枝豆を探して三千間(けん)。かかった時間は一時間くらいでした
「まいったな~。大豆農家ってこの街の近くにいるのかな」
あわてて逃げてきちゃったけど、このまま放っておくには後味が悪いからなぁ。
レオナルド様が食べる分がないのはマズイよね。『枝豆普及し隊』の隊長としては、これ以上ない後ろ楯を得られるチャンスを逃すわけにはいかないな。
「やれやれ、これは参ったね。久しぶりの枝豆の魅力にアッサリと屈してしまったよ。味見のつもりで完食するとは思わなかったわ~」
大豆を家畜のエサにしているなら管轄は商業ギルドだろうか? 貴族や商人、ハンターなどの馬車を持っている人が、定期的にエサである大豆を購入するはずだ。
それに騎士団でもカヴァリオだけではなく普通の馬も飼っているようだから、決まった仕入れ先があるに違いない。
国が大豆をまとめて買って、それぞれの騎士団の厩舎に配分している可能性もあるだろう。その場合、騎士団では大豆の生産地を把握していないかも知れないから、商業ギルドに訊きに行くのが近道だろう。
いちばん早いのは、エウリコさんから仕入れた場所を教えてもらうことだけど、さすがに手ぶらであの場に戻るのは気まずいよなぁ。
「よし、商業ギルドに行こう」
ブツブツと独り言をつぶやきながら足は街の中央に向かっていたが、明確な目的ができたことで歩くスピードが格段に上がる。
きっと商業ギルドは混雑しているよね。この街でいちばん大きい商家を潰しちゃったし、その商家の娘で盗癖がある女性を、領主館での仕事に推薦しているからね。
弱味を握られていたか賄賂を渡されていたかは不明だけど、きょうも騎士団の調査が入っているに違いないよ。
それでもギルドが休みになることはないと思うから、生産している場所を訊くくらいな答えてもらえるんじゃないだろうか?
「う~ん。商業ギルドの職員からは恨まれていないと思いたいよ」
ハンターギルドとおなじ通りにある商業ギルドでは、案の定、入り口付近に騎士たちの姿が確認できた。見覚えのある人はいないようなので、あいさつは軽く頭を下げるていどで奥へと進んだ。
結果を言えば大豆を生産している村が、コンバの街から北東に六キロも離れていないところにあった。なのでさっさと行って枝豆をわけてもらおうと思う。めっちゃ近いから、私が本気で走れば往復と買い物をしても一時間はかからないだろうね。
あとは北に十数キロ離れた町でも作っているようだが、今回は近い方に行ってみよう。
「村で枝豆が買えなかったら町に行けばいいか」
受付にいた女性職員は、とくに怪しむわけでもなく私に情報を与えてくれたので、トラブルなしで枝豆を購入することができそうだ。
「メルたちのところにも顔を出さないとな~」
東門に向かって歩けばその先にある神殿のことを思い出したが、訪問するのは枝豆を買ってエウリコさんに届けたあとにしよう。
いまはちょっと忙しいから仕方がないよね。
コンバを出てその村に向かった私は予定どおりとはいかなかったが、それでも二十分足らずで目的地に到着した。
「ちっか! めっちゃ近いな~」
ここ数日、異常とも言える距離を走って移動している私にとって、五、六キロの距離なんて近所のコンビニへ行くようなものだ。
まぁ前世では、三百メートル離れたコンビニに行くにも車を使っていたんだけれど……。
思わずブーツの裏を確認してみたけれど、靴底がすり減ったようには見えなかった。
ここまでの街道は荷馬車なとで踏み固められたのか土のままで、雑草がちらほら生えているがとくに整備されているようすがなかった。
転生してからアスファルトで舗装された道を見たことがなかったけれど、ここには存在しないんだろうか? アスファルトが何でできているのかまったく知識がないから、街道整備で役に立つことはできないな。
見たところ石畳が最上級の道で、草をかき分けて進む獣道も珍しくはないんだよね。
それに砂利道にもまだ出会ったことがないんだよ。わざわざ敷いたりしないってことなんだろうか?
