アセデラの街にて結果報告を (後)
「じゃあアルトへの指名依頼はその商人が出したのか」
「そのようですね」
今回捕まった大商人は、侍女であるミリアムからの依頼を達成するためには、アルトさんがどうしても邪魔だったらしく、手っ取り早く領主の名で指名依頼をだした。
アルトさんたちとともにコンバの街から出たあと、大商人のところの使用人が依頼品を受け取りにハンターギルドを訪れたらしい。そしてすぐに待機していた騎士たちから確保された。
まぁ、その使用人が再び商人の元に戻ったところで、建物に入ったが最後、昼までは出ることができなかったはずだ。
店舗の扉は封じていたから、一般客が巻き込まれることはなかったはずだし、防音のために外へ助けを呼ぶことさえできなかっただろう。
「侍女の依頼内容は?」
「それがですね、『お嬢様の邪魔になるから、ブレソの街に住むレアンドラ・トーレスとその子ども二人を、戻ってこれないような遠くの山にでも捨ててほしい』だって」
ペットを捨てる無責任な飼い主みたいな言い方だよ。
「――むぅ」
レモンスカッシュに口をつけたファムさんの眉間のシワがいっそう深まり、その瞳に影を落とした。
話の内容に対してなのか、飲み物の味が気に入らなかったのか、どちらなのか判断に困るね。
ドロレスの娘は夫との子どもじゃなかったから、十歳になったら個人カードの表記で確実にバレてしまう。
子爵家の人たちは最初から知っていたが、セサルさんの本当の家族を守るために、あえて気づかないふりをして過ごしていた。
それがセサルさんが亡くなったことにより、ドロレスを実家に戻すチャンスを得たが、それは伯爵家からの圧力で失敗してしまったのだ。
この事態を正当に覆すことができる、セサルさんの嗣子申請が承認されるのを待っていたために、三カ月ものあいだエクトルさんは家族に会うことができなかったのである。
そうこうしているうちに、親切心で産まれた赤ん坊などの情報を子爵家に伝えに行ったひとから、男児だとドロレスが知ってしまった。
「それでアルトさんは北東の端っこにある半島に追いやられて、レアンドラさんは赤の山脈では近すぎるからと、青の森まで連れてこられたってわけですね」
「なら誘拐の動機は嫡子の誕生か?」
「さぁ? 正直なところ、もう解決したんで理由はどうでもいいんですよね。それを聞いて不愉快にならないわけがないんだし」
レアンドラさんたちがいなくなっても、エクトルさんがドロレスを娶ることはなかったと思うが、セサルさんに息子がいたと知らなかったのだから、妻子を排除して再婚を狙ったのだろう。
「まぁな。だが知らないわけにもいかないだろ」
「どんなにかわいそうな理由があったとしても、乳飲み子まで排除しようとしたんですから、簡単に同情したくないんですよ」
私は直接の被害者じゃないんだから、ドロレスがしたことを許す必要がないんだよね。だからなんの後ろめたさもなく、嫌いでいられるんだ。
あの不愉快な言動をしていた二人のことを、いつまでも心に残しておくのも業腹ではあるんだが。
「きれいさっぱり忘れるには、ちょっとどころじゃなく関わったからねぇ」
加害者側を哀れんで、被害者に対して許してやれだの加害者にも事情があっただのと言って、和解をすすめる人がいるけど、被害者にとっては余計なお世話だよなぁ。
許すのも憎み続けるのも、被害者のペースに任せたらいいのにって思うんだよね。
それに許さないことが悪いかのように言い出したり、被害者が悪かったんじゃないかと邪推する人もいなくはないんだ。それがさらに被害者を傷つけるんだよ。
今回の件がおもしろおかしく吹聴されて、レアンドラさんたちの暮らしに悪影響を及ぼさなければいいんだけど。
「商人の方は余罪もかなりあったんだろ?」
私の眉間もかなり深まっていたとみえて、ファムさんは話を変えてきた。
「契約書らしきものはかなり古いものもありましたね」
「それを全部確保できたんだから、お手柄だったな」
「う~ん。レオナルド様は商家に騎士を潜入させていたし、騎士たちが突入するのも時間の問題だったんじゃないでしょうか」
