表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/111

異世界のオタマジャクシはぷりぷりで七色らしい

 

「センセー、ガウたーん!」


 猛ダッシュで近寄ってガウターに抱きつき、その背に腕をまわしてホールドすると、勢いよく頭をグリグリと擦りつける。土遊びをしていたガウターの鼻先は汚れまくっていたが、ピッタリと抱きついたときには風で吹き飛ばしたのか、ピカピカの湿った鼻になっていた。うん、健康か。

 一度離れて、もじゃもじゃの毛を指で梳けば、ガウターは気持ち良さそうに目を細める。太陽と土の匂いがする体を抱きしめると、擽ったそうにクゥンと鼻を鳴らした。


《おかえりはさい。ありは、ぼくがいなくてさみしかったの?》


「…………うん」


 普段以上に距離を詰められて、ガウターは若干引き気味っぽい。私は肉球の間の毛を触りたいのを我慢して、気持ちを落ち着かせながら返事をした。正直に話すと、めちゃくちゃ寂しくて帰りを急いだ。

 あのあと領主館には腐らない量の果物を、弱ったコゾウのために置いてきた。

 領主のコゾウはカバンから取り出された果物を見て、バンザイをするように前脚をあげて飛びあがるくらい喜んでいた。けれど世話係の青年が、それを保存用の拡張容器にしまうたびに両前脚で顔を覆って、ご馳走がなくなったと壊れたラッパのような哀れな声をあげる。

 私たちがその一喜一憂を繰り返すのを眺めること十数回。コゾウの反応が面白すぎて私と青年が夢中になっていたところ、レオナルド様からやんわりとそこまでにしなさいと止められてしまった。


 さすがにもらう量が多すぎて気が引けるとのことだったけど、コゾウの健全な養育に害があると判断されたに違いないよ。

 その後、預かっていた荷物を置きに認知不可をかけて貴族街を疾走し、その勢いでレアンドラさんの家の石塀に飛びあがった。

 不法侵入が日常化していて、壁登りも板についてきたな。そんな間違った自信がついてしまったと自覚していると、そこから見下ろした光景に動きがとまる。


 そこには夕涼みする微笑ましい家族の姿があった。庭のベンチで父親が子どもをコアラ抱っこして、子どもが話すことばをひと言も聞き逃さないと言わんばかりに耳を傾けていた。

 母親は隙間なく夫に寄り添って隣に座っており、その胸には乳飲み子が抱かれ、手足をバタつかせて笑い声をあげている。そして風に揺れる草花に飛びかかったり、匂いを嗅いだりして遊ぶ二匹の猫が、夫婦の足もとでくつろいでいた。

 子どもがなにかを話すと、夫婦は視線を合わせて微笑みあう。父親は子どもの額にキスを贈り、その父親には寄り添った妻が頬に返していた。両親に抱かれた子どもたちは、リラックスしてその身体を保護者に預けていたのだ。


 アリはひとり塀の上で、しばらくその幸せそうな家族の光景を見つめていた。映画のワンシーンのようだが、自分の記憶にはない家族の肖像に憧憬の念を抱いたのだ。そしてふと自分の羨望の眼差しに気がつくと、恥入るように声もかけずに青の森へと逃げ帰ってきてしまった。


 アリを迎えたログハウスには、一年と少し前に比べて住人がかなり増えた。チボたちは、たった数日で放ったらかしの庭を整備したらしく、庭の南東側に生えていた草花を根元で噛みちぎっていた。そしてお腹が膨れると南西側の丸太ステップで跳ねて遊び、一番高い丸太を親子で取り合うのだ。

 クウォッカの群れはログハウスの床下を住処としてはいるが、気まぐれに庭の外へと出かけて行き、葉っぱだの枝だのを持ち帰っていた。それをピョップンらが興味深そうに見守っていたが、彼らが庭から出て行くことはない。ウィル様が丹精込めて耕した畑を簡単に捨てるとは思えないからね。

 トントは相変わらずのんびりと過ごし、順番に卵を暖めている。いまは三羽のトントが蹲っているから、ガウターの当番ではないのだね。

 レモルのおっちゃんは丸太ステップの低いところに腰をかけ、下を向いてなにやら作業中のようだ。こちらを労うかのように尻尾をあげて振っているが、花かんむりを編んでいる手を休める気はないらしい。


