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10月 発生


10月17日

 十六歳の誕生日。今日から日記をつけることにした。親父が、誕生日のプレゼントに、高そうな日記帳と万年筆をくれたからだ。

 それなら同じ金でゲームでも買ってくれたほうが嬉しかったけど、せっかくだから続けてみようと思う。

 三日坊主にならないといいんだけど。



10月18日

 日記生活二日目。こうして書いてみると、テレビの企画のようでなんだか面白い。でも俺には、面白い日記は書けそうにない。

 特別面白い人生を送っているつもりはなかったけど、つまらない人生も送っているつもりはなかったんだけどな。書くことがない。どうしたもんかな。さすがに二日坊主は避けたいところだけど。



10月19日

 日記生活三日目。親父いわく、ちょっとしたことでも書けばいいということらしい。面白さも派手さもいらないから、毎日続けることが大事なのだそうだ。

 そういう親父はどうなんだと、聞いてみたけれど、笑ってごまかされた。あれは絶対三日坊主でやめたクチだな。出版社で働いているくせに。

 ちょっとしたこと、ちょっとしたこと……晩御飯のトンカツがうまかった。



10月20日

 日記生活四日目。昨日の日記を読み返すと、かなり恥ずかしい。なんでしゃべってるみたいに書いてんだろ、俺。ほら今も。

 ……まぁ、これでいいか。これが俺の日記ということで。



10月21日

 日記生活五日目。山辺と遊ぶ約束をした。真面目なあいつにしては珍しい。普段は、遊ぶくらいなら、勉強するってタイプだからな。よく聞いてみると、中間テストの結果がよくなかったらしい。国立大学の医学部を狙っているだけあって、悪いといっても、俺よりもずっといいんだけどさ。

 頭の固いあいつに、どんな遊びを教えてやろうか。カラオケ? ボーリング? それともゲーセン?

 俺もあんまりそういうのには、くわしくないけどさ。



10月22日

 久しぶりに入ったゲーセンは、思っていたよりもやかましかった。でも気になったのは最初だけ。山辺は楽しそうに、ゲームをしてた。男二人だし、さすがにプリクラとかはやってないけど、あんなに大笑いしたのは久しぶりだった。山辺、ゲームがヘタクソすぎる。カーレースのゲームで、二十回はぶつかってたな。本物の車だったら、何度も死んでる。あいつの乗る車には乗りたくない。

 菓子を落とすゲームで、千円使ってゲットしたのが、一個二十円のチョコとか最高だ。でも嬉しそうなあいつを見てると、しょぼいとは言えなかった。

 あいつは、今までそういう遊びを全然してこなかったんだろうな。と、思うとしんみりしてしまう。勉強一辺倒だったんだろうし。

 いっちょ、俺が一肌ぬいでやろうかね。

 そういえば、ゲーセンの奥に、今時珍しいゲームを見かけた。アーケードのゲームにはあるまじき、育成ゲーム。豚を育てるだけという、シンプル過ぎるやつだ。

 時間だったし、やらなかったけど、今度してみようかな。



10月23日

 数学って、なんで存在するんだろうか。俺は数学が嫌いだ。あの意味不明で無意味に思える数式はなんなのだ。俺には理解できない。したくもない。

 といったことを担任の大屋に話したら、あきれられた。今お前は困っているだろう、ってさ。

 ちくしょう、補習なんて大嫌いだ。



10月24日

 学校帰り、コンビニに寄ったら、佐藤たちのグループと出くわした。気分は最悪だ。

 あいつら、いつも俺らを見下した顔で見やがって、イライラする。



10月25日

 山辺がうちにとめてほしいと言ってきた。どうやら親にゲーセンへ行ったことがばれたらしい。というか、俺と行った日の後も、塾をさぼって一人でゲーセンに行っていたらしい。そのことがきっかけでケンカしたんだとか。

