畑の謎植物、その名はピョップン
「さて、午後は調合の続きをしようと思っていた私は、現在庭の畑の前にいます」
アリはリポーターを意識してエアマイクで話してみた。
いつまでも空き地って言うのもなんなので、森までは家の庭ってことにしようと思います。
『あぁ~ら奥様、アリさんたら庭の草を伸ばしっぱなしにして。だらしないと思いませんこと~』とか言うご近所さんもいないので、庭が雑草でボウボウでも必死に除草しなくてもいいのだ。
それにありのままの姿の庭は、イングリッシュガーデンというらしいから、ほったらかしても大丈夫。レリゴーだよね。
ありのままの姿を保たせるためには、それなりの技術が必要なことをアリは知らなかった。
これから毎日水やりするんだから、植えてあるのがなんの薬草か知っておかないと。
アリは、プリ先生を見下ろし呼びかけた。
「準備はいいかね。プリソン君」
プリ先生は半眼になった。
「まったく。今度は何を始めたの」
やれやれと首を振って、アリがまたおかしなことを言い始めたとうんざりしている。
「助手にはそう呼びかけるって決まってるんだよ。常識だよ」
ちょっといい声を作って言ったのに、プリ先生はちっとも理解してくれなかった。まぁ、当たり前なのだが。
「ここの常識ではないわね。そして助手はアンタの方じゃないの」
正論である。
「じゃあ先生が私にアリソン君って呼びかけてよ」
アリはプリ先生に主役を譲った。
「イヤよ」
即答である。
「先生、もう少し私に優しくできませんか」
「返事、してるじゃない」
プリ先生はこちらを見ずに羽繕いを始めた。
「本当は応えるのも嫌なんですね」
アリは少しだけ落ち込んだが、ふたりの会話のキャッチボールはかなり続くようになった。
プリ先生の返球は投げやりだが。
アリは真っ赤な猫草のような薬草を指差した。
「プリ先生、水やりの時にこの赤いのに触れないようにって言ったのは何故ですか?」
「寝てるからよ」
プリ先生は内緒話をするように声をひそめた。
それに対してアリは首をかしげた。
「起きてますけど」
「アンタじゃなくてピョップンが」
「ピッピョン……」
残念なことにアリはカタカナの名称に弱かった。
「ピョップンよ」
「ピョップン」
「そう、寝てるの。そして寝起きがもの凄く悪いのよ」
「低血圧ですか?」
「アリ、話を聞く気はあるの?」
「ごめんなさい。いろんなものが珍しすぎて集中力が続かないんです」
アリは素直に謝った。
「まあいいわ」
『まあ、どうでもいいわの略か!』
アリの心は反抗期である。第一次反抗期には遅く、第二次反抗期には早いが、九歳児の心は複雑なのだ。
「それで起こさないようにするには、触らなければいいんですか?」
「歌うの」
「はぁっ?」
あまりの衝撃に、アリの声は半オクターブ上がったうえ裏返った。
「子守唄を歌うのよ」
一方プリ先生は冷静に対応している。
「えーっと、プリ先生がですか?」
「アンタが、子守唄を、歌って、起きそうになった、ピョップンを、眠らせるの!」
「コレが噛み砕いて説明するということなんだね!」
「アーリー」
プリ先生の声に怒気がこめられた。
「ごめんなさい、ほんとごめんなさい。音痴なんです。現実逃避しようとしたんです」
「ホゲーイ」
アリが大声で話すので、一株のピョップンが起きかけている。
「「ヒィッ!!」」
ふたりはフルフルしている赤い葉を凝視した。
「もう! アンタが大きい声を出すから! 歌うのよ、アリ!」
アリは、ヤケクソになって歌い出す。
「~%@&〒%*>/#@ホゲー~」
アリは最後まで歌いきり、しばしの沈黙が訪れた。ふたりはピョップンの様子を窺っている。
「ホゲーイ! ク~」
ピョップンは満足したのか眠ったようだ。
「眠ったわね。それにしてもいまのは何の歌なの」
アリは、両手で赤くなった顔を隠し恥ずかしさに身悶えている。
「アリ?」
「ドンパン節です」
とっさに出たのは子守唄ではなかった。
「はぁ?」
「ドンパン節の替え歌バージョンです」
「どんな意味の歌なの?」
歌詞は翻訳されないのか、それともアリの歌唱力により言語魔術にダメージが入ったのか、プリ先生に歌詞は伝わらなかったようだ。
「…………ちょっと言いにくいです」
口ごもったアリは、心の中で薄毛に悩む人たちに土下座をしていた。
「それにしてもなんだか変なリズムの歌ね」
「ごめんなさい。私、ジャ◯アンって呼ばれるくらい歌が下手なんです」
力強くアリは訴えた。
「そ、そうなの……。でも大丈夫よ! ピョップンは眠ったわ」
プリ先生は若干うろたえている。
「はぁ~。さっきのピョップンが起きていたら何が起こっていたんですか?」
今度は間違えずに名前を言うことができた。
「あれが起きて何かの拍子に機嫌を損ねたら、泡を吹いて気絶するほどの声で叫ぶのよ」
プリ先生は心底恐ろしいとでも言いたげに、そのちいさな身体をプルプルと震わせた。
「ヒィッ! 異世界ジャイ◯ンか」
他の薬草のことなどちっとも頭に入らなくなったアリは、これ以上畑に居続けることができず、急いで家に逃げ込んだ。
そして調合部屋に入り図鑑を開くとピョップンを調べた。ピョップンの説明はまるっきりマンドラゴラであった。
ついでに言うと、助手っぽく丁寧に話していたつもりのアリは、最後までプリ先生からアリソン君と呼ばれることはなかった。
夕方、アリはベッドの側へ行き窓から畑を覗き見た。
ピョップンが起きた様子はないが、赤い葉っぱの株は七つあったはずだ。
「先生、ペッポンが二株足りない気がします」
アリはやっぱり名前を間違えてしまった。
「ピョップンね。散歩でしょ」
ピョップンの数が足りないことなど、なんでもないかのようにプリ先生が言った。
「あれって歩くんですか!」
さすが異世界、植物が歩くのか!
「気が向けばね。でもあの畑はウィルフレドがピョップンのために良い土を入れてるから、家出はしないわよ」
「家出、徘徊のうえに家出」
驚きを隠せないアリがなんとなく下を見ると、軒下で雨宿りをするかのように、窓のすぐそばには二株のピョップンが植えられていた。
「プリ先生、窓の下にいました!」
「ふぅ~ん。結界の側に来るなんて珍しいわね。アンタの歌が気に入ったんじゃないの」
プリ先生は窓に近づきピョップンを見下ろすと、深く考えもせずに思いつきでそう言った。
「えっ!」
それを聞いたアリの声は嬉しそうだ。アリはいままで歌を誉められたことがなかったのだ。
「なんだ、お前たちは可愛いね。右のは株が立派だから◯ャイアンだね。左の子はちょっと小さいからジャ◯コで」
さっそくアリは安直な名前をつけた。
なおジャイア◯と◯ャイコは翌日には畑に戻っており、どの個体だったかわからなくなっていた。