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1月 崩壊


1月1日

 新しい年になった。かあさんの作ったおせちは相変わらずおいしい。人には言わないけど、黒豆が特に好物だ。

 寝正月最高。明日は叔父さんたちが来るけど、ケンカにならないといいな。





1月8日

 自分の身に何が起きたか実感できないでいる。気が付いたら俺は病院で、母さんが目覚めた俺を見て泣いていた。

 今は、病室の小さい机の上で日記を書いている。記憶がぐちゃぐちゃだ。まとまったら、また日記に書こうと思う。



1月9日

 違和感がひどい。頭がガンガンする。誰かが俺を呼んでる気がする。気持ち悪い。



1月10日

 世間では学校が始まっている頃だろう。体が鉛のように重い。これでもましになった方だ。起きてすぐは、気を抜くとすぐに吐いてしまいそうになっていたから。



1月11日

 気分が落ち着いてきた。俺を呼ぶ声は聞こえない。記憶もちょっとずつまとまってきた。

 俺が倒れたのは1月2日。親戚の叔父さんたちが十時くらいに家についた後だ。

 もともとお怒りモードだった親父だったけど、叔父さんたちを見て、爆発した。叔父さんたちは家に着くなり、ゲームをし始めたのだ。

 英雄症候群。あいさつもろくにせず、家に上がり込んでゲームに熱中。ふざけるなと親父は言った。そりゃそうだ。

 そうすると、叔父さんはお前もやれよと、ゲームの画面を俺たちに見せてきた。その瞬間だ。

 俺は意識を失って、それで……駄目だ。頭が痛くなってきた。今日はここまで。

 だけど覚えてる。ゲームの画面を見せた時、


 叔父さんたちは怖いくらい無表情だった。



1月12日

 親父が見舞いにきた。たびたび見舞いに来ていた親父だけど、最近様子がおかしい。ぼーっとしているというか、注意が散漫というか。

 心ここにあらずって感じ。母さんも似たような感じではある。親父ほどじゃないけど。

 そういえば、病室に来る医者や看護師も同じ感じな気がする。



1月13日

 異常はないということで、俺はそろそろ退院できることになりそうだ。そういえば、俺が入院してるってのに、大屋は一度も来なかったな。高校生にもなると、担任は見舞いに来ないのか?

 なんか腹立つ。



1月14日

 明日が退院の日。2日の日に俺は倒れた。病院の人たちは、正月でも働いているんだな。すごい。それから一週間眠り続けていたわけだけど、俺は長い夢を見ていた気がする。

 夢の中の俺は牧場の出身で、旅に出た。何をするための旅かは覚えていない。だけど手に剣を持って、強い意思をもっていたことだけは覚えている。人の姿をした怪物を倒しながら、俺はどこへ向かっていたんだろう。

 あの夢のことを思い出すと、頭が痛くなる。



1月15日

 家の中が荒れていた。きれい好きな母さんらしくない。洗濯物は出っ放しだし、洗い物は溜まってる。俺が入院してしまったせいで、相当心配をかけてしまったんだろう。

 俺が家事を手伝うと、母さんは喜んでくれた。



1月16日

 学校は来週から登校でいいらしい。退院はしたものの、体はまだまだ本調子じゃない。家の中を歩き回るだけで息が上がる。

 家の手伝いはいいリハビリだ。



1月17日

 母さんがぼーっとしている様子をよく見かける。声をかけるとすぐにはっとするけど、心配だ。まさか認知症とかじゃないよな。疲れているだけだよな。

 親父も似たようなものだから、なおのこと心配だ。



1月18日

 母さんと買い物に行った。人通りが少ない。俺と同年代の奴をほとんど見かけなかった。おかしいな。今日は土曜日なのに。

 母さんの様子は相変わらずだ。時々、肘を曲げて、両手を前に突き出すような仕草をするようになった。あの仕草、どっかで。



1月19日

 親父が自分の頭を何度もたたいていた。びっくりして声をかけると、親父は体中に脂汗をかいていた。

 誰かが呼んでいる気がするのだと、親父は言っていた。声を追い出すために頭を叩いていたんだと。なんとなくだけど、病院で目覚めてすぐ、俺も同じ声を聞いていたんだと思う。でも俺は、声はすぐに聞こえなくなった。母さんも同じ声を聞いているのか? 質問するのが怖い。