水たまりやぬかるむようなところは砂利道っていう先入観があったけれど、この国ではほかの解決方法があるのかな。
「管理者さんよ、助かったぜ。とにかく村に入ろうや」
野太いおっさんの声に思考を中断されたので、ハッと我に返ると体育座りから立ちあがった。そして荷物が積まれた荷台から飛び降りると、鞄から個人カードを取り出して門番に提示する。
御者台に座って振り返っているおっさんは、半袖のチュニックから出ている腕や顔が小麦色に日焼けしている。笑うと歯の白さが目立っているがイケメンスマイルのキラーンと光るのとは違って、どうにも憎めない感じの純朴な微笑みだ。
背の高い無口な青年の方はさっさと門をくぐると、御者台から降りて村の奥へ去ってしまった。
この村まで予定どおりに着かなかったのは、途中でこの人たちと遭遇してしまったからなのだ。
コンバの街から目的の村まではゆるい上り坂で、丘の上までそれが続いていた。急な坂なら心がまえができるが、なだらかな坂道は無意識に体力を奪われる。
常時魔素に頼っている私には関係のない話だが、荷馬車をひく馬にとっては長い上り坂はつらかったようだ。
偶然にも領主館に枝豆を納めた二人が、ついでに購入した荷物を積んで村へと帰るところにかち合ってしまった。
時刻は一日でいちばん暑い十四時ちかくで、馬は木陰で休憩中だった。
おっさんたちが言うには、一頭立ての荷馬車だからのんびりと進めていたらしい。
さっさと追い越してしまいたかったのだが、馬は喉が乾いているのか道草を食っていて、しばらくは歩き出しそうになく、困っている二人を無視することができなかったのである。
「あ~。やっぱり水は飲みたいよね」
魔素で作った水桶にザバザバと水を入れると、頭を突っ込むようにして水を飲みはじめた馬の胴を、私はいまがチャンスとばかりに撫でまわしてみた。そういえば茶太と茶実は元気だろうか?
「いやはや、管理者さんってのは思ってたよりもすげえ魔術師なんだなぁ」
感心しているおっさんにニヤリと笑ってみせたけれど、所詮は十歳の子どもなので『管理者さん、カッケー』などという賛辞はもらえなかった。
三人と一頭はオヤツにリンゴを一個ずつ食べ終えると、おっさんたちは水桶に残った水を馬にかけてやり、村に向けて出発したのである。
荷車は浮かせているので馬は坂道を歩くだけでよくなり、進むスピードはかなりあがっているし、オヤツ効果で二人からの心証も良くなっているに違いない。
「是非とも無事に枝豆を購入できるように口添えをしてもらいたいね」
「わかってるよ。こっちは予定よりも早く畑があくから、村長から反対されることはないと思うぜ」
この時間は野生生物もおとなしく日陰にいるのか、村へと続く道には姿をあらわすことはなかった。だからそんなやりとりをしながらこの村にやって来たのである。
大豆を生産をしているこの村はそれほど規模が大きいわけではないが、領都の住民への食料生産を担うことで収入を得ているからか、ほとんどの家で畑を作っているようだ。
「なるほど。家一軒につき、二アールから三アールほどの広さの畑がもれなくついてくるんだね。ここで自家消費分と売りに出す分の野菜を作っているのかな」
この村の建物は百あるんだろうか? 二階建ての建物は数軒のみで、木造平屋の家ばかりが続いている。
庭というか畑が広くとられているから、隣家とは間隔が開いている。
いまの季節はトマトを作っている家が多いのか、緑の葉のあいだからたくさんの真っ赤な実が見えている。それにナスやきゅうりとハーブを植えているようだ。
あの茎がカラフルでほうれん草っぽい葉っぱは、アセルガって呼ばれていたよね。領主館での晩餐のときにサラダに使われていた野菜だな。
こうやって植えてあるところを見ると、厚みがある葉っぱの部分はちぢみ菜に似ているね。
「ここが村長さんの家かな」
それほど歩かずにおっさんから聞いた場所に着いた。
