11月 変異
11月5日
久しぶりに日記を書く。山辺が死んだ。言葉にすればそれだけ。それだけなんだ。
あんなに、赤くて、痛々しくて、見ているだけで吐き気がこみあげて、手足が冷たくなって、訳がわからなくなるようなことなのに、言葉にしてしまえば、死、それだけなんだ。
あいつは馬鹿だ。どうして道路になんて飛び出したんだよ。自分を犠牲にして、小さい子どもを救う必要なんてないだろ。
10月の終わり。俺と山辺は、ゲーセンから家に帰っていた。豚は育ちに育って、山辺の牧場なんて、豚が上限一杯まで達してしまった。帰り道、山辺は親父さんがあのばばぁをねじ伏せたことを教えてくれた。離婚をちらつかせたら、了承してくれたらしい。これで心おきなく医者になるための勉強ができると話していた。
ゲーセンに通うようになったから、勉強時間は減っているはずなんだけど、この間の小テストは、どの教科も百点だったらしい。ほどよい息抜きが良かったんだとか。
日野のおかげだって、山辺は言っていたけど、違うと思う。全部山辺の力なんだ。
山辺は言っていた。あいつは小さい頃、体が弱かったらしい。それで親父さんに手術をしてもらって、普通に歩けるまで回復したんだって。だから山辺は人を助ける仕事をしたかった。
でも、でもさ。それは全部生きているからだろ。お前が死んだら、もう誰も救えないんだぞ。
11月8日
人を助けるってなんだろう。なんで俺はこんなにつらいんだろう。俺はどうしてこんなに山辺が死んで、苦しいのだろうか。
今の俺は、変だ。胸の間にぽっかり穴が空いてしまったような。俺は――シニタクナイヨ
11月9日
久しぶりにゲーセンに行った。俺と山辺が何度もやった豚を育てるゲームは無くなっていた。店員に聞いたけど、始めからそんなゲームはなかったって言われた。
そんなはずはないって、店員に言ったけど、ないものはないって。
山辺と一緒に、あのゲームも死んでしまったようで、それがひどく悲しい。
11月10日
今日は焼肉だった。和牛が安かったからって、母さんは言っていたけど、俺のことを気遣ってくれたらしい。山辺が死んでから、俺はずっとへこんでいたから。
焼肉はおいしかった。ぽっかり空いた心の穴が少しずつ塞がっていく気がした。そっか。俺は生きているんだ。
11月11日
わけのわからない数学も、やる気を出したら、わかることが増えた。人って、意識次第で変わるんだな。担任の大屋にもほめられた。別にほめられたくて勉強しているわけじゃないけど、少し照れ臭い。
11月12日
11月の終わりにはテストがある。いつになく、勉強に身が入っている。冬に近づいて寒くなってきたけど、温かいココアを飲みながらやる勉強は悪くない。
11月13日
正直、今日のことは思い出したくない。胸糞悪い。人を殴ったのは初めてだ。
山辺のことを、佐藤が馬鹿にしていた。人を助けて、自分が死ぬなんて、バッカじゃねぇのって。
それを聞いた瞬間、俺の中で何かが切れた。気づいたら、俺は佐藤に馬乗りになって、顔面を殴っていた。佐藤も殴り返していた。お互い殴り合って、顔がぼこぼこになったくらいになって、教師が俺たちをとめた。
俺と佐藤は謹慎だそうだ。退学でもないし、週末を過ぎたら、また学校に来ていいらしい。悔しいけど、佐藤より俺の方が怪我はひどかったし、俺が殴りかかる理由もあるからってことで。
母さんは佐藤の両親に謝っていた。親父は出張で遠くにいるから、すぐには来られないらしい。だけど、佐藤の両親も息子が心無いことを言ったと、俺に謝ってくれた。山辺のばばぁのことが頭にあったから、正直驚いた。
腫れた顔は痛いし、反省文は書かないといけないしで、うんざりするけど、もやもやした気持ちはない。
反省はしてるけど、後悔はしていない。
11月14日
平日なのに、学校に行かないことがこんなに退屈だったとは。毎日が日曜日なんて、暇なだけだろうな。
自習がはかどる。
11月15日
出張から帰ってきた父さんは、俺のしたことを間違っていないと言ってくれた。友達のために、人を殴ることは間違ってないんだって。俺の頭を軽く殴って、それからぐりぐりと撫でまわされた。
高校生にもなって恥ずかしい。
11月16日
