四組メンバー
途中で出てくる「メッシーバーン」は、クシュッとしたルーズなお団子ヘアのことです。
ご理解のほどよろしくお願いいたします。
四月五日、午前七時。
都心ゆえ桜が満開の中、とはいかないが、晴天にも恵まれ、心地いい爽やかな風が吹き抜ける中。多くの新入生が授業初日を迎えるための準備を整えていた。
感鋭学園では一度決まったクラスは、一部の例外を除き卒業するまで固定というシステムだ。
なので生徒は、クラス内での第一印象を良くする為に様々な策を練る。
「なんか違うなぁ……」
そんな中、風呂上がりパンツ一丁の真崎トウゴも、洗面台の鏡前で悪戦苦闘していた。
清潔感を出すために慣れない髪のセットをして、失敗しては髪を洗い直し、失敗しては洗い直し、を繰り返す。初めは沢山あったワックスも、みるみる減っていく。
やっと納得がいったのか、急いで前日にアイロンをしたシワ一つない制服に身を包み、朝ご飯を作る。
ついこの前まで料理などした事がなかったトウゴに、上手くいくはずもないのだが……。
フライパンに卵を高くから落としすぎて、目玉焼きの潰れた黄身部分は琵琶湖のような形になっていた。
えーいっ! 大事なのは見た目より味だ! と思いながらベーコンと一緒にパンに挟み食べる。
「う、うまい」
初めての自作料理に、トウゴから思わず言葉が漏れた。
卵焼いただけじゃん、とツッコミを入れられそうだが、今まで調理器具にもほとんど触れてこなかったトウゴからすれば、それだけで十分料理なのだ。
ベーコンの強い塩気を卵が包み込みパンとよく合う、などと、トウゴが心の中で一人グルメリポートをしていると、インターホンが鳴る。
出ると既に準備が終わった様子の、ガレンとシアが立っていた。
「はやく行こうぜ」
「七時五十分に集合って約束したでしょ」
「ごめん、準備に時間かかっちゃって、先に行ってて」
「言ってくれれば手伝ったのに」
「遅刻すんなよ」
笑顔で謝り、先に学園へ向かう2人を見届け、トウゴは急いで朝ご飯を食べる。『先に行ってて』という友達同士ならではの会話ができて、少し満足感を感じる。
ちなみに感鋭学園には感覚についての機密情報や、様々な重要人物が出入りするため、セキュリティは極めて厳しい。
学園の外では、おびただしい数の監視カメラが設置され、死角はなく、常に何十人もの感覚者の警備員たちが巡回している。
生徒は駅の改札のように、自身の生徒証を機械にかざし感鋭学園に自由に出入りが可能だ。
トウゴは廊下を歩きながら、窓から他クラスの教室内の様子を伺う。
かなり生徒は集まっているようだが、みんは表情が硬い、お互い探り探りの状態だ。
「四組の教室見た?」
「見た見た、希望書あそこに出さなくてよかったわ」
トウゴは連れション帰りの生徒の会話がうっすらと聞こえた、恐らく花美先生の事を言っているのだろう、と単純に解釈する。
四組の教室につき、トウゴは教室のドアに手をかけるが、一瞬開けるのをためらう。
よしっ! と気合を入れ精一杯の笑顔を作り、ドアを開ける。
どんなクラスメートと学園生活を送る事になるんだろう。
最新設備の学校だけあり、ガラッと音もたたず、スーッとドアが開く。
そしてドアの向こうには、別の意味で見た事が無い光景が広がっていた。
広い教室にある30〜40個の席のうち、埋まっているのは真ん中の4つだけだった。もうすぐHRが始まるというのに。
落ち着け、落ち着け、他のクラスを見た感じ遅刻とは考えられないし、初日からこんなに欠席するはずもない、とドアの前で立ったまま腕を組み、トウゴは考える。
「あっ、やっときたー」
トウゴに気付いたシアラは、トウゴに駆け寄って腕を掴み、教室の真ん中に先導した。
真ん中にはガレンが2人の女子と、仲良よさげに話しており、トウゴだけ置いてかれている気分を味わう。
「これが、さっき話したトウゴ」
トウゴは2人の女子を近くで見たとたんに、笑顔がひきつる。
1人はカチューシャをつけたメッシーバーンの可愛い子だが、もう1人は、見覚えのあるスラッと長い銀髮の女子、ティアラだった。
