わかっているつもりでも意外と自分のことは見えていない
「それにしても妹の顔に熱湯をかけるだなんて、一体どんな気分なの? ほんと、いい性格してるよね。セリアっていうんだっけ? 犯罪者がふらふら出歩いてて許されるわけぇ?」
まずは先制攻撃だ。大人が言わないことも、見た目が子どもなんだからと開き直って指摘してやるんだぜ!
「ひどいにゃ! パウラはリアがやったってウソをついてるにゃ。悲しいのにゃ。ズビィ」
白いにゃんこが大げさに顔を覆って、鼻をすすりながら泣きマネをしている。チラチラと大人の様子をうかがっているところを見ると、なにか目的があってここに居座っている気配がするんだよなぁ。
このくらいの子どもが保身のために嘘をつくのはありがちだけど、わざわざパウラちゃんに会いに来る必要はないよね。
そしてそこの騎士よ、そんなに心配そうな顔をして、腹黒にゃんこを見守っているんじゃない。
そんなことだと、給料があがった途端に蛇蔦女に目をつけられて、あっという間にケツの毛まで毟られるぞ。
「えぇっ! それは騎士たちが無能で嘘つきの集まりだって言ってるの? それに私は嘘は言ってないから、べつに酷くはなくない? それよりも汚いから鼻はかんだらいいんじゃないの? 鼻紙くらい無いならあげるけど?」
紙がないならと、セマフォロの葉を二、三枚渡しながらさらに煽ってみた。事情聴取のときは、自分がやったと自供したんじゃないか。いまさら何を言っているのかわからないね。ダル絡みも自分がされたら不快だけど、いまはやむを得ないのだよ。
「管理者様、人を貶める発言は控えた方が良いのではないでしょうか?」
騎士があわててかばう素振りをみせるけど、それは嘘つきに対してなのか、それとも汚いって言葉に反応しているのか? こちらを子ども扱いして、頭ごなしに叱ってこないところは評価するけれど、いま指摘することじゃないんだよなぁ。
マノリト様は落ち着いているね。私がしたいことに異論はないようだ。
「なんでにゃ? パウラって言ったにゃ」
セリアは紙を受け取るとゴソゴソと鼻に押し当てたが、涙も出ていなかったから話しを続けるようだ。
意外と図太いんだな、これが厚顔無恥ってやつなのか?
「あなたが妹に熱湯をかけたってことは、神殿に住んでいる子どもたちはみんな知ってるんだよ。騎士団で叱られて、親戚の家で謹慎処分になったんでしょ?」
取り調べのあとに、そういう処分になったことは聞いてるんだぞ。未成年だし被害者が家族だからか、罰はそんなに重くないんだよね。
「謹慎処分ですか? この子は妹の見舞いに来ただけなのですが……」
のんびりでうっかりな若手騎士め! 新任なのか状況判断が出来てないよ。せめて上司か同僚に相談してから行動しなさいよ。
「謹慎先から抜け出してくるなんて、全然反省してないんだね。まさかこの騎士様をだまして連れてきたの?」
「ちがうにゃ、リアは心配で! 心配だから来たんにゃ!」
よっぽど頭にきたのか立ち上がって抗議しているけど、かなりのチビッ子だった。これは実年齢より下に見られるわ。パウラちゃんのほうがしっかりしている分、お姉さんと思われても仕方がないくらいだよ。
そしてパウラちゃんの頭部にあまり被害がなかった理由もわかった。背が同じくらいだから、熱湯を頭から被せたんじゃないんだ。あれは正面から顔を狙って掛けられたやけどだったんだよ。
「心配? パウラちゃんの容態が? 私が見たところ。まぶたの水疱は治っても跡が残るだろうね。やけどのせいで顔の皮が剥けたんだよ。そこ以外はシミになって残るかもね。くちびるの上部はひきつれてるから、話す際には障害になるかも知れないな」
初見の状態なら後遺症はこんなものだろう。一番のメンタル的なところはこの子には教えてやらん。それにほんとうに心配なのは、自分のことなんでしょう?
「うわぁ、ヒドイにゃ。それじゃはずかしくて外には出られないにゃ」
はぁっ? この性悪にゃんこめ。座りなおして伏せた顔の口元が醜く歪んで、めっちゃブサイクになってるし。
大人からは死角になって見えていないだろうけど、こっちからはしっかり見えてるんだよ。
「お嬢ちゃん、そんなことを言ったらいけないよ。女の子が顔にケガをするなんて、可哀想じゃないか」
あ゛ぁ゛あ? なに言ってんのこの騎士は! 問題はそこじゃないだろ!