その家は村の中心部にあり丘のてっぺんに建てられていて、周りに比べたら大きいけれど華美なところはいっさいなく、実用的な建物だった。どうやら村の集会所を兼ねているらしい。
村長さんに話を聞いてもらおうとしたら、さっきの無口な方の青年が事情を説明してくれたらしく、トントン拍子にことは進みアッサリと枝豆を購入することができた。
村の門をとおってからまだ十分も経っていないのに、恐るべきスピードで解決である。
「私は助かるんですが、この村で困ったことにならないでしょうか?」
「なになに、暑さが過ぎればまた種をまくからのぅ。それに芋や豆には虫も獣も近づきやすいでのぅ。収穫が早まるのはありがたいんじゃよ」
長老っぽいお爺さんが出てくるかと思いきや対応してくれたのは、これまた日に焼けた肌を汗で光らせている、見た目六十代くらいのガッシリした体型の男性だった。話し方はジジイなのにとんだ年寄り詐欺である。
アリリオの村でも青の森の近くの村でも同じだったのだが、いわゆる老人と言われる人たちは、早めに隠居し後継を育てたり村の子どもたちのお守りを請け負ったりと、のんびり気ままな生活を満喫していているようだ。
なので、村人のまとめ役だとか調停役はそれより少し若い世代が担っていると見受けられた。
『生活が保証されるような老齢年金の制度ってあるのかね。物々交換でも暮らせる村ならではの生き方なんだろうか』
アリはちょっと困ったような表情で、掛金をどこにも支払っていないから年金制度があっても受け取れないなと思いつつ、今度王都に行った際には調べてみるのもいいだろうと心のメモ帳にしたためておいた。
この村では居住地を囲む丸太の柵のそとにある畑に、動物の被害にあいにくいよう工夫して作物が作られていた。
残念ながら大豆は柵のそとだったし、サツマイモやネギ、玉ねぎも同様だ。多分ではあるけれど、これらは作物としての価値が低いか需要が少ないのだろう。
サツマイモは王都の屋台で食べたが、あれは甘みを足してあるからおやつとして売れるのであって、サツマイモ自体は甘みもホクホク感もないらしい。畑で作られているのも、葉野菜よりは腹持ちがいいからと対野生生物へのデコイのように使われていた。哀しみが深まってしまった。私の石焼き芋への希望が絶たれた一瞬である。
それらの畑を唐辛子やシソを植えて囲むことで、虫や動物たちが入り込むのを防いでいるのだそうだ。それでも鳥やタヌキのような動物からの被害は免れないらしい。
キャベツなどの葉物野菜やニンジン、きゅうりなどは、動物から狙われやすいのか村のなかにある畑に植えられていた。
「思ったよりもそとの畑の面積は狭いのかな」
土地が広くても開墾できる範囲はそれほどでもないのか? 見たところ機械で植えたり収穫したりしているわけではないようだ。
魔術が得意な人がいれば違うんだろうけど、たくさんの作物を育てるためには人手が必要だし、広すぎたら農作業中に猛獣に襲われる危険もあるよなぁ。
猛獣が近づかないように工夫をしてはいるが、草食動物は食べ物を求めてやってくるし、それをエサにしている肉食獣が集まってくるのは避けたいのだろう。
この町ではナスも作られていたため、枝豆と一緒に購入することができた。ナスは花が咲いたところは必ずと言っていいくらい実が成るので、うまく育てるとひと株から百本くらい採れるらしい。
四色の森では近づきがたい形状や色味の植物も多いけれど、村や町のそばでは知っている野菜や果実を見かけるから、正直ホッとするよ。
ナスは家族では食べきれないほど実をつけるため、買い取ってくれるのはありがたいと、ほとんどの家からナスの買い取りを求められた。
私もナスは大好きだし、腐らせる心配がないのでどんどん買い取り、しばらくは困らないくらいの量が鞄の中に入っている。
「それでは枝豆はサヤだけでいいので、残渣は刻んでおきましょうか?」
