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管理者が歩けば事件に当たるレベルの遭遇率だった

 

 神殿を出る前に治療室へ顔を出した。パウラちゃんの顔のヤケドは薄いピンク色へと変化し、少し熱を持っていたが処置後の経過としては問題ない。本人もスヤスヤと眠っていて、明日の朝に目覚めたときは、もう治療室から出られるだろう。

 騎士団からの報告では、母親は養育するに問題はないと判断されたようなので、すぐにでも神殿に迎えに行くだろう。娘の顔が元通りになりそうなので、母親の怒りも少しは治まればいいのだが、どうだろうか?


 チュイ君の背中のケガは広範囲だったせいで、魔素への干渉は強めに行った。チャロちゃんは不安そうにベッド横で蹲っていたが、目覚めるのは明日だと教えられると、渋々お姉さんに連れて行かれた。

 まだ小さいので、食事から就寝までは同室のお姉さんが面倒を見てくれるのだ。


 チュイ君は反応が薄いから、痛みを我慢しずぎていないか判断が難しかった。

 街の空き家から孤児院へと促したあの夕方に、私は不用意に彼の背中に触れてしまったけれど、私の手を払うことも痛いから止めてとも言わなかった。

 きっと言葉にするのを諦めてしまったんだ。継母からストレス解消のサンドバッグのような扱いを受け続けてきたのだ、子どもからしてみれば、自分より大きな大人から受ける理不尽な攻撃は、とても恐ろしく避けようがなかったんだろう。

 助けを求めることもできず、そらでも妹を守り庇おうとしていたなんて健気すぎて泣きたい。継母は背中が真っ黒になるくらい、カラタチの枝で打たれればいいんだ。


「ふたりのことはダニエラさんに任せれば安心だけど、メルのことはなぁ」


 結局メルには会うことができなかった。あんなに大騒ぎしたんだから、私が神殿に来ていたことは知っていると思いたいのだが、顔を出すという約束が守れずに少し落ち込んだ。




 おなじみの領主館にて、所作も姿も(かんばせ)も美しいメイドさんが淹れてくれた冷んやりハーブティーをいただきながら、ここ数日で起きた事件の顛末を教えてもらうことになった。

 テーブルに置かれたグラスは、日本で使っていたものと遜色がないくらい薄くて透明だったが、注がれたお茶は想像以上に独特な味わいだった。

 これは多分、フレッシュハーブを使ったお茶なんだろう。ほんのひとくち含んだだけで、野性味あふれる草の香りが鼻孔をくすぐり、若干の苦味とエグ味が舌を刺激して止まない。喉越しだけはやけにスッキリしているが、私の口内は大荒れである。

 たぶんこれは健康茶の一種なのだろうと推測する。味よりも効能を優先した結果なのだろう。良薬はなんとやらと、先人も言っていたではないか。


「初めて味わう飲み物ですが、なんというお茶ですか?」


 話の腰を折りたくはないが、次回の接触を避けるためには敵を知らないままにはしておけないのだ。


「こちらはツユクサという夏場によく飲まれるお茶です。魔素のめぐりが良くなり、疲れが取れると言われております。それにお食事前ですから、胃腸の働きが良くなる効果があるものをご用意いたしました」


 ツユクサ? 露草ではないよね。初夏の数週間のみ採れるので、季節限定のフレッシュで貴重なお茶だと教えてくれた。つまり時期を逃すと乾燥させた、効能の落ちた茶葉しかない。結果お高いと……。

 メイドさんは説明を終えると一礼して退室してしまった。目の保養が去ってしまって私は悲しい。これから聞かされる話が面倒じゃないわけがないんだもんなぁ。


「すみません、レオナルド様。続きをお願いします」


 領主の指示で、補佐官のマルシオさんが報告書をめくりながら説明する。それをレオナルド様ご自身が補足してくれるので、適当に聞いていた話がより詳しく理解できた。


 ます鼻水少女セリアの父親のことだが、『あんな犯罪商会に勤めていたくらいだから、どうせろくでもないんでしょ。下っ端で汚れ仕事を押しつけられてんじゃないの』そんなふうに思っていたら、なかなかのポストに就いていたようだ。