 明日、学校へ行くことが怖い。



1月20日

 何がどうなっているんだ。俺は今日学校へ行った。みんな親父のようになっていた。普通にしていても、いきなり頭を押さえたり、目の焦点が合わなくなったり。

 欠席者が多い。教師たちも何人か無断で休んでいるらしい。大屋は学校へ来ていたが、俺が入院していることを知らなかったらしい。無断欠席していたと思っていたみたいだ。

 そんなの、電話入れればわかることだと思うんだけど、そんな余裕もないのか? そもそも親父も母さんも学校へ連絡を入れていないのか? いや俺が学校へ行くのは来週だからと言っていたから、連絡はしてるはず。

 何がどうなっているんだ。



1月21日

 気づいた。肘を曲げて手を前に突き出す動作。あれって、


 携帯型のゲームをする時の手の動きだ。



1月22日

 一人、また一人と欠席者は増えていく。半日で終わった学校の帰り、ショッピングモールへ行った。

 英雄症候群があった。ゲーム屋の店頭に山積みにされている。じっと見ていると、ふらふらと歩いてきた客の一人が、買っていった。買って出ていく時、客の目はギラギラと輝いていた。

 ネットで調べたら、英雄症候群は異常なくらいに売れているらしい。調べ続けて、おかしなことに気づいた。大人気なら、売り切れ続出なんて言葉が出ることは多いはずなのに、英雄症候群のゲームで、売り切れという言葉を見たことが一度もない。

 それに気づいて、検索してみたけど、誰もが買おうとして、買えなかったなんてことがなかった。

 おかしい、おかしい、おかしい。



1月23日

 CGとしても高いクオリティのゲーム、それが英雄症候群だ。それが人気の理由なんだろうとニュースで言っていたことを思い出した。ずきんと、頭が痛んだ。

 違う。俺の中の誰かが叫んだ。俺は日記を読み返した。


 ……なんだこれ。変だ。気持ち悪い。現実が、歪んでる。俺は何度も英雄症候群のゲームの映像を見た。それから、日記の昔の文章を読み返す。

 グラフィック。おかしくなったのは、俺か? それとも世界か?



1月24日

 教室にいるのはもはや十人くらいだ。大屋も、何かに抗うようにずっと顔を歪めている。そんな状態で授業なんて成立するはずがない。ここに来ているやつらだって、教科書も、ノートも出していないのだ。きっとみんな当たり前ってやつにすがってここに来ている。

 明日から休みだ。もう、だめなのかもしれない。



1月25日

 俺が親父と母さんを支えないといけない。二人は呼ばれている。ベッドから起き上がることを難しくなった。何かあったらすぐに呼んでとスマホを枕元に置いて、家事や買い物を一人でこなす。

 店に店員はほとんどいない。新鮮な野菜や肉は入っていない。缶詰やカップ麺みたいな日持ちするものを買って帰る。

 母さんの大変さを知った。



1月26日

 異変は身の回りのことだけではない。テレビの向こうはアナウンサー、バラエティー番組の芸人、みんな苦しそうにしている。

 まともなものはもう残っていない。



1月27日

 学校へ行った。学校はもう終わっていた。誰も学校へ来ていない。行く気力すらないんだ。誰もいない教室で待っていると、昼過ぎに大屋が来た。大屋は今にも死にそうな顔で、助けてくれ、と言った。

 助けてくれ。その一言に、俺は頭がかち割られるような衝撃を受けて、逃げ出した。

 誰かが俺を呼んでいる気がする。こっちにおいで、こっちにおいでと声がする。違う、俺は呼ばれてなんていないと念じていると声は消えた。

 気が狂いそうだ。



1月28日

 親父と母さんはずっと眠っている。学校へは行かなかった。



1月29日

 学校へ行くのが来ない。まだ大屋がいて、■■■■■と言っている気がして。



1月30日

 俺たちはこれからどうなるんだろう。俺はこれからどうなるんだろう。山辺教えてくれよ。俺はどうすればいい。



1月31日

 学校に最後に来ていたやつらが、学校に希望を託していたように、俺はきっと、この日記に希望を託しているんだろう。俺が俺であるための。俺が正常でいるための。

 外を歩いても、誰もいない。きっとみんな眠っている。まだ水道やガスは流れているけど、それもいつまでもつかどうか。

 明日は2月1日。ひどく嫌な予感がする。

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