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「貴様はクビだ、出て行け!」
「そ、そんな、領主様」
「くどい!」
文官が、二人の兵士に連れられて部屋を出て行く。
普段は兵士が本館に入ることはないが、こういう問題事があった時だけは別だ。処分を受けた文官が逆上する可能性もある。領主の館を出るまでは兵士が付き添って、余計なことをさせない。
本館で働いている他の文官にも、兵士に囲まれて館を出るのを見れば、処分を受けたのは明らかになる。全員に、誰がどんな理由で処分されたかなんて教えて回らずとも、噂は回る。すぐに処分の事実は全員に知れ渡るだろう。
「あの者でよろしいので?」
領主の部屋に残っているのは、領主とその右腕とも言える文官の二人だけだ。
「ふん、どうせあれ以上は話さん。時間の無駄だ」
「然様ですか」
どうにもこいつは、言わなくても良いことを確認してくる。と若干面倒に思う。
どうせこいつも分かってはいるのだ。文官一人を処分したところで、その文官に指示を出した貴族はそのままだ。かと言って文官本人を絞り上げたところで、口など割るまい。
引退した親から言い含められているのか、それとも子供の職を押さえられているからか。
職につくには誰かの紹介が必要だ。読み書きなどの知識がなければ文官など勤めれないが、それ以前に、伝手がなければ領主の館で働くことなど出来はしない。
見込みのある者を召し上げ、教育し、送り込む。それを仕切っているのが貴族であり、派閥だ。その意に背いたとなれば、文官は自身の職だけでなく、紹介を得られるはずだった子供の職を失う。場合によってはこの街に居られなくなることもある。
だからこそ、あの文官は自身が処罰を受けようとも、誰からの指示で動いたからは漏らさないだろう。先ほどまでも、自分はそんな指示はしていないと言い張っていた。だが、複数の者から証言は取れている。
問題は、裏にいるはずの頑固者だ。証拠はなくとも、いや、証拠が出ないからこそ、あの者の関与は明白だ。それは文官の所属している派閥を見れば分かる。あの年寄りのダンジョン嫌いは今に始まったことではない。ないが、ダンジョンの閉鎖などという暴挙に出るとは。