「まぁ、私の薬があれば元どおりになりますけど?」
お生憎様だけど治療はあらかた済ませました〜。心配なのは眉と生え際あたりに、毛がちゃんと生えてくるかどうかなんだけど、材料は把握しているから体毛を復活させる薬も作ればいいんです〜。
この体に引っ張られたのか、我ながらずいぶんと子どもじみた反応だ。生まれ変わったんだからしょうがないことなのか、判断がしにくいな。
「だからそんなに心配しなくても大丈夫だよ。青の森に住んでいる私が採取した薬草だからね。古い皮が剥ければゆで玉子みたいにツルツルお肌が復活するよ」
「なんでにゃ! そうにゃ、クスリのお代がはらえないにゃ」
「それはもちろんあなたに支払ってもらいますよ。酷いことをしたんだから当然でしょう? でもまだ未成年だから、父親と一緒に償っていくんじゃないのかな」
パウラちゃんのケガを治されたくないって気持ちを、まったく隠す気がないじゃないか。となりに座る騎士の顔を見てみなよ。顔全体で驚愕って感情を表しているよ。混乱した表情でセリアをみているが、なぜ上司に相談もせずに行動したんだろうね。親切心なのかもしれないけれど、組織に属しているのに独断で動くなんてやったらダメだろうに。
「にゃんで? リアのことがキライなのにゃ?」
えぇっ、なにを言ってるの? この子とはちっとも話しにならないし、そもそも都合の悪いことは聞いてないっぽいな。
人の話が聞けない子って小さいうちはよくいるけど、九歳ってどうなんだろう。前世的にはギリギリセーフな気もするけれど、ここでは五歳児でもナイフを使って狩りの手伝いをしている。
だから十歳の儀式まであと一年だという子が、お姫様になるなんていまだに言っていること自体、将来が見えていない夢見がちなお子さまとして馬鹿にされるのも当然のことなんだよね。
これまでのやりとりで無駄にイラついたのに、嫌いなのかと問われたことで忍耐の限界を突破したので、さっさと自供させようと強行手段に移すことにした。
「本当のことを話したくなるようにしてあげようね。じゃあ、まずは両手首を固定してね。そしてゆっくり両側に引っ張ってもらおうかな」
にゅるにゅると蔦のように魔素でできたロープが性悪白猫の両手首に絡みつくと、引きずるように立ち上がらせた。
「なんにゃ? イヤにゃ! きしさま助けてにゃ!」
「騎士様、そこから動いてはいけませんよ。この子には本当のことを話してもらうだけですからね。それに犯罪者を被害者のもとに連れてくるなんて、あなたはなにを考えているんですか。これ以上被害を拡げないで下さいね」
まあ、考えなくてもわかる。にゃんこが可愛かったんだろうな。私だって真っ白いにゃんこに助けを求められたらデレデレしちゃうし。
「さて、あなたの腕をこのまま両方から引っ張ったらどうなると思う? 両腕とも千切れるかな。それとも左腕と右腕、どちらかは体に残るかもしれないねぇ」
「イヤにゃ~。ころされるにゃ! 気持ち悪い目にゃ、マモノにゃ」
セリアがなにか叫んでいるけど知らん。騎士がフリーズしているのはまぁわかるけど、なんでマノリト様も目を見開いてこっちを凝視してるの?
