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アセデラの街にて結果報告を(前)

 

「それじゃあ先生~。あとはよろしく!」


 出発してから一時間もかからず麓に流れる川まで来たので、プリ先生に遠話魔術で連絡をいれた。


『アリ、ひとつだけ忠告しておくわ』


「えっ、なんですか。改まったような声ですね」


 雰囲気が変わったことに緊張感を覚え、無意識にかしこまってしまう。


『ひとの子どもはね――』


 ゴクリと喉が上下に動いた。


『――食事が欠かせないのよ』


「…………ふえっ? そんなことは知ってるよ。私は前世では人間だったんだよ?」


 まったくもって拍子抜けである。重大発表かと思って損したわ~。意表を突かれて変な声が出ちゃったじゃないか。

 プリ先生ってば、なにを仰っているのやら。

 シルベストレ君のミルクを飲む回数を知って、なにか思うところがあったんだろうか。

 それでもたぶん私の方が人族には詳しいと思うよ。


『ならいいのよ。最近まともに食事をしていないようだから、食べることを忘れたのかと思ってたわ』


 まぁね。一年前まではよほどのことがない限り、一日三食を欠かさなかったからね。

 それなのに最近は、果物を食べて終了なことが多かったもんなぁ。

 私たちは食事が要らない魔生物寄りだけど、食べることは絶対にやめないよ。生きる上での楽しみのひとつだからね。


 メルのことを報告する私に、特に反対するでもなく、先生は相づちを打ちながら聞くことに徹してくれた。

 そしてメルを連れて帰ってきた私が、食事を与え忘れると思っているらしい。先生なりに心配してくれたようだ。

 ガウターは『いぬ? ねこ?』と繰り返していたが、説明が不十分だったろうか。メルが森で生活することになったら、ガウターの毛がストレスで抜けたりしないように、たっぷりと甘やかす所存である。

 魔術を使えるいま、私は無敵だ。膝の上に一時間以上居座られたところで、私の血流を妨げることはできないのだ!


『ついでに言うけど、チボのミルクを入れる容器を買った方がいいわよ。いつまでも薬剤用の大瓶を使うわけにはいかないでしょ』


「たしかに! 昨日のチーズでだいぶ減ったけど、チボミルクを飲む人がいなくなっちゃったもんね」


 買っておいた大瓶三本はすでに使用済みだから、自分用の容器はたくさんほしいな。

 ぶっちゃけるとヘチマ水を入れている容器は薬師棟のものだ。借りパクは絶対にしないから、いまだけ許していただきたい。


「そしたらきょうはアセデラに寄ってからコンバに向かうね」


『今夜あたりから、雨雲が森の南から北に流れるわよ』


「えぇぇ~、明日は雨かぁ」


 たしかに雨が降らないと回収できない材料もあるけれどね。カラコルとかカラコルとかカラコルなんだけど。


『これから月末までは雨の日が増えるわよ』


「そう言ってたね。結界があるから困らないけど、獣避けが効きにくくなっちゃうのが困るんだよなぁ」


『そうね。気をつけていってらっしゃい』


「はーい。いってきます!」


 街道は早朝だからなのか、近隣の村や町からアセデラの街へと向かう荷馬車が多かった。

 私がアセデラの門をくぐったとき、ちょうど七時の鐘があたりに鳴り響く。

 朝早くから遠話魔術を使うのも(はばか)られたので、ファムさんにもオルランド様にも連絡はしていない。ハンターギルドは開いているだろうし、広場で露店を冷やかしてもいいな。それでほしいものが見つかったら儲けものだよ。

