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めでたし、めでたしが一番だよ

 

 領主館に着くと、メイドさんに連れられて客室で身支度を整えた。

 きっちりした服は紺色のワンピースしか持っていないから、迷うことなくそれを着たのだが、手ぐしでざっくりとまとめて後頭部でひとつに括った髪の毛は、良い香りがするヘアオイルを馴染ませながらていねいに(くしけず)られた。

 複雑に編み込まれた私の髪はオイルを数滴使っただけで、テンパリングしたチョコレートのように艶やかな光を放っている。


 このメイドさんは美容部員なんだろうか? あんまり近くで肌チェックをしないでくれないかな。

 前世でも薬局とかでパーソナルスペースをガン無視してくる美容部員に、めっちゃドキドキさせられた記憶がよみがえる。熱っぽいのにかぜ薬がない。仕方がないからノーメイクにマスクして行こうってときに限って、美容部員に話しかけられるんだよね。

 そんなときは職務質問を受ける不審者の如く、挙動不審になったものだよ。


 とはいっても無理やり裸に剥いて風呂に押し込んで、ピカピカに磨きあげるなどの暴挙はされなかった。雇い主の客に対してそんなことをするメイドなんているわけないもんなぁ。

 あれはこの国では適用されないみたいだね。

 ヘアオイルの香りは三種類準備されていて、私はあんず油っぽいものを選んでみた。

 ほかの二つは華やかな花の香りだったので、食事をする場にはふさわしくないように思えたのだ。

 まぁ、結界で香りをそとに出さなければいいのだけれど、それでは私が料理を楽しめないではないか。


 薔薇の香りと、もう一方は例えるなら資○堂の○椿石鹸の香りだ。あの紫色の石鹸が好きだったんだよね。香りが強めだったからクローゼットに入れておいて、移り香を楽しんだものだよ。

 アラサーの(ゆう)には使えるけれど、十歳の(アリ)には残念ながら似合わないね。

 このヘアオイルはなにを原料にしているのかな。ゆず油とか椿油もあるんだろうか。

 前世では馬油を使っていたけれど、この国にあるのかは聞いてみないとわからないんだよね。ヘタにひろめて普通の馬やカヴァリオたちが狩られでもしたら、自責の念に苛まれること間違いなしだよ。


 この格好で斜めがけの鞄を提げているのはおかしいけれど、荷物を手放す気にはなれなかったので、認知不可にしておいた。

 この魔術が悪用されたら武器が持ち込み放題だし、誘拐もやりたい放題だな。

 たぶん私ほど魔術の効果が長く続く人はいないと思うけれど、注意するに越したことはないね。


「身支度はすみましたが気になるところはありませんか? 髪が引っ張られるような痛みはないでしょうか?」


「大丈夫です。キレイにしてくれてありがとうございました」


 正直に言えば頭はテカテカし過ぎているし、服装と髪型の差が激しい。だけどこの国ではこれが普通かもしれないし、郷に入りては郷に従えというではないか。

 メイドさんは十代なかば、つまり中高生くらいで、おしゃれに敏感なお年頃の女の子だろう。


「このヘアオイルはなにから作られているんですか? とてもいい香りですね」


「それはコルの種から取れる油なんですよ。赤の山脈に生えているので希少なんです。とてもエレガントで私が好きな香りなんですよ」


 えっ? いま『私()』って言った? そんな情報を聞かされても……。恋人に教えてあげたらいいじゃん。それに自分が好きだからってエレガントな香りを子どもに勧めるなよ~。


「香りがしないヘアオイルはあるんですか?」


「ありますよ。お金がない人が使ってますけど」


 あれれ? この子はまだ人前に出せる感じじゃなくない?