証拠品の押収がうまくいけば、すぐにでも決行する準備ができていたような気がする。
「そうは言っても、証拠品を隠滅されることなく確保するってのは、かなり難しいことなんだぜ?」
「結界って有能ですよね」
「お前の限定でな!」
あ~そうだった。使える魔素の量が重要なんだもんな。
エヘヘと笑ってごまかしていると、ファムさんはソファに深くもたれてしまった。
朝から気力を奪ってしまったようで
「オルランド様のところにも行くのか?」
「キチンとお礼は言いたいですね」
さすがにお礼を遠話魔術で言うわけにはいかないでしょう。それに訪問の伺いをたてるにはまだ早そうだ。
「領主館へ連絡してやろうか?」
「う~ん。そうですね、お願いします」
オルランド様の予定が空くまで、エメリコさんから相手をしてもらえるかもしれないからね。お父さんに会ったことを伝えて、採取した木の実について教わるのもいいだろう。
ファムさんが執務机で連絡用の魔道具を操作しているあいだ、私は鞄の中身を確認して売れるものを物色していた。
「ニシキヘビはもう売っていいか。本当は犯人を頭から飲み込むように被せてやりたかったんだけどなぁ」
レオナルド様もいるあの場でそんな暴挙はできなかったし、死んだ蛇に対しても冒涜することになりそうで、結局鞄からは出さなかったんだよね。
子爵夫妻がショックで倒れたりしたら目も当てられないし、レアンドラさんがトラウマ……いや、それはないか。庭でマムシを捌いてたもんな。
「アリ、いつきてもいいってよ」
「わかりました。三十分後に伺うことにします」
「あぁ? お前そんなにかかんねぇだろ」
ファムさんは初対面のときの、よそ行きの対応を忘れてしまったのか。取り繕うことをまったくしなくなっちゃったね。
「お財布の中身が心もとないので、下でなにか売ろうかと……」
「そうか、だがこのフルトセコの実はまだ買い取り額が決まらないから、よそで出すのは控えてくれ」
「わかりました~。エメリコさんと食べるのは構いませんか?」
「そこまで口を出さねぇよ。もう行くのか?」
エアコンから離れがたいんだね。
「ファムさんって獣族ですか? 嗅覚がいい方?」
「俺は人族だがなんでだ?」
「これなんですけどね」
鞄から出したのはノギル軟膏だ。プリ先生やガウター、そして獣族にはめっぽう人気のない商品である。
なのでもっぱら自分で使っていて、塗ればしばらくは涼しさが感じられる、夏場に嬉しい一品だった。
ファムさんの後ろにまわってうなじに軟膏を少なめに塗ると、驚いたのか肩をビクリと震わせた。
「おい! なんだよ」
「ひんやりしませんか?」
「うん? ああ、スースーするな」
「虫除けにもなるので便利なんですけど、獣族の皆さんからもたぶん避けられます」
「あ゛ぁ?」
怖いっスよ、ファムさん。チンピラみたいなリアクションはやめてよね。
「彼女や奥さんが人族だったらまさに虫除けですよ。浮気相手を撃退できます。嫉妬深いひとは恋人にいかがですか?」
「いや、避けんのは獣族だけだろ。しかも嗅覚に獣相が出てないヤツも皆無ってわけじゃあないぞ」
「無念なり。欠陥品は売れないね」
「おいおい、それが目的じゃないだろう」
あきれ顔のファムさんに笑いながらツッコまれてしまった。
「本来は鎮痛剤ですからね。ですがこんな使い方もあるんですよ。ただし塗りすぎはダメですけどね。ファムさんも、痒くなったり痛みがでたら水で洗い流してください」
あとは濡らした手拭いを首に巻くとか、バケツに水を入れて足を突っ込んでおくくらいしか、涼をとる方法は思いつかないね。
やっぱりハッカ油が最強じゃないかな。お風呂に数滴たらしただけで、寒いくらいに涼しくなるもんなぁ。しばらくすると効果はなくなるけど、毎年夏にはドラッグストアで購入していたよ。
「ふぅん」
「家の庭に生えているノギルで作りました。王宮の薬師棟に納めているのと同じものですよ」
「そうか、そりゃありがとよ」
スプレータイプもあったらいいのかな……。いや、さすがにそれはテロ行為だ。いい香りかどうかなんて個人個人で違うから、獣族さんにはいい迷惑だろう。