 大通りを中央に向かい、ハンターギルドを過ぎて広場に着くと、屋台も露店もすでに品物を広げていた。


 まずは数に限りがある南側の露店を物色すると、野菜や果物、日用雑貨にまぎれて魚の干物が並んでいる。


「おじさん、この干物はなんていう魚なの?」


「こっちはアジだ。そしてこれはイカだ。昨日獲れたものを干してあるから、弱火でふっくら焼くと旨いぞ」


「昨日ってことはここの近くだね。おじさんは南から来たの?」


「ああ、そうだよ。国境の川沿いを南に行けば海に着くのは知ってるかい? 山の麓におじさんが住んでいる村があるんだよ」


 私は山の東側の街道を通るけど、西側にも村があったんだな。家から西の海岸を北上してもアセデラに着くってことか。

 おじさんは村とアセデラを行き来している行商人で、住まいは村にあるらしい。

 知り合いの漁師や村人から買ったものをアセデラで売却し、アセデラの街で仕入れたものを村に持ち帰っている。

 荷馬車で二時間ほどの距離があるので、村人たちは必要なものがあるとおじさんに買い物を頼むのだという。こういうタイプの行商人は多いらしい。


「どちらもほしいんだけど、一枚いくらですか」


「アジは二オーロ、イカは小さいから二枚で一オーロだ」


 二オーロか。でもサイズが大きいから、一枚焼けばみんなで食べられるかな。


「イカを買い占めてもいいですか?」


「これからしばらく漁の獲物はこれだからな。きょう買えなくてもこの次があるさ。つまりは早い者勝ちってこった」


「それじゃあイカを全部とアジは四枚もらおうかな」


「ありがとよ。嬢ちゃんは見ない顔だが料理屋の使いかい?」


「そんなとこです」


「そしたらっと……イカは十七枚か、一枚はおまけだな。八オーロとアジが四枚で……八オーロと」


「それじゃあ十オーロ二枚で」


「ああ、たしかに。なら四オーロの釣りだな」


 神殿イコール学校だからか、この国の人びとへの初等教育はほぼ百パーセントいき渡っている。行商人たちは仕事がら計算する機会が多いのだろうが、露店では普通の奥様方や、お手伝いの子どもたちも店番をしている。それなのに、計算に手間取るようすがまったくない。

