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不思議な木の実、マルマの実

 

 そんな毎日を繰り返し数日が過ぎた。


 突き指はまだ治っていない。いまは痛みがそんなに無いから軽症だったんだろうね。細長い布を巻きつけて固定している。利き手じゃなくて本当に良かった。


 この数日で変わったことといえば、庭の北西、川の流れが森の中に戻っていくあたりに丸く囲まれたところがあった。

 その囲いは両手で持てそうなサイズの岩が、十個くらい並べて作られていて、中にはミントがビッシリと生えていた。


 囲ってあるからウィルフレド様がやったんじゃないかと思ってる。図鑑で調べたらお茶として飲めるみたいだ。名前はノギル。薬効もあったしほとんどミントと変わらないと思う。


 お世話もしていないし日当たりがいいわけでもないのに、もっさりと生えているから、葉っぱを数枚千切ってきてノギル茶にして飲んでいる。プリ先生に勧めたらちょっと嫌そうだったから好きな味ではないみたいだ。


 あと毎朝の水やりのとき、ピョップンが薄ピンク色の腕のような根っこを土から出して、私を見かけると振ってくるようになった。


 どうやらピョップンには仲間だと思われているらしい。私の髪の毛が赤くなくて良かったと思ったよ、先生に笑われそうだし。

 幸運なことにあれからリサイタルは開いていない。


 庭に生えている薬草や、ウィルフレド様が残してくれたものをせっせと調合して、作れる薬は少しずつだが増えてきた。

 その代わり薬草の残りが心もとなくなったので、アリは思いきって採取のため森に入ることにした。


 採取したいのはポポルの葉とペムの実(桑の実似)だ。ペムの実は痛み止めになる。


 アリは上下長袖の厚手の服を着込み、ズボンの裾はブーツの中に入れた。

 フード付きで膝上までのローブを着たら、帆布のような生地の鞄を肩から斜めに下げた。


 鞄の中には仕分けのための革の小袋や麻袋と、冷たいお茶が入った木製の小さな水筒、ナイフが入っている。これはマルチツールナイフなんだけど使いこなせるのかちょっと不安だ。


 そして手に草刈り鎌を持ったアリは、桧の棒の勇者よりは強そうに見えた。

 毎日の水やりと鍋をかき回すことにより、うっすらと筋肉がついた腕で鎌を何度も振り下ろす。


「蝶のように舞い、蜂のように刺す!」


 何と戦うシミュレーションをしているのかはわからないが、一週間程度で作られた筋肉では、返り討ちされる可能性が高い。そして鎌で刺すつもりなのかアリよ。


 しばらくして本人も気がついたのか、振り下ろすのを止めると少し考え込み『水やりの後に庭の周りを走るか』などと呟いている。

 逃げ足を鍛える方向にチェンジしたようだ。


 畑では鎌を振るアリを応援するかのように、ピョップンたちがホゲホゲ言いながら根を振ったり、二本の根を拍手のように打ち合せていたが、アリが振るのを止めると土の中に戻っていった。


 除虫剤を手や首に塗り、プリ先生が肩に乗ったら南側の藪を掻き分けて行く。

 数メートル進んだところで背丈を越える藪はなくなり、膝までの草がまばらに生えた落ち葉が積もった地面に変わった。


 アリが住む家は青の森の中央ではなく南西寄りで、北に進むと森を抜けるのに大人でも三日はかかる。

 東は高い山脈に突き当たり、山を越えてもその先には海が広がるばかりである。

 こちらは(ふもと)までだと大人の足で二日程である。


 西と南はどちらも五キロ以内で海に出られるが、アリの家からは西よりも南に向かった方が近いとプリ先生が教えてくれたので、今回は南に進んでいる。


 海に出るまでに見つけた薬草は摘まずに場所を覚えておき、帰りに採取しようとしたけれど、プリ先生が鞄は拡張と重量軽減付きの魔道具だと言ったので、必要なだけ採取することにした。

 時間が止まる機能が無いのは残念だった。



 慣れない山歩きに苦労しながら一時間ほど進むと、高さが五、六メートルのモミのような木を見つけた。


「プリ先生、マルマの木があるよ! 黒い実はないかな!」


 嬉しくなって声が弾む。アリは図鑑で見たときにクリスマスツリーのようだと思っていたのだ。


 マルマの木の実はソフトボールサイズで赤、白、青、黒の四色があり、それぞれ中身が唐辛子ペースト、マッシュポテト、塩か砂糖、双子の卵である。

 青の実だけ塩か砂糖のどちらかで、違いを見分けるのが難しい。プリ先生に聞いたが、同じにしか見えないそうだ。


 呼び名はそれぞれ、赤がマルマラシ、白がマルマッシュ、青の砂糖がマルマトウ、同じく塩がマルマジオ、そして黒がマルマゴである。


 この木は不思議なことに、四つの大森林(四色(ししょく)の森)にしか生えておらず、森によって実の中身が違っている。高値で取り引きされる実もあるので、ハンターが一攫千金を狙っているらしい。


 赤の森の、赤い実がマルップ(ケチャップ)。黒い実がマルミン(黒ごま)。青い実がマルマレート(ビターチョコレート)。白い実がマルメン(海綿)。


 黒の森の、赤い実がマルボン(石鹸)。黒い実がマルッパー(胡椒)。青い実がマルマイル(オリーブ油)。白い実がマルマチ(餅)。


 そして白の森の、赤い実がマルマセキ(紅玉(ルビー))。黒い実がマルキビ(黒糖)。青い実がマルピョン(ゴム)。白い実がマルマブ(昆布)だ。


 青の森の青い実だけが気まぐれである。

 そしてアリは言語魔術の不具合を疑っている。


 アリは赤を二個、白を五個、青を五個、黒を十五個収穫した。

 マルマの実はまだまだたくさんなっている。無くなったらまた採りに来ようと、ニコニコしながら鞄に詰めた。


「疲れたわ」


 不意に不機嫌な声があたりに響いた。

 玉子焼きの味を想像してニコニコしていたアリは、顔を引き締めてプリ先生をねぎらった。

 見つけたマルマの木は枝が高すぎて、アリの背ではどうやっても実に手が届かなかったのだ。


 アリが指示を出して欲しい実を落として貰ったのだが、後半プリ先生はヤケクソ気味に枝をつついていた。

 もしかしなくてもご立腹なのだろう。


 アリは鞄から水筒を出した。砂糖を入れたら機嫌が直るかと思い、青い実にナイフで穴を開ける。


 塩の実が四つ続いたところで、アリは砂糖を入れることを諦めた。

 最後も塩の実だったとき、青の実を追加で採って欲しいとは言いにくかったからである。


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