「そうだなぁ。右か左か当たったなら、もう片方は千切らないであげてもいいよ」
「管理者様がそのような非道な行いをするとは……」
騎士は青ざめた顔で化け物にでも出くわしたかのように震えながらこちらを見ている。明らかに私の言動にドン引きしているようだ。
「イヤだなぁ。管理者がみんなの味方だなんて誰が言ったのさ。神様でも聖人でもないし、おっと! そういえば管理者は人ですらなかったね」
ニヤリと不気味さを強調して笑えば、魔素が室内の温度を数度下げて、みんなを震えあげさせた。
なんと魔素さんはアドリブまでもきくのかい。口に出さずとも望んだ効果をもたらしてくれるなんて、なんてできた魔素なんだろうね。
「さあ、痛い目にあいたくないなら、なんでパウラちゃんに熱湯をかけたのか言いなさい! 好きな男の子がパウラちゃんを好きだからってのは本当なの?」
「そんなことしてないにゃ、ほんとにゃ!」
「そっか、腕が千切れるよりも耳のほうが早いかもね。耳だけで体が持ちあがるのか試してみたいなぁ」
頭の上でピコピコと忙しなく動く三角形をじっと見つめると、セリアは自身の頭の上にある三角耳を横に伏せて叫びだした。
「やめるのにゃ、話すのにゃ。だいたいパウラが悪いにゃ。王都に行くのはリアにゃ。すいせんをことわらないのが悪いにゃ」
「急になんの話しをしてるの? 推薦?」
「パウラは成績も優秀ですし、普段から家事を手伝っているので寮生活も問題ないと、王都の学園へ進学を薦めたのですよ」
おぉ! マノリト様が説明してくれるんですね。
「この国には推薦なんてあるんですか?」
馬鹿にするわけではないんだけど、もっと弱肉強食な世界なのかと思っていたよ。
神殿の学校での勉強は読み書き計算のほか、十歳の儀式後に神官から魔術を習うこともできる。それに各分野で活躍したけどいまは引退している人が、職業訓練みたいなこともしているんだよね。例えば元騎士による剣術稽古とか、興行をやめた楽師が音楽指導なんかを無料でしてくれるんだ。老人たちは余暇活動が充実するし、頼りにされるので自己肯定感も得られる。
子どもたちはそこで興味がある仕事をいくつかに絞り込んでいて、十歳の儀式で魔素が廻るようになれば、自分が進むべき路を決めるんだ。
そこからは商業ギルドで師匠を斡旋してもらう。少しでも条件のいい職場、工房に就きたいから毎月上旬、というか魔素が定着する儀式後の二日や三日は、各ギルドが就活生でいっぱいになるようだ。
だから大抵の子どもは神殿で十分な知識が得られるし、就職することで働きながら専門的な技術を獲得できるのだ。
つまり王都の学園に行くのは、貴族の子ども、特に自領を治める嫡子は卒業が必須だし、そこでの人脈づくりも大切だ。国のお役人、騎士や魔術師は能力に応じてどんどん飛び級するから、在学中に就職が決まる場合もあるんだとか。
王都の学園で優秀な成績を残し本人が希望すると、パルマ国の神学校に進むことができる。神官は国を問わず超エリートなのだから、学生のうちに将来有望な配偶者を見つけたい人が男女を問わず多数いるのは当然だ。だからといって誰でも入学できるような敷居の低いところではないんだけどね。
「領主が費用をすべて負担する推薦入学は、どこの領でも行っていますね。卒業後にその領に戻って数年働くという条件があるものの、その後は自分の望む職に就くことが可能です」
「へぇー。奨学金制度みたいなものかな? 優秀な人材が自分の領に帰ってくるなら、先行投資と考えれば悪くはないですね。それは平民だけが対象なんですか?」
「貴族の子息子女は家庭教師から学ぶため、神殿の学校に通うことはほとんどないのですよ。学友も必要ですが嫡子には側近をつけるので、幼い頃から一緒に学ばせることも多いんです」
なるほど。貴族の場合、学園に進めるくらい利発な子どもは、将来の上司になる子と一緒に学べるのか。
それは正直、性格が合わないと一生が地獄だよなぁ。
それでも、領地がド田舎だったり貧乏だったりすると、我が子を領民とともに学ばせて、地域の繋がりを強くしようとする貴族がまれにいるらしい。
「ですがそれは少なくとも四年は先の話ですよ」
「はぁ? どういうことなんでしょうか?」
「どうもこうもパウラはまだ六歳ですよ。学園の入学は十二歳を過ぎないと認められていませんからね」
勉強も真面目に受けているし家事もしっかりと手伝う様子が見て取れるので、十歳の儀式が済んで本人が望むのならば、王都の学園へ推薦できそうだ。だから継続して頑張りましょうね、という話をしたらしい。
なぜそんなに早く話すのかと思ったら、金銭的な問題があるからだ。学園は全寮制だけど家族も一緒に引っ越すならそれなりの費用がかかる。勤め先を退職しても大丈夫なくらい貯蓄がないと、王都で再就職する前に生活できなくなってしまう。だからじっくり話し合い、貯蓄を増やすための時間が必要なのだ。
「で? なんで辞退させるために熱湯なんかかけたわけ? 行くとしても四年後の話じゃん」
話す気になったようだから腕を引っ張るのはやめて、ぐるぐる巻きにしてイスに座らせた。性悪白猫は反省しているというより不貞腐れているな。
「そんなこと知らにゃいにゃ! リアが王都に行くのにゃ。十歳の儀式は王都で受けるって決めてたのにゃ。王都でないと貴族になれないのにゃ。お金持ちはみんな王都の神殿に行くのにゃ」
たしかに私も王都の神殿で受けたけど、べつにたいしたことはしてないぞ。儀式中はただ座ってただけだし、ふわっと風が吹いてきただけで貴族になれるわけがない。それともあの後式典か祝賀会でも開かれたのか?