 ほとんどの子どもが十歳になればハンターギルドに登録し、依頼書を読むことや報酬の計算を自分でできるのは、神殿が町や村単位で各地に根をおろしているからなんだろうね。


「神様の存在が確実にわかっているからだろうね」


 神官が悪事を働けば、国を乗っ取るのは簡単だろうなぁ。

 鞄に干物をしまいながらこの国の教育方針に感心していると、ふたつとなりの露店に玉ねぎを見つけた。大人の拳ほどで、皮は乾燥して艶やかな球体をしている。

 売っているところを見つけたのは初めてだよ。


「おばさん、玉ねぎください」


「あいよ。春の玉ねぎはこれでおしまいさ。五個で一オーロだよ」


 手にとってみてもずっしりと重く、悪いところはなさそうだ。しかも安い。

 同じ敷物の上にはニンジンが五本ずつ乗った葉っぱと、キャベツも並べられていた。

 これで終わりならここも買い占めだな。


「全部ください」


「あれま! 全部ってここに並べてあるものかい?」


 その質問を否定して、残り全部が欲しいのだと伝える。


「暑くなってきたから残りを全部持ってきたからねぇ。全部っていったらかなりの数だよ」


 おばさんの後ろの木箱には、八分目ほど玉ねぎが入っていた。ザルに乗せて売っているのはほんの一部で、売れたらまた乗せているらしい。

 玉ねぎの数を数えると、合わせて百十二個あった。


「ニンジンとキャベツもお願いします」


「ええっ! 全部って、ここの売り物全部だったのかい!?」


 となりにいたおばさんも目を丸くしている。顔立ちがそっくりだと思ったら姉妹だった。嫁いだ先も隣同士で、露店はいつも一緒に出しているのだそうだ。

 キャベツはひとつ一オーロ、ニンジンは五本で一オーロだった。

 キャベツは十九個、ニンジンは五十五本あったから、合わせて三十オーロだね。

 おばさんたちは早い時間に露店を閉めて自分の買い物ができると、喜んで玉ねぎ十二個分をおまけしてくれた。


「ありがとうございます! それでは玉ねぎが二十オーロと、キャベツとニンジンが三十オーロでちょうど銀貨一枚です」


「まいどあり!」


「あたしゃ銀貨なんて久しぶりに見たわ~」


 私だって銀貨を出したのは王都での買い物以来だよ。金貨はハバリーを売って手に入れてすぐに、ギルドの直営店で使いきったからね。

 マルマトウを売ったお金だって、藍染のローブを購入したときにほとんど使っちゃったからね。

 普段の生活では、三種類の銅貨だけで事足りるんだよなぁ。


 私が鞄に買ったものをせっせと詰めるのを、おばさんたちは驚いて見ていたが、下働きの子が仕入れでもしたのかと納得したようだった。

 麻袋には入りきらないし、私も木箱を何個か鞄に入れておこうかな。

 買ったものを木箱に入れて、それを鞄にしまう方が出すのも入れるのも楽な気がするよ。


「おばさん、小麦粉やお米ってどこで売ってるの?」


「あれま! そんなことも知らないのかい。粉挽きギルドに行くか、商業ギルドで買えるよ」


「そうなんだね。ありがとう」


 鞄に品物をしまったとき以上に驚かれてしまったよ。つまりこれは常識ってことだな。

 銀貨はあと二枚あるけれど、小銭が心もとなくなってきたのでギルドに行こう。でも十オーロ銅貨が一枚と一オーロ銅貨が六枚あるから、ちょっとだけ屋台を見てみようかな。

 お釣りをもらえばいい話しなんだけど、たいていの屋台では大きな貨幣を使われることを嫌がるんだよね。


 うろうろと見回した結果、小魚の唐揚げを大皿ひとつ分買ってみた。サイズが七、八センチで目刺しみたいな魚だから、たぶんイワシだろう。それに小麦粉をまぶして油で揚げている。