 商人の親族ではなかったようだが発言権は十分持っていて、娘であるセリアもしょっちゅう店を訪れていたようだ。会社で例えると部長クラスに近いと思う。

 その父親が子どもの養育問題だけでなく勤め先の商会の事件でも連行されたために、親戚はセリアを預かることを拒否したようだ。


「こういう時、孤児院で預かれないんですか」


「彼女は子どもですが、暴力的な行動が見られましたからね」


 たしかに孤児院に牢屋や独房があるのはおかしいか。そこまで敷地が大きくないし、子どもたちの視界に入っちゃうからね。ただ、事情がある父子や母子を保護することはあるようだ。例えば親が未成年で、誰の保護も受けられなくなったときなどだそうだ。


「孤児たちのように、子どもが十五歳になるまでいられるんですか?」


「いえ、十歳までですね。十歳になれば子どもも収入が得られますし、その前に貴族のご夫人方が支援してくださいますからね」


 奉仕活動というか慈善事業で、就職支援などがなされるらしい。それにコンバは国に二つしかないダンジョン都市だから、雇用はほかの街よりも多いらしい。真面目に働きさえすれば、衣食住にはさほど困らない暮らしができるのだ。子どもたちを保護した東側のスラムっぽい場所には、あの商会に騙された被害者もいたけれど、酒浸りになったり働くのが嫌になったりした人が多いようだ。

 ちなみに怪我や病気で働けなくなっても、所属するギルドや商会、工房から補償金がでるらしい。

 私もハンターギルドに加入しているが、手数料として収めている金額から保険料が徴収されているという。説明がなかったのは悲しいが、どこの町村でも習う常識らしく、前世の記憶を必ず持つと言われる管理者が知らないとは思わなかったようだ。私がたまたま転入者だったからしょうがないね。


「そうするとセリアはどうなるんでしょうか?」


 セリアの親戚たちは、この街にいるのは肩身がせまいだろうと、隣の村にある祖父母の家で暮らすことを提案したそうだ。その判断は見捨てたというよりは常識的で、問題はないと私は思う。

 しかしセリアは、田舎に追いやられてはますます王都行きから遠のいてしまうし、頼りの友人にも連絡が取れなくなったので、今回の神殿への突撃訪問を思いついたようだ。セリアはお湯をかけたことをなかったことにするつもりで、パウラちゃんに自分でお湯を被ったと騎士に証言させようとした。パウラちゃんのやけどは自分とは関係がなく、無罪だから元の家で暮らそうと思ったと白状したとのことだ。

 パウラちゃんは顔を隠して生きるだろうから自分の立場を(おびや)かすことはないし、また自分の召使いのように暮せばいいと思ったと。まわりのひとたちはいつも自分の味方でいてくれると疑っていなかったから、こんな杜撰で計画とも言えない思いつきの行動を起こしてしまったようだ。

 そして性悪にゃんこが頼った友だちというのが領主館にいた窃盗娘である。父親が勤めているからだけでなく、友だちがいるから店に通っていて、一緒に遊び歩いたり盗んだものをシェアしたりしていたようだ。

 商会の関係者は片っ端から騎士たちに連行されたし、本人は窃盗で捕まったので、連絡なんてつくわけがない。


「セリアは祖父母のところに送られますよ」

「でも素直に行きますかね? 王都行きにこだわっていたようですし」

「まぁ、彼女も騙されていたと知ったので、おとなしくなるでしょうね」


 まだ何があるのかと半眼でマルシオさんを見つめると、彼はため息をつくように説明を続けてくれた。

 セリアは珍しい白猫の獣人で、しかも獣頭なので更に稀少だ。商会では窃盗娘を通して、王都で暮らすことを勧めていたらしい。理由はクズが考えそうなことだった。つまり夜の店に売り払おうと画策していたのだ。この街では父親が邪魔だから、お姫様のような暮らしができるからと、父親から離そうとしていたらしい。

 聞けばその王都の店は、日本で言えばラウンジや高級クラブみたいな雰囲気だった。にゃんこカフェならまだ健全な気がするが、お酒を提供する場に未成年を就職させるなんて悪意しか感じない。


「ですから先程の騎士ともうひとりが、責任を持って村まで送り届けますよ」

「あー、あの人ね」


 昔なにかの本で、指示がなければ働けない者と自分の考えで働く者、愚か者の場合は前者のほうがましだと読んだことがあった。前者は指示どおりにしか動かないが余計な問題を起こさず、上司も仕事の進捗状況を把握しやすいらしい。