 領主館で働いているくらいだから、なにかしら優秀なところがあるんだと思うけど、お客様の気分を害するような発言をするようでは、使用人としてダメダメなんじゃないの。


「食事するときは無香料を使った方が間違いないと思いますよ」


「えぇ~。領主様の晩餐に呼ばれてるのにですかぁ?」


 おい! 話し方まで崩してきたよ! チェンジ! チェンジで! このメイドさんに任せたことに、急激に不安が沸いてきたよ。

 そこでノックの音が響いた。


「どうぞ」


 返事をして入室を促すと、残念メイドさんより職歴が長そうなメイドさんが入ってきた。

 紺色のワンピースに白いエプロン姿なのは変わらないのだが、比べてみれば残念メイドさんが制服を着崩しているのがよくわかった。


「支度はお済みでしょうか?」


「はい」


「ドレスはお気に召されませんでしたか?」


「ドレス?」


 なんの話かな。レオナルド様は堅苦しくしないから、手持ちの服でいいって言っていたけど。

 うつむいている残念メイドさんの顔色が悪くなり、先輩メイドさんはチラリとそちらに視線をやると、こちらに断りをいれてから退出した。

 もちろん残念メイドさんを連れてである。


「なんだろうね。トラブルはもうお腹いっぱいなんだけど」


 しばらくするとメイド長と先輩メイドさんがやって来て、ことの顛末を説明し出した。

 レオナルド様はワンピースでも構わないと言っていたが、領主夫人がせっかくだからと娘さんが着ていたドレスを二着ほどプレゼントしてくれたらしい。子どもらしいコーラルピンクと、涼しげなアップルグリーンのAラインのドレスだ。

 残念メイドさんは私の入浴の手伝いと着替え、そして髪を整えるよう言われていたのだが、どこぞのハンターに渡すくらいなら自分の方がよっぽど似合うと、二着とも着服することにしたらしい。


 それを回収してきたのか、先輩メイドさんの腕には二着のドレスがかけられていた。

 いままでもヘアオイルや香水などを少しずつ盗んでいたらしく、小瓶に入ったものが自室のクローゼットから見つかったのだという。

 つまり私に使ったと見せかけようと、自分が好きなヘアオイルを準備して、別容器に移そうとしていたわけだ。

 ドレスは私が気に入らなければ無理に着せなくてもいいと言われていたらしく、気づかれることはないと思っていたらしい。


 うん、チラッともそのドレスを見せられてはいないね。私に確認することなく、自分のクローゼットに隠したんだろう。


「いや、お礼をするからね! 貰っておきながら着もせず夫人にお礼も言わないって、どんだけ嫌なヤツなんだよ」


 管理者への好感度が大暴落する危機をなんとか回避できたみたいだな。

 なんだか残念メイドがしでかすのを狙っていた感じも否めないけど、役に立てたならいいとするか。


「もしかして貴族のご令嬢かなんかだったんですか?」


 いや、それなら盗まなくても親から買って貰えるのか? でも貧乏貴族も多いらしいからなぁ。


「この街で一番大きな商家の娘で、商業ギルドからの推薦があったのです」


 仕事中は制服着用で香水や化粧は控えるように指導されているが、休みの日は自由らしい。

 家にも財産があり、人の物を盗まなくてはいけない経済状況ではないため、盗癖があるのだろうとメイド長は話した。


「なるほどね。被害者が管理者ぐらいの身分じゃないと、解雇は難しいかぁ」


 盗癖って病気だったよね。治療に専念した方がいいと思うよ。


「申し訳ありません」


「いいですよ。商業ギルドを敵にまわすと領主様も面倒だろうし、管理者から盗んだことをアピールしたら反感を買わないだろうから」


「管理者様……」


「職場にひとりでも問題を起こす人がいると、働きづらいのはわかりますから」


 注意されて行いを改めたのならば、ここまでされなかっただろう。つまりはそういうことなのだ。


「聞きたいことがひとつあるんですけど」


「どういったことでしょうか」


 メイド長は緊張の面持ちでそう返事をしたけれど、難しい質問じゃないよ。


「私の頭って、テカテカしすぎていませんか?」


 これってヘルメットに見えていないかな?