「プリ先生! ただいま〜」


「お帰りなさい、無事に帰ってきたわね。それで、ミルクの入れ物は買えたのかしら?」


 やべー、すっかり忘れてたわ。でも帰りに店をチェックする余裕なんてなかったし、しょうがないよ。

 空いている大瓶がなくなる前に買ってこないといけないな。そもそも五本の大瓶をアリリオの村に預けっぱなしだ。あれらは王宮のものだから、忘れずに回収しなくてはいけないんだよね。


「後でレアンドラさん家のメイドさんか、神官さんのとこで聞いてみるね」


 チコさんがいないと、森の外までの往復がしんどいわ。それに知らなかったとはいえ、いままでは帰宅時間の短縮のために街道を外れて走っていた。

 だけど、街道を外れて歩くことは野生動物の縄張りに侵入する敵対行為で、ほかの旅人に迷惑がかる恐れがあるため禁止されていたのだ。臆病な生き物が私から逃げて街道に出て、それを肉食獣が追っていったら旅人が襲われていた可能性を示唆されたのである。

 なので今回の帰宅時は爆走しつつも、ことのほか気をつけて帰ってきたのだ。


「センセー。プレール茶を淹れるけど、いつもの白いのでいいの? 私はコーヒーが飲みたいから黒にしようかな。ガウターはどうする?」


《ぼく、いらなーい》


 そっか、ガウターはおやつだけね。私はチボのミルクが供給過多だから、カフェラテにしようかな。


「おっちゃ〜ん! お茶と一緒になにか食べな〜い?」


《アリっちには申し訳ねぇが、オイラぁピョップンたちに頼まれて、花かんむりを(こしら)えてるんでさぁ。ちぃとばかり手が離せねぇんで、また後で誘ってくだせぇ》


「オッケー。わかったよ」


 外で作業中のおっちゃんに玄関から声をかけると、忙しいとお断りされてしまった。

 見張りみたいに、ピョップンがレモルのおっちゃんの前で静止しているのは、花かんむりができるのを心待ちにしているのか。


《ぼくね、とんとのおせわ、いっぱいがんばったの。たまごもね、ずうっとあっためてたんだよ》


 買ったパンを二枚分だけ切って、それの両面を軽く焼く。端っこは自分に、もう一枚は一口分を先生へと、そして残りはガウターのお皿にのせた。

 そのお皿に買った串焼きのお肉を二本乗せてから、食べにくいだろうと串を引き抜いてガウターの前に置くと、もしゃもしゃと頬張りながら留守中の様子を報告してくる。


「ガウターは偉いねぇ。トントたちも喜んでると思うよ」


《とんとのたまご、きいろいのもうまれたよ!》


「へっ!?」


 また産んだんですか! いや、別にいくら産んでもいいんだよ。ここにいるあいだは、危険とは無縁だもんな。

 子孫繁栄に力を注いだからって咎めるつもりはまったくないし。でもさぁ。


「なんでこんどは黄色いの? 卵の殻は赤だったよね」


「トントの卵の色は母親のストレス値で変わるわよ」


 ストレス値ですか。いや、トントの見た目は関係ない。いくら危険と無縁に生きてきたような緊張感に欠けた表情をしてるからって、おかれていた環境が大変だったから逃げてきたんじゃないか。


「そうなのか、じゃあめちゃくちゃリラックスしてたら緑色の卵を産んじゃうのかもね」


「あら、よく知ってたわね。通常は緑と黄色の斑になることが多いのだけど、ここでなら完全に緑色の卵を産みそうね。殻は質のいい染料として売れるから、卵が孵ったら忘れずに回収なさいな」


