見たことはないわね」


 先生が見たことないならいないんだろう。アリはベッドから降りてドアに向かう。


「カッカラッ、コロ、カラ コロロン」


 お客様はイラついたのかベルを鳴らしまくっている。紐を振りすぎているせいでベルの音は逆に響かないのだが。


 迷ったか怪我をしたハンターだろうか?

 アリは足音をたてないようにキッチンに向かい、こっそりと窓に近づき玄関の外を(うかが)った。


 見ると体高がアリの腹部まである、薄茶と白が混ざった犬のような生き物が、ベルから下がる紐にじゃれるように飛びついていた。


「おぉぅ。大物がかかったね」


 フィールドアスレチックで似たような子どもを見た気がする。

 犬っぽいのが紐を咥え、ゆらゆらとぶら下がり始めたのだ。あれではさすがに紐は切れてしまうだろう。


「すぐにドアを開けてあれを止めさせなさい!」


 プリ先生が怒って大きな声を出した。


 驚いてピョンっと飛び上がったアリは、玄関に駆けていきドアのレバーを下げたが、野犬は怖いなと少し躊躇(ためら)ったあとに三センチだけ開けて片目で外を覗いた。


「わぁ!」


 犬っぽいのはドアギリギリのところにお座りしていた。頭がアリの胸まである。


 とりあえずドアを閉めプリ先生を振り返った。


「どうやら破壊活動は中止したみたいだよ」


「家に入れてやんなさいよ」


「えっなんで?」


 プリ先生のことばにアリは素で驚いた。


「アンタの初めてのお客じゃない」


「ちがうよ、野良犬だったよ。危ないよ!」


 アリは狂犬病の危険性を説いた。


「あれは若いパララッカね」


「パララッカ」


 図鑑で見たパララッカは魔生物で、白銀のさらさらした毛並みを持ち狼のようだった。アリは『フェンリル来たー!!』と大喜びしたのだ。


「そうよ」


「でも姿が全然違うんだけど」


 外にいるのは毛がくるくるしてるし、どこ見てるかわかんないくらいモジャモジャだし、茶色が混ざっているし、何より耳がピンと立っていない。


「あれは子どもよ。(しょう)じて十年くらいかしら」


 プリ先生は子どもの姿はめったに見られないわよ、幸運ね。などとつけ足した。


「歳上じゃん!」


「そう思うなら敬意をもって迎えたら」


「でも汚いから家に入れるのは駄目でしょ」


 パララッカは無理やり藪を抜けて来たらしく、小枝や葉っぱ、オナモミみたいな種のようなものが、くるくるの体毛に絡まっていた。ダニやノミが移ったらどうしてくれるんだ!!

 アリは、結界のことを忘れて憤った。


 アリはああだこうだとごねては、なんとかパララッカを家に入れまいとしたが、最終的にプリ先生にキレられ泣く泣く玄関のドアを開けて、渋々汚い野良犬っぽい子どものパララッカを入れてやった。


パララッカのモデルはロマーニョ・ウォーター・ドッグです。

作者は犬に悪意はありません。

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