「…………」「…………」


 だよね。そんな気がしていたよ。二人を絶句させるなんて、なかなかの攻撃力じゃないか。

 鏡を確認しながら少しずつ浄化をかけて、髪の毛の油分を取っていく。地肌の部分を優先してだ。

 アップルグリーンのドレスに着替えて、髪はギブソンタックにしてもらい、シンプルな髪飾りを留めた。

 花をかたどった銀細工の髪飾りは、濃い髪色にとても映えている。

 これは夫人が貸してくれたらしいから、考えているよりも価値のある一品なのかもしれない。


 靴は見えないからそのままだけど、鏡の中の私は貴族の子どもに見えた。目鼻立ちがはっきりしているからか、品があり賢そうだ。

 中身が私で本当に申し訳ないね。


「とてもお似合いですよ」


「あ、ありがとうございましゅっ」


 ううっ……。口内炎にならなければいいんだけど。


「時間ですので、ご案内いたします」


 先輩メイドさんの先導についていくと、食事のテーブルではなく、応接室のような部屋にとおされた。

 アルトさんやレアンドラさんも貴族らしい身なりに着替えていて、ハンターだった姿が幻のようだった。

 獅子人兄妹のゴージャスな雰囲気が、シンプルかつ落ち着いた色合いの正装から溢れ出ている。

 レアンドラさんの右側に立っているエクトルさんも、それに負けないくらいのイケメンぶりだ。


 しばらく雑談していると領主夫妻が入室したため、子爵夫妻から順番にあいさつをしていた。

 領主夫人は背が高く、かといって男性っぽいわけでもなく、女性らしい凹凸のある魅惑的な美女であった。

 残念メイドのことを謝罪されたので気にしていない旨を話し、私も夫人にドレスのお礼を言って、髪飾りが留められている後頭部を見てもらった。

 お尻を向けたんじゃなくて、お辞儀をしたときに見えたらしい。

 つまり夫人はそれくらい背が高かった。百八十センチは越えていると思う。ヒールが高めの靴なんだろうか?


 私も十歳にしたら大きいと思っていたのだが、それは日本人の記憶があるからだった。

 小学六年で百六十三センチあった前世では、私は背が高い方だった。だからいま百四十センチくらいなのは、順調に育っているのだとばかり思っていたのに、この国では小柄らしい。

 夫人の隣に立つレオナルド様は、それよりさらに二十センチは背が高かったので、まったく見劣りすることがなかった。

 大型のネコ科獣族だからだろうか。


 準備が整ったようでアルトさんからテーブルにエスコートされた。ちなみにアルトさんとは反対側にディオ君がいて、お父さんと姉弟にしか見えないだろう。

 きょうは家族が久しぶりに揃ったということで、レオナルド様が子どもの同席を提案してくれたのだと、エクトルさんが話していた。


 こういう場には、未成年者は同席しないのが普通らしいが、赤ちゃんもメイドが付き添い、レアンドラさんの後ろに寝そべっている。

 ベビーベッドはキャスター付きで移動が簡単にできた。そのベッドには、赤ちゃんと二匹のネコがちゃっかり収まっている。

 どうしても離れようとしないので、レオナルド様から許可をいただき、食事の席なので毛が飛ばないように私の結界で包んであるのだ。


 晩餐は滞りなく進みエウリコさんの料理に舌鼓を打った。ただしトルティージャはトルティーヤではなく、スペイン風オムレツのことだった。

 サラダに使われていたほうれん草に似た野菜はアセルガといい、茎の部分が赤や黄色、橙にピンクと色鮮やかだった。これは王都で買えなかったベビーリーフのひと山にも混ざっていた気がする。味はまぁ、ほうれん草と差ほど変わりないように感じた。アセルガの方が少しだけアクがなくて食べやすいかな。