《ぼくね、みどりいろのもあたためたげるよ》


「そうだね。ガウターがいいお兄さんだから、産まれたらトントが頼みに来るかもね。センセーも情報をありがとう。トントが嫌がらなければ殻は忘れずに貰うことにするよ」


 図鑑もちゃんと確認しておこう。お茶の支度を済ませテーブルにつくと、コンバの街で起きた事件の顛末を報告した。

 先生は黙って聞いていたが、ガウターは感情をのせて相づちを打ったり感想を言ったりするので、こちらとしても話しがいがある。

 医術師ネットワークで魔石を探すつもりだと話すと、彼らはギルドに守秘義務を誓っているから、心配していたようなことは起きないだろうと、プリ先生が教えてくれた。


「それでね、領主館でコゾウを見たんだけど、なんか地球にいたら秒で絶滅しそうな生き物だったよ」


《まいごになったの? かわいそう》


「甘いわね。あれは魅了の魔術をうまく使う、なかなか油断できない生き物なんだから」


 プリ先生はお茶のカップから顔をあげ、呆れ声でそう言った。


「はぁっ!? 魅了? 単純で弱々しい感じだったよ」


 手足も短いしメソメソしていたし、なんなら転がって起き上がれないくらい、憐れで鈍臭かったんだけど。


「あれで、野生生物の群れにしれっと混ざっているときがあるのよ。他種族が食べ物を分け与え庇護する様子を見れば、相当したたかだとわかるわ」


「えー、群れからはぐれた子が保護されてたんだけどなぁ」


「群れに子どもが増えると、親はエサをとるのがうまい生き物たちに託児するの。あとで図鑑を確認してご覧なさい」


「おぅ、マジかぁ」


 領主様ご夫妻には教えられないな。あきらかに手づくりっぽいワンピースを着せられていたし、専属の世話係がいたくらいなのだ。それなのに実はめっちゃ計算高いとか、なんか二度と可愛がれないわ。


「そうだった。センセー、七色ガエルは昨日の雨で産卵したかな。できるだけたくさん、コンバにある田んぼに持っていきたいんだ。今年は赤の森にあんまり七色ガエルがいなかったみたいなんだよね」


 帰り際にご領主様に頼まれたんだったよ。

 カクァスィというエオラプトルみたいな生き物を、コンバの田んぼでは使役しているらしく、それに与えるために毎年七色ガエルのオタマジャクシを集めているようなのだ。

 カクァスィは別名、虹泥棒とも呼ばれ、大きさは成体でも一メートル前後であり、雑食で雑草や田んぼに住む虫などを捕食する。泥の中を動き回り撹拌するので、彼らが管理する田んぼでは良いお米が育つらしい。

 そのカクァスィを、コンバの街では四、五十頭は飼いならしていると言っていた。

 教えればタニシを集めて渡してくるらしく、そのときにご褒美として好物の七色ガエルのオタマジャクシを与える。なぜか、ほかのカエルのオタマジャクシには見向きもしないし、好物を与えれば稲に悪さをしないのだが、例の商会が潰れたから、癒着していたハンターたちが取り調べのために拘束されちゃってるんだよね。


「そうねぇ。うっかり数日で干上がりそうな水たまりに産んじゃった子たちがいるから、そこから回収したらいいわ。半分は近くの池に移して頂戴な」


 七色ガエルの確保は今年の米の出来栄えに影響するらしいから、できるだけ協力したい。そして優先的においしいお米を買わせてもらうんだ。

 七色ガエルは虹ガエルとも呼ばれ、卵はふつうのカエルと同様に、ヌルヌルの中に黒いツブツブがあるタイプだ。しかし徐々に黒から色が変わり始め、孵化する頃には完全に鮮やかな色が定着する。そして数日後には七色のオタマジャクシが誕生するのだ。

 不思議なことに、七色なのはオタマジャクシの時期だけで、後ろ脚が生えてくる頃には茶色がかった濃い緑色に変わってしまう。だからカエルを見て七色の卵を産むかどうかは、専門家じゃないと判断がつかないらしい。


「そっか、全部とったらそのカエルの子孫が全滅しちゃうもんね」


「いいえ、親は生きてるのよ? 来年も産卵すると思うけど?」


 えー。なんか勝手に一年で寿命を迎えると、勘違いしてしまっていたよ。

 それでも今年の子は来年の子とは違うんだよ。そもそもパパさんが違うかも知れないじゃん。でも子孫が絶滅しないのは間違いないな。

 