ガレンが普通に話しているということは、入学式に水をぶっかけようとした事はバレていないのだろう。
「早乙女ローリエ! よろしく!」
「……っ!」
机に腰掛けていたローリエは、グイッと顔をトウゴに近づけて挨拶をする。
二人の顔の距離は10cmもなく、戸惑うトウゴ。女子をこんなに近くで見るのは初めてだ。近くで見ても、白く透き通った美しい肌、シャンプーの甘い香りが漂ってくる。
「神城ティアラです、よろしくお願いします」
対照的に綺麗な姿勢で座りながら、挨拶をするティアラ。
「よ、よろしく」
とりあえず挨拶を返すトウゴだが、頭の中では? だらけだ。何故ティアラがこのクラスにいるのか、なぜ5人しかいないのか。
「これで全員ね」
シアラの一言でトウゴのパンク寸前だった頭はパンクした。
「全員ってまだ5人しかいないんじゃ…」
「アレ見ろよ」
ガレンが指を指す先には、黒板に貼られた席順表があり、横一列に
《ティアラ、シアラ、トウゴ、ガレン、ローリエ》
の順で5つ名前が書いてあるだけだった。
席順表を確認し、トウゴはひとまず自分の席にバックを置き尋ねる。
「じゃあ本当に5人だけなの?」
トウゴの問いに、残りの4人が同時に首を縦に振る。
「な、なんで?」
「やっぱりザッキーも知らなかったのかぁ」
「ザッキー?」
「真崎トウゴでしょ、だからザッキー」
机に腰かけながら初対面のトウゴにも、クリーンな笑顔で気軽にあだ名をつけるローリエ。
「トーゴに合ってて良いんじゃない」
「ザッキー……ザッキー……、うん、なんか良いかも!」
「でしょでしょ」
トウゴは、初めてあだ名をつけてもらえた事に喜びを感じる。
「で、なんで5人だけ……」
「席につけー!」
トウゴの声をかき消す程、テンションの高い大声が遠くの廊下の方から近づいてくる。
勢い良くドアが開き、白Tにジャージ姿の、いかにも体育会系の男が走りながら入ってきた。
「席につけー!」
「もうついてます…」
ティアラが丁寧にツッコミを入れる
5人とも、ジャージ男のテンションの高さに圧倒されてしまう。
花美という苗字からてっきり女の先生を想像していたが、違っていたようだ。それにしてもジャージに白Tは、『花美』という感じではない。
「HRはじっめぞー!」
教壇についたジャージ先生は黒板に自分の名前を書こうとした。
「なんでこのクラスは5人しかいないんだ」
ガレンから、今みんなが一番聞きたい質問が飛ぶ、いきなりの質問にジャージ先生は少しためらう。
「……」
「もしかして何か事情が……」
シアラは心配そうに声を漏らす。
教壇にバンッと手をつき、少しの沈黙の後、笑いながら話し始めた。
「いや、実はうちのクラスだけ希望書が全然来なくてな、アハハハハ」
「……」
「花美先生にパンフレットのメッセージ頼んだら、あんなこと書くんだもん。そりゃ誰も四組希望しないわな、アハハハハ」
「……」
「いやー、流石に少なすぎませんか?って言ったんだけど、お前なら大丈夫だろって学園長に言われちゃって、アハハハハ」
「……」
「ハハハ……って、あれ?」
冷めることのない高いテンションに、軽く引いてしまう5人と、それに全く感づかないジャージ先生。
笑い方からして学園長と同じ匂いがする。
5人しかいない理由は解決したが、
メッセージを頼んだという事は、ジャージ先生が花美先生ではないのか? という疑問がみんなに浮かぶ。
「あの、先生が花見先生じゃないんですか?」
まっすぐ手をあげ、ティアラが質問をする。
「いや俺じゃないよ、俺は稲田カズユキ、この4組の担任だ!」
「じゃあ花見先生は……」
「まぁ色々あってな、今はいないんだ」
カズユキは、ティアラの質問を途中で遮り、教壇に両手をつきながら答える。答えるというより誤魔化したという表現が近いかもしれない。
「そんなわけで5人とも、卒業までよろしくな!」
感鋭学園一年四組の学園生活が始まった。
何かありましたら教えていただけると助かります!