彼女は傷薬を手に入れた
調合の話がでますがフィクションです。真似をなさらないようお願いいたします。
虫がでますが名前だけです。苦手な方はご注意下さい。
今日は、脛まであるレギパンみたいな焦げ茶色のズボンに、草色の長袖チュニックを着て革のミドルブーツを履いた。
よく見ると靴下のサイドにも小さなリボンが付いていた。
ウィルフレドが準備した服には明るい色もあるのだが、アリが選ぶのは実用一辺倒である。
髪や瞳の色も相まって地味さに磨きがかかっている。可愛らしさも埋没している。
いまの服装など外の木々と一緒ではないか、擬態のつもりだろうか。
ちなみにアリは家の中ではつま先のないサンダルを履いている。少しサイズは大きいのだが水虫は怖い。時間があるときに水虫薬があるか教本を調べてみよう。
さっそく畑仕事を開始する。まずは物置小屋に行き木製のバケツと柄杓をつかんだ。ジョウロがなかったから、柄杓で水を撒くのだ。
バケツを持って川に着くと、今日も魚の鱗が光を受けてキラキラしている。
アリはそっとバケツを沈めると素早くすくった。魚は……うん、入ってない。
三度同じことを繰り返したあと、アリはバケツで魚を捕るのを諦めて水を汲んだ。
七分目以上水を入れると重くて持てなかったので、すべての植物に撒き終えるまでには、畑と川を六往復することになってしまった。
畑には六本の畝に生えている草と、七株ある猫草のような葉を持つ真っ赤な薬草と、三本の透明感のある緑の枝に白い葉を持つ樹木が植えられていた。
「ウィルフレド様は男の人だから、三往復くらいですんだのかな?」
アリは痛む両腕を擦りながらプリ先生に聞いた。
「ウィルフレドは魔術で撒いてたから、川から汲んだりしなかったわよ」
プリ先生が羽で雑草を指しながら言う。
「えぇー、いいなぁ魔術。私も使いたい」
アリはその雑草をひっこ抜いた。
「魔術は十歳からよ」
プリ先生は作業を見守っている。
「じゃあ、使ってるところを見てみたい」
アリは抜いた雑草の根のあたりから出てきた、ミミズのような生き物にそっと土を被せながら除草を続けた。
「管理者見習いの一年は森から出られないから無理ね」
ふわモコの羽毛団子は無情である。だが肩に止まっていると頬に羽毛が当たるので、癒しにはなるな。
アリは前世モフモフした生き物が好きだったが、犬にブラシをかければ発作を起こし、猫を抱けば湿疹が出た。
アレルギー持ちだったから、犬くんも外犬だった。愛犬も恐がるような重装備(マスク、ゴーグル、手袋着用)でなければ、愛でることができなかったのである。
アリはまだ気がついていないが、転生した影響で動物アレルギーは消えている。魔生物といえども羽根は落ちるし毛も抜けるのだ。
それが自分になんの被害ももたらさないと気がついたとき、プリ先生はおにぎりのように撫でくり回されることだろう。
いまはプリ先生が自主的に肩に止まってくれるだけで、幸せを感じているアリなのであった。
さて手を洗ってうがいをしたらご飯の時間だな。
昨日と同じメニューなんだけど、労働のあとの食事はおいしさが倍増するね。戸棚のパンはほんの少しだけパサついていたが、アリはスープに浸して食べた。
朝のパンは二つとも昼のために残しておく。
昨日残したパンは貯蔵庫にしまえばよかったのだが、わざわざ地下に行くのは面倒だ。たいした距離でもないが、基本的にアリは怠惰であった。
今朝はプリ先生は向かい側でお茶を飲んでいる。飲みたい気分なのだろう。
この食事が何日も続くとさすがに飽きるかな。今日は畑の植物を調べて、調味料になりそうなものを探してみよう。
胡椒や唐辛子、パセリのようなものがあれば、味に変化をつけられそうだ。
真っ赤な猫草や白い葉(ラムズイヤーのように毛が生えたふわふわした葉だった)を食べたいとは思わないが、畝に植えてあるのは普通の野菜に見えた。
勉強の合間にすることも決まり、アリのやる気は上昇した。食事を終えて少し休んだら、午前は薬の調合をしてみよう。