「それよりも移す池に雨乞いガエルがいたら、そっちのオタマジャクシが全滅する恐れがあるわね」


「あとから産まれた方から食べられちゃうの? 図鑑で見た大きさは、雨乞いガエルのほうが大きかったと思うけど」


「成体の大きさならそうなんだけど、七色ガエルの食欲が異常なのよ。孵化して二日ほどで三倍くらいに成長するわ。だからある程度間引く必要があるわ」


「そっか、七色ガエルの天敵がもう少しいたら、食物連鎖のバランスがとれていいんだけどね」


「少しも何も、天敵はアンタがなるのよ。つまりここでは、管理者ひとりだけで間引くことになるわね。虹泥棒はこの森にいないんだから、増えた年はアリが頑張りなさいな」


「マジかぁー。アマガエルのちっちゃいヤツなら平気だけど、トノサマガエルから上はもうツライよ」


 祖母の家には広い庭があって、串団子みたいな形の池があった。そこにはでっかいウシガエルもいて、小さい頃は怖くて近寄れなかったんだよね。


《かえるはげこげこないて、ぴょんぴょんはねるんだ。きのうぴょっぷんたちが、おにわのきについたむしをたべさせてたよ》


「うわ〜、家の庭にもそんなにカエルがいたんだね。アマガエルがいるのは知ってたけど、ほかの種類かな? あんまり大きいのじゃなければマシなんだけどなぁ。それにしても、去年はそんなに見かけなかったと思うけど、なにが原因で増えたんだろうね?」


 害虫駆除にカエルを使うなんて、ビョップンたちも結構賢いんだな。


「じゃあ午後からは七色ガエルの卵を探しつつ、これから暑くなるから腹痛の薬の材料と、前回納められなかったネルガの実を探したいんだよね。あと吸血生物の駆除薬も必要だな」


 ダニとかノミとかシラミとかの駆除には、セラネルの種とテルプチンの樹皮を粉末にしたものを入浴剤として用いるのが一般的だ。とくに獣族のなかでも毛が多い人たちには、この時期必須な薬なのである。

 これは孤児院にもあげたいから、セラネルの実はできるだけたくさん欲しい。テルプチンは細い枝が五、六本もあれば充分だろう。


「テルプチンは倒木でもいいんだけど、どこかにないかなぁ。プリ先生はどこにあるかわかる?」


「南東の沼地に半分沈んでいるのがあるけれど、動物たちが浸かりに集まるから、そのままにしておいたほうがいいわよ」


「自然の薬風呂か。さすがにそれを取りあげる気はないよ。彼らだってダニは不快だろうし」


「それに南側に行くのは、まだ少し心配だわ」


 プリ先生は黒い羽を広げながら呟くが、どう考えてもそのポーズでは緊張感に欠けている。私の心配をしてくれるのはありがたいけど、どこまで本気かはわからないな。

 でも、連日の移動で疲れているのも事実なんだよ。気を抜いてケガでもするようなら、今後の予定が先送りになってしまう。


「デカイのと顔を合わせるのは、体力的にも避けたいところだね。北東には何回か行ったから、きょうは西に行って海岸線を北上してみようかな」


 面倒なのは、そのルートだと河を何回か渡らなくてはいけないんだよな。『疾風迅雷』のみんなは、風の魔術とサーフボードのような植物を利用していると話していたっけ。

 気になるから、その植物もちょっと見ておきたい。


「北西なら、北の山の麓まで行かないと見つけられないわよ。河沿いに北東へ向かってからトルトゥーガの庭を過ぎだ辺りで、真東に進んだほうがよさそうよ」


 北の山ってアセデラの南にある山じゃん。あの場所はほとんどが森から出ているから、青の森の縄張りかと聞かれたら違うとしか言えないよ。だとすると、今回北に行くのは止めておこうかな。

 森や山で働く人の中にはテルプチンの葉をそのまま生で噛む猛者もいるらしいが、鳥肌が立つほど苦いらしいからお勧めはしない。髪の毛はもちろん獣人の耳や尻尾のお手入れにも、粉を溶かしたお湯ですすぐほうが絶対に効果があると思っている。

 でかける前にピョップンたちの畑を手入れして、その後チボのミルクを加工するか、孤児院とレアンドラさんの家にお裾分けをして大瓶を空ければいいかな。

 とりあえず二瓶分の空きが出来れば、採れたネルガの加工も明日のうちに済ませることができそうだ。


「じゃあトルトゥーガのところを経由して、東に行こうかな」


 ポポル草はトルトゥーガのところで見たきりだけど、種で増えるからあの近くを探せば見つけられそうだ。


「出掛けているあいだに寝具を日干ししたいけど、天気はあんまり良くないんだよね」


 午後からはまたコンバに行くんだから、それほど遅くならないうちに戻ってこないといけないし、天気が崩れてびしょ濡れになったらガッカリだから、ふかふかなお布団は諦めるか。