 メインのチボ肉のローストには、酸味がある果物から作られたソースがかけられていて、思ったよりもあっさりしていて食べやすかった。

 肉質は豚肉と比べて脂が少ないけれど柔らかく、噛むと肉汁が口の中いっぱいにあふれ出した。


 食事のあいだ、青の森での生活やこの一年で起こったことなどを聞き出すなど、レオナルド様が話を振ってくれたので、気詰まりすることなく楽しむことができた。

 森の暮らしの話になると、レアンドラさんやアルトさん、そしてディオ君までも興奮ぎみに口を開いた。

 守護者の姿や、ツンツンのわりに世話好きなところ。ガウターが大人になりたくてトントの卵を温めている話や、赤子の世話をするレモルなどの生き物たち。

 庭を自由に歩くピョップンたちと、拾ったドラゴンのウロコの話を、領主夫妻や子爵夫妻が目を丸くしながら聞き入っていた。

 私もほかの人の口から我が家の話を聞いて、あまりに異彩を放っているので笑いがおさまらなかった。


「そういえばエクトル卿よ、赤子の名は決まったか?」


「はい、候補は二、三ありましたが、妻と相談してシルベストレと決めました」


「ほう! それは良い名であるな」


 レオナルド様はこちらにチラリと流し目を送ってから、視線をエクトルさんへ戻した。


「アリ殿、息子の名は森に縁があるようにと名付けさせていただきました」


 レオナルド様の質問に答えたエクトルさんが、こちらを向いてそう言ったとき、周りの大人たちはそれ以外ないというくらい良い名だと誉めちぎった。

 シルベストレとは森に関する名前らしい。


「エクトルさんとレアンドラさんの子、シルベストレに森の祝福がありますように」


 健康で丈夫に育つんだぞ。そう願いを込めて言ったとたんに、魔素はキラキラと輝きながらシルベストレを包み、その身体に吸い込まれていった。

 その光景に水を打ったかのように静まり返る。

 これはヤバい。悪いことではなさそうだが、無意識で魔術をかけてしまったらしい。

 魔素さんよ、いまはなにも頼んでいないのだが……。

 レアンドラさんは怒ってないかな。そう思って錆びた首関節をギリギリと動かしながら横を見ると、感激のあまり涙ぐむ赤子の両親の姿が視界に映った。


 見たところ怒っても悲しくもないらしい。

 おまじないくらいの効果だと思うので、さらっと流していただきたいとお願いして、私はこの場を乗りきった。


 デザートはジャボチカバの皮を剥き種を抜いたものが、ガラスの器に五粒盛られて出された。

 大量に渡したので急きょメニューに加えられたらしい。

 冷蔵庫で冷やしていたのか、口に含むとひんやりしていておいしかった。

 タピオカ並みにジャボチカバブームが到来する予感がする。


 そうして領主主催の晩餐を無事終えて、一度森に帰り明日の昼以降に再訪問する予定だと伝えると、客室に控えていた先輩メイドさんに手を借りてドレスを脱ぎ、髪飾りを浄化してから返却を頼んだ。

 ドレスはありがたく頂戴して、こちらも浄化後鞄に片づけると、遅くならないうちに森へ帰還することにする。


 スス草の獣避けを身につけると、すでに閉じている門の脇をよじ登って石壁を越えた。

 私の隠密レベルはカンストしているに違いないね。

 一オーロ銅貨三枚で橋の通行料を支払い、日付が変わったあとに森へとたどり着いた私は、『またソーハ村の子どもたちから起こされるのかなぁ』などと考えながら目を閉じた。




「…………はっ!」


 ガウターが大人になって、白銀のさらさらした体毛におおわれた巨大な狼の姿で、トントの雛をおんぶしながらマルマボールを追いかける夢を見たよ。

 ガウたんの言動は大人の姿でも変わらなかった。

 トントの雛に反抗されたガウたんは、仰向けに寝そべって、大きくなった図体をくねらせて泣いていた。


「うーん。これって悪夢なのか?」


 身支度を終えてもまだ薄暗いから、いつも起きている五時前後だと思われる。

 村の子たちを待っているにも特に用事はないんだよね。だけど一オーロ銅貨も残り二枚だから、十オーロの青銅貨で通行料を支払うことになるよね。姿を消して渡るとお釣りはもらえないのだ。


「ツボクサを採取しながらアセデラに行こうかな」


 このまま森の入り口付近を西に向かって、ファムさんとオルランド様にお礼を言いに行こう。

 そうと決まれば行動は早い。

 ツボクサはチドメグサに似ているけれど、採取したことがあるから心配はない。

 撹拌するときに混ぜるカラバスの実は、ウィル様と採取したときから鞄に入れたままだ。


 歩きながらプリ先生と会話したり、ガウターに卵が孵化しそうか聞いたりしていると、ツボクサはすぐに必要な分だけ集まった。

 ついでだから納める分も採取しようと、しゃがんではツボクサの茎を折っていった。

 大きな麻袋ひとつがいっぱいになったので、前方の山に向かって走り出した。


「バナナ、いやウリだったね。これがもうちょっと小さければ食べやすいんだけどなぁ」


 諦めてリンゴをかじり、種はプッと吹き飛ばしながら、私はアセデラの街へと向かったのである。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

ブクマ、評価、誤字報告してくださった方にも感謝いたします。


余談ですが、私の故郷では『めでたし、めでたし』を『とっぴんぱらりのぷー』と言うことを、約三十年ぶりに思い出しました。

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