ブスな私でも恋はしたいし普通に彼氏が欲しいんです!!
鏡に映る肌は荒廃を極め、酷く凸凹した吹き出物と大きな鼻、そしてイボ。控えめに言っても不細工なその顔は、どうか別人で在って欲しいと切に願いながらも……その指でなぞる頬は確かに自分の物であった…………。
「酷い肌荒れ……」
生まれてこの方、この不細工な顔と貧相な体のお陰で男子には蔑まれ、女子には疎まれてきた。学校でついたあだ名は『アナゴさん』だ。私は今日も洗面台の前で残酷にも突き付けられる現実に涙する日が始まる……。
登校時間が迫りリビングに姿を見せると、私によく似た母がキッチンで私のお弁当を包んでいた。
「―――おはよう?」
「おはよう……」
私は少しぬるくなった味噌汁に手を着け一息着いた。そしてふと母の顔を見る。
「お母さんはどうやってお父さんと付き合えたの?」
「あらやだこの娘ったら……! 勿論父さんからの激しいアタックに決まってるじゃないの!?」
「その顔で?」と思わず口にしかけたが、口に入れていたご飯のお陰で飛び出ずに済んだ。
「……ま、アンタの考えてる事なんて大体分かるわ。でもね、私は何もせずに父さんと付き合えた訳じゃ無かったのよ?」
「…………」
「泣いているだけで王子様が迎えに来るのは、世にも美しいプリンセスだけよ。ブスは泣いてもブス。アンタが母さんに瓜二つなのは申し訳ないけど、アンタが何とかするしか無いの……頑張んなさい」
「お母さん……」
確かにお母さんはお父さんと付き合って結婚まで出来た。お父さんは見た目は普通だけど仕事は出来てバリバリの高給取りだ。私も何時までも泣いているだけじゃダメ……自分で何とかしないと!
「ふふ、その切り替えの良さは父さん似よ?」
お母さんはお弁当を私に手渡すと、私の食べた食器を下げ洗い出した。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
私は勢い良く家を飛び出し、昨日までの私に別れを告げた。
私は手始めにバイトを始めた。小さなお弁当屋さんのレジ係だ。注文を聞いてキッチンに伝える。出来たお弁当を袋へ入れ、お金を受け取りお客さんにお弁当を手渡す……唯それだけ。
ココをバイト先に選んだ理由は、仕事中はマスクを着用しなければならなかったからだ。これならコンプレックスの大きな鼻もイボも荒れた肌も隠せる。それにバイトする事にお父さんが少し心配してたけど、家から10分位の場所だと伝えたら一応納得してくれた。
学生でも時給900円で、時間は10:30~16:00まで。休日の一日五時間半を私はお弁当屋さんで過ごした。
「いらっしゃいませ♪」
「……のり弁三つとお茶三つ」
「かしこまりました♪ 合わせてお味噌汁は如何ですか?」
「……いや、いいよ」
「ありがとうございます! 合計で1200円になります♪」
「……姉ちゃん新人かい? 可愛いね」
「―――!?」
「じゃ、頑張れよ」
「え!? あ、はい! ありがとうございました!」
仕事を始めて一週間。土方風のオジサンに『可愛い』と言われてしまった……。
(私が……可愛い?)
ステンレスのキッチンに映るマスク姿の私。確かに少しだけお化粧はしたけれど、流石にこのマスクを取ったら……。
(……って口裂け女みたいだね)
私は邪念を払い除け、仕事へと集中した。まあ『可愛いね』が頭の中でグルグル回って集中しきれなかったけれど……。
さて、ある程度の月日が流れ……私は机の前で今まで貯めてきたお金を目の前に決意する。
「お母さん」
「ん、何だい?」
「私……整形したい」
「いいよ」
……あれ? 思い切って相談したのに、お母さんから返ってきた返事は実に呆気無い物だった。
「……反対しないの?」
「私が若い頃にもう少し美容整形の技術が発展してたら、母さんもしてたからね……アンタの気持ちは痛いほど分かるんだよ。伊達にこの顔で40年以上生きてないからね!」
お母さんは私の頭にポンと手を置くと何も言わず笑顔で笑った。
「父さんには私から言っておくから、良い病院見つけたら教えなさい。一緒に行きましょう♪」
「……うん。……うん」
私は卒業を機に、整形外科で一番気になっていた鼻のイボを切除した。術後直ぐには痕が残るけれど次第に無くなっていくそうだ。それと、美容の専門学校へ進学した。これは私が綺麗になる為、そして同じ悩みで困っている人を助ける為でもある。
私は専門学校でスキンケアやメイクを徹底的に学んだ。
二年目になると自分で見違えるほどのメイクが出来るようになり、もう外を歩いても私の顔を見て目を背ける人は居なくなっていた。
(人は……変われる!!)