「シンプルな味だけど、カリカリに焼いたからおいしいね」


 串焼きの肉をのせて、甘辛いタレが染み込んだところを一緒に食べても主張しすぎないところが、お食事パンのいいところだと思う。


「いい香りね」


 先生は最後のひと欠片をくちばしでくわえ、飲み込んだところでお茶を口にしている。いい香りがするのはパンなのかお茶なのか、見た感じでは判断が難しい。

 椅子の横ではガウターが口のまわりをペロリと舐めて、ごちそうさまの挨拶をしていた。


「手抜きごはんでごめんね。おっちゃんの分はワンプレートにして冷蔵庫に入れておくから、温めて出してくれる?」


「ええ、わかったわ」


 この家の住民は全員魔生物だから、食事が手抜きでも困らなくていいね。メルがうちの子になったら、忘れずにきちんとした食事をさせないといけないな。


「食休みを兼ねて庭に行ってくるね。ちょっと作業をしたあとは、早めに出かけることにするよ」


《がうたんもいく!》


 置いて行かれまいと、ガウターの前脚は私の足の甲を押さえている。きょうはすでに卵の温め係としての時間を終えたらしい。


「ちょっと庭に植えたいものがあるだけだよ? 出かけるときはみんなに言うから、心配しなくても置いて行ったりしないからね」


 この庭のまわりも、ここ数日は走り込んでいないからね。散歩がてら異常がないか見廻りをする。

 チボたちの食欲には驚かされるが荒れた様子がないのは、ピョップンらの厳しい制裁を恐れているからに違いない。

 首の位置に花かんむりを下げたピョップンが、『よう! マジメに働いてるか?』とでも言うかのように、目線をあわせて根っこを挙げる。その姿はどこかの社長なのかと思うが、叫ばれたくないので会釈で応えてすれ違った。

 南西のすみにちょうどよい空き地があったので、何かを植えてもいいかと考えて立ち止まる。


「あぁっ! これを植えようと思ってたんだった。テレレレッテレー。ビカルボナトー!」


《これなぁに? ふわふわだけどたべられるの?》


 私について来たガウターがビカルボナトの匂いを嗅いで、特に特徴がなかったのか見た目について話しているが、ふわふわなのはガウターのアタマも一緒である。


「さすがにススキっぽい見た目だし、おいしそうだとは思わないけど」


 チクレを取り出し半分に切って、ガウターの口に入れてやる。もぐもぐしてもなかなか咀嚼できないのか、しばらくマズルにしわを寄せていたが、諦めて飲み込んだらしい。


《ぼくこれきらい》


「苦手だったか〜、それはゴメン。ガウターには頬袋がないから、ハードタイプのグミは食べにくいのかもね」


 麻袋から根っこごと採取したビカルボナトを、掘った穴へと移して根本を軽く踏んでおく。オレンジ色の花粉はいまのところ必要ないから、しばらくは植えっぱなしになりそうだ。


「やばい! アデシボの子株もカバンの中に放ったらかしだった」


 あのときは、三株だけ根っこから掘り起こして採取したはずだから、キズはついていないと思う。カバンから出したらすぐに植えれば、ちょっと葉が折れても被害は出ないはず。

 さてととカバンから取り出せば、先ほどすれ違ったピョップンがこちらに駆け戻ってきた。そのあまりの迫力に、ガウターは何も言わずに駆け出して逃げ去ってしまう。

 あの子の危機管理は素晴らしいな。私は逃げ遅れてしまったよ。

 身振り手振りでここに植えるなと怒られたので、どこならいいのかと場所を聞けば、南側の生け垣の外に植えさせられた。


「ここって庭の敷地外じゃん!」


 ピョップンは胸の前で腕のような根を交差させ、何度もダメだとアピールしてくる。

 仕方がないので、接着剤もどきを庭に植えることは断念した。


「よし、これより七色ガエルのオタマジャクシ捕獲作戦を決行する!」


 チーズ作りは後日でいいや。怒られて不貞腐れたわけではないが、早々に庭から逃げ出すことにした私は、どこかへ隠れたガウターに向かって宣言した。


本年も当作品をお読みいただき、ありがとうございました

来年も完結にむけて頑張りますので、続きを読んでいただけると嬉しいです



ブクマ、評価、いいねで応援してくださるととても励みになります

それでは皆さま、良い年をお迎えください

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