まだまだ入学式?
教師たちが続々と講堂に集まり、入学式が始まる。
先ほどまでの和やかムードは完全に消え去った。
代わりに講堂全体を異様な雰囲気が包み込む。
この異様な雰囲気の正体が教師だという事は、言うまでもない。
教師達は笑顔である、が、オーラがとてつもない。
強者とはこういう人のことを指すのであろう、畏怖を感じさせる。
生徒もそれを無意識に感じ取った。
その為、誰一人私語をしようとする者はおらず、背筋を伸ばし、手に汗を握る.
トウゴを除いては。
皆が緊張しながら演台で話す先生に注目する中、トウゴは早く終わらないかなぁと思いつつ、席の上に置かれていたパンフレットに目を通す。
「担任からみなさんへ」と題された欄には、教師から温かいメッセージがよせられていた。
<第一支部の先生方>
一組 佐々木先生「みなさんと楽しい学園生活を過ごせる事を期待しています」
二組 白石先生 「感鋭学園がある『紅段』は東京で一番の大都市ゆえ、来たばかりでわからない事も多いと思います。そんな時は是非質問しに来てください」
三組 朝雲先生 「いち早くみなさんと仲良くなれたらと思います」
四組 花美先生 「しばく」
<第二支部の先生方>
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・
・
トウゴは見間違えかな? と目をこすり、もう一度プリントに目を向ける。
公式文書に野蛮な文字が載っているはずがない、と思うのは妥当だ。
しかし、何度見返しても印刷された三文字は変わらない。
四組 花美先生 「しばく」
温かいメッセージが寄せられていた……
三文字というシンプルさが、色々と想像させて余計に恐ろしい。
トウゴはそっとプリントを伏せる。
(このクラスにはなりませんように! このクラスになりませんように! このクラスになりませんように!)
このクラスでは学園生活を楽しめない事を察し、神へ願う。
同時に、お賽銭に一円玉しか入れてこなかった事を神へ懺悔する。
「えー、続いては……」
トウゴがパンフレットを読む間に式は進む。
そして最後の『学園長からのあいさつ』が始まろうとしていた。
かなり時間は経過しているが、空気は張り詰めたままである。
姿勢を崩そうとする生徒はいない。
アゴ髭の生えたコワモテな学園長がゆっくりと壇上に上がり、演台につく。
大柄なため、演台が一回り小さく見えてしまう、そして意外にもコワモテ学園長は笑顔で話し始める。
「いやー、こういうところで話すのは苦手なんだが、うん、まぁあれだ、感覚者になると決めたんだ、頑張れ、ハッハッハ」
体格と比例した大きな笑い声が講堂に鳴り響く。
大柄コワモテ学園長からの想定外な挨拶に、生徒は少し戸惑う。
感覚者というのは感覚養成の学校に進む人のことである。
誰でも入学できるわけではなく、能力として使いこなせるレベルまで感覚が強い人でないといけない。ほとんどの人が感覚を持っているが、そのレベルまで達している者は多くない。
全ての人が音感を持っているが、絶対音感を持っている人は少ないのと同じ話だ。
対照的に普通の学校に進む人は非感覚者と呼ばれる。
何を話すか決めていなかったのか、アゴ髭を触りながら話す事を考えるコワモテ学園長。しばらくの沈黙の後、何かを思いついた様に髭を触るのを止め、再び笑いながら話を続けた。
「ハッハッハ、よし! 百聞は一見にしかず! 感覚を研ぎ澄ますとどうなるか、今から見せよう」
学園長は気合を入れるかのように自分の顔を叩き、全身に力をいれ始める。
すると、筋肉隆々な体が更に肥大化し、スーツが無残にも破れてしまう。
漫画の様な展開に生徒はただただ傍観するしかない。
「ふんばれよ!」
そう言うと同時に学園長は空気にデコピンをする。
ヴァチン! という指を弾いただけとは思えない衝撃音が鳴り響く。
その瞬間、すさまじい勢いの暴風が講堂に拡がる。
一瞬にして講堂の窓、ドアは全て粉々になりながら吹き飛び、瞬発的に生徒は、とてつもない突風に飛ばされないように、固定された椅子にしがみつく。
生徒は必死で耐えながら、「ふんばれよ」という言葉の意味を理解した。
また、学園長が自由人ではく脳筋であるという事も察する。
そんな中、感覚麻痺のトウゴだけは、平然とパンフレットの学食欄を読み、あまりの安さに震えていた。
***
めちゃくちゃな入学式とガイダンスが終わり、生徒は預けていた荷物を受け取って、疲労を見せながらも自身の寮部屋へ向かう。
トウゴも自身の部屋206号室へ入る。
さすが国立エリート学校。部屋は九畳ほどで、一人暮らしには十分なほど広く、家具、台所も完備されていた。
「ここが僕の部屋っ……!」
荷物を雑に放り、これでもかと高くジャンプしてベットにダイブする。
「今日から夢の一人暮らしだー!」
あまりの嬉しさに、トウゴから大きめの独り言が飛び出す。
ベットの上でゴロゴロ転がりながらも、ふと気になる。
(そういえば隣誰かな? もしかしたら可愛い子かも!)