調合部屋に入ったアリは上巻の教本を開いた。中と下巻は調合に魔術を使うので、読むのは十歳からだ。
上巻の一ページ目を読むと、最初に作るのは傷薬だった。
・傷薬(塗布薬)……オトギリソウ薬
乾燥させ粗めに刻んだオトギリソウを、一に対して二十の分量の水で半量になるまで煎じる。
注意 鍋は土鍋を使い鉄鍋は使用しないこと。沸騰した後は弱火にし、煮詰めすぎないこと。
「やっぱり一番始めは簡単なものからなんだね。オトギリソウって聞いたことがあるよ。怖いゲームの名前だったよ」
アリはゲームの名前の由来を知らなかった。偶然の一致だと思っているので、地球の植物と被っていることに気がつくことはなかった。
「アリ、さっそく採取に行くわよ」
プリ先生がオトギリソウの採取を促した。
「プリ先生、森に行くなら何か武器がいるんじゃないの?」
プリ先生は首を傾げてから、物置小屋に草刈り鎌があるはずだと教えてくれた。
さっそく裏口から物置小屋に向かうと、ごちゃごちゃした棚から草刈り鎌を見つけた。錆びても欠けてもいないので、すぐに使うことができそうだ。
そしていったん家に戻ると、今度は正面玄関から外に出た。
「先生、防御力が不安です」
そういうアリにプリ先生が羽で指し示した先には、黄色い小さな花が咲いたアリの膝上から腹部ほどの背丈の草が、あちらこちらに生えていた。
現在地は玄関、指し示めされた場所はニ十メートルも離れていない。
武器として握った鎌は、本来の目的である草を刈るために使用された。
採取した薬草は乾燥させる必要があるため、すぐには使えない。
アリは一握りずつ束ねては麻紐でくくり、風通しのいい日陰に吊り下げた。
家に戻って地下に降りたアリは、貯蔵庫の棚で一抱えもある乾燥したオトギリソウを発見した。
ウィルフレド様が練習に使うだろうと、たくさん用意していてくれたらしい。
これを使ってさっそく調合してみよう。
アリは乾燥したオトギリソウを抱えて調合部屋に戻ると、作業台の上にそれを置いた。
棚から裁断機と土鍋、カセットコンロのような魔道具を取り出すと、これらも作業台に置く。
裁断機でザクザクと粗めにオトギリソウを刻むと、計量器の上に置いて重さをはかる。オトギリソウはかなりの量があるので、一度では無理だと思い三回に分けて煮詰めることにした。
魔道具に土鍋をセットしてオトギリソウを入れると、その二十倍の水を流し入れた。
アリは魔石に触れて火をつけると、沸騰するまでオトギリソウを刻む作業に戻った。
水が沸騰し始めると焦げないように弱火にして、木べらでゆっくりと注意深くかき回した。
だんだん煮詰まっていき、半分くらいになったところで火を止めた。あとは自然に冷めるのを待つだけだ。
そのあいだに使った道具を洗って片づけると、地下の貯蔵庫から空の小瓶を五十本ほど運んできた。
大きめのボウルと濾すための粗い布、そしてザル、瓶に詰めるときに使う漏斗を用意しておいた。
こぼしたときに拭くための台ふきも忘れていない。
「アリ、そろそろ冷めてちょうどいい頃よ」
先生が教えてくれたので、アリはボウルにザルをのせその上に布を敷いた。そして冷めた煎じ薬をボウルに少しずつ流していった。
あまり入れすぎないようにしてザルを持ち上げると、ボウルにはむぎ茶のような色をした液体が入っていた。
それを漏斗を使って小瓶に詰めていく。何度も繰り返しているうちに腕は痛むし、肩は凝ってきた。
そしてようやく最後のひと瓶に詰め終わると、アリは思わず安堵のため息をついてしまった。
「テレッテッテレー。アリは傷薬を手に入れた!」
作業を無事終えてご機嫌なアリ。
「ハイハイ。ラベルに薬の名前、作った日付、あとアンタの名前を書いて瓶に貼りなさい」
ラベルが青いのは青の森の素材で作っているからだ。
「出来たらさっさと貯蔵庫にしまってきなさいよ」
さすがプリ先生、アリがうかれていても通常運転だ。
だが先生よ、アリはこの世界に来てまだ二日目だ。カレンダーを見たことがなかったので、今日の日付など知る由もなかった。