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その少年は皿を洗っていた。
数ヶ月前にダンジョンから助け出され。目を覚ました宿で。住み込みの下働きとして。
幸運か不幸かで言うのならば、幸運だったのだろう。助け出されただけでなく、言葉も通じない異郷で住む場所が出来たのだから。本当は着ていた学生服を救出費用とばかりに取り上げられて売り払われていたが、この宿で目を覚ましたときには既に粗末な服を着ていたので、本人には盗られたという認識すらない。
ついでに言うと服が結構な高値で売れたため、異国の貴族に連なる者かもしれないと、救出の更なるお礼を期待しての住み込みという部分もある。追い出したらそこでお礼の目はなくなるし、無給の下働きならば宿側にとっても損はない。もっとも、体力のなさは宿側にとっては予想外だったらしいが。
本来、家事というのは体力が必要だ。
電化製品のないこの街では、洗濯一つとっても何十分もかけて手で洗う必要がある。
洗濯機もなく、掃除機もなく、ましてや食器洗い機など影も形もない。そして、それらの家事で必要な水は井戸から汲んで来なければならない。
少年は、最初の仕事で水を汲みに行き、水を入れた桶を持ち上げられずに大笑いされた。
初めは持てずに全力で力を篭めていたので気付かなかったが、同じ下働きの女性に肩を叩かれ、我に返った所で笑い声に気付いた。笑われたことよりも、その女性があっさり持ち上げて宿に向かったことのほうがもっと恥ずかしかったが。
そんな失敗を繰り返し、翌日から襲ってきた筋肉痛に悩まされながらも、少年は宿の仕事に馴染んでいく。