都市伝説
長いHRは続き、カズユキが授業の流れを説明するうちにお昼休みになる。
ガレンとローリエは、カズユキに雑務を手伝ってくれと頼まれ、職員室へ連れていかれてしまう。
「ご飯一緒に食べましょ」
「そうだね」
「いいですね」
シアラとティアラは、お互いの机を寄せて、弁当箱を出す。
「え、学食で食べるんじゃないの?」
「先輩と一緒の空間って気まずいじゃない」
「私も少し苦手で……」
全て学食で済ませようとしていたトウゴには、弁当などあるはずがなかった。
かといってお昼休みに、友達とご飯を食べるイベントを逃すわけにもいかない。
「ごめん、弁当持ってきてないからちょっとコンビニで買ってくる」
トウゴがそう言った途端、シアラは待ってましたと言わんばかりにガラッと席から立ち上がり、提案する。
「じゃ、じゃあ明日から私が作ってこようか?」
「良いの!?」
反射的に喜んでしまうトウゴ。しかし、カズユキの説明を聞く限り授業は相当ハードだ、そんな中シアラにお弁当をつくってもらうのは申し訳ない、とも思う。
「じゃあ決定ね」
トウゴが悩んでいるうちに決定してしまった。こういう優しい一面もあるから、シアラのドSな部分も何故か許せてしまったりする。
「今日は私のお弁当、半分食べますか?」
「流石にそれは申し訳ないよ」
「いえ、ダイエット中なので、ほとんど食べないつもりでいたんですよ」
トウゴはティアラの顔より下を見るが、出るところは出て、締まるところは締まっていて、ダイエットをする必要はないんじゃないかと思えてしまう。
ティアラが風呂敷をほどくと、光沢のある漆塗りで、金色の虎が描かれた二重のお弁当箱が出てくる。
「凄いお弁当箱ね」
思わずトウゴとシアラは唾をのむ。
ティアラが蓋を開けると、四つに区切られた弁当箱の中には、御前を詰めたような色とりどりの料理が並んでいた。
「本当にいいの?」
「はい、是非食べてください」
容姿端麗でお金持ちとは、改めて生きている世界が違うと痛感させられる。
トウゴはお弁当の一段目をもらい、三人は昼食につく。
「そーいえば紅段の都市伝説なんだけど、感覚通り魔って知ってる?」
「なにそれ? ティアラは知ってる?」
「いえ、私も知りません」
大都市紅段、これだけ人が密集する土地柄、都市伝説やら変な噂やら山ほど出てくる。
「赤いスーツを着た身長の高いサラリーマンなんだけど、『感覚くれませんか?』って話しかけてくるらしいの。」
「変な人」
ティアラのお弁当に入っていた団子をほうばりながら、トウゴは適当に相槌を返す。
「こっからが肝心なの! 話しかけられた後、そのまま感覚を奪われて殺されちゃうんだって。」
「怖いですね」
「でもシアラなら片手で倒せちゃいそうだけどね」
ティアラのおいしいお弁当を食べて満たされたからか、トウゴの口が滑る。
「明日からのお弁当は全部タバスコで味付けしてあげるね♡」
「すいませんでした!」
トウゴは一瞬で、口の中にある団子を噛まずに飲みこみ、謝罪をする。
窒息する事など考える暇はない、明日からの弁当を死守するのが最優先だ。
「二人ともおもしろいんですね」
トウゴを見ながらティアラは笑う。
***
「明日も遅刻せずに来るんだぞ!」
お昼休みとHRが終わり、カズユキは勢いよくドアを開けて出ていく。
あれほど無音で開いていたドアが、ガラッと快音を鳴らす。
「毎日HRだけだと楽なんだけどねー」
「そうね」
シアラとローリエは帰る準備を終え、教室の外でトウゴとガレンを待つ。
「トウゴ、帰ろうぜ」
「うん」
この時トウゴには、帰りに絶対やると決めていた事があった。
それは、クラスメートに一緒に帰ろう、と誘う事である。
部屋で何百回も鏡相手に練習をし、イントネーション、スピード、声のピッチ、全てを研究したベストの『一緒に帰らない?』を、帰る準備をしているティアラに使うしかないと、トウゴは決意した。
緊張からか口の中が乾く。
(大丈夫、きっとティアラも誘ってほしいと思っているはず!)
「ティアラ、一緒に帰らない?」
「ありがたいんですけど、この後習い事があるので」
一瞬にしてトウゴの努力は玉砕された。あまりにもあっさり。
誘う練習はしていたが、断られた時の練習はしていなかったトウゴ。言葉に詰まる。
悪気のないティアラの笑顔が余計にトウゴの心を締め付けた。
「そ、そうなんだ、じゃあね」
「はい、また明日」
トウゴは必死の作り笑顔で挨拶を返し、そそくさと逃げるように教室から出ていく。
そう上手くはいかない、分かっていたじゃないか、トウゴはそう心の中で繰り返し、四人で寮まで帰る。トウゴからすれば、四人で一緒に下校できるだけでも大満足なのだが。
寮に着くと特に予定も無く、トウゴは風呂でワックスを落としそのままベットで眠りについてしまう。
まだ慣れない女子との会話、テンジョンの高い先生、ティアラに誘いを断られたり、と精神的にはかなり疲労していたのかもしれない。
***
「でさ~またあいつ怒られてやんの~」
「またかよ、ウケるわ~」
感鋭学園の制服を着た男女二人組が、公園のベンチに腰を掛けて楽しそうに話している。
襟には三年生を表すエンブレムが。
公園の遊具は撤去され、広々とした空間。周りに人気はなく、二人の距離は徐々に近づく。
「ねぇ、良いでしょ」
薄暗い中、女子生徒は目を閉じ、体を傾けて男子生徒へゆっくり唇を近づける。
男子生徒は静かに女子生徒の手を握り、顔を近づけようとした。
「お取込み中の所大変申し訳ございません」
ベンチの後ろから聞こえる突然の声に驚いた二人は、反射的にお互いの手を放し振り向く。
先ほどまで誰一人としていなかった公園に、いや誰一人としていなかったベンチの後ろには、赤いスーツを着た男が立っていた。
「感覚くれませんか?」
やっとストーリーが進み始めました。
何かありましたら教えていただけると助かります!