 後者は自分の判断で行動するため、会社に不利益をもたらす言動をする恐れがある。本人は善かれと思ってやるからか、注意をすると逆ギレするタイプだ。

 賢い者は後者のほうが最善の結果のために仕事をするから作業効率があがり、それによって会社にも利益があるのだと書いてあった。

 あの騎士は行動力がある愚か者タイプだと思う。


 私が前世で働いていた職場でも、顧客によく思われたいからか、過度なサービスをしちゃう職員がいた。その担当者から引き継ぐと、顧客からサービス低下のクレームが入ることが繰り返される。注意をするといじめられたと受けとるので、みんな必要以上に関わらないようにしていたっけ。上司も野放しにしていたから、誰にも止められなかった。

 だからか、トラブルを起こしてもフォローしてくれる人がいなくて、結局自己都合で退職した。あのときに、団体行動を乱す人間は敵をつくりやすいと学んだよなぁ。


「フォローというか監視者? なんですかね。どちらにせよ、あの人ひとりに任せるのはちょっと心配ですよね」


 正義感の空回りって感じなんだよな。でも、すぐに挽回のチャンスがもらえたんだから、そんなに問題行動があったわけではないのかも?

 そんなことより、祖父母がどれくらいの年齢が知らないけれど、あまり負担にならなきゃいいけどね。


「この国には未成年の犯罪者を収容する施設はないんですか?」

「十五までの子どもは、両親、または親族が責任を持って矯正しますね。管理者様の故郷では、未成年でも服役するのですか?」


 キリッとした顔のマルシオさんが、質問を返してきた。この国には、いわゆる刑務所と呼ばれる施設がないらしい。軽犯罪者は鉱夫や土木作業員として働き、重犯罪者は……魔素に還るとだけ言っておこうか。


「不勉強で恥ずかしいのですが、故郷では、十四歳未満は罪に問わなかったはずなんです。でも更生を目的とした施設があったと思います」


 すまないな、少年法に詳しくなくて。少年院と保護司のことをわかる範囲で説明しておいた。


「そういえば、貴族の場合はどうなんですか。ドロレスたちは幽閉でしたよね」

「幽閉とは、一族で更生するまで閉じ込めておくように。という意味でな」


 うん、あれだな。ある程度期間をおいたら表向きは病気で亡くなったとかで、毒杯を賜るってやつか。


「ですが、寿命まで生きるという管理者の宣言があります」


 はい、はい。たしかに言ったね。不快だったから皮肉を込めたんだよ。レアンドラさんたちに関わらないなら、別に早死したところで私にはどうでもいいことだが。


「そうか。だが、あれらは死ぬまで僻地に閉じ込められるであろうな」


 ドロレスは南東の鉱山へと送られ、その一角に隔離される。鉱員として鉱石を掘るわけではなく、鉱員たちの食事や水の運搬や洗濯などを手伝うらしい。マルシオさんは濁していたが、たぶん夜のお世話をすることになるんだろうな。犯罪者といえども無理やりだと強姦罪だが、合意の上でなら構わないらしい。その生活を管理するドロレスの親族が、賠償金を稼がせるためにどんな判断をするのかは、こちらが知らなくてもいいだろう。

 侍女は名前すら忘れたが、南西のアセデラ領の塩田で働くようだ。塩作りも重労働でキツイ職場らしいが、彼女たちが真面目に働けるのか、まったく想像ができないよ。


「…………まあ、南の灼熱地獄を味わえと言ったのは私ですからね」


 すまないな、オルランド(ご領主)様。わざとではないが、面倒な仕事を増やしてしまったか。

 アセデラにはエメリコさんのご飯を食べに行く予定だから、そのときにマルマトウをたくさん献上しておこう。


「すみません。脱線させてしまいました」

「ダッセン?」


 レオナルド様もマルシオさんも、不思議そうな顔をしている。


「あー。話の腰を折ってしまい、申し訳ないです」


 線路がないから脱線じゃ通じないか。微妙に通じなかったり、何かに置き換えられたのか、問題なく翻訳されたりするから、私の言語魔術もまだまだだよなぁ。改良の余地があるのはわかるんだけど、どこをどうしたらいいかが不明なんだよね。

