対峙
「……」
トウゴは深い眠りから目を覚まし、時計を見ると既に夜の十時を回っていた
外ではザーザーと雨音がする。
ベランダから外を見るが、さすが大都市紅段、雨が降っていても街頭や店の照明はが煌々と点灯しており、人がいない場所などない。
「はぁ~」
八時間近く寝てしまい、お腹が空く。冷蔵庫には朝ご飯用の卵とベーコン、パンしかない。
着替えを出すのも面倒くさいので、トウゴはあくびをしながら床の上に脱ぎ捨てられた制服に着替え、ビニール傘片手にコンビニへ向かう。
歩きながらトウゴは授業初日をふと思い返す。
みんなと上手に接する事ができたのだろうか?
入学式からずっと一緒にいるガレンとシアラは問題ない。
ありがたい事に、ローリエは向こうからフレンドリーに接してくた。
となると後はティアラだ、分け隔てなく接してくれてはいるが、あんなに綺麗でお金も持ってる人が、実際こんな自分に仲良くしてくれるのだろうか? とも思う。
付き合う訳でもないのに自分の容姿や、経済力を気にしてしまう。
弁当を買い、トウゴがコンビニから出て横に目を向けると、燕尾服を着た高貴な老人が雨宿りをしていた。パンパンになった買い物袋6つを床に置き、静かに道行く人を眺めている。
温めてもらった弁当が冷める前に帰りたいが、一向に雨が止む様子がない今、このままスルーしてよいのだろうか? 危ない人ではなさそうだし、そう考えたトウゴは老人に声をかける。
「僕の傘入ります?」
近づくと、老人の身長は180cm後半ほどあり、体格もがっちりしていた。もみあげから顎まで伸びる白い髭も丁寧に手入れされている。
「いいのですか?」
「全然大丈夫ですよ」
「では、お言葉に甘えて」
安心したのか老人の口角が自然と上がった。重たそうな買い物袋6つを力むこと無く持ち上げる。
「その格好は執事さんか何かですか?」
「はい、ご主人様の夕食の材料を買っていたのですが、まさかこんなに雨が降ってくるとは。この道を右です」
トウゴは執事の道案内に従い、家まで送り届ける。
進むにつれて人気は少なくなり、地面には雨で濡れた毛布やダンボール、風に煽られる新聞やチラシがちらほらと見受けられる。
壁にもスプレーで落書きがされており、通りを一本入っただけで紅段の都会感が消え失せた。
「ここです。わざわざありがとうございました」
「気にしないで下さい。僕も少し散歩したいなと思っていたのでちょうど良かったです」
煙草のポイ捨てが目立つ一本道の途中、白を基調とした一軒家の前で執事は足を止め、トウゴに深々と頭を下げてお礼をする。
20分ほど歩いただろうか、お弁当は冷め切ってしまっているが、あそこまで感謝してもらえるとトウゴも嫌な気はしない。むしろ清々しい。
空腹を一秒でも早く満たすために、トウゴは小走りで帰る。
「その制服、感鋭学園の生徒ですね」
不意に背後から聞こえる声に、思わずトウゴは足を止め、振り返った。
暗く、雨が降って視界は悪い、だが、はっきりと見える。
誰もいなかった一本道の4,5メートル先に、真っ赤な傘を差した赤いスーツの男がすらりと立っていた。
「三人目ですか、今日はついてますね」
「感覚通り魔……」
トウゴはお昼にシアラが話していたことを思い出し、声が漏れてしまう。
シアラの話と違う所があるとすると、普通のサラリーマンではない。
赤いスーツの男の片目には黒目が三つ、両目で計六つの黒目があった。6つ全てがバラバラに動いている。
「知ってらっしゃいましたか、ならば話が早いですね、感覚くれませんか?」
赤いスーツの男は黙って視線を逸らすことなく、トウゴを見る。それを真似するかのように、トウゴも動かず目を見開き、ただただ男を凝視した。
不気味な沈黙が張り詰め、雨音だけが反響する。
トウゴの直感がこの男が只者ではないことを感じ取る、無意識に力み、緊張からか足が動かない。
「先ほども感鋭学園の生徒と少々手合わせをしたのですが、あそこまでお粗末だとは。エリート学園というのだけあって期待していたのですが」
赤いスーツの男はじりじりとトウゴに近づきながら語り掛けた。
トウゴは意識を集中し思考を巡らせる。そして一つの結論に辿り着く。
(まさか、この人コスプレイヤーか!?)
真っ赤な革靴が薄汚れたコンクリートと当たり、コツコツと音を立てる。
(す、すごい、なんて完成度の高いコスプレなんだ……都市伝説も有名になるとこういう人が出てくるのか……)
都市伝説など100パーセント信じないトウゴには、赤いスーツの男がコスプレイヤーという結論しか導き出せなかった。
「私がここまで近づいても動じないとは褒めてあげます」
(すごい、セリフまで凝っている)
赤いスーツの男はトウゴの目の前まで近づく。そしてトウゴの傘を人差し指で上にあげ、傘で隠れてしまっていたトウゴを見つめる。
「でも恐怖心までは隠しきれないようですね、瞳孔が開いていますよ」
(近くで見ると余計すごいな、目どうなってるんだ? カラコン?)
「……っ! あなた……。そうですか。私の勘違いでしたか」
十秒ほどトウゴを見つめた後、突然赤いスーツの男は眉を顰め、吐き捨てるようにそう呟く。
そして、くるりと方向転換しトウゴから遠ざかっていった。
「名前は」
去っていく赤いスーツの男にトウゴは思わず名前を尋ねる。
(これだけすごいコスプレイヤー、家に帰ってネットで調べないと)
「ワイズとでも言っておきましょう」
ワイズは振り返ることなく名乗ると、そのまま暗闇に消えていった。
(去り際までキャラを突き通す、これがプロか……)
トウゴは凄いものを見れたと興奮を覚え、寮へ帰った。