12月 拡大
12月1日
今年が終わるまであと一か月。お寺の僧が走るから師走というらしいけど、寒さも随分厳しくなってきた。来年はオリンピックもあるし、色々盛り上がるんだろう。
12月2日
信者が増えた。英雄症候群は、クラスの中では流行りのゲームになった。休み時間の間、ずっとゲームの話ばっかりしている。女子たちは正直引いてる。俺も引いてる。
佐藤の彼女の険しい顔が、こびりついて離れない。養豚場の豚を見るような目って、ああいうのを言うんだろうな。
豚、か。あのゲームはどこへ消えてしまったんだろう。山辺のことを思い出すことも少なくなってきた。
12月3日
テストがぼちぼち返却された。かなり点数がいい。この感じだと、成績は百番くらい上がりそうだな。
努力は結果に追いついてくるってことかな。
12月4日
テストが全部返ってきて、来年のコース選択の紙が来た。
理系か文系か。親父も母さんも、俺のやりたいことをしろというけど、正直そういうのが一番困る。いや、自分で決めないといけないことはわかっているんだけどさ。
12月5日
理系にすることを決めた。前は文系にしようかなと思っていたけど、それは単純に理系教科が点数悪かっただけだし、文系でも、理系でも、特にやりたいことなんてない。だったら、ってことで。
それに、理系だったら医学部を狙える。山辺が行きたかった学部。親には負担をかけてしまうけど、狙えるのなら、狙ってみたい。
12月6日
大屋がため息をついていた。男子たちのやる気がないと。今日の小テストの結果が相当悪かったらしい。
俺には関係のない……話、だよな?
12月7日
英雄症候群は、俺が思っているよりずっと速く人気になっていっている。
どうしてこんなに英雄症候群が気になるのかはわからないけど、もはや、日本で据え置き型ゲームを持っている奴の半分以上は、英雄症候群をもっているという有様だ。
親父も、このゲームはこんなに人気なのかと驚いていた。俺もそうだ。
人助けをするだけの、ありきたりなゲームがどうしてこんなに人気なんだろう。
12月8日
夕食が鍋だった。モツ鍋はやっぱりおいしい。
12月9日
佐藤が彼女にビンタをされていた。デートの約束をすっぽかしたらしい。でも当の佐藤は悪びれもせず、彼女とケンカをしていた。
私とゲーム、どっちが大事なのよ、ってどっかで聞いたようなセリフを彼女が言って、佐藤は、迷うわけでもなく、ゲームだって答えた。驚いた。人はここまでゲームにはまるものなのか?
12月10日
寒いと布団から出るのがつらい。入るのは楽なんだけど。
12月11日
毎日ケンカを見せられるのは、さすがにうんざりする。やるなら人の目のない所でやればいいのに。ところかまわず始めやがって。
大体佐藤も、ゲームじゃなくて、彼女を大事にしてやればいいのに。せっかくいるんだからさ。
12月12日
どうやら、佐藤と彼女は別れたらしい。ざまぁと言うべきか、なんと言うか。彼女の方はかなりへこんでいたけど、佐藤は全くこたえてなかった。
これじゃ彼女がかわいそうだ。
12月13日
日野は英雄症候群をやっていないのか、と佐藤が俺に聞いてきた。やってないと答えると、すぐにやるべきだと、仲間と一緒に熱く語ってきた。
俺はゲーム機がないからって断ったけど、佐藤たちは俺にゲームをさせることをあきらめた様子はなかった。
あの感じだと、ゲーム機ごと貸してきそうだな。
12月14日
久しぶりにゲーセンに行ってみた。驚いたことに、人がほとんどいなかった。どういうことだろう。
12月15日
昨日のゲーセンのことが頭にあったから、町のあちこちを回ってみた。人の多さは変わらない。気のせいかなと思ったけど、違和感があって、よく観察してみたら気づいた。
中学生、高校生の男がほとんどいない。外にいないなら、どこに……
12月16日
佐藤が、20日が楽しみだとこぼしていた。どうやらその日に英雄症候群の携帯ゲーム版が発売されるらしい。
速過ぎないか?