 もうお腹がいっぱいだよとうんざりしながら領主様の話を聞いていると、追加の情報が入った。余罪を調査中の商人の口から、腕のいい職人を閉じこめて仕事をさせていた旨を伝えられたようだが、その職人とはなんとチュイとチャロの父親だと判明したのだ。


「えっ、たしか両親とも罰を与えられたんですよね? 父親って被害者なの!?」


 両親とも拘束されたって聞いたけど? チュイの怪我を確認した騎士が、あまりのことにブチ切れてたって言っていたよね。


「拘束された男は父親ではなく後妻の恋人だったようだ」


 夫とご近所さんの目を盗んで継子を虐待したうえ、浮気までしてたってこと?

 調べによると父親のつくる装飾品は銀線細工のような繊細さで、貴族にも人気の品だったために例の商会が取り込みたがっていたが、子どもたちがまだ小さいからと断っていたという。

 最近までは断れない仕事を依頼されるだけだったのが、ひと月ほど前に大仕事を任せられて泊まり込みになったと、虐待妻がご近所さんたちに誇らしそうに話していたと調べがついていた。


 どういうことかと言うと、夫が忙しいうちは子どもたちは寝てしまったと誤魔化せていたものの、ある日、子どもたちが逃げ出してしまった。これが二週間ほど前の話だ。このままでは騎士団の詰め所に捜索願いが出され、すべてが露見してしまう。それならばと愚かな妻が考えた対策は、夫を商人に売り渡すことだった。

 妻は夫が商人に監禁されていることを街の人たちに悟らせない代わりに、倹約すれば一年は暮らせるほどの金額を手に入れたのだ。


「もともとふたりを縁付かせたのは商会の人間だったようだな」

「再婚は一年くらい前でしたよね? まさかその頃から企んでいたんですか」


 自分になつかない子どもに仕事で忙しい夫。夫の稼ぎはいいので財布に余裕ができたのだろうか。妻は浮気をするようになってしまった。チュイとチャロが逃げ出すと、それを誤魔化すために嘘を重ねたのだ。

 そして父親は、亡き妻の忘れ形見である可愛い息子たちが、貴族にケガを負わせたと賠償金を求められたのである。その貴族とやらがレアンドラさんを襲ったドロレスの実家である。これは商会の口裏合わせに協力したと自供済みで、そんな事実はなかったことがわかっている。

 だが多額の賠償金が必要だと思った父親は、奴隷並みの条件で商会での仕事を引き受けることを選んでしまったようだ。


「父親も騎士団に確認したらよかったのですがね」

「よほど慌てていたか、脅されたのだろうな」


 貴族から怒鳴りこみに来られたら、それに逆らうのは難しいと思う。父親は子どもたちの無事を確認することもできずに、商会が摘発されるまで搾取されていたようだ。私が真夜中にこっそり侵入した商家の地下で発見した人たちの中に、チャロたちの父親もいたようなのだ。

 父親は騎士たちに保護されてすぐに我が子の無事を確認し、孤児院で保護されていることを知った。義母は虐待の実行犯だが、偽物の父親は監督不行き届きで罰金だけで開放されていたから、浮気男はすでにこの街を離れたらしい。

 その男と父親の姿が異なっているため、確認した結果わかったようだ。


 浮気男の名前は調べなかったのか? そう思ったが、渋い表情の領主とその補佐官に、これ以上は聞かなくてもいいなと、アリは口を閉じるという賢い判断をした。

 なんてことに首を突っ込んじゃったんだろうな。ここ数日で起きたことがドミノ倒しのように我が身に降りかかっているじゃないか。

 ちょっと待ってよ! わんこそばだって器に麺がなくなってからつぎ足すよね。なんだってこっちが咀嚼(そしゃく)途中なのに、おかわりラッシュがくるのさ。私の器はそれなりなんだから、こんなに続いても対応しきれないよ。

