表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

12月 拡大


12月1日

 今年が終わるまであと一か月。お寺の僧が走るから師走というらしいけど、寒さも随分厳しくなってきた。来年はオリンピックもあるし、色々盛り上がるんだろう。



12月2日

 信者が増えた。英雄症候群は、クラスの中では流行りのゲームになった。休み時間の間、ずっとゲームの話ばっかりしている。女子たちは正直引いてる。俺も引いてる。

 佐藤の彼女の険しい顔が、こびりついて離れない。養豚場の豚を見るような目って、ああいうのを言うんだろうな。

 豚、か。あのゲームはどこへ消えてしまったんだろう。山辺のことを思い出すことも少なくなってきた。



12月3日

 テストがぼちぼち返却された。かなり点数がいい。この感じだと、成績は百番くらい上がりそうだな。

 努力は結果に追いついてくるってことかな。



12月4日

 テストが全部返ってきて、来年のコース選択の紙が来た。

 理系か文系か。親父も母さんも、俺のやりたいことをしろというけど、正直そういうのが一番困る。いや、自分で決めないといけないことはわかっているんだけどさ。



12月5日

 理系にすることを決めた。前は文系にしようかなと思っていたけど、それは単純に理系教科が点数悪かっただけだし、文系でも、理系でも、特にやりたいことなんてない。だったら、ってことで。

 それに、理系だったら医学部を狙える。山辺が行きたかった学部。親には負担をかけてしまうけど、狙えるのなら、狙ってみたい。



12月6日

 大屋がため息をついていた。男子たちのやる気がないと。今日の小テストの結果が相当悪かったらしい。

 俺には関係のない……話、だよな?



12月7日

 英雄症候群は、俺が思っているよりずっと速く人気になっていっている。

 どうしてこんなに英雄症候群が気になるのかはわからないけど、もはや、日本で据え置き型ゲームを持っている奴の半分以上は、英雄症候群をもっているという有様だ。

 親父も、このゲームはこんなに人気なのかと驚いていた。俺もそうだ。

 人助けをするだけの、ありきたりなゲームがどうしてこんなに人気なんだろう。



12月8日

 夕食が鍋だった。モツ鍋はやっぱりおいしい。



12月9日

 佐藤が彼女にビンタをされていた。デートの約束をすっぽかしたらしい。でも当の佐藤は悪びれもせず、彼女とケンカをしていた。

 私とゲーム、どっちが大事なのよ、ってどっかで聞いたようなセリフを彼女が言って、佐藤は、迷うわけでもなく、ゲームだって答えた。驚いた。人はここまでゲームにはまるものなのか?



12月10日

 寒いと布団から出るのがつらい。入るのは楽なんだけど。



12月11日

 毎日ケンカを見せられるのは、さすがにうんざりする。やるなら人の目のない所でやればいいのに。ところかまわず始めやがって。

 大体佐藤も、ゲームじゃなくて、彼女を大事にしてやればいいのに。せっかくいるんだからさ。



12月12日

 どうやら、佐藤と彼女は別れたらしい。ざまぁと言うべきか、なんと言うか。彼女の方はかなりへこんでいたけど、佐藤は全くこたえてなかった。

 これじゃ彼女がかわいそうだ。



12月13日

 日野は英雄症候群をやっていないのか、と佐藤が俺に聞いてきた。やってないと答えると、すぐにやるべきだと、仲間と一緒に熱く語ってきた。

 俺はゲーム機がないからって断ったけど、佐藤たちは俺にゲームをさせることをあきらめた様子はなかった。

 あの感じだと、ゲーム機ごと貸してきそうだな。



12月14日

 久しぶりにゲーセンに行ってみた。驚いたことに、人がほとんどいなかった。どういうことだろう。



12月15日

 昨日のゲーセンのことが頭にあったから、町のあちこちを回ってみた。人の多さは変わらない。気のせいかなと思ったけど、違和感があって、よく観察してみたら気づいた。

 中学生、高校生の男がほとんどいない。外にいないなら、どこに……



12月16日

 佐藤が、20日が楽しみだとこぼしていた。どうやらその日に英雄症候群の携帯ゲーム版が発売されるらしい。

 速過ぎないか?