12月17日
なんとなく、勉強に身が入らない。大屋も、集中力がないと、クラスメイトたちをしかっていた。
クラスというよりも、学校全体が変な空気に侵されている気がする。
12月18日
コース選択を理系で提出した。もっと勉強を頑張ろう。
12月19日
明日、か。嫌な予感がする。
12月20日
たくさんの人が英雄症候群を買っているというニュースがあった。学校では、男のほとんどが無断欠席していた。大屋は、今日は放課後に臨時の職員会議だと言っていた。
……なんだこれ。
12月21日
出版社で、英雄症候群の特集を組むことになったらしい。秘密だぞ、と言って親父が教えてくれた。いや、守秘義務とかはいいのかよ。
親父が勤めているのは、小規模な出版社だ。ゲーム関係なんて普段は取り扱わないところまで、英雄症候群は取り扱われるなんて。
12月22日
クリスマスが近い。小学生の買ってほしいクリスマスプレゼント第一位は、英雄症候群らしい。
親父から何か買ってほしいものはあるかと聞かれた。
俺は……
12月23日
月曜日。空席が目立った。そろそろ冬休みになるってのに……ゲームに夢中なのか。
12月24日
クリスマスイブ。夜になって、雪が降り始めた。神秘的なホワイトクリスマス。だけど、恋人たちが集まるような定番スポットはがらんとしているらしい。
クリスマスケーキを食べた。甘いケーキだけど、苦く感じた。
12月25日
親父には、新しい万年筆と、インクを買ってもらった。結構いいものらしく、書きやすかった。
悟志もこういうものをプレゼントに頼むようになったかと、親父は感慨深そうにつぶやいていた。別に他に欲しいものがなかっただけなんだけど。
でも、新しい万年筆だと、いつもよりも筆が進むような気がする。
昨日から降り始めた雪は、今もまだ降り続いている。冷えた空気が窓をすり抜けて入ってきて、部屋のストーブが低い音を立てる。
あと一週間で年は変わって、俺はまた一つ齢を取る
――俺は何を書いているんだ。中二病のポエムか、恥ずかしい。
12月26日
無断欠席は変わらない。教室が妙にガランとしている気がする。
12月27日
終業式だ。体育館は人が少ない。そのせいだろうか。校長の話も、気が入っていないように感じる。大屋が冬休みの心得的なものを離して、解放となった。
今日は日記の筆が進まない。書くことはたくさんあるはずだけど。勉強をしよう。
12月28日
一日中勉強するのは疲れる。それにしても、親父は年末だってのに、今日も遅くまで仕事をしているらしい。年末だから忙しいのか?
12月29日
仕事から帰ってきたかと思ったら、親父はカンカンに怒っていた。基本的に温厚で寛容な親父にしては珍しいことだ。おそるおそる理由を聞いてみると、叔父夫婦が正月に帰らないと連絡があったらしい。納得した。
親父は、伝統とか行事とかにはうるさいからな。そりゃ怒る。で、どうにか来るように説得した(というより脅した?)らしいけど、まだ怒りがやまないんだな。叔父さんたちに何かあったのかな。少し気になる。
12月30日
3Dのそこそこきれいなグラフィック。英雄症候群の特集がテレビに流れていた。俺と母さんはぼーっとその映像を流れる。内容はありきたりなロープレ。クエストを受けて、人を助けるだけのゲーム。
設定がかなり練り込んであるらしく、一か月が四十日あったり、季節が六つだったり、似て非なる世界観が人気の秘訣ではないかと、歯切れ悪そうにアナウンサーが言っていた。
母さんは、どうしてこれがこんなに売れているのかしらねぇと、不思議そうだった。俺も同感だ。
12月31日
大晦日だ。母さんは正月のためのおせちを作ったり、もちを機械でついたりと大忙しだ。親父はようやく休みがもらえたみたいで、疲れた顔で、くつろいでいた。
年末特有の、微妙なテレビも、豪華な衣装で有名な歌手が出てくる紅白も変わらない。これまでと変わらない大晦日だ。
将来、何になりたい、と親父が聞いてきた。俺はまだ話さないと言った。俺自身、どうなりたいのか分からない。でもそれを選ぶ時、きっと後悔はしないんだろうと思う。
寝て、目が覚めたら新しい年。できればいい一年になるといい。