 許容範囲をこえた面倒ごとに眉間を押さえて目を閉じると、ぐったりとソファーの背もたれに身体を預けた。




「ところでアリよ、まだ四色の森の果物を所持していると聞いたのだが、保護したコゾウに少しばかり分けてもらえぬか?」

「コゾウ?」


 小僧か仔象なのか? いやどちらにしても翻訳魔術を掛けているんだから、意味が不明とかおかしいよね。


「件の商会から捕獲されたコゾウが一匹見つかってな。だが食事が合わなかったのか、だいぶ弱っておるのだよ」


 一匹ってことは小型の生き物だよな? そして翻訳がうまくいかないってことは地球には存在しないってことだろうね。


「我が家のコゾウも心配して付きっきりでの」


 ご領主様のコゾウが商会のコゾウを心配している? つまり知能が高めの生き物ということなのか。

 いまの時期コゾウが好む果実は少ないわけではないようだが、弱った身体にはダンジョン深くか、四色の森の果実の方が滋養に富んでいるらしい。


「果実はたくさんあるので分けることは構いませんよ」


 柑橘系の果実は種類が豊富だが、酸味が苦手な子だったらしく食事量がなかなか増えないため心配だという。案内された部屋は程よく明かりを落とされ、小さなベッドが置かれていた。

 コゾウは見た目が象のようだが、完全に二足歩行の生き物だった。

 体長は四十センチ程で、一見ムッチリした幼児体型であるが頭はまごうことなくゾウさんである。

 リアルな象というよりもかわいらしいぬいぐるみに近いのは、ご領主様か奥様の趣味なのか、小花を刺繍した膝丈のワンピースを着ているのも原因のひとつと思われた。


 コゾウは私に驚き、しゃがもうとして後ろ側にコロリと倒れてしまい、仰向けに転がった。そしてそのまま短い腕を頭に伸ばして、シクシクと泣き始めた。大きめの耳がパタパタと忙しなく動いているが、メソメソしている生き物の前では不用意に動くこともできない。

 物を掴むことができそうにない短い指には、やはり短い爪がついていて、なるほど確かに象に近い生き物のようだ。しかし鼻の長さは胸のあたりまでたから、象と同じ動きはできそうにない。


 ゴゾウは魔生物ではなく、繁殖して増える生き物だった。森の妖精と呼ばれるほど滅多に会うことがないらしいがとにかくどんくさく、群れからはぐれてしまう個体が年に数匹程度だが保護されることがあるという。

 領主様のコゾウはコンバの街の北側にある森に近い農家のブルーベリーの繁みで、必死に鼻を伸ばして実をもごうとしているところを発見されたらしい。

 群れの仲間は全員揃っているかの確認をしないまま、その子を置いて移動したらしく、枝をかき分けた跡がいくつも残されていたのだという。もちろん届く範囲の実は食べられてしまったようだ。

 困った農家のおかみさんが町長に相談し、巡り巡って領主のところまで届けられたこのコゾウを、領主夫人はいたく可愛がっているようだ。しかし、さすがに靴は履かせていないし、めくれたスカートの中身はノーパンだった。


「まぁ、お近づきの印にリンゴでも食べる?」


 コゾウはチョロくも、鞄から出したリンゴを視界にいれたとたんに、こちらに両前脚を伸ばして、『ちょうだい』とでも言うかのように小首をかしげ、期待に満ちた目で見つめてきた。


「キミねぇ……。いまどきお菓子で誘拐される子どもなんか存在しないのに……」


 私が持つリンゴを貰えると疑っていないところがバカ可愛い。

 渡すついでに前肢を握り、すかさず頭をナデナデすると、なんだか以前にどこかで触ったことがある感触だった。


「これは! あれだよ、シリコンパフのぷよぷよ感に激似だね!」


 しばし思考の海に沈んでいたが、日本海溝くらいで思い出すことができた。これはジェルパフとも呼ばれていたメイク道具で、毎朝お世話になっていたあの感触にいちばん近いと思う。

 うぶ毛は見当たらないけれど、まつ毛はあるんだな。鼻毛があるのか確認したいけど、この鼻を握ったら嫌がられはしまいか。


 コゾウは『パヨン、パリョーン』と壊れたおもちゃのラッパのような鳴き声でなにかを訴えているが、残念ながら私にはサッパリ理解ができなかった。

 一個では足りないか病気の子の分も欲しいのだと推察し、鞄からバナナもどきのウリを取り出して渡す。コゾウは嬉しそうに受け取ると、大きさと重さに耐えられずに、またもや後ろへ転がった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました

ブクマ、評価、いいねで応援してくださった皆さまにも感謝しています


誤字報告してくださった方、ありがとうございました。こちらも気をつけているのですが、発見の際はご報告いただけると、とても助かります

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