私は自信に満ち溢れ、過去の自分と完全に決別を……したつもりだった。
「あれ? もしかして…………」
その声で私は気が付く。カフェの向かいの席で彼氏らしき帽子を被った男と仲良く話していた女性が、昔の私を知る中高からのクラスメイトだと言う事を…………。
「最初分からなかったけど、その鼻で気付いたの! アレ!? もしかしてイボ取ったぁ!?」
私は懸命に笑顔で取り繕うが、内心古傷を剔られているような気がして焦りを覚えていた。
(止めて……! もう昔の私じゃないの!!)
「あんなにブスだったのに人って変わるもんねぇ! ねえねえ聞いて! コイツ昔すげぇブスだったんだよ!?」
と、彼氏らしき男に向かって私を指差した。すると男は静かに立ち上がり―――
―――パァン!
盛大に平手打ちをした…………
「えっ!? 何々!? 何で!?」
狼狽える女。静まり返るカフェ。そして紅く染まる女の頬。
「帰れ……今すぐ帰れよ」
男はそう言うと女の背中を押し、店から追い出した。
「お騒がせ致しました」
狭い店内に深々と頭を下げ、そして私の下へ……。
「ゴメンね。お詫びに何か奢らせてよ!」
慌てふためく私の手を引き、手早く外へと連れ出された。
「―――あ、あの! 彼女は……!?」
「たった今他人になったよ。あんなに醜い人だと思わなかったよ。嫌な思いさせて本当にゴメンね?」
「い、いえ! そ、そそ、そんな事は……」
「いや、確かに君は傷付いた筈だ」
「…………なんで……分かるんですか?」
私は他人に土足で心の中に入り込まれた気がして、少しムッとした。たった今会ったばかりのこの人に、一体私の何が分かると言うのだろうか?
「分かるよ……」
―――スッ
男が帽子を外すと、作り物みたいに綺麗な髪が露わになる。
(……?)
―――パチッ
そしてその綺麗な髪に手をかけると、頭頂部は大きく外れ……何も無い地肌が大きく見えた。
「……(´・ω・`)」
「…………」
私は絶句した……。彼も私と同じく、コンプレックスから心に傷を負った仲間だったのだ!
―――パチッ
再び髪を戻すと、彼は帽子をスッと被りニコッと笑った。気が付けば私は涙を流していた。
「―――えっ!? どうしたの!? ゴメン汚かったかな!?」
「違うの……違うの……!」
私は過去の自分と決別したつもりだったが、どうやらそれは大きな誤解で、私はまだまだ醜い私のままだった様だ……。
「ごめんなさい……! 私こそごめんなさい……!!」
「ええっ!? 何で!? 何でぇ……!?」
道行く通行人の目を引き狼狽える彼は、ハンカチを取り出しそっと私の涙を拭いてくれた。彼は強い。そしてきっと沢山傷付いたのだろうと、私は己の未熟さを悟った。
……
…………
「大丈夫……?」
「ごめんなさい。もう大丈夫……」
大きく泣き崩れ腫れ上がった私の目。氷嚢代わりに差し出された冷たい缶ジュース。彼の優しさがとことん私の心に染み渡る。
「今度……改めて食事に誘っても、良いかな?」
「……え?」
彼はポケットからスマホを取り出し、指で軽快に操作し始めた。
「はい、連絡先」
差し出されたスマホの画面を見て、私は覚束無い操作で登録した。
「僕と居ることで君が傷付くなら、今日のことは忘れてしまっても構わない。けど、もし気が変わって連絡をくれたなら……その時は飛び切り美味しいレストランにでも行こう!」
彼はニコッと笑い、私を見た。私は深く一礼しその場を後にした…………。
私は実家へ戻ると、急いで洗面台へと向かった。
鏡に映るのはグチャグチャに崩れたメイクの鼻の大きな女。彼はそんな私でも普通に優しく接してくれた。私も彼みたいに強く……在りたい。
その夜、私は震える手先でスマホを操作し……彼に電話を掛けた。
「イタリアンと中華……どっちが好き?」
「イタリアン……かな」
「良かった。僕もイタリアン大好きだよ」
『大好きだよ』
その言葉に思わずときめく私に気付いた時には、既に恋は始まっていた―――
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