 屋台のおじさんは頭と首に手拭いをまわして汗をかきながら調理していて、それを娘さんらしき女の子が並んでいる人たちに売りさばいていた。


「その大皿ひとつって言ったら五オーロになるぞ」


「はい、お願いします」


 手持ちの皿がなかったので、急きょ魔素でちょっと深めの木皿を作った。たっぷりの野菜で甘酢あんを作れば、エスカベージュができそうだ。

 あとはいつもの丸パンを十オーロ分購入した。鞄の在庫はすでにないから、残りは二十個だ。

 近くにパン屋さんがあったら、アルトさんたちが買っていた大きめのパンを購入しておきたいね。


 パン屋はきっと住宅街にあるだろうと予想して、大通りを渡り反対側を東に向かう。

 見た目でわからないことを懸念して、結界をエアコンではなく扇風機に変えた。つまり涼しさは落ちるが、そとの香りがわかるようになったのだ。


「うーん。このあたりではパンの香りはしないねぇ」


 こんなことなら屋台で食事していた人たちに、パン屋さんの場所を聞けばよかったよ。

 二百メートルほど歩いたところで、左側に曲がる道の先からおいしそうな香りが漂ってきた。


「発見だ! これは絶対にパン屋さんだよ」


 嬉しくなってスキップしながら角を曲がって、三十メートルくらいで裏通りに出た。

 大通りほどではないが、この通りもきれいに石畳が敷かれ、住民らしき人たちが行き交っている。

 目あての店はすぐにわかり、並んでいるお姉さんの後ろに私も続いた。

 どんなパンが売ってるんだろう。菓子パンはあるかな。甘味が貴重だから惣菜パンが多いんだろうか。

 列はどんどん前に進み、購入し終えた人はかごを片手に去っていく。


「あれっ? どれを買うか迷ったりしないのかな」


 横から見てみれば、行列はパン屋というより小さな工場みたいなところに繋がっていた。

 数分で私もその中に入ることができたが、どうやらここが粉挽きギルドらしい。

 この建物には、小麦か稲穂のような二本の植物が交差した看板があった。

 そういえばハンターギルドの看板は、矢じりが上を向いた弓矢が三本重なっていたね。


 ここで売っているのは、長いバゲットとまん丸いカンパーニュの二種類だけだった。

 この時間帯は朝食用のパンを売るため、パンだけを扱う専用レジを作っていて、店内での混乱を防いでいるようだ。

 値段はどちらもひとつ三オーロだから、銀貨を使うしかないのかと思ったが、さすがにギルド内だけあってカードが使えるらしい。


「はいよー! お次はー」


「どちらもふたつずつ。カードで。袋はこれです!」


 前のひとの注文方法を盗み見て真似をすると、売り子の女性は渡した袋にささっと入れて、カードを操作し返却してくれた。その間約五秒。

 まぁ、体感だからそれ以上かかっているだろうけれど、そのくらい速かったと言いたかったのだ。

 パンを受け取った人たちは店を出ていくが、私にはまだやらなければいけないことがあるのだ。

 ギルドの窓口で小麦粉と米を買いたいと話し、薄力粉を二キロと玄米を三十キロ購入した。


「やっとお米が買えたね。これでしばらくは食材に困らないはずだよ」


 こちらの支払いもカードですませた。

 値段は小麦粉が今年の春にとれたもので、一キロあたり二オーロ。米は昨年のもので精米もしていないため、二キロで一オーロだった。

 この国ではお米がかなり安く手に入るようだ。

 それとも精米してもらうと手数料が高いんだろうか。どちらにせよ、私には魔素さんがついているので、玄米で充分なのだ。

 私は喜びの歌を脳内で歌いながら粉挽きギルドをあとにし、ハンターギルドを目指して歩きだした。


「おはようございます!」


 ハンターギルドは、これから依頼を受けるためのハンターたちで混雑していた。私は反射で結界内を浄化して、機能を扇風機からエアコンに戻した。

 お米が買えた嬉しさに、ついうっかりしていたよ。これが朝でよかった。仕事帰りの夕方だったら、私の嗅覚は再起不能だっただろう。

 邪魔にならないようにテーブルのスペース側に立ち、ボンヤリと窓口が空くのを待っていると、イメルダさんと目が合った。

 ペコリとお辞儀をするとニッコリと微笑んでくれて、人差し指を立てて上を指していた。


「ファムさん、いま大丈夫ですか? イメルダさんから合図してもらったんですけど」


『お前~。すぐに二階に来いよ!』


 遠話魔術の返事はすごく早かった。ちょっと行きたくなくなる声色だったが、ここまで来てしまったのだから諦めよう。

 イメルダさんにもう一度礼をして、右にある階段からギルド長の部屋に進んだ。ノックの途中で入れと返事がきたのでドアを開けると、久しぶりにファムさんと顔を合わせた。


「ファムさん、お陰さまで解決しましたよ」


「そりゃあよかったな」


 ファムさんはソファに座って腕を組んでいて、ちょっと機嫌が悪そうだ。


「なにかトラブルですか?」


「突然頭ん中に声が響いたと思えば、返事をしても音沙汰がなくてな」


「あ~。スミマセンでした。ここから百キロ近く離れてたんで、返事はこないだろうなぁと思いまして」


「百キロか、たしかに無理だな」


「オルランド様でもギリギリでしたからね」


「そうか、それならどうしようもないな。まぁ座れよ」


 ファムさんは肩を落とし疲れたような表情でこちらを見ていたので、冷たいコンガス(炭酸水)の実にレモンを搾り、マルマトウを入れてから渡しておいた。

 ハチミツがあればなおいいのだが、そのうちプリ先生が蜂の巣の場所を教えてくれるだろう。


「アリ、これもうれしいが、俺は結界に入れてくれた方がうれしいぞ」


「はいはい」


 涼しさにため息をつくファムさんを見ながら、私はフルトセコの実を取り出した。


「これなんですけど」


「んん? あぁ、フルトセコの実か。それがどうしたんだ?」


 ハンターギルドでも、フルトセコの中身がおいしいことを知らないんだな。


「これをですね。パカッと割ります。そして中身を出します」


「あぁ」


 ファムさんはレモンスカッシュもどきを飲みながら、私のすることをじっと見ている。


「フライパンに油をしいて弱火で煎ります。塩はお好みで振ってください。私はひとつまみがちょうどいいと思っていますが」


「へぇー」


「出来上がりがこれです」


 カップ麺ができる時間で料理しちゃう番組のように、すでにできあがったものをファムさんの前へと差し出した。


「おぉ! これはいい匂いだな」


「冷やした麦酒のお供にすると最高です。枝豆があればさらに杯が進むでしょう」


「中身はバラバラなんだな」


「はい、味もすべて異なっています」


「ん! 旨いな」


 ファムさんはアーモンドに似た実を口に放り込むと、咀嚼しながらそう感想を述べた。


「酒場のメニューにあったら、お客さんが増えると思いませんか」


「そうだろうな」


「フルトセコの実は『疾風迅雷』の皆さんが採取していたので、売りにきたら良い値をつけてくださいね」


「わかった。中央には連絡しておく。サンプルが必要だから、何個か譲ってくれないか?」


「青の森の宣伝になりますからね。十個進呈しましょう」


 そんなことを話しつつ、レアンドラさん誘拐事件の真相を報告することになった。


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