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実りの秋。と呼ばれる季節。
村々では作物を収穫し、祝い、冬に備える季節。
それは城砦都市であろうと無縁では居られない。
多くをダンジョンに依存した都市であっても、ダンジョンの中で麦が育つわけもない。
商人達は、保存の利く穀物をこの時期に買い込んで、次の秋までの間、少しずつ売り捌く。
近隣の村からは多くの作物が持ち込まれ、その対価として村人は生活用品を手に入れる。
それは新しい布、新しい鍋、新しい農具。
もちろん商人と村人だけの話でもない。
城砦都市に住んでいる者の中でも、金銭に余裕のある者は安く買える時期にまとめて買おうとするし、村人達を目当てに生活用品を多く作る職人もいる。
宿にとっても人の往来の増えるこの時期は稼ぎ時だ。
宿の仕事というのは、極論すれば、場所貸しだ。
雨露を凌げる場所を用意し、寝る場所として、そこを貸す。
貸すということは、借りる人が居て成り立つものだ。誰も借りなければ利益などまったくない。むしろ設備を維持するための費用が嵩むだけだ。
それは日雇いの人足に似ている。泊まる人が居なければ無駄だし、泊まる人が居れば利益になる。ただし、部屋の数で上限が決まる。
そんなマイナスを低く抑えることが短期的な目的となる宿屋という営業形態において、旅人が少ない季節において、街の中だけで利益を上げられる食堂の併設は、必要不可欠なものと言えるだろう。
そして、宿である以上は、人の往来の増えるこの時期を逃す手はない。
少年の働く宿も、数日前から満室の状態が続いていた。
インターネットもないのに、どうやってこの宿のことを知ったのか不思議だったが、単純な話だった。
人から聞く。
いわゆる口コミというやつだったようだ。
広告を打って宣伝という手段すらないこの街では、何かを探すということは、知っている人に聞くことに近い。
本で情報を、ということもないようだ。
字が読める人がどのくらいいるのかは分からない。でも、宿の一階、食堂には泊まり以外の客も来て食事をしていくのに、メニューがない。じゃあどうやって注文するのか。店員に聞くのだ。何がある?オススメは?値段は?全てが会話。会話が出来ない人間は商売どころか、食事を満足に選ぶことも出来ない。メニューを見て"This"では済まないのだ。そもそもメニューがないのだから。
裏で食事の仕込みを手伝いながら、少年はそっとため息をつく。
何を言っているのか、大分聞き取れるようにはなったが、話すのは苦手だ。
聞くのだって、今みたいに店が騒がしいとすぐに聞き取れなくなる。
キャベツに似た細長い葉野菜を、一枚ずつ剥がしては水を張った桶に入れる。
剥がした葉は土を落としながら食べやすい大きさに千切る。
葉は全体を水に沈めながら洗わないといけない。
葉についていた虫が桶の中でもがいている。
ここでの生活に慣れてはきた。
筋肉痛にもならなくなったし、野菜を切るのだって上達した。
でも、そこら中から漂う臭いには息が詰まる。
ごみ捨て場の臭い、動物の臭い、トイレの臭い。
この街には臭いが溢れている。
ここに来る前、生まれ育った街の中に臭いは余り無かったような気がする。
ごみ捨て場の臭いは、マンションのごみ捨て場や、学校の裏にあるごみ捨て場でしか嗅いだことがなかった。
動物の臭いは、猫を飼っている家に遊びに行ったときくらい。
トイレの臭いは、誰が掃除しているのか分からない公園のトイレくらい。
この街には臭いが溢れている。
ごみ捨て場の臭い、動物の臭い、トイレの臭い、人の臭い。
馬車が近づいても分からないくらい馬の臭いはありふれているし、ゴミの臭いなのかトイレの臭いなのかの区別が出来ないほどに雑然とした臭いに溢れて、そこに行くとやっと、ああ、今まで臭っていたものの一部はここのゴミだったのかと分かる。
気にならないわけでもないが、それでも慣れてはきたんだろう。
言葉も何も分からなかった時に比べれば。
慣れてきたというのに。
少年は明日、この宿を出る。