12月17日

 なんとなく、勉強に身が入らない。大屋も、集中力がないと、クラスメイトたちをしかっていた。

 クラスというよりも、学校全体が変な空気に侵されている気がする。



12月18日

 コース選択を理系で提出した。もっと勉強を頑張ろう。



12月19日

 明日、か。嫌な予感がする。



12月20日

 たくさんの人が英雄症候群を買っているというニュースがあった。学校では、男のほとんどが無断欠席していた。大屋は、今日は放課後に臨時の職員会議だと言っていた。

 ……なんだこれ。



12月21日

 出版社で、英雄症候群の特集を組むことになったらしい。秘密だぞ、と言って親父が教えてくれた。いや、守秘義務とかはいいのかよ。

 親父が勤めているのは、小規模な出版社だ。ゲーム関係なんて普段は取り扱わないところまで、英雄症候群は取り扱われるなんて。



12月22日

 クリスマスが近い。小学生の買ってほしいクリスマスプレゼント第一位は、英雄症候群らしい。

 親父から何か買ってほしいものはあるかと聞かれた。

 俺は……



12月23日

 月曜日。空席が目立った。そろそろ冬休みになるってのに……ゲームに夢中なのか。



12月24日

 クリスマスイブ。夜になって、雪が降り始めた。神秘的なホワイトクリスマス。だけど、恋人たちが集まるような定番スポットはがらんとしているらしい。

 クリスマスケーキを食べた。甘いケーキだけど、苦く感じた。



12月25日

 親父には、新しい万年筆と、インクを買ってもらった。結構いいものらしく、書きやすかった。

 悟志もこういうものをプレゼントに頼むようになったかと、親父は感慨深そうにつぶやいていた。別に他に欲しいものがなかっただけなんだけど。

 でも、新しい万年筆だと、いつもよりも筆が進むような気がする。

 昨日から降り始めた雪は、今もまだ降り続いている。冷えた空気が窓をすり抜けて入ってきて、部屋のストーブが低い音を立てる。

 あと一週間で年は変わって、俺はまた一つ齢を取る

 ――俺は何を書いているんだ。中二病のポエムか、恥ずかしい。



12月26日

 無断欠席は変わらない。教室が妙にガランとしている気がする。



12月27日

 終業式だ。体育館は人が少ない。そのせいだろうか。校長の話も、気が入っていないように感じる。大屋が冬休みの心得的なものを離して、解放となった。

今日は日記の筆が進まない。書くことはたくさんあるはずだけど。勉強をしよう。



12月28日

 一日中勉強するのは疲れる。それにしても、親父は年末だってのに、今日も遅くまで仕事をしているらしい。年末だから忙しいのか?



12月29日

 仕事から帰ってきたかと思ったら、親父はカンカンに怒っていた。基本的に温厚で寛容な親父にしては珍しいことだ。おそるおそる理由を聞いてみると、叔父夫婦が正月に帰らないと連絡があったらしい。納得した。

 親父は、伝統とか行事とかにはうるさいからな。そりゃ怒る。で、どうにか来るように説得した(というより脅した?)らしいけど、まだ怒りがやまないんだな。叔父さんたちに何かあったのかな。少し気になる。



12月30日

 3Dのそこそこきれいなグラフィック。英雄症候群の特集がテレビに流れていた。俺と母さんはぼーっとその映像を流れる。内容はありきたりなロープレ。クエストを受けて、人を助けるだけのゲーム。

 設定がかなり練り込んであるらしく、一か月が四十日あったり、季節が六つだったり、似て非なる世界観が人気の秘訣ではないかと、歯切れ悪そうにアナウンサーが言っていた。

 母さんは、どうしてこれがこんなに売れているのかしらねぇと、不思議そうだった。俺も同感だ。



12月31日

 大晦日だ。母さんは正月のためのおせちを作ったり、もちを機械でついたりと大忙しだ。親父はようやく休みがもらえたみたいで、疲れた顔で、くつろいでいた。

 年末特有の、微妙なテレビも、豪華な衣装で有名な歌手が出てくる紅白も変わらない。これまでと変わらない大晦日だ。

 将来、何になりたい、と親父が聞いてきた。俺はまだ話さないと言った。俺自身、どうなりたいのか分からない。でもそれを選ぶ時、きっと後悔はしないんだろうと思う。

 寝て、目が覚めたら新しい年。できればいい一年になるといい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