角部屋の為、唯一のお隣さんである205号室に挨拶をしに、意気揚々とトウゴは部屋を出ていく。
トウゴが隣の部屋までの広い廊下を早歩きしていると、見覚えのある赤髪の男が近づいていた。
「あ、赤髪」
「誰かと思ったら、あん時のチビか」
「だから172……」
「はいはい、俺は今お前にかまえる程暇じゃないんだ」
「こっちだって、お隣さんに挨拶しに行かなきゃいけないんだよ」
二人はお互い逆方向に歩き出し、ある部屋の前で止まる。
トウゴは205号室、ガレンは206号室のインターホンを押すが、人が出てくる気配はなく、沈黙が続く。
「留守かよ」
「留守かな?」
部屋に誰もいないことを確認する二人。
何かを期待していたのか、少し残念そうに自分の部屋に戻っていく。
「「「ちょっと待ったーーーーっ!!!」」
ドタバタという足音と共に、二人が勢いよく玄関から飛び出し、そして悟る。
「まさか206に住んでるの……」
「205号室に住んでるのって……」
「「「お前かよーーーーー!!!」」」
「「「赤髪かよーーーーー!!!」」」
抱いていた期待が一瞬で崩れ去った。
「クソッ! 可愛い子を期待してたのに!」
「俺だって隣が誰か楽しみにしてたんだ!」
「もし可愛い子だとしても、赤髪に恋愛は無理だね」
「んだと、お前は出来んのかよ」
「出来るよ、恋愛経験が違うからね」
「また見栄はってるだけじゃないのか?」
「張ってませーん」
「じゃあ今まで何人のこと付き合ってきたんだよ!」
「人にきく時はまず自分からだろ!」
「じゃあ、いっせーのーせで言うぞ」
「いいよ」
「……」
「……」
「いっせーのーせ」
「0」
「0」
またも寮の廊下にガックリと膝をつく二人。まさに自爆。
そこに何も知らないシアラが通りかかる。
「お前も0かよ……」
「見栄はっちゃった……」
「俺も勢いでつい……」
「……」
「だ、大丈夫?」
とてつもない負のオーラを感じとり、シアラは思わずは足を止めてしまう。
「シアラ、僕を慰めて……」
「自分から慰めてって言う人、初めて見たわ」
「できれば俺も慰めてくれ……」
「いやこっちを先に」
「俺のほうが傷ついてるから俺を先に」
自分を傷つける方法を知っていても、慰める方法は知らない二人はシアラに助けを求めるしかない。
どちらが先かを決める内に、再び二人の対抗心に火が付く。
スクっと立ち上がり、お互いにこれでもかと顔を近づけ謎の競い合いを開始する。
「僕のほうが傷ついた!」
「いーや俺のほうがカッコいい分、0はショックの振り幅が大きいんだよ!」
「カッコよさはそんなに変わらないだろ!」
この競い合いに勝っても何も無い事をお互い分かっているが、譲れない。
「あんた達、仲いいわね……」
「「「よくない!!!」」」
それだけは認められないとばかりに、二人は顔だけシアラの方を向き、訂正をいれる。
遠くから野次馬のヒソヒソ声が聞こえ、焦るシアラ。
自分も関わっていると思われてはたまらない。
対照的に二人は言い合いに夢中で、全く気付く気配がない。
「二人とも、落ち着いて、みんなこっち見てるよ」
シアラの一言で周りの野次馬に気付き、恥ずかしさと共に静かになる二人。
「……」
「……」
「まぁ、でも知らないやつが隣よりかは良いのかもな」
ガレンの心臓はバクバクなっていながらも、落ち着いたフリをして、もう別に揉めてませんと野次馬にアピールする。
「た、確かにそうだね」
「あと赤髪じゃなくて、俺の名前はガレンな」
「ごめんごめん」
「お前は?」
「真崎トウゴ、よろしく」
「おう」
野次馬もいなくなり、シアラはホッと胸をなでおろす。
そんなシアラを そーいや誰なんだ? と気になっているガレンはチラチラ見る。
「で、こっちが幼馴染のシアラ」
「よろしくね」
「おう」
トウゴが朝言ってた事に納得がいくが、そりゃ俺が知らないわけだ、と心の中でガレンはため息をつく。
「実はトウゴと買い出しに行こうと思ってたんだけど、ガレンも一緒に行かない?」
「おう、いいぜ」
シアラの思惑に気づくはずもなく、いきなりの提案にに少しも疑う事なくokを出すガレン。
何かありましたら教えていただけると助かります!