この子ってかなりおバカなのかな。九歳って小学三年生? 四年生くらいか? 自分がその頃どのくらい分別があったのかなんて、すっかり忘れちゃったなぁ。
「それにリアがかわいいからイジワルされたのにゃ。リアに重い水桶を運ばせようとしたにゃ。ナイフをムリに持たせようともしたにゃ。傷物になれば家からでにゃいで、ずっと働けばいいのにゃ」
傷物にしてやろうと思ったなんて、さらにケガをさせるって意味だったら、性悪にゃんこを簀巻きにして厩舎横の馬糞の山につき倒してたわ。
「家の手伝いって普通のことだよね? 水汲みは子どもの仕事でしょ」
一般家庭では親や成人に近い兄姉が朝市で買い物をするからね。安く買える肉や魚は基本的にとれたてが店に並ぶのだ。保冷できる設備にはお金がかかるから、氷の魔術が使えないと値段が加算されてしまう。前の世界でのスーパーマーケットで切り身を買うっていうのは、こちらではかなり裕福なご家庭でしか実現しないんだよね。
そのあいだに下の子が水を汲んだり、畑から朝食分を収穫したりっていうのは当たり前だって子どもたちが言っていたよ。
「結局なにしに来たのさ。王都に行きたきゃマジメに勉強したらよかったのに。とりあえず父親と一緒の拘置所で引き取ってもらおうか」
私はこのあとメルと話して、レアンドラさんに荷物を届けるんだから、これ以上ムダに時間を使いたくないな。
「エルバさーん、もう連れてってもらえますかぁ〜」
扉の外に待機しているであろう魔術師に、こんどは遠話魔術を使わずに呼びかけた。
「ええ、もちろんです。さあ、詳しくはこちらで調書を取りますからね。そちらの騎士も連れていきなさい」
すでに神殿に到着していたエルバさんは、室内の状況を確認するとすばやく部下に命じた。
そりゃあチクるよね。神官長様にも入室した際に遠話魔術でこっそり許可をもらっておいたんだ。
謹慎処分を受けた子どもが、神殿に押しかけてますよって、エルバさんに通報した。ついでに規律違反っぽい騎士がムチャ言ってますぜとタレ込んでやったのだ。
マノリト様が口出しせずに私に任せてくれたのも、説明済みだったからなのだ。でなければ、さすがに拷問まがいのことは止めただろう。
そして新たにわかったことがひとつ。私の目は魔素に反応するらしい。普段はぱっとしない灰色の瞳は、こちらの人にはシルバーグレーに見えていると知った。それがイラッとした感情がのっているとき、火花が散るように光っていたのだという。
マノリト様の説明によれば、始めは透き通るような白銀の瞳がキラキラと光り、セリアの両腕を固定して吊り上げようとした頃には、稲妻が走るように金色の線が増えていたらしい。
ルチルクォーツのように美しかったとマノリト様は仰ったけれど、私としては『線香花火の逆再生かな?』といっだ印象だ。もちろん線香花火がわかる人はいなかった。
「領主館でビンタしたときも光ってたのかなぁ」
フードを被っていたから、誰にも気づかれなかったのかな。鏡を見ながら魔術を使ったりしないから、そんなふうに人体改造をされていたなんて、わかるわけないよ。
結果、セリアはやってきた騎士たちに連行されて、拘置されている父親のもとへと送り届けられることになった。
そしてセリアに付き添っていた残念な騎士は、同僚に促されるとガックリと頭を落として退室したから、きっと上司にこっ酷く叱責されることだろう。どれくらいのペナルティがかせられるのかは不明だが、警らのペアを組んでいた同僚も、報告せずにひとりが欠けた体制で担当地区を廻っていた件で罰せられるんだとか。
そしていま、なぜか私は領主館に来ている。だから『ここもきょうは四度目だな』と遠い目になるのも致し方なしなのである。