「獣族さんはこれからキツいですよね。獣頭のひとたちは熱中症になりやすいんですか?」
「この国ではたぶんここが一番暑いからな。それでも街中に巡らせてある水路があるから、熱中症は回避できてるな。それに騎士団にいるヤツらはどうしようもないが、ハンターたちのなかには四の月中に拠点を北に変えて、八の月の始めに戻ってくるのもいるんだぜ」
来月あたりから騎士団の宿舎そばの水路では、パンツ一丁で水浴びする非番の騎士たちが見られるため、若い女性たちがよく集まるなどという要らない情報を仕入れてしまった。
移動の費用と安全を確保できれば、うだるような暑さを避けて拠点を変更することも大事だろう。
毛もじゃの生き物が暑さに負けて木陰でぐったりしているのは、見ているひともツラいもんな。
雑談がながくなりすぎたため、ファムさんのところからは失礼して、一番左の窓口でカードからの払い出しをお願いした。
少額貨幣がほしいと伝えると、一度に出せる硬貨は一種類につき五十枚までという制限があり、それ以上ほしい場合は手数料がかかるようだ。
私は両替もしてくれることに感謝して、一オーロ銅貨と三オーロ銅貨を、制限である五十枚ずつ引き出すことにした。
カードの残金は二百オーロ減って、三万八千六百七十二オーロになった。そしてお財布には三百オーロが入っている。
「これでまたしばらく買い食いができるね」
懐が温まった私は、喜びのあまり駆け足で領主館に向かったため、巡回中の騎士に見つかり厳重注意を受けた。
思わぬところで水を差されたので、ショボくれた顔で訪問した私を、家令の……家令の…………。
「フィデルですよ。管理者様」
家令のフィデルさんが暖かく迎えてくれた。
応接室に案内されたので、お別れの際にビワを両手いっぱい渡しておいた。
お詫びの品でございますと心のなかで土下座して謝罪しながらである。
フィデルさんは目じりにシワを寄せて微笑むと、お礼を述べて退出していった。
背筋はすっきりと伸ばし、きっちり着込んだ制服に乱れはなく、暑さを感じさせない佇まいであった。
そして失礼なことをしでかした私に、態度を変えることもあてこすることもなく、わずか十個ばかりのビワの実に、ていねいなお礼を返してくれた。
「神か!」
いや、神はどちらかと言えば反面教師タイプだった。良い子はまねしたらいけませんっていうレベルだったよ。
「オルランド様にもフルトセコを振る舞っておこう。エメリコさんに渡して、パンに練り込んで焼いてもらえばいいんじゃないかな」
「パンがどうしたのだ?」
音もなくドアを開けて入ってきたのは、もちろんここの領主であるオルランド様だ。
「このたびはコンバの領主様や魔術師をご紹介いただきましたおかげで、無事に母子を家族の元へと送り届けることができました。ありがとうございました」
「かしこまったあいさつだな。それはそうと、結界にいれてくれ」
オルランド様はどさりとソファに深く座り、私にも目で合図を送ってきたので、遠慮なく座らせてもらった。もちろん結界を広げてからだ。
それとほぼ同時に紅茶のカップが目の前に出された。ここのメイドさんはくノ一なのか?
「叔父上からも伺っている。アリの働きにより騎士たちが楽に仕事を成したとな」
「滅相もないことです。皆さんのおかげで、私がかき回すのを防ぐことができたようなものです」
「そうか、謙虚なことだな。さて先ほど叔父上から連絡があり、詳しい話しもこちらに伝わっている。それは侍女であったミリアムの受け入れを、この領で請け負ったからだ」
「そうですか……ではドロレスは東端の領ですね」
「そちらはカレスティア伯が受け入れるだろう」
カレスティア伯爵領はここから東北東の位置にある、青の山脈といくつかの大河に囲まれた領だったはずだ。
「受け入れ先はクアドラ領かと思っていました」
「あそこはこことそれほど離れているとは言えないだろう。それに純朴な民が多いところに依頼するのは不安があってな」
アリリオの村でドロレスが農作業とか、想像できないな。獣族差別が酷いからチキータの教育にも良くはないし。うん、却下で!