「ふむ、そうじゃのぅ。お願いできますかのぅ」
枝豆はひと株に二十から三十個のサヤがついていて、十株で三オーロと思ったよりも安かった。村長さんには三十オーロを支払い、百株分をわけてもらうことができた。
私は魔素のおかげで移動がまったく苦にならないのでかんたんに出歩くけれど、たいていの町や村では持ち回りで売りにでなければならないので、わざわざ買い取りのために村を訪れる人は歓迎されるようだ。
つまり私はとてもお安く新鮮な野菜を大量購入したのである。
「これは私にも農家の人たちにも利点があるから、双方にとって好都合だね」
村長さんとはそこで別れて、おっさんたちの立ち会いのもと、そとの畑から百株分の枝豆を収穫して枝葉は刻んで土に混ぜておいた。
これで次に植える作物の肥料になるだろう。
スキップしながら元気に歌ってコンバに帰るが、もうこの街道を行く荷馬車やハンターと遭遇することはなかった。
きょうの気分は謎のお野菜星人が各地に現れる歌だ。めちゃくちゃ短いから歌いやすいし、現れる場所はコンバの街だったり青の森だったり、うろ覚えでも安心なのだ。
「る~る~る~マメ星人。コンバの領主館にあらわる~」
気分は上昇しまくりで、つぎは懐かしのキャベツUF◯を選曲した。畑に植えてあったのを見たから、記憶から呼び起こされたたんだろうね。
子どもを対象にした歌のなかでもちょっとせつなかったり、ふしぎだったり怖かったりする曲が私の好みだ。
森に帰るときには、真っ暗くてふしぎな森の歌を歌うことにしよう。青の森には季節がないし、ふしぎな生き物でいっぱいだからちょっと不気味だけど、これほどぴったりな曲はないだろうね。
途中で見かけた犬のような動物から、こんどは双子のパララッカの大冒険の歌をうたう。
ガウターが私に内緒で青の森を探険するのだ。大きな河で溺れかけたりハバリーに追いかけられたりしてしまう、壮大でわくわくするような内容になった。
まぁ、もともとある歌の替え歌だし、私が歌っているから原型を留めてはいないのだがね!
「う~ん。かなりいい歌なんだけどガウターは逃げ出すだろうし、ヘタにピョップンに聞かせて、ピョップンの歌も作ってほしいとせがまれても困るよね」
帰りは歌い終わる前にコンバの街に着いてしまった。かかった時間はたぶん五、六分くらいかな?
私はつい一時間ほど前に逃げ出した領主館を、こんどは意気揚々と訪ねることができたのだ。
「エウリコさん! いいものを持ってきましたよ!」
どんよりとした控え室にとおされた私は、枝豆という戦利品を掲げながら料理人たちに迎えられた。エウリコさんからはビスケットのオヤツをご褒美にもらうことができた。
「おぉ~! これはカー◯ルおじさんのビスケット!」
添えられていたのはジャボチカバのジャムだった。やっぱり日持ちがしないから加工するしかなかったんだね。
料理人が枝豆の処理をしているあいだ、私は控え室でビスケットを頬張っていた。
譲ったのは鍋ひとつ分だから、自分で食べる分はたくさん残っているのだ。
「枝豆は今後、値段が上がるかもしれないよね」
農家の人たちは苦労して育てているんだから、見合うような値段で取引されたらいいな。
それで作付面積を増やしてくれたら言うことなしだよ。
水でビスケットを流し込んだら、つぎはどこに行くか考える。
「レアンドラさんのところに行くのはそれほど急ぎではないかな。それよりもメルのところに顔を出した方がいいかな?」
メルは孤児院で友だちとともに暮らすだろうか、それとも私と一緒に森で暮らすことを選ぶだろうか。
あの子がどちらを選んでも月に一度くらいは顔を見に行こう。チュイとチャロのようすも気になるし、チビ君が安心できるように見守っておきたいよなぁ。
アリはよいせと立ち上がるとエウリコさんたちに別れを告げて、領主館から足早に立ち去った。
一間の長さは1.818メートルなので、三千間は約5.4キロメートルです。