 山辺は相当怒ってた。本気で怒る山辺は初めて見たな。俺に怒っているわけじゃないのに、鳥肌が立った。

 始めは自業自得じゃないかと思ったけど、理由を聞いたら山辺の言っていることは正しいと思った。子どもは親の所有物じゃないんだ。親の都合で、子どもの未来を決めるな。

 母さんに聞いたら、快く受け入れてくれた。でも三日間だけらしい。それ以上は許さないと。

 それでも山辺はお礼を言っていた。男二人の夜もなかなか悪くない。日記には書かないけど、山辺について、色々知ることができた。おかしな意味ではなく。



10月26日

 休みの日だから、山辺と二人でゲーセンに行った。前に日記で書いた、ゲーセンの奥にある豚を育てるゲームだ。

 一回百円で、けっこう長く遊ぶことができた。単純そうで、意外と難しい。なんかこう、癖になる感じだ。不思議なんだけど、山辺が百円を入れるだけで、ゲームが途中から始まった。まさか、指紋認証とかしているわけでもないだろうに。なんでだろ。

 別にいいか。豚を育てるのも結構大変だった。豚って実はきれい好きらしい。かなりグルメで、いい豚を育てようと思ったら、かなり手間暇かかる。

 時間はあっという間にすぎてしまった。育成ゲームはこれまでほとんどやったことがなかったけど、こんなに楽しいものだったとは。この手のゲームがアーケードであるのは変だけど、たまには悪くない。

 そして、やっぱり山辺は頭がいい。俺が悪戦苦闘している横で、俺の数十倍の豚を飼育していた。

 負けてられない。明日もやろう。



10月27日

 俺の家に、山辺の母親が来た。厚化粧のばばぁだった。玄関先で響く甲高い声が、俺の耳にこびりついている。

 母さんは山辺に謝っていた。母さんは、おとといの時点で、山辺の家に連絡をとっていたらしい。心配をかけまいという、大人の対応だったんだろう。それは理解できる。でも山辺のばばぁは、大人じゃなかった。

 あのばばぁは俺と、母さんと、山辺にひどい罵声を浴びせてきた。俺らが何をしたっていうんだ。思い出したくもない、書きたくもないような言葉をたくさん言われた。ご近所さんが気を利かせて警察を呼んでくれなきゃ、何をされたかもわからない。なにせ、あのばばぁ、固そうな指輪をいくつもつけてたから。殴られたら怪我する。ヒステリックなばばぁだった。

 警察をともなって、ばばぁが山辺を連れ帰った。夜になって、山辺の親父さんが謝りに来た。山辺は父親似だな。なんであんなばばぁと結婚したんだろうって思うくらい、常識的で立派な人だった。

 山辺の親父さんは、俺に山辺と友達でいてほしいと言った。山辺には、今まで心を許せる友達なんていなかったからと。

 俺だって、山辺は大事な友達だ。高校生にもなって、こんなことを言うのは恥ずかしいけど。でもこれは俺の本音。

 あいつが幸せになれることを、俺は祈っている。



10月28日

 山辺は学校を休んだ。あいつはスマホを持ってない。連絡の取りようがない。

 山辺がいないとなんとなく、調子が悪い。会えないかと思って、ゲーセンに行ったけど、いなかった。一回だけゲームをして、家に帰った。



10月29日

 山辺、随分やつれてたな。あのばばぁと、親父さんがひどい言い合いをしていたらしい。山辺の将来をどうするのか。親父さんは山辺の味方をしてくれているらしいけど、あのばばぁの実家は政治家の家系で、結構な金持ちらしい。その関係で、親父さんはあんまりばばぁに強く言えないらしい。

 むかむかする話だ。親父さんも、山辺の味方をするなら、もっと捨て身になってやってほしい。



10月30日

 放課後、二人でゲーセンに行った。豚はかなり育っていた。

 山辺はあのばばぁから、政治家になることを求められているらしい。でも山辺は医者になりたいそうだあ。

 山辺の親父さんが医者なんだそうだ。それも、その界隈ではかなり有名らしくて、昔から憧れているらしい。誰かを直接救う仕事に就きたいのだと、山辺は言っていた。

 俺は将来なりたい職業なんてないから、尊敬する。あいつが望む未来が来るといいなあ。山辺みたいな奴が、医者になって、人を助けられるんだと思う。

 真っすぐな山辺がうらやましい。



10月31日

 山辺は、馬鹿だ。


 ――大馬鹿だ。

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― 新着の感想 ―
・・・亡くなったのかな
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