「叔父上は商人と関わった貴族たちの処罰などで忙しいから、アリに説明ができないことを詫びていた。領主館へ顔を出してくれたら、立て替えた金銭と報酬を渡せるようにしてあるそうだ」
「あぁ、鉄の棒かな」
「折り曲げたそうだな」
オルランド様は握りこぶしを目の前に突き出し、掴んだ棒を折り曲げるようなしぐさをして見せた。
そんなことまでバレているらしい。
「閉じ込められていたのは無事に家族の元へと帰ることができましたか」
「競争相手の商人や腕利きのハンターの家族だったようだな。彼らは人質だ」
「へぇ? 人質は子どもや女性が多いと思ってました」
それを聞いたオルランド様は、心底不愉快だという表情を浮かべた。
「アリがすでに成人を超えている精神年齢だというから話すのだが、女性たちは商人が経営していた夜の店に送られていた」
「ゲスだな」
商人は自宅に併設された商店のほかに、少し離れた歓楽街の中で娼館を経営していた。つまりはそういうことだ。
「働いていた娼婦たちも、騙されたり財産を失ったハンターが多かったようだ。人質たちは一般客には顔を出せないから、上客の相手をさせられていたらしい」
「クズですね」
スラムには女性がいなかった。すべてが被害にあったとは思わないが、そこで働くことを選んだひともいたのだろう。
「ロルダン伯爵もあの商人の客だった。使われていた下男がほかの使用人たちに話したようで、そこからミリアムが商人に依頼することを知ったのだ」
ふぅん。そしてドロレスが嫁ぎ、都合の悪いことは商人に依頼して解決することを覚えたのか。
「それじゃお金がいくらあっても足りないね」
「依頼は二回。最初の依頼は十年前。青銀の髪をもつ娼夫の斡旋だ」
「ドロレスの娘は八歳だと聞きましたが?」
「もうすぐ九歳になるようだな」
なるほどね。それなら時期的にも間違いはないか。エクトルさんとの子どもに見せかけたかったのか。それでなかったら、エクトルさんだと騙してドロレスに会わせたかだろう。
ドロレスが、娘を本当にエクトルさんとの子どもと信じていたのか、それとも嘘だとわかって言っていたのかは不明だけれど、好きな人との子どもに対する態度ではなかったよね。
いずれにせよ正気だったとは思えないね。
「十歳の儀式でわかることなのに」
「娘が十まで生きなければいいと考えていたようだ」
苦々しく顔を歪めて吐き捨てるように言ったことばで、私は納得してしまった。
ドロレスは娘は要らなかったし、ミリアムが自分のお嬢様が不利になるようなことを放っておくはずがない。
裁きの場にドロレスの娘がいなかったのは体調不良のせいだったが、ミリアムが殺そうとしていたからなのか。
個人カードの『準殺人一名』とはレオナルド様に放った火の玉のせいではなかったのだ。
「そうだった。ちょっとだけドロレスにかすってすぐに消えたんだ」
あれは個人カードを燃やすための火で、領主を殺害するための火ではなかった。
私はバカだ。ドロレスがいらない子だと話していたのを聞いていたんだから、どんな扱いをされているのか推して知るべしだったのに。
すぐに保護するべきだった。
「……その娘の容態は知っていますか」
なんとか気持ちを立て直して質問を続ける。
ドロレスたちのことなんて知りたくないとか言ってる場合じゃなかったよ。
「徐々に体を弱らせる毒を盛ったようだから、しばらく治療をすれば元気になるだろう」
そうか。だけど体がよくなっても傷ついた心の回復には時間がかかるだろうな。
「そうですか」
「気にするなと言っても無理だろうな」
「……いえ、大丈夫です。私ひとりですべてを解決できるなんて、そんな大それたことは考えていないので。ただ反省はしています」
「そうか」
しょんぼりしている私の頭に重石が乗せられた。それはオルランド様の分厚い手のひらで、どうやら慰めてくれているらしい。
ありがとうオルランド様。でも頭のてっぺんに毛玉ができそうだから、そろそろ撫で撫では充分ですよ。
「あの二人は神罰で魔術が使えなくなった。すぐにでもこちらに引き渡されるだろう」
ちょっと! 神様聞いてたんかい!
考えていた罰をパクられた。神様は手抜きをしたのか?
神様のおかげとは言いたくないが、しんみりした気分は全快したよ。
オルランド様との話を終えた私は、断りをいれてから調理場へと足を運んだのである。