顔の痛みが少し引いた。一日中勉強していたせいで、頭が痛い。今日はもう寝よう。まだ八時だけど。
11月17日
明日からまた学校だ。佐藤と顔を合わせることになると考えると、憂鬱だ。
顔の腫れは大体引いて、人前に出られる程度にはなった。……なるようになるか。
11月18日
クラスの輪の中心に俺がいることになるなんて。普段はおとなしい俺が、佐藤と殴り合いをしたせいで、俺は英雄扱い(?)だった。いいことは一切してないはずなのに、何がどうなっているのやら。
佐藤は俺と顔を合わせて早々に謝ってきた。いやいやながら。多分、佐藤の両親から相当しぼられたんだろう。俺も謝ったら、佐藤がばつの悪そうな顔をした。
今日からテストまで、補習がある。謹慎になっていた期間分の勉強をしろということらしい。
11月19日
佐藤は補習を受けさせられることに不満たらたらだったが、俺としては、わざわざ少人数で教えてくれるんだから、ありがたい話だと思う。
11月20日
疲れた頭にチョコレート。先人の知恵は正しかった。
11月21日
勉強の合間に、ネットを見ていた。新しいゲームが発売されたらしい。
英雄症候群。おかしな名前のゲームだ。せっかくなら、横文字にしてヒーロー・シンドロームにでもしたらいいのに。
なんとなく気になって、内容を調べてみた。今時珍しい、据え置き型ゲームのロープレだ。しかもドット絵。
なんだこれ。レトロゲームの復刻版か? 名前は聞いたことないけど。制作会社も聞いたことがない。あらすじも、なんでか文字化けしてるし……ホラーか?
明らかに他のきれいなグラフィックゲームから浮いているせいか、俺はこのゲームからしばらく目を離すことができなかった。懐かしい、気がしたから。
11月22日
来週から、期末テストだ。土日を使って、しっかり勉強しないと。
11月23日
自分でも驚くくらい勉強が頭に入ってくる。なんだ、ちゃんとやれば俺にもできるのか。
母さんが作ってくれた、夜食のおにぎりがうまい。
11月24日
明日からテストだし、今日は早めに寝よう。
11月25日
テスト一日目。国語は上手くいったと思う。他の教科はぼちぼち。
11月26日
テスト二日目。苦手だった数学が、思っていたよりも解けた。これはもしかすると、もしかするかもしれない。
11月27日
テスト最終日。いつもはうんざりした気分になるけど、今日は晴れやかなものだ。テストの点数は絶対に悪くない。むしろ、最高得点をたたき出せたかもしれない。
気分がよくなって、帰りにショッピングモールに寄った。
中にあるゲーム屋に行くと、とあるゲームがよく売れていた。
英雄症候群。ここにも置いてあったんだと思う反面、どうしてここまでとも思う。一万円出してレトロなゲームを買うやつがこんなにいるものか? おかしな話だ。
すれ違いざまに、佐藤たちのグループとすれ違った。俺も、佐藤も、目も合わせない。補習の時は必然的に隣の席で、少しくらいは話しもしたけど、最近は全然話さない。もともと住む世界が違うのだし。
テストが終わったから、あいつも何か買うのか。
11月28日
テストの返却は来週だけど、大屋からほめられた。結構点数はいいらしい。日野にしては大進歩、なんだそうだ。来年は文系、理系の選択もあるし、そろそろ決めないとまずいかな。
そういえば、今日佐藤が学校を休んでいた。
11月29日
奇妙なものを見た。佐藤はどうやら、英雄症候群にはまってしまったらしい。佐藤のグループがゲームについて話しているのを遠くから聞いていてわかった。佐藤はいかに英雄症候群というゲームが素晴らしいかを語っていた。
でも正直、他の連中は引いてたぞ。女子なんて、顔をしかめていた。ゲームについて語っている時の佐藤、かなり怖かったな。目をおっぴろげて、大声で。あれじゃゲームを勧めてるっていうより、新興宗教を勧めてるって感じだ。
男子の何人かは、ゲームを買ってみるって言ったらしいけど、どうなんだかな。
11月30日
たくさんのレビュー。評価は星五つ。英雄症候群のネットの評判だ。すこぶるいい。気味が悪いくらいに。レビューを読んでも、どれもが絶賛の嵐。何か細工をしているんじゃないのってくらいだ。
古臭い、時代遅れな感じの2Dのゲームなのに、どうしてここまで人気なんだろう。